メソメソのblogー母が骨髄異形成症候群になる-

2017年3月16日、母が60歳にして骨髄異形成症候群と診断されました。
このブログは母の闘病記録して更新していきます。

タグ:誕生日



9月20日は私の誕生日。
誕生日は、お祝いしてもらう日ではなく、
産んでもらえたことに感謝する日。


しぃまが旅立って、ちょうど5か月が過ぎた。


可能な限り、おかーさんと一緒に過ごしたい。
でも、会社のイベントが今日から始まる。
イベント期限は、9月29日まで。。。
仕事しなければ。
ああ、こんなにも仕事が煩わしい。
誰か代わりに私の仕事をして?
そんなことばかり考えてしまう。
ああ、集中しなければ。
日中は仕事を一生懸命して、
9月20日の夜は、ずっと傍に居るつもりだ。
願わくば・・・


『お誕生日おめでとう』
『生まれてきてくれてありがとう』


って言ってもらいたい。


願わくば・・・・


『奇跡が起きますように』



page10へつづく。


 

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9月2日(土)
糖鎖パウダー投与6日目。
昼の投薬と共に小さじ1杯分を注入。
熱は37.6℃。
担当看護師が誰かわからなかったので
睡眠管理や変化など、聞けずじまいだった。
特別な治療はモード3で15分x2回行った。
治療中眠ることはなく、誕生日プレゼントの
知恵の輪で遊び、さらにオセロゲームをして
楽しんだ。
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image[2]
朝からLINEコールの嵐!



この日は、母の誕生日だったからである。



メンバー全員、母が誕生日を迎えられたことを祝福してくれた。


母は今日、作業療法(タブレット使用)が休みだったので
自身でLINEの確認が出来ていなかった。


弟が午前中病室へ赴き、
タブレットを見せて母に読んでもらい、
代わりにタイピングをして返事を返していた。



旦那と私は、昼から向かった。
せん妄症の気配は全くなく!
いつもの母の表情でひとまず安心( ;∀;)
旦那が母の誕生日にと、購入してくれていたオシャレな知恵の輪。



肩は上げられないけど肘は上がるので、
これなら寝ながらでも退屈しのぎになるだろう、と選んでくれた。




私は・・・・・、



母のプレゼント
何一つ用意
してない!!( ゚Д゚)




誕生日だって知ってたのに、
プレゼントにまで頭が回らなかったー・・・・


今からでも遅くはない!と思いなおし←いや、遅いヨ


何にしようか考えた。


・・・・そうだ。
お寿司クッションにしよう!
しかもウナギ❤



母の大好きなウナギのお寿司。
誕生日に、お寿司屋さんでウナギをたくさん食べたいと
目を輝かせながら話してくれていた。


病院の所有物である(薄汚い)クッションより
ウナギやマグロと言った、母の大好物の
お寿司クッションを置いてあげる方が
喜ぶんじゃないか・・・と考えた。


早速ヤフーショッピングを物色。。。



私『!!( ゚Д゚)』


あったあった、ありましたーお寿司クッション!
しかもウナギバージョン!
worldsealine_au-b01c6wyjjm[1]
お値段、15100円・・・
輸入商品(アメリカ産)の為、注文後約1か月かかる・・・だと!?



あーだめだめ・・・



遅いうえに高い!!


んー、どうしよう^^;







いっそ自分で作るか!!?(>_<)
家庭科の成績
『1』のこの私が!!!





とりあえず、私よりはるかに器用でセンスのある旦那に相談してみた。



旦那『んーーーー!!どやろ!?』
私『・・・無謀かなぁ・・・でも、作ってみたい』
旦那『・・・作ったことないけど、やってみるか!!』





という訳で、母へ見舞いに行ったあと
ホームセンターへ買い出しに行くことに♪


シャリ部分はビーズクッション、
ウナギ部分は綿素材でひとまず案を立てた。


ブログを書き終わったこの後、作ってみようと思います・・・!
旦那に助けてもらいながらだからまぁ
下手なものは出来ないだろうけど
こういうのは気持ちが大事だよねっ☆てことで
なるべく急ぎつつ、制作にとりかかってみまーす('◇')ゞ



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母が『今日5時ごろ外出したい。
空気を吸ってみたい。外出許可は
おりますか?』とメモで訪ねてきた。
私は筆談で『外出するには長時間車いすに
座り続けなければならないのと、人工呼吸器を
付けているので医師の同伴が必ず必要になるんよ。
だから、外出させてあげられなくてごめんね』と
返事をした。母は、少し寂しそうな表情で
指でオッケーサインを出した。私は胸が苦しくなった。
誕生日なのに、また我慢させてしまった。
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page37へつづく。












母に渡した1冊のノート。


体調が良い時に、日記を書くなどして
記録するようにと伝えていた。


その日思ったコト。
治療の経過報告。
日々の体調の変化。
愚痴。
なんでもいいから、寝ているだけではもったいないので
手を動かすなどして、日中起きているようにと宿題をだしていた。


そのノートには主に熱が何度あったという記録しかなく、
ほとんど空白なページが多かった。


私『おかーさん!さぼりすぎ!笑』
母『・・・(ニコニコ♪)』



ノートではなく、一枚のメモにしっかりと書いているのを発見した。
DSC_0539
食べたい欲求を抑えられないらしい。


・・・・・・・無理もない。


5月5日から現在まで、クチから栄養を摂っていないのだから。


紙に書いたのは、これが初めてではない。
何度も何度も紙に書いて看護師や主治医にお願いするも、
人工呼吸器をつけているからという理由で
いつも答えは『NO』だった。


そのたびに、母の気持ちは殺されていたんだと思う。
強制的に『我慢』しなければならない。

そうしなければ、命の危険を伴うから。

お風呂にも入れてもらえていない。
人工呼吸器をつけているから。

ジンコウコキュウキヲ、ツケテイルカラ・・・・


せめて甘みだけでも感じてもらえるように
ポカリやいろはすのフルーツ味(りんごやみかん)を購入し
凍らせてもらい、アイスキャンディーのようにクチに含ませ、
糖分をクチから摂取していた。


しかし、それももう出来ない。。。


痰の色が悪くなり、肝臓の数値が徐々に悪化してきたからだ。
絶食することによって今は回復しつつあるが、
食事を摂ればまた肝臓の数値が悪くなるだけでなく、
誤嚥(ごえん)しかねない。


食べることは生きる事。


それを抑制されたら・・・・まともで居られるはずがない。
でも、母は食事を摂れない体になりつつある。
嚥下障害を伴うため、栄養は点滴へ切り替えたのだ。


母は決心し、先生に筆談で訴えた。


『熱が出てもいいから、おかゆと海苔をがっつり食べたいです!キムチも!お願いします!!』




”熱が出てもいいから”







その言葉に、先生は、母の気持ちを汲み、、、、承諾してくれた。
リスクがあるのは百も承知。
それでも、母は食べる事(生きる事)を選んだ。

キムチは発酵食品なので出せないが、
おかゆと海苔の佃煮を用意してくれることになった。

お風呂は、熱が下がって容態が安定していれば
8月30日に入浴が可能となった。


食事をするときも入浴時も、
私が立ち会う事を申し出、病院側は快く承諾してくれた。


私は母にとってお守り的な存在。


顆粒球輸血も、人工透析も、気管切開も・・・
重要とされる処置はすべて母の傍にいた。
(処置室には入らず、待合にて待機してました)


だから、入浴も食事もうまく行くと信じて
傍にいてあげたい。


入浴し、容体が安定していれば『念願の食事』ができる。
母は一番の笑顔を見せてくれた!


目がキラキラと輝き、決意新たに表情が変わった。
病人らしくない、いつもの母の表情になった。


8月ももうすぐ終わり。
9月にはいれば・・・・
母は61歳の誕生日を迎えることが出来る!!



page31へつづく。









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