メソメソのblogー母が骨髄異形成症候群になる-

2017年3月16日、母が60歳にして骨髄異形成症候群と診断されました。
このブログは母の闘病記録して更新していきます。

タグ:看護師




転院前の、ある日の会話。


母は9月2日に61歳の誕生日を迎え、
看護師が来るたびに、外出許可もらいたくてしきりに訴えていた。



『外の空気が吸いたい。です』
『夕方、迎えに来てもらって帰ろうかなー♪♪』
『17時に、家族が迎えに来るんです』
『1泊だけでも、だめですか?』
『ケーキを買って帰るんです。ウナギと、マグロも』
『おうちに、帰りたい・・・・お願いします・・・・』


誕生日だというのに。
母の、なけなしの願いは叶わなかった。

やっと帰れる・・・・
でも、こんな状態で、家に帰ることになるなんて。


デイルームへ、看護師が呼びに来た。
母の体についていた沢山のコードたちはすべて外され、
人工呼吸器、心電図モニターなどはすべて撤収。
部屋には、母が着替えさせられて静かに横たわっていた。


私たち家族は、声にならない声をだし、
目を開けぬ母にすがりつき、泣き続けた。


看護師たちによって目を閉じさせてもらい、
母の顔に薄くではあるが化粧が施されていた。


血色がよく、口元は少し微笑んでいるかのように開いていた。
純粋に、ただ寝ているだけのようにも見える。

まるで、肩を揺らせば起き上がりそうな・・・・
適切な表現が思い浮かばないが、母の佇まいは故人として見えなかった。


『おかーさん。とても綺麗だよ』


不謹慎だが、こんな言葉を口にしてしまうほどだった。
人工呼吸器が付いていた喉は、
白のバンドエイドでテーピングされていた。


葬儀屋さんが到着し、静かにベッドを車へと運ぶ。
私が助手席に同乗し、自宅までナビゲーションをした。


自宅に到着したのは午前2時半過ぎ。
仏間に布団を敷き、母をゆっくり寝かせた。
おじいちゃんの遺影がすぐ近くにあるのだが、少しほの暗く見えた。


母『ただいまぁぁぁ!!!』


ドアを開けた瞬間は、
いつもの張り切った元気な声が聞こえるようだった。
しかし、もう二度と母の声を聞くことはできない。


翌日、、、と言っても数時間もすれば夜明けなので、
お通夜や告別式のスケジュールの打ち合わせなどは
同日22日の朝9時から行なうこととし、
ひとまず葬儀屋さんにはお帰りいただくことにした。


22日は金曜日。
不幸ごとがあったからと言って、
会社を休業するわけにもいかなかった。


父は、終日自宅にて待機し
葬儀屋と打ち合わせと親戚や母のご友人たちへの連絡をすることにした。


私含め弟・旦那・他スタッフ2名の合計5名で
会社を切り盛りすることとなるので、
少しでも睡眠をとり、業務に備える準備をした。



page14へつづく。











(閲覧注意です)

9月22日(金)。
ブログの更新を終え、母の手を握りながら時計をみると
時刻は0時30分すぎ。


母の手は、少しだけ冷たい。


エアコンを切り、布団をかけなおし、手をさする。
冷えないように、冷えないように。
おかあさん。私が付いてるから。
大丈夫やで。怖くないよ。


ふと、母の異変に気付く。


私『・・・・おかあさん・・・・?』


突如、目をシパシパし始めた。
顔が小刻みに震えている。
アラームの音が、次第に加速する。


私『・・・・おかあさん、おかあさんっ・・・・』


しばらくして、痙攣はおさまった。
しかし、アラームは依然として鳴りやまない。


私『・・・・・』


髪をなで、肩をさすり、モニターを注視する。
酸素濃度は97%まで上昇していたが、心拍数は40台まで減少。
つないだ手のぬくもりが、
だんだん離れていく感覚に陥った。



再び、痙攣が始まる。
同時に、けたたましいアラームが鳴り響く。
まるで、母の叫びにもとれるような音だった。


体が引きちぎられそうな、、、
なんと形容してよいのかわからないが、とにかく恐怖感を覚えた。


私『・・・・おかあさん、すぐ、看護師さん呼ぶからっ・・・!』


力いっぱいナースコールを押し、
数秒後看護師さん2名がかけつけてくれた。


私『・・・・母の、痙攣がっ・・・あの、あの・・・っ』
看護師『・・・ほとんど、自発呼吸できていない状態です・・・』
私『・・・家族、に、す、すぐ電話、してきます・・・!!』


ケータイどこだっけ。。。
かばん、かばん・・・・ない、ない、、、ない!
ケータイどこ!!!
・・・・ソファにあった!!


私『おかあさん!お父さんたち呼ぶから!!待ってて!!!』


壁にぶつかりながらデイルームへ移動し、
深夜と言う事もあり、静かに廊下を移動しなければと思いつつ
はやる気持ちを抑え・・・急いで父へ電話を入れた。


私『・・・・・早く出て、お父さん・・・・!!』


長いコールの後、止む追えず呼び出しを中止。
続いて、旦那に電話を入れると、すぐに出てくれた。


私『・・・お願い、お父さんと弟を起こしてすぐに来て・・・・っ!』
旦那『わかった!』



その後すぐ父から折り返しの電話が来た。
同じように伝え、母の元へ戻る事数分後。


看護師さんが、聴診器をあて胸の音を聞いていた。
心電図モニターの脈拍は、20を切っていた。


私『・・・おっ、おかーさん!!おとうさんたち呼んだ!!』
看護師『ご家族さんは、どのくらいで来られますか?』
私『早くても、10分・・・15分ぐらいかかるかもしれません・・・っ』
看護師『わかりました。当直医呼んできます』


看護師が出て行った直後、
母の、脈拍はーーーーー・・・・・・・
父たちの到着を待たずして、
波形を刻むことをやめてしまった。



私『・・・うそやろうそやろうそやろ、おかーさん、もうすぐお父さん来るんやで!!それまでここに居ってよ、ねぇ!!!ねぇ、おかあさん!!!!!う・・・・わぁあああああ~~~~・・・・・・っ』


当直医が到着、一礼をして
脈をはかり、反射がないかどうか丹念にみてくれたのち・・・
当直医は、静かに告げた。


『9月22日、午前1時12分。お亡くなりになりました。。。。』


ーーーーー告知後。
私は、母の顔をしっかりと見る。
命が尽きる瞬間まで、顔を見ながら
懸命に父がくるまで待ってほしいと頼み続けた。

痙攣がおさまった母の表情は、
目はうっすらと開いてはいたが・・・心なしか、とても安らかだった。
瞳の色は、黒いまま。。。

痙攣が起こったのはほんの少しの時間だっただけで、
特に苦しむ風でもなく、痙攣はあったもののひどく暴れることもなく、
静かに息を引き取った。

人工呼吸器は、なおも母に酸素を送り続けていた。
しかし、脈拍は回復しない。
呼吸回数もカウントしない。
心臓マッサージもできない。

理由は、心臓マッサージの圧力により、
母の体内で出血が起こってしまう可能性があるからだ。
血小板の数値が10000(通常は30万)を切っていた母にとって、
体内出血を伴う処置は命取りになる。

息を吹き返したとしても、また苦しみが待っているだけ。
以上の理由から、心臓マッサージはできない、と言われていた。


泣きじゃくる私の背中をさすりながら、
看護師は私にやさしく告げた。


看護師『これから、お母様のお体を綺麗にさせていただきますのでデイルームでお待ちいただけますか?』
私『・・・・・はい・・・・・よろしくお願いします・・・』



看護師は私に歩調を合わせながら、
ゆっくりデイルームまで促してくれた。


ひとりぼっちのデイルーム。
窓から見える景色は、夜のネオンがキラキラと輝いている。
デイルームにはドアがないので、
静かに寝ている患者さんが近くに居るため泣き叫ぶわけにもいかず・・・、
嗚咽をこらえながら、呼び出されるまで出来るだけ静かに待ち続けた。


ほどなくして、旦那が来てくれた。


旦那『・・・・・・』


だまって、肩をさすり、傍に座ってくれた。


旦那『・・・・おかあさんは・・・?』


私は、首を横に振った。


旦那『・・・・・そうか・・・・・』


その後、弟、父も到着。
母のことを伝えた。


私『午前1時12分だった・・・間に合わすことが出来なくて、本当にごめんなさい・・・!!』


真夜中のデイルームには
母を愛して止まない家族の、悲痛な鳴き声がこだました。



page13へつづく。










※page3の冒頭に戻ります※

≪転院先の会議室にて≫


私『・・・数日後には、個室に移動できるんですよね?』


師長『・・・それが・・・個室はあるにはある、んですが、個室は一般フロア病棟にしかないのです。HCUのように常にスタッフが常駐しているわけではないので、緊急事態が起こった場合、迅速に対応するつもりではありますが、スタッフ人数が少なく、対応に関して大きな不安があるのです。ナースコールを押してもすぐ来れないことも多々あります。お母様の事を考えれば、HCUで24時間看護できる方が安心だと思うのですが・・・』


私『仰りたいことはよくわかりました。人工呼吸器をつけている以上、一般病棟では診れない、と言う事ですよね?ぶっちゃけ、前病院でもありましたよ?ナースコールが鳴ってもすぐに来てくれない事なんて。母だけが入院しているわけではありませんし、出来る限りの事をやっていただければ、私たちは満足なんです。そこは、私たち家族も理解はしています。理解しているうえで、個室が良いと希望を出しているんです。』


師長『・・・・、ですが・・・・・』


私『失礼を承知で申し上げますが、HCUの状態は、慌ただしすぎて落ち着いて療養できるような環境ではない印象でした。24時間看護体制が整っているにしても、狭いうえに慌ただしい、家族待機ができるスペースもない。病院は治療をする場であるので、私が言っていることはあくまでもワガママで、病院側からすれば非常識な意見だと思います。治療や処置は行えても、メンタルな部分に大きなダメージを与えるような気がしてしょうがないんです。師長さんの立場上、責任もあるでしょうし、すぐには返答できないことだと思っています。・・・治療が出来ない、と前病院で言われました。ここも、そうなんでしょう・・・・?緩和処置しかできないんですよね・・・?』


師長『・・・・そうです・・・・治療の施しようは、ない状態です・・・・』


私『だったら、HCUで24時間看護していただく必要はないです。助かる見込みがあるなら話は別です。母には、残された時間は少ないんですよね?面会するのに気を遣う、看護師さんが忙しそうにしているのを目の当たりにすれば、用があっても我慢してしまうのが母なんです。最後の時くらい、静かな環境で、静かに見守りたいんですよ。だから、個室がいいとさっきから言ってるんです。前病院では、容態を観察するために数日間HCUで預かり、それから個室へ移動できると聞いてしぶしぶ了解したんです。それが、人工呼吸器をつけているので個室への移動は無理であると。・・・・・話が違うじゃないですか!!』


師長『・・・・お気持ちはよくわかりました。一度、個室への希望の件は預からせてください。主治医と相談し、それから決定しようと思います。病室の都合がつき次第、移動できるよう最善を尽くします。』


私『・・・・あ、ありがとうございます・・・っ!!』





病室に戻ると、母は少しぼんやりしていた。


私『・・・・、おかーさん!ただいま!』


カーテンを開け、ちょっと大きめの声であいさつをした。
視線を移した母は、私に『オシッコ』と言い、
ナースコールを押した。


看護師さんはすぐそこ(カーテンの向こう)にいるのに、
パソコンをパチパチとタイピングしたままこちらへ来ない。


私『・・・あのう、すみません。オシッコなんですけど・・・・』


24時間完全看護、のはずが
ナースコールを押してるのにすぐそこにいるにも拘わらず、
声をかけてくれない状態。


看護師『はいー』


こちらを見るふうでもなく、
無言でズボンを下ろし、尿器をあてがう。


看護師『はい、どうぞー。いいですよー』


少し押し付けられて痛いのか、顔をゆがめる母。


私『あの、押し付ける力が強いのか、身を挟んでいるのかで痛いと思うんですけど・・・』
看護師『これぐらいじゃないと、漏れちゃうんでねー出すまでの間ぐらい、我慢してくださいよ』



母は私をじっと見て、私の方向へ指をさしている。
メソメソにやってもらいたい。いつもみたいに。
そういっているような気がした。


私『・・・・、あの、私にさせてもらえませんか?前の病院でも、させてもらっていたので。』
看護師『あ、そうなんですかー?じゃ、お願いします』



やはり看護師は視線を合わさず、
さっさとカーテンの向こう側へ消えた。


私『・・・・・はい、おかーさん。いつでもいいよ♪』
母『・・・・・(力なく微笑んだ)』



しばらく粘ってみるものの、
オシッコは、出ることはなかった。
母は、申し訳なさそうに手を合わせ


母『ごめんね』


と言った。
謝ることないよ、何か用事があれば私に言ってね。
そう言い、手をしっかりと握りしめると
母も、温かい手で握り返してくれた。





夜、7時30分。
面会時間が終了に近づき、もうすぐ帰らなければならない。
看護師たちの視線が、突き刺さる。


私『・・・・そろそろ面会時間終了だ。』
母『・・・・ありがとね』
私『ずっと付き添ってあげたいんやけどね。相部屋だし、ほかの患者さんのこともあるから・・・おかーさん、また明日来るね。絶対、来るから
母『うんうん。お疲れさま』


看護師に軽く挨拶をして、私は退室した。
夜が明けて、明け方ごろ・・・母の血圧は急激に下がっていった。



page6へつづく。










9月11日(月)。


さて。転院するまでに
イロイロ(割愛部分=後ほど内容を記載)ありすぎて
精神が何度も崩壊しそうになりましたが、

母含め私たち家族は、
新しい病院でお世話になる事に腹をくくり、
朝9時半過ぎに病院を出発、10時前に新病院へと到着しました。


前病院の個室に設置した、時計とカレンダー。
時計横には身代わり地蔵様を置いています。
DSC_0555
奄美の親戚たちが心を込めて作った、千羽鶴。
DSC_0557
せん妄症の抑制になればと思い、
奄美の景色や大好きな姉たち、シマリスの写真。
DSC_0554
他には、母のメガネ、筆談用のバインダーノート。
キイロイトリやお守りががついた、母のカバン。
奄美の景色が映った、小さなアルバム。
塗り薬、口腔ケアなどの薬品類。
糖鎖パウダー。紙おむつ。。。


これらは当日まで片づけず、置いておいたので
朝8時前に病室へ向かい、すべて片づけました。


心配だった母の容態は、呼吸回数は平均より多く
血圧は若干高めではあるものの・・・ひとまず安定していました。

熱を測ると、36.8℃。
顔色は比較的良かったので、話しかけました。


私『昨日、よく眠れた??』
母『・・・眠れてない(笑)』
私『あ、そうなんか。私も実は、あんまり寝れてない(笑)』


睡眠不足の翌日は、せん妄症が出やすかったのですが
受け答えがしっかりできているので、特にひどくはありませんでした。


それでもどこか落ち着かない様子で、
心細いのか、不安なのか、やっぱり転院したくないのか・・・
頻繁にナースコールを呼び、


母『体の向きをまっすぐにしてください』


と何度も頼んでいました。
看護師さんも私も、


『からだ、まっすぐやで??』


と伝えたのですが、母的には体がゆがんだ感覚になっているようで
首を振っていました。


ひとまず、言う通りに体を動かしてあげると
母は『ありがとう』とお礼を言いました。


リハビリの先生が封筒を持って、ご挨拶にきてくれました。


理学療法士『○○さん!向こうでリハビリ頑張って、呼吸器が外れて歩けるようになったら・・・ココ(入院していた病院)まで歩いてきてよ!(笑)点滴付けながらね!タクシー使ったらアカンよ!(笑)僕ら、待ってるから!』


先生は、最後までスパルタでした(笑)
でも、この激励が一番嬉しかった言葉でした。


リハビリメニューを書いた封書を父に渡し、
『引継ぎが書いてあります。向こうの先生に渡してくださいね』
言付かりました。


9時前。


看護師さんたちが慌ただしく到着、
呼吸器の最終チェックや、カテーテルの交換、チェックなどをし、
点滴を付け替え、出発直前まで慌ただしさは消えませんでした。


・・・・早めに来て、荷物まとめておいて正解でした(苦笑)


9時半過ぎ。
病棟医と救急隊員がストレッチャーを用意し病室前に到着。


続々と看護スタッフが集まってきて、
病室を出る前にお見送りをしてくれました。


父も私も、涙を堪えながら、・・・・
父の心境はわかりませんが、
私の、このときの涙の理由は、お見送りで感激したからではなく・・・
完治しないまま病院を出て行く事の悔しさのほうが勝っていました。


『今まで本当にお世話になりました』


と見送ってくれた看護師さんたちに頭を下げ、
ナースステーション入口にも挨拶をし、
エレベーターを降り、
救急車には病棟医と私が同乗、
父は、車で病院へ追いかけてくれました。


page2へつづく。









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9月10日(日)
糖鎖パウダー投与14日目。
昼の投薬と共に小さじ1杯分を注入。
熱は37℃台、表情は比較的やわらかい。
オシッコは、頻尿に戻ってしまった。
特別な治療は、10分x3回おこなった。
夜は、眠れなかった様子。
母はしっかりと答えていた。
寝不足がやや心配ではあるものの、
せん妄症は、ひとまず落ち着いたようである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


奄美から、2人の姐さんがやってきて二日目の今日。


母の様子は、少々微熱気味ではあるものの
姉たちに弱っているところを見せられないと気を強く持っているのか
私と居るときのような脱力感・倦怠感な表情ではなく
むしろ心配になるほどの元気っぷりを発揮していた。


姉たちが滞在中、母は姉たちの体を心配していた。


遠方から来てくれているのだし、
長旅で疲れているのではないかと。


病室に長居していても体が休まらないだろうから、
家でゆっくりしてほしい、と筆談で何度か書いてあった。


しかし、頑なに姉たちは帰ろうとしなかった。
時間の許す限り、傍に居たいのだという。
明日には、奄美へ帰ってしまうからだ。


私は、母は姉たちに対する気遣いの気持ちは本物ではあるものの、
自分の弱っているところを見せたがらない性格なので
少し休みたくて、1人になりたいんじゃないか?と思った。


家族にしても大好きな姉たちにしても、
誰かが病室に居れば、気を遣う。それが母なのだ。
おちおち、寝ていられないはずである。


明日は転院の日だし、無理をさせて高熱が出た・・・
なんてことにもなりかねない。


かと言って、なんとか都合をつけて来てくれた母の姉たちの
気持ちも無下にもできない。


どちらの気持ちも分かるがゆえに、口を出すのを止めた。
結果、母が折れた(笑)


明日は、主治医が同伴で移動車に乗り込み、
私も同乗し、父は車で追いかける手筈になっている。


約5か月ぶりの外出。
短かったようで、ものすごく長く感じた入院生活。


人工呼吸器の離脱が難しいほどまでに
容体は悪化したまま、転院の日を迎えることになってしまったが、
これが今の医療の現実である。


どこの病院も、長期入院は歓迎されないみたいだ。
患者をなるべく退院させ、ベッドの回転率を上げなければ
病院の利益が下がる、と何かのサイトに書いてあった。


・・・そっか。そうなんだぁ。
もう、治る見込みのない患者は出て行けってことなのね。


医者も看護師も、精いっぱいやってくれた。
でも、結果駄目だった。


これが、大きな病院の後始末なんですね。
なんて冷たいんでしょうか。


母が入院できたのは、
以前入院されていたかたが退院したから。


そんなこと、わかってます。
そのかたがどういう理由で退院したかは知りません。
病気が治って、退院できたのなら良かったですよね。


でも、母はまだ治っていないんです。
骨髄異形成症候群も、肺線維症も。


なのに、設備が対して整っていない病院へ移動させられるわけです。
古臭い病院じゃありません。
建て直したばかりなので、新しくてきれいな病院です。


でも、医師や看護師の人数が現病院に比べると
圧倒的に少ないのです。


緊急事態が起こった場合、
人手が足らないという理由でほったらかしにされるんでしょうか。


あんまりですよ。
母が、誰に、どんな迷惑をかけたっていうんですか。。。
こんな仕打ち、本当にひどすぎます。


歳をとり、大病を患ったとしても・・・・
病院をたらいまわしにされたあげく、
入院できる病院がないなら自宅で死ねということなんですね。


この先の医療に、明るい未来はない。
母を見ていると、そう思わざるを得ません。


最後まで診てもらえることなく、
格下の病院へ転院させられるんですから・・・


外に出たいと、空気を吸いたいと願い続けて
やっと明日、少しの時間ではあるけれど・・・
ようやく外に出れるよ、おかーさん。


晴れたらいいね。転院しても、体調崩さないでね。
頑張っていこうね。


-SEASON3 page1-へつづく。







看護師さんの許可を貰えたので、次は美容師さんに電話♪


美容師『カットのみなら、寝たままの体勢で可能ですよ^^』


す、すげーーーーーー・・・!!
どうやってカットするんだ(笑)
ベッドの頭部分がガクンて変形しないのに。
看護師さんに何らかの協力を仰ぐんだろうけど・・・
見当がつかない!


予約を7月27日(木)の昼2時にとり、
当日、看護師さんに協力要請をした。







カット日当日。
この日は、私が同伴することに(*'ω'*)♪
仕事を早めに切り上げ、1時半過ぎに病室へ入室。


母『Zzz・・・・』
私『おかーさん、起きて!』
母『Zzz・・・』
私『今から寝てたら、夜寝られへんで!!』
母『・・・・(目をあけた)』


時計を見て、また寝ようとする母(笑)


私『ちょっと、おかーさん!!・・・しんどいん??』
母『・・・・ねむい・・・・ダケ・・・・Zzz』
私『寝たらあかーーーん!!!www』


うっすら目を開けて、睡魔と格闘中の母・・・
そんなこんなで看護師さん&美容師さん到着。


美容師『おまたせしましたー』
母『・・・美人にしてください(ニンマリ)』


そういって美容師さんへ向けてピースを連発する母。
本当にうれしそうだ(*'ω'*)♪


※ここからは画像でお楽しみください※



まずは、ケープをセッティング。
このときは、洗髪はせずにすぐカットに入ってました。
コームで髪を整えながらチョキチョキ。
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反対側もチョキチョキ♪

患者さんのカットにとても手慣れているようで(当たり前か笑)、
鮮やかにカットしてゆきます。

看護師さんに頭を少し持ち上げてもらいながら、
後ろの髪の毛もちゃんとカット!
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カットはおよそ30分で完了。
髪を洗ってもらい、ドライヤーで乾かしてもらいました。
このときの母の表情は、ほんっとに気持ちよさそう!!
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きれいさっぱりしたところで、
看護師さんにタブレットで写真撮影をお願いしました(笑)
これもめっちゃ笑顔!
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耳のあたりが特にスッキリしたので、
とても満足げな表情で、散髪に協力してもらった
看護師さんと美容師さんに、母は心からありがとうと伝えてた。


リハビリの先生がそのあとにやってきたけど、
髪を洗ってもらって少し疲れ、ウトウトしはじめていたので・・・
眠いからと言ってリハビリを断固拒否(笑)

が、先生に無理やりたたき起こされ・・・・
ハードスケジュールをしぶしぶこなし、
この日もリハビリ頑張りました('◇')ゞ!



page18へつづく。







ある日の会話。


母『・・・・・、・・・・・』
私『何々?どうしたん?』


筆談にもかなり慣れたようで、
自分でバインダーとペンを持ち、軽やかにペンを滑らせた。


『まごのてとうちわかってきて』


この間、背中がどうしてもかゆくて
ナースコールで看護師さんを呼んだのだけど、
クチで痒いポイントをうまく伝えられず、
結局我慢したのだという。
それで、孫の手を使って背中を掻きたいらしい。


私『いいけど、どうやって掻くん?(´・ω・`)』
母『・・・・こうやって・・・・』


体を少しねじろうとするも、まだまだ起き上がる力が足りない。
奮闘するも、呼吸数が上昇、心拍数が徐々に上がってきた。


母『・・・・・・(息切れ中)』
私『がんばれー!ガンバレー!』


平常値を超えてしまったので呼吸器のアラームが鳴り、
ふたりで思わず苦笑い(笑)


母『・・・・^^;』
私『・・・・^^;』


アラームはすぐに鳴りやんだ。


うちわは、自分で体温調整が難しいので
暑いときに煽ぎたいらしい。


さっそく、大手100円ショップへ買い出しに!
さすが○○ソー、なんでも置いてるわ(*'ω'*)♪
なるべく軽いものを選び、レジへ持って行った。


母に見せると、ベッドに置いてと言わんばかりに手をパタパタ♪
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さっそく、伸縮自在な孫の手を使い、顔を掻いている(*ノωノ)
もう片方の手で、ウチワをパタパタ♪
うちわが呼吸器のチューブに当たっているけど、、、
母は特に気にしてない様子だった(笑)


私『・・・風、くる??涼しい??』
母『・・・あんまり・・・笑』
私『じゃ、煽いであげるよ。貸して』


うちわでゆるーく煽いであげると、
久しぶりの風を感じ、目を細める母。
孫の手でなおも顔を掻いている。


私『ちょ・・・おかーさん、そこ鼻やから孫の手入らんで(笑)』
母『・・・・(ニンマリ笑う)』
私『鼻に管入ってるから、取り扱い注意ね!』
母『・・・管入ってるん?』
私『うんうん、入ってるよ。気づかなかった?なんか、イタソーやけど^^;』
母『痛くないよ。ちょっと、鏡みせて』



鏡をカバンから取り出し、持たせてあげた。


母『・・・・!!』


目を見開き、顔の角度を変え・・・
自分の顔をまじまじと見ていた。


母『・・・・・』
私『・・・・どう?久々に自分の顔を見た感想は?』


母『・・・・髪伸びたなぁって笑』
私『・・・・ソコかい!笑』


母は、手に持った孫の手で
耳にかかった髪の毛をなんとかしようとしていた。


私『・・・ねぇ、髪の毛カットしてもらえないか聞いてみよっか?』
母『・・・たぶん無理よ。』
私『難しいかわからんけど、ダメもとで聞いてみようよ♪』
母『うん、そうやな。』


看護師さんが入ってきたときに、相談してみた。


看護師『美容師さんが出張で来てもらえるなら、可能ですよ♪』
私『支えありなら最長で30分くらい座り続けられるんですけど、いけそうですかね?』
看護師『カットのみなら、そのくらいの時間配分でできると思います(*'ω'*)ただ、看護師とご家族さん同伴が必須条件となりますが。平日の朝9時から3時までの間なら、看護スタッフが最も多い時間帯なので、できればその時間帯に予約をとってもらえると助かります(>_<)』
私『わかりました。美容師さんへ一度相談してみますね(*'ω'*)』


会話を聞いていた母が、
両手を握りしめガッツポーズをしていたのを私は見逃さなかった(笑)



page17へつづく。









病室にもどると、弟が母に語り掛けていた。
母は、うつろな表情で一点をみつめ、何も反応が無い。


私『ごめん、お待たせ。』
弟『・・・おかーさん・・・僕の事、覚えてないみたい。』
私『え』
弟『僕がしきりに話掛けても、首を傾げて「誰?」みたいな感じなんよ』
私『・・・そんなはずないと思う』


母は私を目でとらえると、また何か話し始めた。
普段なら言いたいことをしっかりと最後まで聞いてあげるのだけど・・・
私は弟の横に立ち、聞いてみた。


私『ねぇ、おかーさん。この子の名前は?』
母『・・・・・・・?』
私『・・・この子、誰だかわかる?』
母『・・・・・・・』
私『・・・・・・・』
弟『・・・・・・・』


一生懸命考えてる感じだったが、ついにわからないと答えた。


私『私の弟やで。』
母『・・・・!』


思い出したようで、母に笑みが広がった。
せん妄症のせいとは言え、
自分の事を忘れられている事実を突きつけられ、
弟のショックは大きかった(´・ω・`)


これまでに、父と弟は、面会へ毎日来るものの
長居すると母の負担になると思い早々に退室していた。


私は2人に比べ比較的長い時間居るので
(休みの日などは特に)私の顔はよく覚えているようだった。


しばらくすると、看護師さんがお薬を持って入室してきた。


看護師『あ、面会中ですね。後ほどきます^^』
私『・・・ああ、例のお薬ですか?』
看護師『はい、そうです。昨日眠れていないみたいでしたので・・・』
私『ありがとうございます。私たちはそろそろ退室しますので、お薬の投与お願いします』
看護師『お薬を入れるとすぐ眠りに落ちてしまいますが、大丈夫ですか・・・?』
私『はい、大丈夫です。面会時間過ぎていますし、他の方にも迷惑になりますので・・・』
看護師『わかりました^^お気をつけてお帰り下さいね』


母は私の手を握って離さなかったが、
私はなるべく穏やかに、母を安心させるように言葉を紡いだ。


私『おかーさん、時計見て?今、夜の10時すぎ。みんなそろそろ休む時間なので、静かにしないといけないから、私らもそろそろ病院出ないといけないんよ。おかーさんに早く良くなってほしいから、しっかり睡眠とらんと元気にならへんで。看護師さんが、おかーさんのためにゆっくり眠れるようにお薬用意してくれたよ。明日になったら、元気に治療頑張れるよ。だから、そろそろおやすみ(*'ω'*)』


母は、手のチカラを緩め。。。
小さくうなずき、手を振ってくれた。


その夜、母は覚めることなく・・・・
静かに、静かに深い眠りについたようだった。


次の日の面会時に、
ゆうべは穏やかな表情で寝ていたと看護師さんが教えてくれた。



page15へつづく。












父『・・・!?おい、大丈夫か!?』
母『・・・・・、・・・・・、・・・・・っ』


とても苦しそうな表情の母に、
何をどうしていいのかわからず
ひとまずナースコールを押すが・・・
ナースステーションからの応答がない。

父『すぐ呼んでくるからな!』

母にそう言い、ナースステーションを覗いても誰も居ない。

父『・・・・、なんで誰も居おらんねや・・・!』

静かな病棟。人の気配がない。
就寝時間はとっくに過ぎているため、廊下は当たり前のように薄暗い。
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父は看護師を探し続けた。
すると、緩和ケアから歩いてくる1人の看護師を見つけた。

父『すんません!アラームが鳴ってて。。。診てもらえませんか!?』
看護師『はい!確認します!』


病室へ看護師と入室した時にはアラームは止まってはいたが
心拍数上昇、酸素供給、血圧が低下していた。

看護師は、痰の吸引が必要だと判断。
母に断りを入れ、吸引の処置に取り掛かった。

看護師『・・・・はい、すぐ終わりますよーもう少し、頑張ってください・・・・』
母『・・・・・っ』
父『・・・・・』
看護師『・・・終わりましたよ、お疲れ様でした^^』
母『・・・・(うんうんと頷いた)』

父はホッとした。

看護師『頭の位置はどうですか??』
母『・・・・・』
看護師『ちょっと下げますかー??』
母『・・・・(うんうんと頷いた)』
看護師『はーい、じゃ、少しさげまーす・・・どうですか??』
母『・・・・(苦しそうな表情で首を振る)』
看護師『ん、もうちょっと下げますー??』
母『・・・・(イヤイヤと首を振る』
看護師『下げ過ぎたんですね、ごめんなさい。少しあげまーす・・・どうですか?』
母『・・・・(うんうんと頷き、目を瞑った)』


父『・・・・今、どういう状態だったんですか??ちょっと、よーわからんくて・・・』
看護師『あ、はい。人工呼吸器をつけているかたは定期的に吸引処置が必要になるのですけど、溜まってくると呼吸がしづらくなり、患者さんの心拍数が上昇してくるので、アラームが鳴るんです。アラームの種類はいくつかありますので、まずはモニターをチェックし、どれが原因として一番疑わしいかを判断しています。酸素が正常に供給されるようになったので、奥様はお休みになられたようですね^^』
父『・・・あぁ、そういう状況だったんですね。ナースコールを鳴らしてもすぐ来てくれなくて、結構焦りました・・・』
看護師『そうですよね、申し訳ありません(>_<)必ず誰かはナースステーションに1人常駐していなければならないのですけど、今日は3人しか居なくて・・・・言い訳をするつもりではないのですけど、たまたま全員出払っているときにナースコールが鳴り、対応が遅れてしまいました(>_<)お母様はご自身でナースコールを押すことができないので、他の患者さんより優先して診ては居るのですけど・・・・コールが被ってしまうと、迅速な処置が非常に難しくて;;;』
父『たった3人なんですか!!それは忙しいですね(>_<)』
看護師『看護師不足が深刻でして、病棟は何人もの患者さんを掛け持ちで看なければならないので、特に続かない人が多くて;;;不安にさせて本当に申し訳ありませんでした(>_<)』
父『いえいえ・・・大変ですね、看護師さんも・・・・』
看護師『なるべく迅速に対処させていただきますね!ではまた何かありましたら仰ってください。失礼しますm(_ _"m)』
父『どうも、ありがとうございました┏○))ペコ』


父は、看護師さんが出て行ったあと
母の顔を覗くと・・・・起きていた。
さっきの会話を聞いていたのだろう。
しきりに何かしゃべりたそうにクチを動かしていた。

母『・・・・・、・・・・・・。・・・・・・・!』
父『・・・・ん??もう一度呼ぶんか??』


母は首を振り、しきりに何かを説明する。

父『・・・・・?』

母は視線をドアの方へ向け、さらに何かを説明した。

父『・・・・ひょっとして、帰れって言ってるんか?』
母『・・・・(うんうんと頷いた)』
父『お前、しんどくなっても自分でナースコール押せやんのやぞ?』
母『・・・・・』
父『傍におるから、もう休め』
母『・・・・(首を振り、か・え・れのクチの動きを繰り替えした)』
父『・・・・・わしが居ると、休めんのか??』
母『・・・・(うんうんと頷く)』
父『・・・・わかった。泊まらなくても大丈夫なんやな??』
母『・・・・(ニッコリと頷いた)』
父『じゃ、今日はこれで帰るわ。また明日来るからな。』
母『・・・・・(目を瞑る)』



父は、深夜2時ごろ帰宅したようだった。
次の日、会社にて私に昨日の出来事を話してくれた。

母は、ナースコールを押せない体でも
家族に頼ろうとせず病院側を強く信頼し、
『私の事はいいから休んでください』とでもいうように
この日を境に家族との長時間の面会を拒むようになった。



page3へつづく。





無事に引っ越しが済んでからその日は、
レントゲン撮影、エコー、CT、人工透析、体のマッサージケア等々・・・
母にとってはイベント盛りだくさんのめまぐるしい1日となった。

私は引っ越し当日、病棟医から心配停止した時の話を聞き終え
母が落ち着いて病室へ戻ったのを確認してから会社に戻り、
病棟医に言われたことを報告し、相談をした。

報告は心配が停止したときの対処方法や検査の概要、結果。
相談内容は、強制ではないが今夜家族の誰かが
母の病室へ泊まることが可能であれば
傍についててやってほしい、と言われた事だった。

病棟医は私に言った。

病棟医『今まではICUで24h、患者1人につき1人の看護師がついていたので手厚い看護が出来ていたのですが・・・ICUに比べると看護師の人数が極端に減ってしまうので、日中は看護師1人がおよそ5~6人の患者を兼用で看ることになります。お母様は特別観察室で治療しているので、他の患者さんよりは優先して診てもらえる状況下にあります。1時間に1度の頻度でお伺いすることになるのですが、夜になると、看護師の人数がさらに減ってしまうのでなかなか来ることができない可能性もあるんです。お母様は声が出ず、腕を動かすチカラがないため、用事があってもナースコールを押すことが出来ません。センサーで拾うにしても、チカラが弱すぎるため反応しないのです。お母様はひょっとしたら不安に思うかもしれないので、ご家族の誰かが傍についていてくれれば、万が一看護師がなかなか来れない状況下になっても、多少は心強いかと・・・』
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・・・そっかぁ、そういう状況なんだ・・・
ナースコールが押せないなら、確かに不安がかなり大きい。
息が苦しくなっても、ただ待つしかできないのだから。

【人工呼吸器のデメリット】
・痰が定期的に溜まる。

気道がふさがってしまい、息苦しくなる。

詰まってしまう前に除去。

吸引している間は呼吸ができない。

患者の苦しさは変わらない・・・。

除去後は、気道確保ができるので呼吸がしやすくなる。

また、痰が溜まる。

繰り返し・・・・・
「痰吸引」の画像検索結果
こんな感じで処置していただいております・・・。





吸引している間は、心拍数が上昇している。
チューブを取り外しているためアラーム音が鳴り響く。
装着している間は、これが延々と続く・・・・(>_<)

また、人工呼吸器を装着しているとはいえ
母も多少は自発呼吸が出来ている状態なので・・・

・時々、人工呼吸器と喧嘩する。

つまり、規則正しく酸素を送り続けている人工呼吸器に対し
母の自発呼吸とタイミングが合わず、苦しくなるようで
眉間にシワがよることがしばしば起きた。

息継ぎのタイミングがうまくできないのだ。

水面はすぐそこに見えているのに
顔を出したくても出せない状況に陥るのだろう。。。

想像でしかないけど(´・ω・`)
こんな状態でどうやって寝るんだ・・・・


・ベッドの角度によって息苦しさが変化する。

チューブが正常な状態(屈折していない状態)なら
酸素供給は安定しており、痰が詰まらない限りは
息苦しさはさほど感じ無いようである。

が・・・・、

ベッドの上部を上げたり下げたりしたとき、
チューブが屈折してしまう事があるようで
操作をするときは充分に気を付けなくてはならない。

少しだけベッド上部を上げた状態のほうが
母は落ち着いて寝ていられるようだった。






父がこの日、泊まることにした。
看護の観点では何もできないが、
母の異変に気づけばすぐナースコールを押してやれるから・・・
理由はそれで十分だった。

仕事を終えて、風呂と食事を済ませ
病室へやってきた父。
特に何をするわけでもなく、
ただ、看護師の処置を眺めていたり
母に言葉少なに語り掛けていたようだ。

夜はどんどん更けてゆき・・・
父もうとうとし始めた頃。


けたたましいアラーム音が病室中に鳴り響いた。


page2へつづく。

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