出発前、前夜の事。
親戚一同、食事をしていたときに、
従妹の兄が言った言葉を聞いてください。


従妹兄『こんな時でしか集まれない、と言うのはあまりにも寂しすぎる。奄美大島と和歌山の距離は、決して近いとは言えん。でもね。せっかく恵子姉ちゃん(メソ母の事)がせっかく繋いでくれたんだから。今までは遠くにいる親戚だったかもしれんけど、これからは『家族』として向き合いたいち思うとる。奄美へ来たら、和歌山に行ったら、必ず集まるようにしよう!必要以上の遠慮なんて、これからはナシや!』


現在、社長(41歳)をやっている、従妹の兄。
早くに父を亡くし、やんちゃを沢山して母を困らせてきた彼だったが
14年前に独立し、家族を守り、会社を今日まで守ってきた。
想像を絶するほどの苦労をしてきたのだろう。。。
彼の言葉の一つ一つがとてもたくましく、芯があり、心に響いた。


叔父ではなく『○○兄』と呼び、
叔母ではなく『●●姉』と呼び、
年下の従妹はみんな呼び捨て。


呼び方ひとつで、こんなに堅苦しくなくなるんだなぁ・・・。
こんなに、近づくことが出来るんだ。
この日、兄と姉、妹と弟が一度に沢山できたような気がした。


従妹兄『メソメソ。そこは遠慮するとこじゃないが?自分の父親には、カラダ壊すかもしれんからお酒飲みすぎるなって言えるのに、義理の親父には言わんつーのは違う。産みの親には遠慮せんやろ?だったら、旦那の親にも同じように言わんかいや。同じように心配せなあかん。』


従妹兄『おい、タダシ。自分が兄貴に頼んだんやろ?”それ、お皿に取って”と。兄貴が皿に盛ってくれたら、グダグダ言わずに喰え!なーにが”やっぱり食べれない”ちゃ。男が一度言うたことを覆すなち』


こんな兄ちゃんと一緒に育って居たら、
私ももっと芯の熱い、心の太い人間になれたかも、、、
なんて思ってしまうほど、説得力があり、
社長の風格だなぁと思えるほどに
ブレることのない、素晴らしい考え方だと感心した。


従妹兄に限らず、奄美の知り合いはすべて情に厚い人ばかりである。
沢山の人に知ってもらいたいので、ぜひとも島の風習を紹介したい。


まず・・・・


断らない!
特にいただきものなどは、断る=無礼に値するらしく
基本的には嫌な顔をせず、すべて贈り物はいただくらしい。


鍵を閉めない!
これは奄美大島の地域にもよると思うが、
基本的には玄関は開けっぱなし、との事。
皆が知り合いなので、勝手に家に上がり、
くつろいでいると、ご飯が出てくるのだという。
要するに、人を疑う事をしない人たちの集まりである。
なので、人を傷つけると言った事件・事故は起きないのだそう。


食べきれないほどの食事が出る!!
綺麗に完食=ご飯が足りないと思うようで、
お茶碗やお皿がからっぽになることはまずありえない。
次から次へと出てくる食事達。
それも、すべて手作りなのだから本当に驚きである。
私などは、お皿が片付かなくてやだな・・・と思う事でも
親戚たちからすれば『また明日たべればいいから』と言って
笑顔で冷蔵庫に仕舞うのであった。


涙もろい!!
情に厚いからこそ・・・だと思うのだが、
再会した時はうれし泣き(周りはもらい泣き)、
思い出話に花が咲きうれし泣き、
別れがつらくて悲し泣き(周りはもらい泣き)・・・
と言うように、ハンカチを手放せないほど
とにかく泣き上戸な親戚たちである。


・・・と、まぁもっと思い起こせばあると思いますが・・・、
思い出したらまた書き足しますので、このあたりで抑えておきますね(笑)


風習とは関係ありませんが
地下鉄や電車がなく、交通手段は車かバス、とのこと。


道路は片側一車線、歩道は広くとってあるので
自転車走行はとても安心・安全です。


のんびり走っている車や、迷惑駐車などに
クラクションを鳴らすことは絶対ないのだそう。


その車がどくか、通行できるようになるまで
待てる人たちなのです・・・


そりゃ、事件や事故は起きませんわね^^;
慌ただしくない環境で、のんびり仕事をしたいです。


そんなこんなで奄美空港にて別れを惜しまれながら、
無事に帰路に着きました。


母が奄美大島出身であることに、感謝できた数日間でした。