7月6日(木)の面会。
いつも通り仕事を終えた私は、
母の病室へ足早に向かった。


母は私の顔をみるなり、とてもホっとした表情を見せた。
・・・・が。
いつもと、何か様子がおかしい。
眉間にしわを寄せ、両手の動きに落ち着きが無く、
興奮した状態、鬼気迫る表情で私に何かを訴えていた。


人工呼吸器をつけているので、声は出ていない。


母『・・・・!・・・・!?・・・・・っ・・・・・・』
私『どうしたん、おかーさん?』


首を激しく横に振り、
泣きそうな表情や、とても困ったような表情で、
私に必死に何かを訴えてきた。


いつもならゆっくり唇を動かして、
こちらにわかりやすく単語で話してくれるのに
このときは、やたら早口で話していたため理解するのに難しく、
とにかく母の焦燥感が尋常じゃなかった。


汗をびっしょりかいている。


呼吸数は普段より早く、心拍数も高い。
私は数値を気にしながら、とにかく母をなだめることにした。


私『おかーさん、ちょっと心拍数高いよ。少し落ち着こう?』


母はコクコクと頷き、ふーっとため息をついた。
私は汗を拭いてあげた。


私『汗すごいね。暑い??』
母『暑い。タオルケットとって』
私『ん、わかった。寒くなったら言ってね。』
母『あのね、あのね・・・、かばん、見せて』
私『かばん?おかーさんのカバンね。・・・・はい!カバンどうするの?』
母『買い物に行く』
私『え、買い物??』


カバンの中身を一生懸命見ようとする母だったが、
人工呼吸器が妨げとなり、自分で体を起こすチカラがまだないので
また眉間にしわが寄り始め、私にイライラしながらこう言った。


母『カバンの中身全部見せて!!』


私は母に言われた通り、ひとつひとつ取り出し
説明をしながら、母の体の周りに母の私物を置き始めた。


私『・・・・はい、これで全部よ?』


カバンを広げて見せて、すべて出し終えたことを伝えた。
すると・・・・母は途端に暴れだした。



母『財布!!財布が無い!!!取られた!!!!』
私『いつも持ってた長い財布やんね?あれはおかーさんが集中治療室に入ったとき、病室の私物はすべて撤収したから、ちゃんと自宅に置いてあるよ。おとーさんが持ってるから、今ここにはないよ(笑)』
母『そんなはずないよ!?・・・お金10万はいってるし、免許証はいってるし、キャッシュカードとか・・・・』
私『うんうん。とても大事なものがはいってたから、病室に置きっぱなしにはできないので、ちゃっと自宅に置いてるよ。お財布探してたんやね?』
母『・・・・・そうなんか・・・・・通帳、見せて。』
私『通帳?明日でもいい??』
母『通帳記入して、明日必ず持ってきて!ドロボウがいるかもしれんから!』
私『ど、ドロボウ??家に??』
母『うんうん。鍵かけてないから、ドロボウが入るから!』
私『・・・・ん、わかった。明日、ちゃんと持ってくるよ^^』
母『・・・・・・・・』


母は、お金に対してこんなに不安になるような性格ではない。
そもそも、眉間にしわを寄せて怒鳴りたてるような、
鬼気迫る表情で話をする人じゃない。
ドロボウが入るとか、人を疑うような事は一切考えない人なのに。


・・・・なんだか、おかーさんじゃないみたいだった。



母の右手は、とてもイライラしていた。


私『おかーさん、どうしたの?』
母『どうもしないよ!』
私『なんだか今日は、とてもイライラしてるね?』
母『すっごくイライラしてる!』
私『珍しいね。何か嫌な事でもあった??』
母『ないよ!!いつも一人だからとてもイライラしてる!!』
私『・・・・あ・・・・ごめんね。いつも一人で辛いよね。』
母『車に乗って買い物行きたい!!』
私『買い物かぁー、いいね♪どこに買い物行きたいの??』
母『オークワ(地元のスーパー名)!!』
私『うんうん、いつも買い物してたよね。オークワで何買うの??』
母『みかんの缶詰と、バナナ1本。じゅーす!』
私『甘いものが欲しいんやね( *´艸`)おかーさんが食べるの??』
母『違う!!看護師さんに差し入れする!!』
私『そうなんやぁ!偉いね、おかーさん!(*'▽')』
母『あまったらちょうだい』
私『うん、わかった!だから、あんなにカバン気にしてたんやね?』
母『そうそう。代わりに買ってきて!』
私『おっけぇ!看護師さん、喜んでくれるといいね(*'ω'*)』


眉間に深いしわがあったのに、いつの間にかなくなっていた。
しばらくして、今度は目がキラキラと輝き始めた。


母『見て!見て!』


壁を見ながら、嬉しそうに話しかけてきた。


私『ん?』
母『めっちゃキレイ!』
私『ん、何が??』
母『海!うみーーー!!』
私『今、おかーさん海辺に居るん??』
母『そうそう!ほら、ほらぁ!!』
私『今アトレー(母の車)に乗って運転してるの??』
母『うん、楽しい!!』


周りを見渡すように、目の動きが激しい。
運転してるつもりのようで、体が左右に動いている。


ふいに、母の右手が人工呼吸器に軽く当たった。
アラームが鳴った!


私『おかーさん、危ないって!!』


私は慌てて母の右手を押さえつけた。
母は訳が分からないというように、私の手を叩き始めた。


私『おかーさん、首には大事な機械がついてるの。これ、絶対外したらだめなやつ!』


つい、キツイ口調になってしまった。
母はみるみる表情が変わり、私に対して怒るのかと思いきや・・・
意外な事をクチにした。




page13へつづく。