メソメソのblogー母が骨髄異形成症候群になる-

2017年3月16日、母が60歳にして骨髄異形成症候群と診断されました。
このブログは母の闘病記録して更新していきます。

タグ:痙攣






(閲覧注意です)

9月22日(金)。
ブログの更新を終え、母の手を握りながら時計をみると
時刻は0時30分すぎ。


母の手は、少しだけ冷たい。


エアコンを切り、布団をかけなおし、手をさする。
冷えないように、冷えないように。
おかあさん。私が付いてるから。
大丈夫やで。怖くないよ。


ふと、母の異変に気付く。


私『・・・・おかあさん・・・・?』


突如、目をシパシパし始めた。
顔が小刻みに震えている。
アラームの音が、次第に加速する。


私『・・・・おかあさん、おかあさんっ・・・・』


しばらくして、痙攣はおさまった。
しかし、アラームは依然として鳴りやまない。


私『・・・・・』


髪をなで、肩をさすり、モニターを注視する。
酸素濃度は97%まで上昇していたが、心拍数は40台まで減少。
つないだ手のぬくもりが、
だんだん離れていく感覚に陥った。



再び、痙攣が始まる。
同時に、けたたましいアラームが鳴り響く。
まるで、母の叫びにもとれるような音だった。


体が引きちぎられそうな、、、
なんと形容してよいのかわからないが、とにかく恐怖感を覚えた。


私『・・・・おかあさん、すぐ、看護師さん呼ぶからっ・・・!』


力いっぱいナースコールを押し、
数秒後看護師さん2名がかけつけてくれた。


私『・・・・母の、痙攣がっ・・・あの、あの・・・っ』
看護師『・・・ほとんど、自発呼吸できていない状態です・・・』
私『・・・家族、に、す、すぐ電話、してきます・・・!!』


ケータイどこだっけ。。。
かばん、かばん・・・・ない、ない、、、ない!
ケータイどこ!!!
・・・・ソファにあった!!


私『おかあさん!お父さんたち呼ぶから!!待ってて!!!』


壁にぶつかりながらデイルームへ移動し、
深夜と言う事もあり、静かに廊下を移動しなければと思いつつ
はやる気持ちを抑え・・・急いで父へ電話を入れた。


私『・・・・・早く出て、お父さん・・・・!!』


長いコールの後、止む追えず呼び出しを中止。
続いて、旦那に電話を入れると、すぐに出てくれた。


私『・・・お願い、お父さんと弟を起こしてすぐに来て・・・・っ!』
旦那『わかった!』



その後すぐ父から折り返しの電話が来た。
同じように伝え、母の元へ戻る事数分後。


看護師さんが、聴診器をあて胸の音を聞いていた。
心電図モニターの脈拍は、20を切っていた。


私『・・・おっ、おかーさん!!おとうさんたち呼んだ!!』
看護師『ご家族さんは、どのくらいで来られますか?』
私『早くても、10分・・・15分ぐらいかかるかもしれません・・・っ』
看護師『わかりました。当直医呼んできます』


看護師が出て行った直後、
母の、脈拍はーーーーー・・・・・・・
父たちの到着を待たずして、
波形を刻むことをやめてしまった。



私『・・・うそやろうそやろうそやろ、おかーさん、もうすぐお父さん来るんやで!!それまでここに居ってよ、ねぇ!!!ねぇ、おかあさん!!!!!う・・・・わぁあああああ~~~~・・・・・・っ』


当直医が到着、一礼をして
脈をはかり、反射がないかどうか丹念にみてくれたのち・・・
当直医は、静かに告げた。


『9月22日、午前1時12分。お亡くなりになりました。。。。』


ーーーーー告知後。
私は、母の顔をしっかりと見る。
命が尽きる瞬間まで、顔を見ながら
懸命に父がくるまで待ってほしいと頼み続けた。

痙攣がおさまった母の表情は、
目はうっすらと開いてはいたが・・・心なしか、とても安らかだった。
瞳の色は、黒いまま。。。

痙攣が起こったのはほんの少しの時間だっただけで、
特に苦しむ風でもなく、痙攣はあったもののひどく暴れることもなく、
静かに息を引き取った。

人工呼吸器は、なおも母に酸素を送り続けていた。
しかし、脈拍は回復しない。
呼吸回数もカウントしない。
心臓マッサージもできない。

理由は、心臓マッサージの圧力により、
母の体内で出血が起こってしまう可能性があるからだ。
血小板の数値が10000(通常は30万)を切っていた母にとって、
体内出血を伴う処置は命取りになる。

息を吹き返したとしても、また苦しみが待っているだけ。
以上の理由から、心臓マッサージはできない、と言われていた。


泣きじゃくる私の背中をさすりながら、
看護師は私にやさしく告げた。


看護師『これから、お母様のお体を綺麗にさせていただきますのでデイルームでお待ちいただけますか?』
私『・・・・・はい・・・・・よろしくお願いします・・・』



看護師は私に歩調を合わせながら、
ゆっくりデイルームまで促してくれた。


ひとりぼっちのデイルーム。
窓から見える景色は、夜のネオンがキラキラと輝いている。
デイルームにはドアがないので、
静かに寝ている患者さんが近くに居るため泣き叫ぶわけにもいかず・・・、
嗚咽をこらえながら、呼び出されるまで出来るだけ静かに待ち続けた。


ほどなくして、旦那が来てくれた。


旦那『・・・・・・』


だまって、肩をさすり、傍に座ってくれた。


旦那『・・・・おかあさんは・・・?』


私は、首を横に振った。


旦那『・・・・・そうか・・・・・』


その後、弟、父も到着。
母のことを伝えた。


私『午前1時12分だった・・・間に合わすことが出来なくて、本当にごめんなさい・・・!!』


真夜中のデイルームには
母を愛して止まない家族の、悲痛な鳴き声がこだました。



page13へつづく。










病室に着くと、
母の友人に付き添いを頼んでいたので、
私が到着するまでの間、
看護師や医師に対して
しっかりと対応してくれていたのでとても助かった。


心電図モニターや呼吸器モニターは
思ったより安定していた。


血圧以外は・・・の話だが。



どうやら、大量に便が出ていて
便の中に出血が混じっており、
血圧が低く悪条件が重なってしまい、
下手に母の体を動かせば
それだけで体力を消耗すると判断し、
危険な状態になるおそれがあったので父へ電話をしたのだという。


酸素濃度は100%をキープ中。
脈拍は80台。


とりあえず母の容態が落ち着くまで、
衛生面で不安はあるものの、総合的に判断し、
便の処理については一度休憩せざるを得なかった。


午後、看護師がきれいにおシモの後処理をしてくれた。
母の体の向きを変えたり痰吸引をしてもらったが
特に容態の悪化は見られずだったので、
ひとまず安堵した。。。


大量の便、そして血液が混じっていた件だが、
勝手な想像だが、昨日の電位治療器のおかげで、
体の中に溜まっていた悪いモノ(悪血含む)が
出たのかなぁ、と都合よく考えた(笑)
この考えに、母の友人も同意してくれた。


母のピンチには必ず私が駆け付ける。
すると、少しずつではあるが回復していく。
本当に、本当に説明がつかないほど不思議な現象だ。


母の友人に私が到着するまでの間、
付き添いを頼んでいたおかげで、
母も心強かったのでは、と思う。


誰もいない環境だったなら、
母は転院して次の日には旅立っていたかもしれない。


こんな状態になっても尚、母は医師のド肝を抜いた(笑)


『素晴らしい生命力です。転院から現在に至るまで、医学的にはお母様の体は限界のはずなんです。失礼な言い方になってしまいますが、ここまで持つのは信じられません。』


今日の担当看護師に、
昨日から再開した『特別な治療』の概要を簡単に説明し、
使用許可をいただいた。


血圧が低いのが心配だったので、
今回も5分間のみ行った。


母は、静かに目を閉じた。。。


夕方、商談を無事に終えた父が交代に来てくれた。
数値を見て、目に涙を浮かべながら喜んでいた。
今夜は父が泊まる、と申し出てくれたが
なんだか疲れてそうにみえたので
『私が代わるよ』と申し出た。
少しでも休んでもらいたかった。
私のほうが若いんだし(笑)
冗談交じりに笑いながら言うと、父は観念して甘えてくれた。


私は仕事を丸投げで会社を飛び出してきたため
後処理をするべく会社に戻った。
会社についてすぐ、父から連絡が入った。


父『メソメソが病室を出てすぐ、2回痙攣が起きた・・・先生の判断で、鎮痛剤(即効性の強めの薬)を入れてもらうことにした』
私『・・・うん、わかった。異論はないよ。おかーさんをなるべくラクにさせてあげて』
父『・・・・・ほんとに、すまん・・・・・』
私『・・・やっぱ、私が離れたらあかんなぁ(笑)ソッコーで仕事終わらせて、風呂入って食事済ませてそっちいくね!おかーさんに待っててって伝えて!』
父『わかった。お前が娘でよかったよ。気を付けて来いよ』
私『うん』



夜8時まで仕事をし、家で簡単に食事を済ませ
風呂にはゆーーーーっくり入って、
少し仮眠をとったあと、弟と交代した。


酸素濃度は、昼の間は常に100%をキープしていたのに。
夜11時ごろは、70後半まで下がっていた。


私『・・・・』


看護師を呼び、酸素濃度の圧?を
60%→70%まで上げてもらうよう頼んだ。


深夜0時現在。
心拍数50後半、血圧47/24、酸素濃度80後半まで引き上げた。
今のところ、痙攣らしき行動は見られない。


このまま・・・穏やかに時が過ぎるのを祈りながら
夜明けを待つ。

・・・こんな時まで病室へパソコンを持ち込み、
ブログを書くなんて不謹慎だなと自分で呆れる(笑)



page12へつづく。



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