メソメソのblogー母が骨髄異形成症候群になる-

2017年3月16日、母が60歳にして骨髄異形成症候群と診断されました。
このブログは母の闘病記録して更新していきます。


主治医『今日は人工透析の予定でしたが、今日も尿毒素の値は基準値ですので、見送りしましょうか』

先日から幾度となく、見送りが続いていた人工透析。
週二日透析を回す予定だったのが見送りとなった。

そして、6月26日(月)。
ついに、主治医から聞きたかったアノ言葉を聞くことが出来た。

『おめでとうございます。人工透析卒業ですよ^^』

やっと、腎臓の機能が復活した!!
母も私たち家族も、安堵した。
尿毒素がたまり始めれば、また透析をしなければならないのだが
ひとまずは安定という事だった。

ただ・・・・、
オシッコが出すぎているため、
若干脱水症状が出ているとの事。

身体は全体的にむくんでいる。
特に、手足が酷い。
が、血液中の水分が足りて無いようで
全体的な水分バランスの調整が難しそうだった。

喉が渇くようで、よく『喉乾いた』を連呼するようになる。
しかし、飲み水を飲ませることが出来ないため、
水分を含ませたスポンジで口の中を塗布する頻度が増えた。

リハビリは極めて良好。
ベッドサイドに座っていられる時間が、少しずつ長くなってきているし
まだ肘を上げるチカラはないが
指先から手首にかけてはかなり動けるようになり
文字盤を滑らせたり、握手をして握り返すまでに回復。

呼吸量は『260~320』あたりが平均値。
リハビリをするとどうしても体力を使うため下がってしまうが、
ベッドに横たわり、安静にしていれば問題のない数値である。

あとは・・・ひとつ、気になることが出てきた。
それは

不整脈。。。
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6月27日(火)の面会は、
仕事が終わって18時回ったころに向かったのだが
何やら病室が騒がしく、看護師さんの出入りが目立った。

病棟医も病室へ来て、事の経緯を簡単に説明してくれた。

私たちが来る1時間ほど前、不整脈が出ていたとの事。
しかも、結構危険な波形だったらしい。
循環器専門医を呼び、原因を突き止めるため
しばらく病室の外で待機していてほしいと依頼があった。

不整脈が出ていることは、ICUの時もちょくちょく出てはいた。
ICU担当医の口ぶりからしても、
そんなに深刻な事でもないだろうと思っていたので
今回の不整脈は、想定の範囲内だろうと安易に考えていた。

しかし、軽視できるような波形ではなかった。
心臓が止まってもおかしくない。そんな波形だったであると。
家族に電話をしようか、判断を決めかねるほど悪い状態だった事を知る。

母の場合、血小板数値が2万台しかないため
心停止した場合、心臓マッサージはできない。

何故なら、心臓マッサージはチカラを込めて押し込むため
内臓出血をする患者さんもいるのだとか。
母が内臓出血してしまえば、命を取り留められなくなり
さらに危険が増すとの理由・・・・


心停止だけは絶対阻止したい。
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≪不整脈の原因と対策≫
①人工呼吸器の酸素供給量の減少。

人工呼吸器離脱を目標に、モードをサポートに切り替え、
圧は20%、濃度を35%維持していたが、
これにより、リハビリ時は常に酸素不足だったのではないかと推測。
今後は人工呼吸器のモードと圧はそのまま、
濃度を45%まで引き上げ様子を見るとの事。

②脱水症状(血液中の水分不足)

尿の排出量が増えたので、人工透析を離脱。
血液中の水分が不足しはじめたため、
今後は点滴により水分を補うとの事。







ひとまず、原因と対策はハッキリした。
母の不整脈は、次第に落ち着きを取り戻した。


昨日は、懸命にリハビリを頑張っていて。
文字盤を指で触るようになってきていて。
買ってきた壁掛け時計を見ながら、少し微笑んだり。
甘いものが食べたい、と連呼していたり。
寝ている顔はとても穏やかだったのに。。。

体調崩すときは急降下。。。

でも、まぁ。
入院している以上は、何もないはずはない。
辛いけど。びっくりするけど。

マラソンだって、長距離になればなるほど
体が悲鳴をあげる。

おかーさんは、病名を告知されてから3か月経ち、
入院して2か月が過ぎた。

もっと長く入院している人からすれば
『2か月しか経ってないじゃん』って思うかもしれない。

でも、ごめんなさい。。。
2か月という期間、ホントに長く感じました。

4月18日に入院生活が始まり。
4月20日に抗がん剤治療開始。
4月25日に無菌室へ移動。
5月5日に肺炎を患いICUにて人工呼吸器装着。
5月8日に顆粒球輸血処置開始。
5月16日に24時間人工透析処置開始。
5月24日に気管切開手術。
5月31日に、ICU卒業。無菌病棟へ帰還。
6月1日から口腔外科的処置、皮膚科的処置開始。
6月2日からリハビリ開始。
6月26日に人工透析卒業、オシリの管も卒業。





そして、現在に至ります。
振り返ればあっという間だったかもしれないけど
この一件で、まだまだ長く険しい道のりなんだなぁ
と思い知らされた日でした。

おかーさん。
みんな応援してくれてます。
頑張ってるおかーさんの姿は、みんなを元気にします。
頑張ってくれてありがとう。
生きていてくれてありがとう。

おかーさんは、みんなにとってなくてはならない存在です。
頑張っていこうね。



page9へつづく。







昨日の面会時。
母がちょうどリハビリをしているところに立ち会えた。

母は、私を目でみつけると嬉しそうに笑った。

『頑張るからね。見てて。』

クチパクで私に伝えた。
このときの唇の動きは、不思議と一度で読み解くことが出来た(笑)
いつもなら、文字盤でたどりながら会話しないとわからないのに。
本当に不思議だ、親子のチカラかな(*ノωノ)

理学療法士さんは、母に語り掛けながら
指についているセンサーを丁寧にはずし、
ベッド上部をゆっくりとあげ、
足元のベッドをさげ、
人工呼吸器の管の向きや画面を触り、
酸素濃度設定も変更していたようで
アラームが頻繁に鳴り始めた。

療法士『足、コッチ(ベッドサイド)へ下しますよー』
母『・・・・・(コクコク)』


ゆっくりゆっくり、コードが絡まらないように
理学療法士さんは母の両足をかかげ、
ベッドサイドへ下した。

療法士『体、起こしますよー頑張ってくださいね~』
母『・・・・・』


理学療法士さんに支えてもらいながら、
無事にベッドサイドへ座る事が出来た!
※モザイク下手ですみません(´;д;`)※
DSC_0501
メソ『お・・・おおおお~~~!』

さすがに表情は苦しそうで、
頭を持ち上げるチカラはまだないらしく、
だらーんとチカラなくもたげたままだった。

普段、寝ている姿しか見たことがなかったが・・・
2か月ぶりに起き上がった母の姿は、
かなり痩せているような印象だった。。。

クチから食べ物を摂取しておらず、
オシッコもウンチも、管から排泄だから・・・
動きがかなり制限された状態が
2か月以上も続いたわけだし、筋力が落ちているのも無理もない。

首を上下左右にゆっくり、ゆっくり動かす。
体を少し動かすだけで、かなり体力が消耗するのだろう。
酸素量が徐々に減っていってるようだった。

理学療法士さんは酸素濃度を調整しながら

療法士『深呼吸しましょう~~吸ってー吐いて~~』
母『・・・・・、・・・・・、・・・・・っ』
療法士『吸ってー吐いて~~、吸ってー吐いて~~』
母『・・・・っ、・・・・・っ』


と、理学療法士さんの動きが止まった。

療法士『・・・・メソさん、今、声聞こえました?』
メソ『え!?』
母『・・・・・、・・・・・・っ、・・・・・・(深呼吸中)』

私はベッドから少し離れた場所から
見守っていたので気づかなかったが、
理学療法士さんにだけ

『シンドイ』

と、かすかに母の声が聞こえたようだった。

療法士『気管切開している間は、声は出せないはずなんですけどねぇ・・・』
メソ『そ、そうですよね・・・・』
療法士『でも、確かに聞こえたんです。というか今回が初めてではなく・・・今までにも何度かありまして^^;』
メソ『え!?おかーさん、喋れるん!?( ゚Д゚)』
母『・・・・・??・・・・っ、・・・・っ(深呼吸中)』


喋ってないよと言わんばかりに首をかしげ、
また深呼吸のリハビリを自発的にし始めた。

メソ『・・・・声、聞いてみたい。』
療法士『そうですね。何かの拍子に声が出ることがありますので、楽しみですね^^』
メソ『ハイ!( *´艸`)』


ベッドサイドに座っていた時間はおよそ10分程度。
ここまでが体力の限界のようだった。

ゆっくり、ゆっくりとベッドへ体を横たえ、
呼吸器の角度の調整を行い、痰吸入を施し、
次は手足のマッサージ処置に入った。

メソ『おかーさん、お疲れ様。めっちゃ頑張ったね!』
母『・・・・・(ニコニコと頷く)』
メソ『ご褒美に、奄美の曲かけるよ!・・・聴こえる??』
母『・・・・・・』
メソ『・・・・・・・』
母『・・・・(聴こえないと首を横に振る)』
メソ『じゃ、もう少しボリュームあげてみるね。・・・どう?』
母『・・・・・・・』
メソ『・・・・・・・・』



その時。


母『・・キコエル・・』


メソ&療法士『!!!!!』


聞いた!確かに聞いた!!!!
少ししゃがれた、母の声!!!!!
呼吸器のせいで、母の本来の声色ではなかったが
確かに聞こえたーーーーーー!!!

メソ『おかーさん!!今!!自分の声出てたで!!』
母『・・・・!?(ウソ!?の唇の動き)』

それから、何度か声を出そうと必死に頑張っていたが・・・・
体力の低下が気になっていたこともあり、
無理させたくなくて、おかーさんに休むように伝えた。

母は少し残念そうだった。

私が聞いた言葉はこの1回だけだったけど
嬉しくてうれしくて、奄美メンバーへラインを送ってこのことを伝えた。

動画も撮影したので、編集をし、拡散した(笑)
だってだって、ほんまにすごいんやもん!!!
母の事を心配してくれている友人や会社の同僚たちには
面会我慢してもらっているので、
動画を見せて安心させてあげたかった。

人工呼吸器を装着している姿に驚きを隠せないで居る人が多かったが
(当たり前だけど(;´Д`))
それでも、退院に向けて一生懸命頑張っている母の姿を見て
元気づけられている人がとても多かったのが嬉しかった。

おかーさんは病気になっても、
周りに元気を与えている。
それが誇らしくもある。

先日、闘病の末逝去された小林麻央さん。
周りに元気と勇気と、愛情を与えながら全うされたのだと思う。

『愛してる』の言葉。
命尽きる最後の時まで、思いやりの心を持ち続けた女性。

市川海老蔵氏の記者会見は、本当に泣けた。
私自身、麻央さんのブログの読者であり、
母の病気の事で気落ちしていたときに
真央さんのブログを読んで勇気づけてもらったことが何度もある。
いつか病を乗り越え、梨園の妻として再び活躍されるだろうと願っていた。
本当に悲しかった。失礼なことだけど、母と真央さんを重ねて見ていたから。

悲しかったけど、小林麻央さんの人生を乳がんでひとくくりにするのだけは
止めておこうと思った。彼女自身が、そう伝えていたからである。

「がん」になったことだけが、私の人生すべてではない。
愛する人と出会い、2人の宝に恵まれ、私は幸せだ、と言っていた。


素敵な言葉だし、母をそういうふうに考えるのをやめようと思わせてくれた。
うまく言葉が出ないけど。。。。
病気になっても、それがすべてではなく
長い長い人生のほんの一部なんだと真央さんが教えてくれた。

真央さんのように下を向かず、明るい未来を夢見て、
これからも母と一緒に歩んでいきたい。




小林麻央さんのご冥福、心よりお祈りいたします。






page8へつづく。






さて、本日はXデー・・・いやいやちがうちがう。

華麗に滑り倒したところで、本題に参りましょう。
以前、顆粒球輸血の為に白血球促進剤を投与したことを
読者の皆様は覚えてらっしゃるだろうか。

ワスレチャッタヨ!!ってかたは復習をどうぞ!


記事タイトル:気分は『一定時間無敵状態』

http://kanngaetudukeruhibi.blog.jp/archives/1992473.html
※リンクの貼り方いい加減勉強しないとなぁw※

本日は採血の日。
血液に異常がでていないか調べる日でした。
ハイ、検査結果は良好でした!
伏線貼ってたわりに期待を裏切りすいまてん(笑)

あれからひと月以上。
ホントに目まぐるしい日々だった。

それが今はどうだ。

人工呼吸器、人工透析をしながら生きてそこに母が居る。
回復状態はさらに上々な仕上がり!

今の状態は・・・・

・人工呼吸器装着(サポートモード、濃度35%)
・人工透析処置(週2→週イチ、離脱濃厚!)
・唇の動きがハッキリとしてきた。
・口腔内の出血はほぼなし、歯磨き開始できるようになる。
・リハビリの甲斐あって手足が結構動くようになってきた。

そして、今日の母の訴え。

『ココア!!ココア!!コ・コ・ア!!!』
『お茶飲みたい!お茶!お茶!!』
『飴!飴!!飴なめたい!!』


・・・・・

・・・・・・・・

えー、声は勿論出ていません(笑)
ではなぜ、言いたいことがわかったのでしょうか??

回答時間は30秒です。





















はいっ時間切れ!!!


正解は、、、


『文字盤を使ったから』
でしたー!!


文字盤とは、コレ。
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ちなみに。
おかーさんの手が動くと言っても、
頭を書いたり手をあげるほどのチカラはまだありません。

なので、ある程度頭文字の唇のカタチをみて、
文字をさし、あたり文字なら頷いてもらい
ハズレ文字なら首を振ってもらうというやり方です。
結構大変な作業になるのですけど、
母にとっても良いリハビリになるので、
母自身がしんどくなるまでこの方法で会話しました(。-∀-)

読唇術にはほど遠い('A`)

話はもどりますが、母がしきりに訴えていた

『ココア飲む』
『お茶飲みたい』
『飴食べたい』


ですが、人工呼吸器をつけている間は
飲み込むことができないので、我慢してもらうしかないのです。

ただ、口腔内に甘い蜜などを塗布することはできると
仰ってくださいましたので、母にそう伝えると・・・

『・・・・・・』
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明らかに落胆してました(´・ω・`)

誤飲、水分が気管に入ってしまうと
むせるどころの騒ぎではなくなってしまうので・・・・
  
思わぬ事故になり兼ねないとの事でした。


欲求が出てくることは、正直嬉しいことですが
同時に残酷だなぁと感じる事でもありました。

自分の体を自由に動かせない。
声を出して話をすることができない。
食べたいものも満足に食べれず、いつも流動食。。。

我慢、我慢な毎日なのに
強制的に我慢させなくはならない。


ストレスたまりそうだよね、これじゃ・・・
何かストレス解消になる事をさせてあげられればな。

おかーさんの唯一の武器であるキモチが弱ってしまいそう。

なーんて私の心配とは裏腹に
母は毎日のリハビリの甲斐あって

左手にナースコールを所持!??


『自分で押せるようになったで!( ゚Д゚)ドヤァ』

満足げな表情で私をみつめる母。
かーさん・・・まじで根性凄すぎ(笑)



page7へつづく。





17日、18日、19日、そして20日。

この4日間、奄美大島から
母の妹親子が面会に来てくれることになっている。
予定通り、17日の夕方6時に妹親子が病院へ到着した。

手を握り・・・嬉しそうに語り掛ける母。
涙ぐみながら、頷き返す妹。
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その娘たち。
1497784144266
声はやはり出せないけれど、
久々に会えた親戚たちに伝えたいことが沢山あるのか、
母は一生懸命会話をしようと頑張っていた。

母の気持ちが、今にも溢れだしそうで
時折顔をしかめ、涙を堪えていた。

『大丈夫だから。心配しなくていいから。』
『来てくれてありがとう。』
『頑張って病気治すからね。』


母の妹も、前々から大きな病を抱えていて
7月に入院が決まっているようだった。

これまでに年に2回、検査入院をしていたらしい。

自分の体調の事を考えれば、今回の和歌山訪問を見送るべきか
最後まで悩んだみたいだけど・・・・、

入院してしまえば、しばらくは退院できないかもしれないと思い
娘たちに連れて来てもらったようだった。

妹『メソちゃん、ありがとう。私、ホントに来てよかった。しばらく来れないけど、姉ちゃんの事、頼むね。。。』

母と言葉を交わせれば・・・会話が出来れば・・・、
どうしても、そう考えてしまう。

でも、母には会話ができなくても十分なように見えた。
会えただけで幸せ。そんな風に見えた。

本当のところは、わからないけど・・・、

和歌山の家族と会っている時よりは、
奄美の親戚たちと会っているときのほうが
笑顔の時間はかなり長いように思えたから(*'ω'*)


そして主治医の先生から、明るい未来のお話を聞けた。

近々、人工透析を離脱できるかもしれません。


『かもしれない』でも良い!ぜんっぜんイイ!!
『かもしれない』=可能性の話だからヾ(≧▽≦)ノ


ずっとし続けなければならないと覚悟していただけに
このお話は、本当にありがたかった。

母の腎臓が、着実に回復しているようで
自分でオシッコを出せるようになってきたらしい。

体中に水分が溜まっているので
全体的にむくんでいるが・・・・、

人工透析を離脱して、様子を見るのだという。

人工透析を始めてしまうと、
一生付きまとうものだと思っていたが。

一時的に離脱なのか。それとも卒業なのか。
人工透析についての詳しい話を、後日聞くことにした。



今週22日(木)。
この日、私自身の血液検査を血液外来で行う事となる。




page6へつづく。







母の状態をお知らせします!

主治医となかなか会えないため、
病状などの詳しい内容をお伝えすることができませんが
面会時の様子を書いていきます!
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6月15日(木)現在

❤肺炎の状態、良好!
❤心拍数、血圧、酸素濃度・・・良好!!
母の自発呼吸量が増えてきたため
呼吸器のモード?設定??を変更!
『強制』だったのが『サポート』に切り替え!
❤人工透析の頻度は毎日→火&土のみ!
❤首に刺していた人工透析用の針をわき腹に移動!
❤リハビリの時間延長に伴い、起きている時間が増えた!
❤支えをしてもらいながらベッドサイドに座ることができた!
❤口腔内の出血、完全に止血完了!唇が綺麗に生成された!
❤声は出ないけどニコニコしながら喋るようになった!!


△鼻からチューブを挿入し食事をとる
△手足などがむくんでいてはち切れそうである。
△意思の疎通などのコミュニケーションに難アリ。
△本来の治療『抗がん剤治療』を停止したままである。
△大腿部分の皮膚のただれが酷い。
△体温が落ち着かない。微熱~37℃後半。



こんなところでしょうか。
今までは悪い状態の割合が8、9割くらいだったのが
今では6割くらいまで下がった気がします。


ドナーは見つかっているのですが、
5月5日に母が肺炎を発症してしまっていたため
仕切り直しと言う事で、ドナー側の検査などは休止状態にあるようです。


無菌病棟へ移動して16日が経過しました。
何もトラブルが起きないよう・・・
このまま、順調に進んでもらいたいものです。


以上、中間報告でした!
今日は短めの記事です(*ノωノ)


読んでくださりありがとうございました┏○))ペコ


page5へつづく。




こんばんわ、メソメソです。

今日は久々に大阪へ出張行ってまいりました。
午後から1社のみ商談。

もう一度言います、1社のみです。

あと2社訪問予定だったのですが
アポが取れず断念致しました_(:3 」∠ )_

他2社は後日改めてアポ獲得できました。

時短の為、特急(有料)に乗り現地へ。
商談時間が迫っている中、足早に本社へ向かうメソメソ。。。

と、バス停に設置してある長ベンチに腰掛けていた
不審な人物(男)が私に声をかけました。

不審人物(男)『おい、姉ちゃん!金くれへんか!』
yjimageW6WZ68OS
手には小銭がチャラチャラとあり、
これでは足りないからもっとよこせと言わんばかりに
私の行く手を阻むかのごとく小銭を見せびらかしに来ました。

ちらっとしか見ませんでしたが、
自動販売機あたりで集めた小銭の印象でした。
なんか、泥ついてて汚かったし・・・
申し訳ないけど、そのかたは働いてるようには見えませんでした。

私『すいません。急いでるので。』

と一言言い、華麗(???)に不審者(男)を交わし、
手をかかげ会釈をして通り過ぎました。

何やら後ろで喚き散らしてましたが
こちらは大事な商談を数分後に控えてるので
気にも留めることなく、進みました。

幸いにして追いかけてくることはありませんでした。

その後の商談は無事に終了。
終始穏やかな雰囲気のまま、新定番商品を検討していただけると
返事をもらい、来た道を帰ることにしました。

またあの不審者が居るとやだなぁ・・・と思ったので
横断歩道を渡り反対側の歩道を歩いて駅に向かいました。

やはり、まだヤツは長ベンチに座っておりました。
この近辺のバスを利用する人たちは、
この男にカツアゲされてるのかなぁ・・・と
複雑な心境になりましたが、母が病院で待っているので
警察に通報することなく特急に乗り、帰路に着きました。


これでカツアゲまがいなことされたの、
人生で2回目だわ(>_<)
そんな金持ちに見えるんかな('A`)
それとも、カツアゲしやすい雰囲気なのかな。

あー、怖かった。。。。


雑談を読んでくださり、ありがとうございました┏○))ペコ





こんばんわ、メソメソです。


母が集中治療から出て早10日以上過ぎました。
ひとまずゆっくりとではありますが回復傾向にあります。

昨日面会した時などは、足(膝あたり)をパタパタさせて
お迎えしてくれました(*^^*)

日めくりカレンダーを見せてあげると
『あしたはかようび』とクチパクで話してくれました。

ベッドから自力で起き上がれないので
日常的な情報が嬉しいのでしょう。
その日の天気や暑さ、今日食べたものなど
他愛のない話でもニコニコしながら聞いてくれます。

時折、こちらに返事をしようと
クチをしっかり開いて話をしてくれるのですが
音声がまったくでないため理解できないことのほうが多く・・・・、
こうなったら読唇術を学ぶしかありません(笑)

手を動かせられれば、筆談などでコミュニケーションが
可能になるのですが・・・これはまだ先になりそうです(>_<)

さて、母の容態が安定してきた現在。
メソメソが務める会社は、
今月決算期でバタバタとやっております。

母のことでいつ電話がかかってくるか気が気でなかったので
出張へ行く時間が取れず商談がままならなかったため
悔しいことに、売り上げが下がってきております。。。

やばい。
やヴぁいんです。
売り上げを確保しなくては。。。。

で!

ようやく、各々営業へ出ていけそうな雰囲気になってきたので
明日、トップバッターはメソメソことわたくしが!
初陣を切って売り上げ獲得すべく、行って参ります('◇')ゞ!!
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金曜日は弟(大阪市内巡回)、来週は父(関東方面商談)。

おかーさんの体調が上々なのに、会社の経営が不振だと
顔向けできませんものね。
安心して治療できないというものです。

ということで、今日は早めの就寝をしますm(_ _"m)
本日もお疲れ様でした!






無菌病棟移動してから2日目の事。

この日は、仕事終わりに旦那と共に面会をした。
ちょうど処置の最中であったため
すぐに入室することが出来ず、しばし待機。。。

入室許可が出たので、母と面会をした。

私『・・・・!?』

母の口元には、血液が付着したガーゼを複数枚施されていた。
この状況だけを見たら、吐血したのかと勘違いする。。。

しかし、そうではなかったようだ。

母は口腔内を常に出血しており、
あまり衛生的とは言えない状況にある。
そのため、出血を止めるべく口腔外科的処置が必要となり、
衛生に保つためにも外来診察が必要となった。
yjimage[5]
午前中、口腔外科の医師の処置の過程で
唇に付着していた『かさぶた』を除去したため、
血小板の低い母は自ら止血することが出来ず・・・
絶えず血が流れ続けているのだという。

このとき、私は口腔外科医師に対して強い疑念を抱いた。
治療過程にせよ、かさぶたを『剥がした』となれば
出血が伴うことは容易に想像できるし、
結果、黴菌が侵入し再び肺炎が起こったらどうするんだろう・・・と。

看護師に詳しい説明を要求しても、
日勤と夜勤が交代したばかりでよくわからない、と言われ
要領を得ずにさらに悶々とする(笑)

こうなったら、主治医に説明を仰ごう。
次の日、主治医に説明をしてもらうよう看護師に伝えた。

おかーさんの口元のガーゼを交換したり、
拭ってあげたりした。

母はクチパクで『ありがとう』と言ってくれた。

時折、苦しそうな表情になる。
呼吸が辛いのか、体が痛むのか・・・・
その辺をどうしてもわかってあげられないのが歯がゆい。
わかったところで、自分にはどうすることも出来ないのも歯がゆい・・・

母は心配そうな表情の私に『大丈夫』とでも言うように
何やら唇を動かし、声は全くでないけど一生懸命しゃべり、
最後に『ニコッ』と笑ってくれた。

次の日。

仕事が終わり、父と一緒に面会へ向かう。
母は寝ていた。おそらく、治療の日々で疲れているのだろう。
看護師さんが点滴の交換に入室して来たので、
主治医と少し話が出来ないか尋ねてみた。

看護師『いらっしゃいますよ、呼んできますね^^』

と、わざわざ呼びに行ってくれた。
しばらくして、病棟医と主治医が来てくれた。

血液の診断結果を携えて、細かく説明してくれた。
肺炎のCRP値はゆるやかに下がっているのでまずまずの結果であること。
肝臓のビリルビンの値も減少傾向にあり危機的状況は離脱できた。
血小板の伸びが悪いこと以外は、比較的良好との見解だった。

昨日の口腔外科処置について、思い切って尋ねてみた。。。

主治医『およそ20日間ほど喉の奥にチューブが入っていたままでしたので、ICUに居たころは乾燥が酷く、口内炎もあり、ひどいただれなどの傷が多数みられました。その治療を施すために、クチを大きく開けてもらわなければならないのですが、口周りにべったりと『かさぶた』があったので、大きく開けることができませんでした。なので、無理やりということではなく、いけるとこまで時間をかけて、ゆっくりと除去させていただきました。放置し続けていても衛生面で言えば悪影響になりますので・・・元々、口角に口内炎があったのですが、主な出血の原因はそこからのようでした。もちろん口腔内も傷だらけだったのですけど、気管切開にしてからはみるみる口腔内のただれは回復してきているので、今は特に問題はないようです。』

はー、聞いてよかった。。。。w
まぁ、病院のすることだからほぼ間違いはないんだろうけど(;´・ω・)
聞いておかないと、どうしても不安になるし。。。

唇の周りが痛々しいのも含め、
口腔外科的治療によるケアをしてくれていたようです。


こちらの質問に対し、きちんと説明してくださるので
お医者様に恵まれたなぁ・・・と改めて思いました。


page4へつづく。



こんばんわ、メソメソです。


母の状態は比較的良好なのに対し
メソメソのプライベートは徐々に
行き詰まりな感じになってまいりました。。。

今月末にダイトウケンタクを退去するべく、
少しずつですが引っ越しの準備を進めております・・・

↓ざくっとしたプランはこんな感じです↓
①おじーちゃんちの掃除しつつ
平日仕事終わって母の面会終了後
押し入れの中身(自分の荷物)をちょこちょこ運び出し。

②土日の午前中のみ徹底的に1Fの遺品整理、ゴミ捨て。
大型家具運び出し。午後は母へ面会のち会社にて仕事。

③おじーちゃんちの2Fは7月入り始めに掃除予定。

④掃除完了後、叔父が勤める会社にリフォーム見積もり依頼。

⑤完全な引っ越しは、母の容態が完全に落ち着いたら決行。


んで、7月からは父の家に居候することになりましたので
持って行くものは着替えとPCとモコちゃんのみになりそうです。

リフォームが終わるまでの間、期間は未定となりますが
父の家にお世話になろうと思っています。

その間に、リフォーム資金を貯めつつ
母の入院費などもサポートしつつ
・・・と言った感じのスケジュールです。

んで、ここからが本題('A`)

やらかしてしまったこととは・・・・、
6/10(土)、掃除をしていたらおびただしい数の
洗濯用洗剤がございましてね。
しかも粉!
箱を空ければ、まぁーガッチリ固まってました。
しかも異臭がします。
洗剤なのにですよ????
何十年も前のやつです。
多分、何かのイベントか景品か
ご近所さん経由でもらったのでしょうね。
『粗品』の『のし』ついてましたもん。

これがほんとにほんとにたくさんたくさんたああああああくさん
目の前に出現してきたわけです。

持って帰るにしても・・・・重たい。
洗剤箱、汚い。

ここで、大きな判断ミスをしました・・・・・・・・

『水で薄めてシンクに流しちゃおっか。』

父に処分の仕方を相談すればよかったものを
あまりの膨大な在庫処分を目の前にして
冷静な判断が出来ませんでした。

これが翌日、ご近所さんを戦慄させてしまう事件へと発展しました。

6/11(日)、AM10時半。
父からメソメソケータイへ連絡が入ります。

父『昨日、じーちゃんちのトイレへ何か流したか??』

・・・・・・・・・・・あ。

・・・・・・・・・・・・・・ああ・・・・・・・・・・・・。

父『ご近所さんから連絡が来てな。なんか、1メートルほど泡がぶくぶくしてるらしいぞ。何したんや??』
メソ『トイレには流してないんやけど、シンクへ洗濯用洗剤を大量に流しました・・・・
父『ああ、それでか!!』
メソ『ほんとすみません、これからすぐ向かいます・・・・』
父『洗剤なんか流したらあかんやろ!常識や!!』


・・・常識なんですね・・・・知りませんでした、ごめんなさい・・・・・
油は固めてポイするのは知ってるし
漂白剤はトイレへ日をまたぎながら少しずつ捨てたことはあるけど。
今まで、粉の洗濯洗剤なんて、捨てたことないし^^;

そもそも、捨てるの勿体ないし使えるなら使いたかったけど
変色してるわガッチリ固まってるわ異臭するわで
使ったら2次災害になりそうだし・・・・・(´・ω・`)

ひとまずバケツとデッキブラシ系を持って、現地へ向かいました。


溝が泡だらけになっているのかな・・・
他のご近所さんが野次馬のように集まってたらどうしよ;
ドキドキしながら向かうと・・・・

メソ『??どこだろ・・・・』
旦那『溝、キレイやなぁ・・・』
メソ『ひょっとして、すでに掃除してくれたんかな!??』
旦那『うーん・・・・あ、ここや。』


ガレージの下にマンホールが3つあり、
そこから泡がブクブクと出ておりました。

2人『!!!!』

不幸中の幸いにして、泡たちの進撃は
おじーちゃんの敷地内だけで済んでいました(>_<)

ウォールローゼが突破された気分になりました。
yjimage[6]
※進撃の巨人より抜粋※

↑の漫画の切り抜きより
現場写真を投稿すればわかりやすかったのでしょうが
現場でかなり混乱していたので、撮影するのをすっかり忘れていました。

水で流すとお百姓の方たちに迷惑がかかるので
家にあったおびただしい数のタオルを用意し
マンホール付近を包囲・・・・
それでも泡の進撃は留まる事を知らず、
タオルの包囲網をくぐりぬけ、溢れ続けていました。

メソ『ど、ど、どうしよう!!ヾ(・ω・`;)ノ』
旦那『しゃーない、コンプレッサー止めよう。』

慌てふためくメソメソをよそに、
冷静にコンプレッサーのコンセントを抜いた旦那。
すると・・・いとも簡単に泡の進撃は治まりました。

メソ『・・・・・・・。』
旦那『浄化槽のコンプレッサー、ずっと止めておくと異臭が発生しかねないんやけど・・・・1日や2日くらいなら多分問題ないと思う。』
メソ『え、そうなん・・・?』
旦那『ここに住んでいるなら、トイレの水だったり食器をあらったりなどの生活排水が出るので、コンプレッサーで圧を掛けながら汚水を浄化させて、水を循環させないとアカンのやけど・・・まだ生活できる状態じゃないし、多分問題ないと思う。ただ、コンプレッサーを長期間放置すれば臭気がでる可能性があるんで、ここで作業をするときは水で洗剤を希釈しながら、毎日1時間ぐらいコンプレッサー回してみて、泡がなくなるかどうか様子を見よう。業者呼ぶのはもう少し後でええんちゃうかな。』
メソ『・・・・うん・・・・・』
旦那『どうにもならんかったら、市役所に相談しよう。とりあえずこんなもんでええやろ』



旦那よ。
なぜそうも冷静で居られるんだ(笑)
物知りで助かるわぁ・・・・・

とりあえずこの作業は昼12時過ぎに完了。。。。
イレギュラーが発生したため、
どっと疲れた1日となりました_(:3 」∠ )_
もう2度と、洗剤を水で流さないようにします・・・・
いい勉強になりました(;´Д`)



今日も読んでいただきありがとうございました┏○))ペコ






父『・・・!?おい、大丈夫か!?』
母『・・・・・、・・・・・、・・・・・っ』


とても苦しそうな表情の母に、
何をどうしていいのかわからず
ひとまずナースコールを押すが・・・
ナースステーションからの応答がない。

父『すぐ呼んでくるからな!』

母にそう言い、ナースステーションを覗いても誰も居ない。

父『・・・・、なんで誰も居おらんねや・・・!』

静かな病棟。人の気配がない。
就寝時間はとっくに過ぎているため、廊下は当たり前のように薄暗い。
yjimage[2]
父は看護師を探し続けた。
すると、緩和ケアから歩いてくる1人の看護師を見つけた。

父『すんません!アラームが鳴ってて。。。診てもらえませんか!?』
看護師『はい!確認します!』


病室へ看護師と入室した時にはアラームは止まってはいたが
心拍数上昇、酸素供給、血圧が低下していた。

看護師は、痰の吸引が必要だと判断。
母に断りを入れ、吸引の処置に取り掛かった。

看護師『・・・・はい、すぐ終わりますよーもう少し、頑張ってください・・・・』
母『・・・・・っ』
父『・・・・・』
看護師『・・・終わりましたよ、お疲れ様でした^^』
母『・・・・(うんうんと頷いた)』

父はホッとした。

看護師『頭の位置はどうですか??』
母『・・・・・』
看護師『ちょっと下げますかー??』
母『・・・・(うんうんと頷いた)』
看護師『はーい、じゃ、少しさげまーす・・・どうですか??』
母『・・・・(苦しそうな表情で首を振る)』
看護師『ん、もうちょっと下げますー??』
母『・・・・(イヤイヤと首を振る』
看護師『下げ過ぎたんですね、ごめんなさい。少しあげまーす・・・どうですか?』
母『・・・・(うんうんと頷き、目を瞑った)』


父『・・・・今、どういう状態だったんですか??ちょっと、よーわからんくて・・・』
看護師『あ、はい。人工呼吸器をつけているかたは定期的に吸引処置が必要になるのですけど、溜まってくると呼吸がしづらくなり、患者さんの心拍数が上昇してくるので、アラームが鳴るんです。アラームの種類はいくつかありますので、まずはモニターをチェックし、どれが原因として一番疑わしいかを判断しています。酸素が正常に供給されるようになったので、奥様はお休みになられたようですね^^』
父『・・・あぁ、そういう状況だったんですね。ナースコールを鳴らしてもすぐ来てくれなくて、結構焦りました・・・』
看護師『そうですよね、申し訳ありません(>_<)必ず誰かはナースステーションに1人常駐していなければならないのですけど、今日は3人しか居なくて・・・・言い訳をするつもりではないのですけど、たまたま全員出払っているときにナースコールが鳴り、対応が遅れてしまいました(>_<)お母様はご自身でナースコールを押すことができないので、他の患者さんより優先して診ては居るのですけど・・・・コールが被ってしまうと、迅速な処置が非常に難しくて;;;』
父『たった3人なんですか!!それは忙しいですね(>_<)』
看護師『看護師不足が深刻でして、病棟は何人もの患者さんを掛け持ちで看なければならないので、特に続かない人が多くて;;;不安にさせて本当に申し訳ありませんでした(>_<)』
父『いえいえ・・・大変ですね、看護師さんも・・・・』
看護師『なるべく迅速に対処させていただきますね!ではまた何かありましたら仰ってください。失礼しますm(_ _"m)』
父『どうも、ありがとうございました┏○))ペコ』


父は、看護師さんが出て行ったあと
母の顔を覗くと・・・・起きていた。
さっきの会話を聞いていたのだろう。
しきりに何かしゃべりたそうにクチを動かしていた。

母『・・・・・、・・・・・・。・・・・・・・!』
父『・・・・ん??もう一度呼ぶんか??』


母は首を振り、しきりに何かを説明する。

父『・・・・・?』

母は視線をドアの方へ向け、さらに何かを説明した。

父『・・・・ひょっとして、帰れって言ってるんか?』
母『・・・・(うんうんと頷いた)』
父『お前、しんどくなっても自分でナースコール押せやんのやぞ?』
母『・・・・・』
父『傍におるから、もう休め』
母『・・・・(首を振り、か・え・れのクチの動きを繰り替えした)』
父『・・・・・わしが居ると、休めんのか??』
母『・・・・(うんうんと頷く)』
父『・・・・わかった。泊まらなくても大丈夫なんやな??』
母『・・・・(ニッコリと頷いた)』
父『じゃ、今日はこれで帰るわ。また明日来るからな。』
母『・・・・・(目を瞑る)』



父は、深夜2時ごろ帰宅したようだった。
次の日、会社にて私に昨日の出来事を話してくれた。

母は、ナースコールを押せない体でも
家族に頼ろうとせず病院側を強く信頼し、
『私の事はいいから休んでください』とでもいうように
この日を境に家族との長時間の面会を拒むようになった。



page3へつづく。





こんばんわ、メソメソです。


連日の雨ですっかり参ってしまいました。
5月病だの6月病だのと世間では騒がれてる(??)ようですが
現在、私はこの病にかかっているのかは謎です(笑)

でも、まー寝ても覚めても体は常に重くてだるいっす!!
ひょっとしてもう梅雨入りなのか??
そいやニュースで梅雨入り発表してたような。
むう、気のせいか??

そして今日は金曜日。
プレミアムフライデーはツキイチに訪れますが
個人的には毎週金曜日はプレミアムな日でございます❤

毎週大したイベントはなく
ただ単純に
『明日から連休やー ヴぁんざーい!!』
といった心情でございます(*ノωノ)

仕事終わってから母に会いにゆき、
その後は旦那の実家でご馳走を頂いてまいりました!

今日のお夕飯はコチラ。
DSC_0484
はんばーぎゅ定食❤
マカロニサラダ付き❤
ご飯はべっちゃり柔らかめ❤←

実は私、ご飯は「かため」派。←←

ご飯のおかわり勧められても
『すいません、もうお腹いっぱいで(*ノωノ)』
とゆーひねりも減ったくれもない返事をして無難に回避!
コレナイショノハナシナノデアシカラズ!

今回ははんばーぎゅ定食でしたが
お義母さんは揚げ物がホンマに上手なんです。
すんごい絶品。
特にヒレカツ最高!!
冷めてもおいしいってどーゆー作り方してるんだ?
私は揚げ物食べるのも作るのも苦手なんだけど、
お義母さんの揚げ物はマジでハシがススム!!

うまし。
ご飯を美味しく作れるお義母さん、マジ神ってます。


今日も読んでくださりありがとうございました!









無事に引っ越しが済んでからその日は、
レントゲン撮影、エコー、CT、人工透析、体のマッサージケア等々・・・
母にとってはイベント盛りだくさんのめまぐるしい1日となった。

私は引っ越し当日、病棟医から心配停止した時の話を聞き終え
母が落ち着いて病室へ戻ったのを確認してから会社に戻り、
病棟医に言われたことを報告し、相談をした。

報告は心配が停止したときの対処方法や検査の概要、結果。
相談内容は、強制ではないが今夜家族の誰かが
母の病室へ泊まることが可能であれば
傍についててやってほしい、と言われた事だった。

病棟医は私に言った。

病棟医『今まではICUで24h、患者1人につき1人の看護師がついていたので手厚い看護が出来ていたのですが・・・ICUに比べると看護師の人数が極端に減ってしまうので、日中は看護師1人がおよそ5~6人の患者を兼用で看ることになります。お母様は特別観察室で治療しているので、他の患者さんよりは優先して診てもらえる状況下にあります。1時間に1度の頻度でお伺いすることになるのですが、夜になると、看護師の人数がさらに減ってしまうのでなかなか来ることができない可能性もあるんです。お母様は声が出ず、腕を動かすチカラがないため、用事があってもナースコールを押すことが出来ません。センサーで拾うにしても、チカラが弱すぎるため反応しないのです。お母様はひょっとしたら不安に思うかもしれないので、ご家族の誰かが傍についていてくれれば、万が一看護師がなかなか来れない状況下になっても、多少は心強いかと・・・』
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・・・そっかぁ、そういう状況なんだ・・・
ナースコールが押せないなら、確かに不安がかなり大きい。
息が苦しくなっても、ただ待つしかできないのだから。

【人工呼吸器のデメリット】
・痰が定期的に溜まる。

気道がふさがってしまい、息苦しくなる。

詰まってしまう前に除去。

吸引している間は呼吸ができない。

患者の苦しさは変わらない・・・。

除去後は、気道確保ができるので呼吸がしやすくなる。

また、痰が溜まる。

繰り返し・・・・・
「痰吸引」の画像検索結果
こんな感じで処置していただいております・・・。





吸引している間は、心拍数が上昇している。
チューブを取り外しているためアラーム音が鳴り響く。
装着している間は、これが延々と続く・・・・(>_<)

また、人工呼吸器を装着しているとはいえ
母も多少は自発呼吸が出来ている状態なので・・・

・時々、人工呼吸器と喧嘩する。

つまり、規則正しく酸素を送り続けている人工呼吸器に対し
母の自発呼吸とタイミングが合わず、苦しくなるようで
眉間にシワがよることがしばしば起きた。

息継ぎのタイミングがうまくできないのだ。

水面はすぐそこに見えているのに
顔を出したくても出せない状況に陥るのだろう。。。

想像でしかないけど(´・ω・`)
こんな状態でどうやって寝るんだ・・・・


・ベッドの角度によって息苦しさが変化する。

チューブが正常な状態(屈折していない状態)なら
酸素供給は安定しており、痰が詰まらない限りは
息苦しさはさほど感じ無いようである。

が・・・・、

ベッドの上部を上げたり下げたりしたとき、
チューブが屈折してしまう事があるようで
操作をするときは充分に気を付けなくてはならない。

少しだけベッド上部を上げた状態のほうが
母は落ち着いて寝ていられるようだった。






父がこの日、泊まることにした。
看護の観点では何もできないが、
母の異変に気づけばすぐナースコールを押してやれるから・・・
理由はそれで十分だった。

仕事を終えて、風呂と食事を済ませ
病室へやってきた父。
特に何をするわけでもなく、
ただ、看護師の処置を眺めていたり
母に言葉少なに語り掛けていたようだ。

夜はどんどん更けてゆき・・・
父もうとうとし始めた頃。


けたたましいアラーム音が病室中に鳴り響いた。


page2へつづく。


こんばんわ、メソメソです。

今日は『患者の家族の在り方』について
私の独断的価値観を話したいと思います。

というのは・・・・

母が集中治療部で治療を受けている際
面会申請をして呼ばれるまでの間、
家族待機室に居なければならないのだが
病院の事をとても悪く言う人が何組も居たので
聞いてるうちに段々腹が立ってきたからである。
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まぁ、結論から言えばこの記事は
『病院に対して愚痴を延々と言っている人をディスった内容』
となるため、興味の無い方は華麗にスルーお願いします(*'ω'*)

それでは、早速参りましょう。

文句を言い続けているご家族様にお尋ねします。
あなたたちは、
自分の家族の病気を
どこまで理解できていますか?


これが病院の悪口を言う家族へ対する一番の疑問。
私たちの世代なら、今やインターネットの普及に伴い
ありとあらゆる情報が網羅されているため、
正確な情報か否かは別として『自分で勉強することができる』。
大体文句を言う人たちって、70代以上??の方が
比較的多いような気がする・・・・。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
『やっぱりここの病院はアカンで。』
・・・?何がアカンのですか?

『ここに来てから一段と悪くなったわ。』
・・・・どんな病気か知らんけど、じゃあ
他の病院だったら治るって言いたいの?


『一生懸命説明してくれるけど、よーわからへんねん。』
・・・わかってないなら医者のやることに文句言うなよ。

『若い先生多いし、大丈夫なんやろか。』
・・・まぁ、そこは同感やけど。
でも、ウチの主治医は若いなりに
一生懸命対応してくれてるけどな~。

『なんせ待たせるよな。はよしてくれたらいいのに』
適当な処置されるより全然良いと思うけど?
医者の数より患者の数のほうが圧倒的に多いし、
大学病院なんやからしゃーないやん。
同じ待つ身なら患者のほうが体しんどいわけだし、
自分ら優先で物事を考えるのいい加減やめたらどう?

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

説明してくれてもよくわからない、とか
いつまで待たせるんだ、とか
薬ばっかり出されて一向に良く治らないとか、
このあたりの愚痴がとても多かった。

病気って患者によってさまざまなケースがあると思うし
その人に合った治療法、薬物が見つかればいいのだけど
なかなか一朝一夕では行かないことのほうが多いと思う。

すべての医師に該当するかどうかはわからないけど
だいたいの医師は丁寧に説明してくれる人が殆どだと思う。
なるべくわかりやすく、砕けた言い回しで。
患者の家族に対しても親切に対応してくれていると感じている。
邪険にされたことない。
カンファレンスでも上から目線ではなく、
常にありのままをお話ししてくれているので
内容によっては精神的につらいこともあったが・・・
それでも、母の主治医はとても誠実に、
前向きに治療をしてくれていると実感している。


でも・・・大きな病院であればあるほど・・・
本当にいろんな先生が在籍しているので
医師対患者の相性の問題は、少なからずあると思う。
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主治医に心無いことを言われ、
治療に前向きになれないとか。

言葉足らずな説明に納得がいかず、
高額な治療を強いられ病院を変えたいと思ったりとか。

担当看護師がガサツで、
とにかく落ち着いて行動してほしいとか。

いろんな要素を含んでの、
セカンドオピニオンなんだと思う。

要は、この病院で治療はしたくないという結論なのだろう。

私たちもこのセカンドオピニオンについて、
相当揉めたものである。

父はセカンドオピニオン派。
私は反対派。
父がセカンドオピニオンを希望する最大の理由は、
『肺炎になったのは医者のせいだ』と強く恨んでいることと
主治医の年齢が圧倒的に若く、頼りないと思っていることにあった。

この病院で果たして良いのだろうか。
第一任者の居る、他府県の国立がんセンターへ行くべきではないのか。。。
おかーさんの病気を治したい。でも・・・・
他府県の病院だと、一緒に居られる時間が極端に減ってしまうし
この間のように、すぐ来てくださいと病院から連絡が来ても
他府県だとすぐに行ける距離でもない。

病院を移動するかどうかについては
まだ結論が出ないままである。

私は、父を含め病院の対応について文句を言う事しかできない
家族様にヒトコト、申し上げたい。

人間の体に潜む『病気』は、カラダが生きている以上
『病気』だって生きているんだと言う事を意識し、
病気は現在進行形であることをまずは認識しておくべきだ。と思う。

早期発見、早期治療を行い・・・・
良くなっているにしろ、悪くなっているにしろ
『現在進行形』であるのは間違いないと思っている。
何故なら、患者の体は『生きている』のだから。

では、病気は死なないのか?
私は、カラダが死ねば病気も死ぬと考える。

数値は安定し、退院をして普通の生活ができるようになっても
なりを潜めているだけで、病気が大人しくしているだけで
体の中に存在し続けると思っている。

私は今健康だけど、
自覚症状がない(気づかない)だけで
ひょっとしたら病魔が息を潜めているかもしれないと思っている。

だから、毎年健康診断に行く。
健康診断で見つかった時には、ひょっとしたら手遅れなのかもしれない。
治るかもしれない。予防できたかもしれない。

かもしれない、かもしれない、カモシレナイ。

ぜーんぶ、後付け。
結果論。

この病院に居なければ、
母は人工呼吸器をつけるほどまでに
容態は悪化しなくてすんだのか??

他の病院だったら良かったのか??

違う医師が担当していたら、
母はこの場に居なかったかもしれないのに??

肺炎になったことを病院に対し責めるなら
家族の健康について普段からどんだけ気にかけてたんだよ。

おかーさんが元気な時は、特に気にかけてなかったじゃん。
おかーさんが具合悪い時、会社早退させなかったじゃん。
まったく心配してなかったわけではないのだろうけど
なんで口内炎がどんどん酷くなっているのに
無理に病院連れて行こうとしなかったんだよ。
顔めっちゃ青白かったやん。。。。

言い出せばキリがないよそんなもん(笑)

父ばかり責める私も同罪である。
日ごろから母に甘えてばかりで想いやってやれなかったから
病気にどんどんカラダが蝕まれていくのを見過ごしてしまった。

悔やんでしょうがない。
誰を責めようもない。
なるべくして、成った事。

だから、私たち家族にできることは
病院を責める事でも、悔やむことでもない。

主治医の話をきちんと理解し
病気を真正面から受け止め
病気に負けまいと治療に励む患者を全力でサポートすること。

納得した上で、治療にのぞむことが一番重要だと感じた。

文句言って治るんなら、
いつまででも文句言い続けてやる。

でも、母はそれを望んでいない。
母は、高望みをしない。
ただ、生きてさえいれば幸せ。
そう考えることができる人なんだ。

だから、私は誰かのせいにするのを卒業した。
先生の話をしっかり聞き、理解し、
病院の言いなりではなく、後悔のないように治療をしてもらいたい。
時間を許す限り、私は母のチカラになるように支えたい。



独り言にお付き合いくださりありがとうございました┏○))ペコ




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
当記事に関してですが、実際の体験を元に
書いておりますが、私の誤解により事実と
異なる記述があるかもしれません。
気になる箇所があった場合は訂正しますので
個別にご連絡お願いいたします。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


こんばんわ、メソメソです。

今更ですが・・・・
今回は入院保険について少しだけお話しさせてください。
あと、高額医療制度についても記述しておきます。


高額医療制度とは!

医療費が高額となった場合に、患者の負担を軽減する制度。暦月(月の初めから終わりまでの1か月間)で、医療機関や薬局の窓口で支払った医療費の自己負担が一定額を超えた場合、超えた金額が健康保険組合などの公的保険から支給される。ただし月をまたいで医療費を合算することはできない。給与所得者などが加入する健康保険自営業者のための国民健康保険など公的医療保険制度に共通の仕組みで、支給額は加入者の年齢が70歳以上かどうかや所得水準によって異なる。たとえば、70歳未満で一般的な所得(月収53万円未満)の人の場合、1か月の医療費が100万円かかり、そのうちの3割(30万円)を窓口で自己負担した際に、実際の負担上限額は8万7430円で済み、21万2570円が高額療養費として支給される。直近1年間で3回以上高額療養費の支給を受けると、4回目からは自己負担の上限が4万4400円にさらに下がる。同じ月であれば複数の医療機関の自己負担額を合算でき、同じ世帯に住むほかの人(同じ医療保険加入者)の自己負担額を合算して支給を受けることも可能である。ただし、入院時の食費や差額ベッド代(個室代)、先進医療にかかる費用などは対象外である。
 高額療養費制度を利用するには、健康保険組合などの公的保険に支給申請書を提出しなければならず、支給までに3か月程度かかる。診療を受けた月から2年間は、過去にさかのぼって支給申請できる。血友病の因子補充療法や人工透析など、高額な治療を長期間続けなければならない人には、個人負担上限を1万円とする支給特例がある。事前に「限度額適用認定証」か「限度額適用認定・標準負担額減額認定証」の交付を受けて医療機関に提示すれば、自己負担額を超えている分について、医療機関に支払う必要はない。なお、毎年8月から1年間にかかった医療保険と介護保険を合算して高額となる場合に、その負担を軽減する制度として高額医療・高額介護合算療養費制度がある。[編集部]

ふー^^;コピペ感満載な文章ですけども
読むのだけでも億劫になりますね。
yjimage[6]
そんな貴方に要約すると!

つまり!対象となる人の所得や年齢に応じて限度額が異なり
限度額が超えると支給は数か月後になってしまいますが
ちゃんと払い戻しがあるっていうありがたい制度なんですね。

これは社会保険事務所に申請を出しました。
必要書類は自宅へ送付してもらい、
申請は入院して1か月経ってしまいましたが
ちゃーんと入院日から現在に至るまで適応できたようです。


請求金額みるだけで心臓麻痺が起こりそうですね。。。
yjimage[9]
ちなみに皆さんは自分の保険について、どのくらい把握されていますか??
私は・・・保険の事って、ぶっちゃけよくわからないことが多いし
何よりもめんどくさいし・・・どうでもいいやと言わんばかりに放置しておりました。

そもそも、
いい歳なのに
親に任せっきりで
無知ときた!!


本当にお恥ずかしい限りです。。。

わからないまま放置している間にも、
母の病気は進行し
通院で治療が始まり
入院して退院の目処が立たず・・・・、
肺炎を患い集中治療部へ緊急処置を施さなければならなくなり
人工呼吸器を装着、約1か月寝たきり生活・・・
今では自分の体を自由に動かすことが出来なくなってしまいました。

忙しいのを理由に大事な手続きを怠ってしまったことにより
母の直筆サインが必要な書類の提出が出来ず
すごく手間がかかり、結果苦労することになってしまいました。


準備って本当に大事です。
まず・・・・

母は『かんぽ生命』と『アフラック』に加入しています。
いずれも、入院保険や生命保険、がん保険などに入っているのですが
給付金をもらうためには『医師の診断書』が必要となり、
1通につき発行手数料4千いくらほどかかり、
しかも基本的には退院の目処が立たないと
給付金が受け取れないとゆー
仕組みのようです。。。。

まぁ、苦労はしましたが結果、受け取ることはできましたw
yjimage[8]
ジェバンニは一晩でやっちゃったかもですが
メソメソは2週間以上かかりました(笑)
その経緯に至るまでをなるべく詳しく書きますね。



私のバヤイ。
※一時給付金を貰えるまで※

①保険窓口に提出するための医師の診断書を貰いに病院窓口へ向かう
②診断書を書いてもらうための『申込書』を書く
③約1時間ほど待たされて窓口で案内されるも、退院日が決まっていないので門前払いされそうになる
『病名が確定すれば一時給付金が貰えると保険員から聞いた』と必死で訴え、なんとか書類を押し付ける
⑤『お母様の直筆サイン』を求められ、集中治療部で処置中のため意識がなく提出できないと答えると・・・
⑥『診察券』の提出を求められ、本当に入院しているのか確認をするため数分待たされた
⑦確認がとれたようなので、『診断書』が出来上がるまでに2週間かかるらしい。出来上がり次第電話をくれるようだ
⑧受け取る際、母の直筆のサインがないので娘であるための証明『戸籍謄本(抄本?)』が必要になるので必ず持参をするようにとしつこいくらい言われた。あと、私の身分証明書と引換書も。
⑨2週間以上経過し、ようやく電話が鳴ったので取りに行った。待ち時間は相変わらず長かったが、無事に受け取ることが出来た。
⑩受け取った診断書、保険給付請求書、母の保険証のコピーを同封し、保険会社へ書類を送る。
⑪10日後、指定口座へ一時給付金が振り込まれた。(100万円)


今回すぐ貰えたのは一時給付金なのですけど
これは病名が確定したから貰えた給付金でした。

本来は退院日が決まらないと保険金はもらえないのだそうです。

しかし、長期入院となると・・・・
お金なんてすぐなくなっちゃいますよね^^;
yjimageIUUAQJWK
には行きませんよねー。。。。

なので、長期入院の場合は
発行手数料が都度かかってしまうのですが
1か月単位で診断書を発行してもらい、
保険金をいただきながら不足分は自己負担で
支払われているケースが多いのだそうです。

つまり、私が当記事で言いたいことは・・・・、

本人が元気なうちに必要な書類にすべてサイン!!
受けられる保険をできる限り把握しておく!!

もう・・・本当コレに尽きます。。。。

後回しになんて絶対にしてはいけません。
放っておくと、
大変なことになりますよ。





今回もお付き合いくださりありがとうございました┏○))ペコ






こんばんわ、メソメソです。。。


以前書かせていただいた記事、覚えてらっしゃいますでしょうか。。。

yjimage[3]
記事『ダイトウケンタクの管理物件に住んでます』
http://kanngaetudukeruhibi.blog.jp/archives/1864919.html



これこれ。


あれからン十年・・・・も経ってませんが、
その後の経過報告としまして。

GW明けてすぐ電話来るかと思いきや、
電話の1本もなし!

その代り、1枚の封筒が手元に届きました。

『契約駐車場解約につきまして』


・・・・・


・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・


ぅをいっ!!!!!

どこにも謝罪の文章がないんですけどおおおおおおおおお

書面一枚で解決した気になってんですね。


は~~~~~~ったく。。。。。。。


とりあえず、駐車場代5000円を引いた金額を日割り計算で
引き落としますっていう内容でした。

とにかくもう、こんなとこに1円たりとも払いたくねー

とゆわけで!6月いっぱいで退去します!!
人生何度目の引っ越しなんだろ(笑)

その後はおばーちゃんちをリフォームするまでの間
ウチの実家に居候する運びになりました。

まぁ、おかーさんがまだ入院中なので
引っ越しはまだまだ先になりそーですけども。

昔からの言い伝えで、家族が大病を患っている間(入院含む?)は
引っ越しをすると良くないことが起きると言われているらしいです。。。

本当の理由はよくわからんのですが
恐らく看病を疎かにしてはいけないので家族を優先して看病しましょうってゆー
意味合いだと思っているのですが・・・・・、
本当の意味をご存知の方、ぜひご教示お願いいたします┏○))ペコ


本日もお付き合いありがとうございました!





5月31日(水)。

この日は母の集中治療室卒業式!
おかーさんはベッドに横たわったままお引っ越し。
でも、ちゃーんと意識はある!

午後2時、私は病棟で必要なものをすべて携え
母と一緒にベッド専用エレベーターへ乗り込み
約1か月ぶりの無菌病棟へ戻ってきた。


『おかえりなさい!!お久しぶりですね^^』
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無菌病棟のスタッフの方々が、口々にお迎えしてくれた(*'ω'*)
良かった。本当によかった・・・・


約1か月、母にとっても家族にとっても・・・
何度も苦しい死線を乗り越えてきた。
それが今、母は上り調子にある!
ゆっくり、ゆっくり階段を踏みしめて登っている!

だけど・・・・、
やはり心配なのは肺の機能がこれ以上悪くならないようにと言う事と
本来の病気である『骨髄異形成症候群』がどのくらいまで進行しているのか・・・

ICUにて呼吸を完全に確保するために、
肺炎を治すべく強度な薬を長期期間にわたり服用したため
副作用として多臓器不全を併発、肺の硬質化・・・神経障害。
臓器が弱っているのに抗がん剤治療などできるはずもない。
体をうつぶせにできないのだから骨髄検査も当然、できない。
芽球がどのくらいまで増えているのか。
ひょっとしたら、すでに急性白血病になってしまっているんじゃないのか・・・
WT-1の値は・・・・?

・・・・・、
言い出せばキリがないのはわかってはいる。
現実に引き戻すのは、いつだって医師の言葉なのだ(>_<)

嬉しい気持ちも束の間。
病棟医から『心肺停止』したときの対処法について説明を受けた。

病棟医『万が一、心配が停止すれば・・・の話なのですが、通常なら気道確保を行い心臓マッサージを行うのですけど、胸元へかなりチカラ強く圧力をかけるんです。大袈裟な話ではなく・・・・中には内出血をするかたもいらっしゃるんです。お母様の場合、内出血をしてしまうと・・・血小板数値が低いため、出血をさせてしまう可能性のある処置は出来ないんです。仮に心臓が蘇生したとしても、今度は出血多量で・・・・と言う事になりますので、ご理解いただけますでしょうか。』
メソ『・・・わかりました。でも、そうならないように全力を尽くしてください。私たちも、協力できることは何でもやります。話は充分、理解しました。でも、声に出して言えば本当にそうなるような気がするので、家族としてはあまり考えないようにしたいのです。自分のココロが参ってしまうと、母を応援できなくなってしまうので・・・』
病棟医『お母様もメソメソさんもとても前向きなかたで、本当に助かります。課題が沢山あって大変ですが、時間をかけてでも着実に快方へ向けて頑張っていきましょう。』
メソ『先生、今後ともよろしくお願いいたします』
病棟医『こちらこそ。』


医師だって、できる事なら良いニュースを伝えたいに決まっている。
でも、現実をちゃんと伝えておかなければならないのは
『患者』にもしものことがあったら『遺族』に訴えられてしまうからだ。
医療ミスだのなんだのと、騒がれかねない。

私は母を外来へひとりで行かせたことを今でも後悔している。
だから、私は医者ではないけど母と一緒に歩み
病気の事を理解し、医師の説明を聞いて少しでも理解できるように
予習・復習をして、いかに母にとってプラスになるのか・・・
医師や看護師ともよくコミュニケーションをとり
情報提供をしてもらおうと思っている。

私にできることは、すべてやりたい。
おかーさん、何にも心配しなくていいからね。
幼いころ病気がちだった私を、寝ないで看病してくれたこと忘れてない。
次は、私がおかーさんを助ける番。
お医者さまじゃないから医療的な事は何もできないけど
おかーさんの病気がこれ以上悪くならないように
全力を尽くすからね。

さあ、次はリハビリとの闘いだ!!









以上を持ちまして、SEASON1-集中治療部編-は終わります!
↑今、サブタイトル付けました(笑)\(^o^)/

とてもヘヴィな内容となってしまい、
読むのが大変つらかった方も多かったのではないでしょうか。
それでも変わらず拝読いただけました事・・・
私自身の励みとなり、ここまでブログ更新を頑張る事が出来ました。
本当に・・・・心より、感謝を申し上げます。

モコ『これからも応援頼むでっ!(ぺこり)』
シーマとモコ (7)
引き続き、6月から母のなが~~~く険し~~~~い
無菌病棟にて治療が始まる訳ですが、
集中治療部に居た時ほど、あまり環境がめまぐるしく
変わることが無い(といいな笑)事を祈りつつ、
母に関しての更新頻度が減ってしまうかもしれませんが、
息抜きに適当な記事をアップするので
その辺はサラっと読み飛ばしてください\(^o^)/



それでは、SEASON1ご愛読誠にありがとうございました┏○))ペコ






気管切開翌日の面会。

未だかつてないほど、ご機嫌な母。
なにやらクチパクで訴えており、
話し終わった後、最後に『ニコッ』と頻繁に笑うようになった。

母『しゃべれないだけでめっちゃ元気やで!心配するなよ!』
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周りに元気を与える母。
本当に尊敬する。私はあなたの娘で良かった。

気管切開後から少しずつ治療方針が変わり始めた。

まず、24h回し続けていた人工透析を、各日で行うようになれたこと。
薬を使わずとも血圧が安定してきているので、
通常の患者のような透析処置でも、充分な対応が可能となった。

次に、呼吸サポートを施すのに使われていた
おびただしい数の薬の使用を停止できたこと。
沢山ぶら下がっていた点滴袋は、明らかに数が減った。
薬を使うと必ず何らかの副作用が出るので、
薬の使用頻度を減らし、体内臓器の回復を優先させるためであった。

さらに、皮膚にも変化が現れ始めた。
肝臓のビリルビン値が高かったのだが、薬を止めたことにより
数値が徐々に減少。黄疸が目立たなくなってきたのと、
クチ周りに酷い血のりが付いていたのが
少しずつ剥がれて来ていて、新しい皮膚が再生し始めていた!

つまり、気管切開にしてから母の負担が減ってゆき、
薬の量を減らすことができたおかげで・・・・
肺以外の臓器が、
少しずつ回復してきていた!!( ;∀;)


ICU担当医『お母様の呼吸器のサポートはこれで以上となります。あとは病棟に戻っていただいて、まずはベッドにもたれた状態で体を起こすなどのリハビリから始まるでしょう。もうすぐ集中治療部から出られますよ^^』

現代の医学では、固まった肺を治す方法は移植しかない、との事。
これ以上肺が悪くならないようにリハビリ療法を以って阻止、
圧を徐々に下げ、自発呼吸を促すよう最善を尽くしてくれることになった。

病棟でも集中治療部でも同じ療法を施すため、
より長い時間家族と居られるように病棟への移動が決まった。

・・・裏を返せば、これ以上集中治療部の処置は打ち止めとなる。
つまり、これ以上呼吸状態が悪くなってしまうと・・・
手の施しようがないことを意味していた。

母は少しずつ回復してきているとはいえ、
専門的にはまだまだ低空飛行状態だと言われている。
いつまた急変してもおかしくない・・・・と。

不安がらせるようなものの言い方にいい加減辟易していたが、
それはあくまでも『万が一』の話であるし
入院している以上は避けられない事実な事も理解している。

でも、私は集中治療部を出れることが素直にうれしかった。
ひとまず、最悪の危機を脱出できたという実感が沸いたから。
面会時間を気にすることなく、いつでも母に会う事が出来るし
病室に寝泊まりだってできるようになるのだ。
何よりも母の大好きな奄美の曲を聴かせてあげられるようになる。

体を動かせるようになるのはまだまだ先になるけれど
耳は聞こえるし目もしっかりと見えているようなので
アルバムやラインを見せたり、おかーさんの好きな曲をかけながら
今後も治療に励んでもらいたい。

あとは、喋れないおかーさんの要望をいかに理解できるか・・・。
私たち家族にとっての最大の難問である!(>_<)


最終回『ただいま!無菌病棟!!』へつづく。





5月23日(火)、気管切開まであと1日。

今日も意識は薄かったものの、
モニターを見る限りでは平常値だった。
寝顔も、比較的穏やかに見えた。

メソ『・・・・ん?』

おかーさんの周りに何か違和感があった。
なんか、機材が少ない・・・?

メソ『・・・・あ!!』

人工透析の機械がない!!

メソ『おかーさん!人工透析卒業したんか!!』
母『・・・・・(寝ている)』
メソ『明日の切開に備えてるんやね!お疲れさまやったね(*^^*)』
母『・・・(寝ている)』
メソ『ああ、だから血圧こんなに高いのかぁー(150/80?くらい)』
母『・・・・(目を開けた)』
メソ『あ、おかーさんおはよう!起こしてごめんね』
母『・・・(また目を閉じた)』
メソ『・・・明日は大仕事なんやし、体力温存しておいてね・・・』
母『・・・(寝ている)』


ICU担当医の本日の話の内容は、
明日の気管切開のスケジュールと
全体的な薬の強度の緩和及び停止、
血圧の薬の投与停止、
人工透析も停止し、容態を観察中とのことだった。

人工透析については、各日で行うものとし・・・
通常外来で処置を行う方針に決まったようだ。

メソ『明日は家族待機必要でしょうか・・・?』
ICU担当医『いえ、特に必要ないですよ。血小板が届き次第、ころあいを診て処置を開始しますので・・・時間を決められないのです。30分ほどで完了しますし、血小板を輸血しながら、止血に関しては電メスを使えば問題なく行けると思います』
メソ『わかりました。明日はよろしくお願い致します。』


病院側の準備は整ったようである。
あとは、母の体力次第・・・・。

きっとうまくいく。
大丈夫・・・・・・!
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気管切開当日

この日も、2時からの面会へ向かった。
人工透析を昨日、今日と休止しているが、
数値を見る限り、致命的なほどの毒素は溜まっていないようだった。
心拍数、脈拍、酸素濃度は共に安定。
血圧の薬は今日も投与なし!
血小板は、午後3時前後に届くようだった。

附き添おうかな・・・と思ったけど
仕事の合間に抜けてきたので、いったん戻ることにした。

夕方18時、仕事帰りに父と弟が面会に行ってくれた。
気管切開は無事に終了し、
数値的にも容態は落ち着いている・・・との事。

クチまわりがとんでもないほどのキズ跡になっていて
痛々しそうだったが・・・・
管が外れた分、少しだけ母の負担が軽くなったように思えた。
↓イメージ画像です↓
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しゃべれないのは相変わらず・・・だが(>_<)

肺が固まっている、とのお話だったので
肺移植でないと完治はない、と断言された。
年齢や今の容態の事を考えると、肺移植はもはやハイリスクでしかない。
人工呼吸器を一生外せないかもしれない、と言われたが・・・
これまで何度も奇跡を起こした母なので、
時間はかかるけれど、人工呼吸器をいつか外せる時が来ると信じ
快方に向けてリハビリを頑張る母を応援していこうと誓った。

まずはベッド上部を起こし、
もたれたままの姿勢を維持できるか。

そして、ベッドサイドに座ることが出来るか。

ベッドサイドで立ったり座ったりなどの練習。

これらができるくらいまで筋力が回復してくれれば
車いすでの移動が可能となるし、
食事制限はあるだろうが、院内をお散歩くらいは
できるようになるのではないだろうか。

ICUへ入室して20日が経過した。
最後の試練を無事に乗り越えることができた母。
・・・・・ICUを出る日も近づいてきている!


つづく。


会社にはカレンダーが沢山あるんだけど
コレはそのうちのひとつ。
主に、母のスケジュールを書いたりしていた。
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病気が発覚する前、、、
おそらく、今年の1月か2月くらいに書き込んだもの。
母の直筆(笑)

この日を、とても楽しみにしていた。

奄美の姉さんたちがこの日、上京してくる日。
本当なら大阪で待ち合わせをして、
神戸にいる叔母に会いに行ったり大阪ウロウロしたり
1週間くらい休んで遊び倒す予定だった。

母『メソメソ!この日からしばらく休むからね!!』
メソ『いいなぁー楽しんでおいで( *´艸`)』

ウキウキしながらカレンダーに書き込んでいたあの日。
あの日に戻れたらいいのに・・・・
もっと前に戻れたらいいのに。

集中治療室で、治療を頑張り続けている毎日。
容態は、一進一退の繰り返し・・・・
良くなっているところもあれば、悪くなり続けているところもある。

父と仲直りした翌日から、私が2時の面会に向かい
ICU担当医の話を聞く。

人工透析で毒素は抜けているけど
肝臓のビリルビンという数値がすこぶる悪い。
黄疸が目立つ。
意識が薄い。。。。
血小板が絶対的に低い。。。
肺の細胞が固まりつつあり、
この先2度と人工呼吸器を手放せないかもしれない。

良いことと言えば、白血球数値は上がり続けていること。
これで、少々のウイルスが体内に入っても抵抗することができ、
常在菌をコントロールすることができる。
血圧をあげる薬を入れずに自分のチカラで
正常値の血圧を維持できるようになった。

そして・・・・気管切開の日程が決まった。
5月24日(水)。
母の血圧が落ち着いていることが絶対条件で、
血小板輸血をしながら30分ほどで装着は完了するとの事。

これが、母によって最期の山越えとなるでしょう・・・と言われた。



つづく。






病棟医『それで、メソメソさんのご相談とは・・・?』
メソ『・・・はい。実は、父の事なんです。』


私は、父について語った。
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母が集中治療室に入ってから、
日に日に、元気がなくなって行く事。

母の事で頭がいっぱいで、食欲がなくなって行く事。

携帯がとても気になり、寝ていてもすぐ目が覚める事。
携帯が鳴っていないのに、鳴っているような感覚に陥ってること。

2時からの面会へ出向く足取りが、とても重たいこと。
面会の度に、泣いてしまう事。
ICU担当医の話の内容をすべて悪いほうへ捉えてしまう事。

大好きだったゴルフをやる気力が無くなっていること。
母がいつも座っていたソファを見ては、涙を流している事。
いつも母と一緒に寝ていたので、ベッドが広く感じて泣いてしまう事。

仕事関係で母の話が出ると、声が詰まり話せなくなってしまう事。
仕事の経営に頭を抱えている事。
自分の母親(メソメソの祖母)の容態が思わしくない事。

そんな父の姿を見て、
一緒に住んでいる弟も空気にあてられてしまい
父の悲しみが伝染してしまっている事。


私の知っている現状を話すことは、
身内の恥を晒すようで心苦しかったが・・・
父と弟の不安や悲しみをなるべく改善させたいと思い、
病院側にも協力を申し出たくて、言葉を選びながらゆっくり話をした。

協力要請は、2つのみ。

【緊急時は私へ連絡する事】
睡眠不足はかなり深刻だった。
まずはゆっくり寝てもらいたい。
携帯が気になるようで眠れないのも一つの要因なので
母に関しての緊急な用事がある場合、父の携帯へ連絡をしてもらっていたが
それを1番は私、2番目は父、3番目は弟にしてもらった。
ワンクッション置くことで、少し心の余裕ができるような気がした。


【深刻な話の回避】
昼2時からの面会は、今までは父に行ってもらっていたが
今後は父に代わり私が参加することを表明した。
ただ、仕事の都合上・・・どうしても私が行けないときは
父が向かう事になるのだが、その時は出来るだけ
当たり障りのない説明をしてもらえないか伝えた。
医師は、ありのままの容態を家族に説明し、
納得させなければならないのは重々承知している。
無理を承知でのお願いだが、可能な限り回避してもらえるよう伝えた。


メソ『なんとか、お願いできませんでしょうか・・・・』
病棟医『そう言う事でしたら、協力させていただきます。しかし、ひとつ気になる事があるんですが。。。お父様と弟様の精神的負担は軽くなるとしても、メソメソさんご自身は大丈夫なんですか・・・?』
メソ『・・・ああ、大丈夫です。父や弟よりも、少し耐性があるだけなので。』
病棟医『・・・耐性?』
メソ『はい。実は私、10年ほど前にこの病院で働いていたことがあるんです。2年間だけでしたけど^^;』
病棟医『あ、そうだったんですか!?看護師で?』
メソ『いえ、ただの清掃員です(笑)でも、母と同じ病気で苦しむ方々の病棟を担当しておりましたので・・・なので、少し知識があるだけなんです。高度清潔区域を担当していましたので、手術室とかICU、HCU・・・無菌準無菌室も出はいりしていました。母の病気について、他の人に比べれば若干理解があるほうだとは思います。』
病棟医『そうでしたか。それで、質問の仕方が・・・なんていうかこう、素人臭くないな、と思ったんですよ。ツッコミが鋭いというか(笑)』
メソ『ICU担当医が父へ話をするよりも、私なら冷静に聞けますし、少々ですが知識はありますので・・・話していただきやすいかと思います。』
病棟医『わかりました。では、私の方からICUの方へ依頼しておきます。電話の優先順位も、メソメソさんへ変更と言う事で手続きしておきますね。』
メソ『はい。お手数をお掛けして本当に申し訳ありません。』
病棟医『いえいえ。メソメソさんご自身も、どうかお体にお気をつけて。』



私は話を済ませた後、
軽い足取りで会社へ戻り・・・・
ドナーが見つかったことと、母の骨髄が完全に再生したこと。
そして・・・・
父親に対して言い過ぎたことを謝ることにした。


つづく。



斎●工似の
病棟医だったらいいな。

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あ、すいませんつい心の声が漏れてしまいました。
虚言はこのくらいにして・・・どうぞお進みくださいm(_ _"m)

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
病棟医『お母様の事は、先ほどICU担当医からご説明を受けられたと思うのですけど・・・』

肺のレントゲン撮影時、
白くなっている原因はまだ特定できてはいないのだが、
ウイルス感染によるものではなく、
恐らくマルトフィリアによるダメージの損傷が絶望的であったため、
肺の細胞が硬質化し、十分にポンプ機能を果たせずにあるらしい。
したがって酸素濃度を上げざるを得ず・・・、
上げ過ぎると気胸(肺が破れる)も懸念されるため
一進一退を繰り返している、とのお話だった。

そして、クチから管を入れ始めて2週間以上経過しているため・・・・
そろそろ人工呼吸器をクチから入れるのではなく、
気管切開(喉に3センチほどの穴を空けて管を差し込む処置)を申し出られた。
もちろん、すぐに・・・という話ではない。
母は今酸素濃度が60%~70%、血圧はノルアドレナリンを入れて無理やり上げ、
心拍数が早い。走った後の心臓の状態を想像してもらえば、わかりやすいと思う。
これらが落ち着いてこないと、気管切開はできない。

この気管切開には、やはりメリットとデメリットが存在する。

まず、メリット。
この術式は、至極簡単なものであるらしい。
施術時間はおよそ30分ほどで完了。
気管切開が成功すれば、クチの開閉ができるようになり
口腔内の衛生環境を保つことができるようになる。
そして、見た目の緩和。
痛々しいほどの見た目が、管の数が少なくなり
スッキリするようになる。
麻酔の投与も不要、意識が常にある状態となり、
意思の疎通が容易となる。
更に、ベッドから起き上がるなどの簡単なリハビリが可能となる。
手足をまず動かすことから始まり、ベッドサイドで
立ち座りが出来るようになれれば、車いすでの移動が可能となる。
そして、クチから食事ができるようになる。
今までは鼻からチューブを入れての食事だったが、
重湯やゼリーなど、やわらかい食事をとれるようになる。
声は出せないが、筆談やスマホなどの操作がリハビリ次第では可能になる。


そして、デメリット。
術式は簡単とはいえ、それはあくまでも通常の話。
血小板数値が低い母には、なるべくメスを入れたくない。
希望は7、8万ほどあれば問題はないらしいが・・・・
母は2万ほどしかない上に、肝臓の数値が悪くて
血液の糊の成分を分泌することが出来ず、血液の状態がサラサラなのだ。
ドロッっとしていないので、なかなか止血ができないらしい。
いかに止血をしながら、血圧を保ち続けられることができるか・・・
これが大きなカギとなる。

次に、カテーテル(カニューレ?)からの感染の問題。
白血球が低い患者には、どうしても感染リスクが伴う。
しかし、母の白血球は6000台をキープできているとの事なので
通常の人と変わらない抵抗力があるため、特に問題視していないようだ。
そして、気管切開終了後、大出血の可能性。
どういうことかというと、酸素濃度は最大100まで上げることができるのだが
できることなら20~30で保ち続けたい。
圧を上げ過ぎてしまうと、皮下気腫になるばかりか
血管を傷つけてしまい、体内大出血になりかねない、との事。


※皮下気腫・・・皮下組織内に空気がたまった状態です。空気の侵入経路としては、皮膚の損傷による外部からの侵入、損傷された壁側胸膜へきそくきょうまくをとおしての胸腔内空気(気胸ききょう)の侵入、気管・気管支損傷や食道損傷などに伴う縦隔からの侵入があります。

 縦隔気腫は、胸部の中央にあって左右の胸郭きょうかくを分けている縦隔内に空気がたまった状態で、頸部けいぶ(首)の気管損傷や胸部の気管・気管支損傷に伴って起こります。気管・気管支損傷では、損傷部から縦隔内、胸腔内、さらには皮下組織まで空気が侵入し、縦隔気腫、気胸、皮下気腫を合併します。


気管切開を行わなければ、母に負担をかけ続けることになり・・・・、
年齢と体力を考えれば、本当にギリギリなのだと言う事はよくわかった。

とりあえず気管切開へ向けて今後の治療方針としては・・・
沢山投与している薬を極力減らすこと。
血圧をあげる薬も徐々にレベルを下げていく。

且つ、人工透析は24時間回し続けるのではなく、
一時離脱できるほど腎機能の回復をさせること。

これで容態が落ち着いてくれれば、
気管切開を決行することができるのだ。

そしてさらに話は続く。

病棟医『お母様の骨髄は、入院時抗がん剤によって完全に破壊したために白血球がほぼゼロの状態になったので、感染しやすい状況下を回避するべく、無菌室に入っていただきました。造られる血液が『異形成』なものなので、リセットをかけるために一度破壊しておかなくてはならなかったのです。しかし、破壊された骨髄はまた再生するものなので、時間がたてばは血球は上がるだろう・・・という見込みでした。しかし、ほぼゼロの状態でマルトフィリアを発症してしまい、なかなか数値が上がってこなかったので・・・・顆粒球輸血を行い、様子を見るしか手立てはありませんでした。しかし、現在は減ることはなくむしろ増え続けているので、完全に骨髄が『再生』したという判断に至りました。これでお母様の体内にある常在菌をコントロールすることが出き、ウイルス感染したとしてもおそらく撃退できるくらいに回復してきています^^』
メソ『・・・・おかーさんの、骨髄が・・・・・!』


泣くのを我慢しているメソメソに更に嬉しいニュースが続いた。

病棟医『あと、お母様にドナー1人、見つかったんです^^』
メソ『・・・・・・!!!!』

声が出なかった。
心臓が早鐘を打つ。
声は出なく、ただ涙が出るばかりだった。

病棟医『ファーストコンタクトをとり、ドナーさん自身に再度協力の意思があるかどうかを確認取りましたら、OKをもらえました。これからドナーさんには、お母様へ骨髄移植をするために、長い期間をかけて、沢山の検査を受けていただかなくてはなりません。移植準備が完了するまでに、およそ半年ほどかかると思われます。それまでに、本体であるお母様の体の状態を回復させておかなくてはなりません。体内のダメージが酷いと、移植をすれば命の危険を伴うからです。移植のためにも、快方に向けて全力で取り組みます^^』

私は、感謝の気持ちでいっぱいで、何度も何度も頭を下げ続けた。
おかーさんに、
ドナーが見つかった!!

奄美大島出身だから、母と近しい遺伝子・・・
白血球の型(HLA)が見つかるかどうか、
探すにしても可能性は低いと、
入院当初に言われたことがあった。

ありがとう。本当に、ありがとうございます・・・!
見ず知らずの他人のために時間を費やし、
母に骨髄を提供していただけるなんて。
まだ移植をしたわけではないが、希望の光が見えた瞬間だった。
どこの誰だかわからないけれど、命の恩人として直接御礼がしたい。
しかし、プライバシー保護のため。。。
素性を明かすことが出来ないのだそう。
ドナー側にも、レシピエントの情報は公開されないのだそうだ。
しょうがないこととは言え・・・、歯がゆく感じた。

悔やんでもしょうがないので、まずは当面の問題を一つずつ解決していくしかない。
体を治さなければ、どのみち移植はできないのだから。
病棟医から、いい土産話を貰えた。
父と喧嘩したけれど、ドナーが見つかったことを報告して一緒に喜ぼう!

病棟医『私の話は以上です。で、メソメソさんのご相談とは・・・?』
メソ『・・・あ、はい。実は・・・・』



つづく。



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父『お前の言うてることはおかしい!!アタマおかしいんちゃうんか!!』
メソ『だからぁ!!おかーさんの前で泣かないでって言うてるだけやんか!!会うのはかまへんよ!!でも毎度泣かれたらおかーさん、自分の体の事誤解するやんか!!』
父『そんなん、涙なんか抑えられるわけないやろ!!できたらとっくにやっとるわ!!』
メソ『よく考えてよ。おかーさんに必要なのは涙や哀れみじゃなく、明るい未来の話とか病気は少しずつ回復してるっていう自覚を持たせて、気持ちを安定させることなんよ!!自分の事で泣かれるのが一番嫌がるの、わかれへんの!?』
父『そんなもんわかってるに決まってるやろ!!でも、泣けてくるのはどうしようもないんよ・・・!!メソメソみたいに、明るい声で励ましたりとか、手を握ってあげたりとか・・・そんなんできへん!!』
メソ『悲しむなら病室の外でってさっきからいうてるやんか、ちっともわかってないな!!おかーさん、生きようと必死なのに目を背けるって、応援してないことと一緒やで!私は強くないよ、おかーさんが頑張ってるから私もがんばらなきゃって思ってるだけや!!喜びの涙は流していいんよ。でも、もうアカンいいながら泣くの絶対やめて!!まだおかーさんは生きてる!!』
父『・・・・わかってるよ・・・・泣くのがそんなにアカンことなんか。お前の言うてることはめちゃくちゃや。言うてることがサッパリ理解できん。悲しんで何が悪い。金輪際お前とは一緒に面会行かんからな!!』
メソ『ああ、そうや。悲しんで泣くって、おとーさんの中ではおかーさん助かれへんってことになってんねやろ。私だってそんな諦めた人と面会一緒に行きたくないわ。私まで気が滅入るしな!!別行動しよう、私も勝手にするわ!!』
父『・・・っ、なんや親に向かってその言い方は!!!』
メソ『それはお互いさまやろ!!アタマおかしい言われて腹が立たんと思てんのか!?おかーさん治したいんだったら泣くのいい加減やめぇゆーてんねん!!!』

弟『・・・・・・・。』


言い合いは、5月19日(金)の朝に起こった。
透析が無事に済み、24時間人工透析を回し続けなければならないが
母は少しずつではあるものの、回復していった。
しかし、それとは裏腹に・・・父と弟は、
どんどん元気をなくしていき、悲しみに暮れる日々が続いた。

このままでは母に続き父と弟が倒れてしまうのではないかと思い、
旦那に相談をしながら意見をまとめ、なるべく刺激しないように話をしたかった。

でも・・・結局私の話の持って行き方が悪くて、
『二度と会うな』と認識されてしまったようだ。

違うのに。そうじゃないのに。
うまく伝えられへんかった。
怒鳴りあうなんて、おかーさんが嫌がることなのに。
優先するべきはおかーさんのキモチで、カラダで。
それを支えるのが医療チームであり、私たち家族であり。
生きる希望を与えてやってほしいって言いたかっただけなのに。

ドラマを見たことある人は、病院のお見舞いへ行くワンシーンを思い出してほしい。
面会に来る人たちは、果たして泣きながら入室していただろうか。
勤めて明るく、患者と他愛ない話をしているんじゃないか。
患者の最期なら、まだしも・・・・・・。

おかーさんの性格からすれば、自分の事でしんみりされるのが嫌だから
静かにされるのを嫌うから、人の気配を感じていたいから
個室ではなく、大部屋がいいなって常々言っていた。


意識が回復してきて、クチに太い管があるので
喋れはしないけど耳が聞こえ、目も見えるんだから
悲しくて泣いてるのを察知させてはいけないと思う。

時々ならまだいい。

毎度、となると・・・・
おかーさん自身が『ああ、もう助からないのかな』と
諦めてしまうんじゃないか。
そうなれば、今までの治療が無駄になる。
おかーさんが諦めてしまう。
もう二度と会えなくなってしまう。

そうならないために、周りも頑張って支えて行くべきだと思うんだ。
患者一人にがんばらせてはだめだ。
おかーさんが諦めるまで(心臓が止まる事)・・・・
回復を信じて、私は笑顔で会いに行き続ける。





父と大喧嘩したその日、昼の面会は私ひとりで行く、と伝えた。
父は反対せず、自分は夕方会いに行くと返事が返ってきた。


昼の面会は、14時-15時30分の間。
その間に、家族が訪問し、ICU担当医から説明を聞く義務がある。
父はこれまで、優先的にこの面会へ毎日参加していた。
行きたいという純粋な気持ちというよりも
『自分の妻だから行かなければならない』という義務感のほうが強い印象を受けた。
先生の話の内容は悪い報告しか耳に入ってこず、
良い話ももちろんあるのだろうが、
とにかく悪い話ばかり頭の中を占領されてしまうようで
冷静に話を聞ける精神状態ではないことは明らかだった。

そのため、2時の面会への足取りは重かったように思う。

私は逆である。

まずは母に会える喜びのほうが大きい。
先生の話は、ぶっちゃけ二の次(笑)
もちろん、先生の話は必ずしも良い話ばかりではない。

割合でいうなれば、ICU入りたての頃は
良い話 : 悪い話=0 : 10 だった。

いつどうなってもおかしくないですよ、と散々脅され(?)たものである。

しかし、2週間以上が過ぎた頃。
顆粒球輸血を施し、人工透析処置もスムーズに行っている現在は・・・
良い話 : 悪い話=2 : 8 ぐらいにまでなっている。


おかーさんは『命綱なし』で『目を閉じながら』1本のロープの上を
そろり、そろりと歩いている状態なのだ。
踏み外せば、真っ逆さまに落ちてゆく。。。


飛行機で例えるなら、まだ滑走路をゆっくり移動しているに過ぎない。
離陸にはまだまだ準備が必要な状態なのだ。
飛べるかどうかは、おかーさん次第・・・であると言う事。

母の状態は現在、
酸素濃度を50→70まで引き上げ。(通常は20~30)
人工呼吸器装着、口腔内の出血が止まらず。
血圧はやや低めのため、ノルアドレナリン等の薬を服用。
人工透析処置により、毒素は体外へ排出し続けている。

そして・・・・

マルトフィリアによる肺炎の危機は脱出したものの、
肺のレントゲンを撮ると、また白くなってきているようだった。。。

医師たちは、ウイルス感染なのか?と疑って検査をしたものの
ウイルス検出は特になし。
血小板は2万台、白血球は4000台をキープ。
白血球数値を診る限り、ウイルス感染の線は低いだろう、との見解になった。
原因については、もう少し時間がかかるとの事だった。

あと、肝臓のビリルビンという値が徐々に上昇中であるとの事。
肝臓は重要な臓器であり、主に解毒をする臓器らしいのだが
アンモニア濃度が上昇しているため、解毒作用が働かずに
全身に黄疸が出ていた。意識もやや薄い。
奄美の姉さんたちが来ていた頃より、意思の疎通ができにくくなった。

おそらく、腎臓と肝臓のダメージが酷いのだろう。
体内に毒素が蔓延すると、意識がひくくなるようだ。
人工透析により尿毒素は出ているが、肝臓が機能を果たせていないので
アンモニア濃度が濃ゆくなっている。。。

『人工肝臓』なる医療的処置は、現代の医学にはない。
本人の回復力に賭けるしかない、らしい。。。


ICU医師の説明を聞いてる最中、病棟医の先生が来てくださった。

病棟医『このあと、少しお時間いただけないですか??』
メソ『わかりました。私も、ちょうどご相談したいことがあるんです。』


ICU担当医の説明が終わった後、私はICU内の『家族説明室』へ呼ばれた。


つづく。




5月15日(月)。
母の肺炎は、ひとまず回復傾向にあり、落ち着いた。
気持新たに、私たちは週明けの忙しい業務をこなしていた。

その日は、私自身の病院(整体)へ行きたかったのもあり、
いつもなら面会へ行くのだけど、日曜日の時点では
比較的調子良さそうに見えたので、
父たちに任せて、あえて面会は行かなかった。

そして、5月16日(火)の朝。
月曜日に比べて、比較的穏やかな雰囲気の事務所。

と・・・・

父の携帯へ、病院から電話がかかる。

父『もしもし。・・・・あ・・・・はい、はい・・・・、ハイ・・・・』

医者からの話の内容で、父の顔色がみるみる悪くなっていき・・・
返事をする声にもチカラが入っていなかった。

父『・・・そうですか・・・わかりました、失礼します・・・』

うなだれながら、私のほうへ向き直り、チカラなく言葉を発した。

父『メソメソ・・・すまん。すぐ、おかーさんのとこ行っちゃってくれ・・・』
メソ『・・・わかった。ICU行ったらええの?』
父『おかーさん、もう助からないかもしれない・・・・!』
メソ『ちょ・・・縁起でもないこと言わんといて!行先はICU??』
父『でも、でも・・・・・』
メソ『お父さん!!ちょっと落ち着いて!!!』
父『・・・・・・』
メソ『呼ばれてんねやから、これから向かわなアカンやんか?どこに向かったらええの?』
父『・・・集中治療部・・・・』
メソ『おっけ。ちょっとおとーさんのこと頼むわ!』
弟『う・・・うん・・・・』
メソ『詳しいことは先生から聞いて、それから連絡する。おとーさんにあたたかい飲み物飲ませてやって!じゃあ行ってくる!!!』
弟『き、気を付けて行ってきて!連絡待ってる!』
父『・・・・・もうアカン・・・もう、、・・・・・・』

私は焦る気持ちを抑え、安全運転で病院へ向かった。

駐車場へ到着、そしてダッシュ。
息を整えながら、ICUのインターフォンを鳴らした。

メソ『すみません、メソメソです。母の事で先ほど連絡ありまして・・・』
ICU『すぐ向かいますので、待機室でお待ちください』


しばらくして、主治医が来た。

主治医『突然お呼びして申し訳ありません。実は・・・』

肺炎の炎症数値は下がり、白血球数値が上昇しているのだが、
やはり薬の副作用で、他臓器に深刻なダメージが出ていた。

肺・肝臓・胆のう・・・・
腎臓のダメージが特にひどいらしい。
尿がうまく排出されず、体内に毒素が蔓延。
つまり腎不全になりかけている、との事。

通常であれば人工透析を行えば済む話だが、
母の場合は不安要素を含んでいるため、
なかなか踏み切ることができずにいるようだ。

理由は『血圧数値が圧倒的に低い』こと。
血液を抜いて浄化する処置を行う場合は、
安定した血圧数値であることが絶対条件らしい。
なぜなら、処置中は血圧が低下し、体温が下がるからだそう。

そして、カテーテルを入れる場所は
母の場合、首から入れなければならないらしい。
医師は腕からではなく股の付け根から挿管したかったようだが
皮膚の炎症がひどいため、難しいようである。
首へ入れるとなると動脈があるため・・・
傷をつけないように挿管しなければならないらしい。

提案としては、24時間透析を回し続け・・・
血圧の様子を診ながら、ゆっくりゆっくり回すこと。そして・・・

血圧が低いため、心肺蘇生時などに使用するノルアドレナリンと
もういっこ・・・薬銘忘れた('A`)とにかく血圧を上げるための
強めの薬を使用しなければ、人工透析はできないとの事だった。
この薬を使うと更にダメージを与えることとなる・・・

しかし、人工透析をしなければ母の体内から毒素が排出されない。
透析中、血圧が低下すれば命の危険が伴う。
もはや母の体力にかけるしかなかった。

またしても、悩んでいる暇はない。
これで何度目だろうか('A`)などと悲観に陥いることもなく・・・
ただ、助けてほしい一心で。母を何とかしてもらいたくて。
人工透析の処置をしてもらうため、私は同意書にサインをした。
事後報告になってしまったが、そのあと父へ連絡を入れた。

父と弟が、仕事を切り上げ午後1時に合流。
私はお昼を食べていなかったため、遅めの昼食をとった。





人工透析の処置は、午後3時から執り行うようだ。
血小板輸血待ちの状態である。
待っている間、3人でいろんな話をした。
父と弟のクチから出てくるのは、またしても悲観的な事ばかり。。。

もう、うんざり('A`)

気持ちは痛いほどよくわかるんだけどね?
でもさぁ、悪い方へ考えれば考えるほど、
自分も暗闇へ落ちていく感覚になっちゃうから
すっごく危険なんだよ、おとーさん・・・・・
ココロが折れれば、体だって壊れかねないのは良く知っている。

やばい。
このままだと、父も弟も鬱になるんじゃないか。
何とかしないと・・・。
私まで、2人の悲観的な気持ちが伝染しかねない。
主治医に相談してみようかな。
いや、まずはちゃんと2人の話をちゃんと聞いて、
意思の確認をしないと、かな・・・・

下手なことをいう訳にもいかず、
父たちへ慎重に言葉を選びたかったため
頭の中で整理しようとした。
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・・・・あ”---ッだめだ。

何も整理できん。冷静になれない。私も精神的に相当キテるな。
場所も場所だしな。家に帰って旦那に相談しながらまとめよう・・・

適当に理由をつけ、私は2人から離れることにした。
父はまた眠れていないようで、車で寝てくる、と言い離れた。
弟は家族控室で待機。

この家族控室も、少々難儀なスペースだったりする(>_<)

状況が状況なだけに、本当にしょうがないことなんだけど・・・

ため息をつきまくっているひとや、
どこか憔悴しきったひと、
明るい大声でしゃべりまくるひと、
いびきをかきながら寝ている人、
病院の悪口を言っている人、
待たされていることにイライラしているひと、
幼い子供たちがとにかく騒がしい・・・・・

お願い、静かにさせて(´;ω;`)
本当にどうしようもないんだけどね。がまん、がまん・・・・

家族待機を余儀なくされている場合は、
必ずこの控室に誰かが居なければならないのがルール。

やむを得ず退室する場合は、一言声をかけなくてはならない。
そのルールすらも、守れていない人もいて・・・・
家族さんに説明しなければならないのに、
待機室にいないせいで探し回って
余計な時間を消費している集中治療部の看護師さん。。

はぁー、和歌山人ってほんとアレやな。
ほんと、てがえんわー・・・・


あー、だめだめ。
おかーさんが大変な時だからこそ、
他人を批判するのは止めよう!

そんなこんなで、人工透析の処置が終わったらしく
集中治療部へ呼ばれた。

入室できたのは6時過ぎだった・・・・

担当医『お待たせしました。お母様の透析処置は、無事完了しましたよ^^』
3名『・・・・ありがとうございます!!!!』


うまく行った。
大きな出血をすることもなく。
血圧も特に大きな乱れはなし。
但し、ノルアドレナリン等を服用しながら。。。なのだが。
もう、さすがとしか言いようがない。
お陰でまた、次の治療への道が開いた。


母がまたひとつ、先生たちと本人の頑張りで試練を超えたが・・・・
この頃から、私が越えなければならない壁の存在が、くっきりと現れ始めた。



つづく。



母に一目会いたくて、奄美大島の親族たちが和歌山へ上京。
甥っ子夫婦、母の姉2名と妹、そして一番上の姉の娘の4名が病院へ来てくれた。
↑説明がややこしくてすいません(笑)
とにかく、この日は大所帯での面会となった(。-∀-)w

人数が多いので、1組4名で入室。
姉さんたちを優先し、パーティを編成。←
父と私がそれぞれ分かれて、母と面会させるべくICUエリア内を引率をした。

母はこの日、おめかしをしていた(*^^*)
といっても、黄色の帽子をかぶせてもらっていただけなんだけど(笑)
集中治療部の看護師さんのイキな計らいなんだと思う。
髪の毛が少し抜けていたので、かぶせてもらったようだ。

しゃべることが出来ず、体のあちこちはボロボロになってしまったけれど、
幼いころから一緒に過ごしてきた姉たちとこうして
同じ時を過ごせることができて、、母は本当に幸せそうだった。
姉さんたちから、沢山の元気をもらえたようである。
逆もまた、しかり。会いたい、と思っていても、すぐに会える距離ではない。
LINEで都度報告しているとはいえ、限界がある。
目を見開き一生懸命応えていた母に、姉たちも涙が絶えず流れていた。

そして次の日も、病院で可能な限り面会時間を有意義に使った。
母の体は、この日だけはむくんでおらず、
顔の赤みも消え、熱が下がっているような印象を受けた。
嬉しさのあまり、母の体に奇跡が起こっているのか・・・、
または特別なお客さんのお見舞いのため
ICUの方々がお薬を調整してくれたのか。
その辺は確認していないけれど、前者だと思っておこう(*'ω'*)♪

宿泊先は、父と弟のいる実家で休んでもらい。。。
ご馳走をたくさん作ってくれた。しばらく食べ物に困らないほど(笑)
父も弟も、お腹が出ているとはいえ(肥満体系w)
さすがにこの量は捌ききれないだろう^^;

食事が済んだあとは、
アルバムを見ながら思い出にふけっていたようである。
私には帰る家が他にあるので、旦那と一緒に家で休むことにした。

本当に、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。
いい土産ができた、これで安心して奄美へ帰れると
口々に喜んでいた叔母たち。
いよいよ、帰る日が迫ってしまった。
このまま、このまま・・・うまく快方へ向けて進んでくれれば良いな。


定刻通り、姉たちは奄美へ飛び立った。
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・・・が、私たちの願いとは裏腹に・・・
幸せな時間は、長くは続かなかった。


次なる試練の幕開けとなる。


つづく。



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5月11日(木)。

その日は特に電話がかかってくることもなく・・・
普段通り、仕事に打ち込めた。

旦那は『次は俺の番(脱血処置)か・・・』
と、若干憂鬱そうである(笑)

私の血液で肺炎回復が望めなかった場合、
声がかかるだろう…ということで、
いつになるかわからないが、しばし待機をしてもらうようだ。

夕方、仕事を済ませて母のもとへ。

メソ『おかーさん!来たよー!!具合はどう!?』
母『・・・・・、・・・・・!』

母は目をパッチリ開けていた!
何か言いたげに、管が邪魔そうな感じで舌が動いていた(笑)
心配かけまいと『大丈夫!』のアピールを必死でしているのだろう。
しかし時折、眉間にシワが寄ることがあった。
麻酔がいつから切れたかわからないが、管の挿管で苦しいのだろう。。。

母『・・・・・・・、・・・・、・・・・・・!』
メソ『わかった!わかったから(笑)あまり動くと苦しくなるよ( *´艸`)』
母『・・・・、・・・・っ』
メソ『よかったぁ、元気そうで^^でも、血圧はまだ低めやなぁ・・・』
母『・・・・?・・・・・・、・・・・・・!』
メソ『そうやね、少しずつ回復してるもんね!この調子で頑張ろうね』
母『・・・・(うんうん、とうなずき、目を閉じた)


目を見開いたり、うなずいたり、目をきょろきょろしたり・・・
手を握ってあげると、握り返しはできないが、ピクピクと動いていた。

看護師さんが入室してきた。

看護師『失礼します。メソメソさん、こんばんわ^^』
メソ『こんばんわ^^いつもありがとうございます!』
看護師『今日のお昼の面会のお話では、マルトフィリア(肺炎)をほぼ撃退できたようですよ。とても心配されてましたもんね、いい結果になって本当に良かったですね!』
メソ『・・・・わぁ・・・・・っ』


思わず母を見た。
目を少し開けて、こちらを見ていた。
どのくらい私の顔が見えてるのかわからないから・・・、
顔を近づけ、おかーさんの耳元で肺炎がほぼ治ってることを話した。

母『・・・・・・・・・・。』

母の目に、涙が沢山あふれていた。
鼻もひくひくしている(笑)
私もつられて泣いてしまった。。。

看護師『あたたかいタオルで、お顔を拭いてあげてください(*^^*)』

タオルを受け取り、母の涙をぬぐってあげた。
あたたかくて気持ちよいのだろう。
顔がほころんでるように見えた。

顔を含め全身がむくみ、肌は薬の副作用で大量の発疹、ただれ、ひびわれ・・・
毛も抜け始めている。目が赤く充血している。
暴れないように、手足は固定され、抑制剤を投与され・・・・

クチには人工呼吸器であるチューブを喉の奥まで挿管。
強制的に酸素供給を施されつつ、
尚且つ、片側の鼻からチューブを挿管。
胃を傷つけないように直接濃度の濃ゆい栄養剤を入れている。
栄養を入れないと、回復するチカラが出ないのだ・・・・。

激闘の末、致死率が高いといわれていた
『マルトフィリア』に見事打ち勝てた母。
肺のレントゲンを見せてもらったが、
真っ白だった肺がほぼ真っ黒の状態。
CRP(炎症数値)も『5』まで下がっていた!

そして母の血小板と、白血球は・・・・

血小板『9000』→『45000』UP!
白血球『15』→『3800』UP!!



やったやった!!
YATTA--!!(∩´∀`)∩


明日はいよいよ母の姉たちが奄美大島から上京してくる。
対面が本当に楽しみだ( *´艸`)♪♪♪

ちなみに・・・・
旦那が気にかけていた脱血処置は、
弟と私の血液により肺炎を撃退し、
母自身の白血球、血小板数値は徐々に上昇してきているので、
白血球弐号機(旦那)の出動は不要となりました(。-∀-)w


つづく。





主治医は、どこか浮かない様子で私に告げる。

主治医『メソメソさん・・・申訳ありません・・・』
メソ『・・・・え・・・・?』
主治医『今日は予定通り、メソメソさんの脱血処置を行う予定だったのですが・・・』
メソ『は、はい、そうですよね。・・・何か、私に問題でも・・・!?』
主治医『あ、いえ・・・そういう事ではありません。実は、お母様の容態が安定していないんです。』

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----と、すみません。
えー、一部映像が乱れてしまいました・・・??
大変失礼いたしました。。。。

昨日、母の体内へ弟の新鮮な血液を入れ、一時的に容態は悪化した。
心拍数、脈拍、酸素供給数値・・・すべて。
でも、それは自分以外の血液が入ることで起こる化学反応だと、
前もって説明されていたのでまた、容態は回復するのだと思っていた。
しかし、あくまでも予定は予定。
機械を相手にしているのではなく、生身のニンゲンなのだ。
予定通りに行かなくて当たり前。
輸血は本来、本体(母)の血圧や心拍数、酸素供給が安定していなくてはならない。
なので、結論としては・・・・

主治医『お母様のペースに合わせた治療を優先したいので、ゆうべ薬を服用してもらったのですけど・・・受け入れられない状態なので、今日は見送りということにさせてもらえないでしょうか。』
メソ『・・・ああ、そういう事でしたか!!ぜんっぜんオッケーですよ(*'ω'*)!母を思っての内容ですし、むしろ安心しました(笑)』
主治医『お仕事のご都合もあるでしょうし、本当に申し訳ありませんでした』
メソ『先生、謝らないでください。仕事なんて、母のことに比べれば大したことないんです。他にもスタッフがいるんで、仕事はなんとかなります。でもドナーは特別でしょ?私たちにしかできないことは、なんとしても優先させたいですから。では、母の容態が落ち着いたらもう一度準備ということで宜しいんですよね??』
主治医『はい、そういう事です。明日、午前中になんらかのご連絡させていただきますね。明日、お母様の容態が落ち着いていれば、メソメソさんの脱血処置を行います。本当によくご理解いただいて大変感謝していますm(_ _"m)』
メソ『助けたい思いはみんな一緒ですから(笑)では、明日ご連絡お待ちしています』


私はひとまず父へ簡単に経緯を説明し、
薬の影響もあり殆ど睡眠がとれていなかったため、
明日の処置に備えて休暇をもらうことにした。

その夜、母へ面会に出向いた。

母は、相変わらず目をうっすらと開けている。
しかし、意識が薄いようで・・・少々反応が乏しかった。

ちょうどICU担当医が来てくれたので、私に簡単な説明をしてくれた。

ICU担当医『午前中は全体的に数値が低く、顆粒球輸血に踏み込めなかったのですが・・・、夕方から徐々に回復してきていますので、このまま行ってくれれば明日は予定通り、処置できそうですよ^^』

おかーさん、すごいよ。
おかーさんが頑張ってるから私も頑張れるよ。
明日は私の血液を輸血してまたしんどくなるかもしれないけど・・・
次こそは肺炎、治るといいね。

ICU担当医『あ、あと嬉しいニュースがありますよ』
メソ『えっ??な、なんですか!?』
ICU担当医『安定してきたので、先ほど血液を採血して、血球中の数値をみたのですが・・・お母様の体内に、白血球の赤ちゃんが5個産まれてました。お母さま自身で治そうとするチカラが芽生えたってことです。』
メソ『・・・・・・!!』


泣き崩れた。
すごくすごく嬉しかった。
なんて言っていいのか言葉が出ず、緊張の糸が切れたような感覚に陥った・・・・

ICU担当医『弟さんの顆粒球を入れたことにより、白血球と血小板数値が少し上昇、肺炎数値は少し下がりました。時間がたってしまっているので、弟さんの白血球をすべて使い切ってしまったため・・・また元の数値に戻ってしまったのですけど、元々が『10』だったのが今は『15』になってるんです^^』

健康な人ならば、白血球数値7000~8000程あるのに対し
母は「15」しかない。だから、肺炎を治せずにいる。
白血球が少ないから、自分の体内にある億単位の菌をコントロールできずにいる。
弱毒菌をやっつけるチカラさえもない。
でも、自分の白血球が生まれてきたってことは、希望が出てきたという事!

私は病院を出てすぐ、父へ連絡を入れた。

5月10日(水)。
朝、メソメソのケータイへ主治医からのコール。
母の容態が安定期に入ったため、これからすぐに病院へ来てほしいと言われた。
脱血の準備を行いたいのだという。
会社を抜けて、すぐ向かった。

昨日は体感的に辛かった症状も、今日はバッチリだった。
しっかり眠れたし、若干腰の鈍い痛みがあるだけで、特に問題はない。

痛み止めのテープを貼り、2本目の白血球増力剤を左肩へ注射。
時間が経ってしまっているので、念のため打つことにしたようだ。

2~3時間ほどで効果があらわれてくるので、
12時半より脱血処置を開始すると言われた。

時間をつぶすため、病院内にあるレストランでひたすら
タブレットをパチパチとタイピング。
ここぞとばかりに、ライブドアブログを書き貯めていた(笑)





時間になり、いよいよ処置開始。
かちゃかちゃと、機材を運び始めセッティングし始める。
主治医の右手には注射器が・・・・、

ふ、ふ、・・・
太っ!!!!
めっちゃ太い針!!
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まさにドドリアさんのような心境でした。

こ、これを刺すんですね・・・ゴクリ。
左腕はストレートに1本、右腕は3か所ぶち込まれた。
右腕はうまく血管が出てこず、右手の甲より刺す。
つまり、こんな感じ(。-∀-)
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後ろの洗濯物はスルーしてくださいwww\(^o^)/

いたそーって思ったけど、
言うほど痛くありませんでした(*ノωノ)w←●ゾじゃないYO☆
女は痛みに耐えれるようにできてるんですね。感謝感謝♪

脱血中の状況をスマホで撮影したかったのだけど
両腕に極太針が刺さったままだったので
身動き取れず・・・・_(:3 」∠ )_w

とりあえず、脱血中の状態としては・・・

寒さ!
血液を抜くと、血圧と体温が下がるようです。
ガチガチと唇が震えはじめ、
膝もガクガクと震えはじめました。
電気毛布を用意してくれたので、寒さはなんとか軽減。

舌がしびれる!
医療的説明を聞くのを忘れたのだけど、
献血中ならだれでも起こる当たり前の現象なんだそう。
装着完了後、おねいさんと楽しくおしゃべりできていたので
これは特に問題なかったようだ。

とにかく摂れる!搾れる!!
弟の時もそうだったらしいが、血液が良く摂れる家系だと褒められた(笑)
どんなに若く健康な人に、同じ処置を施したとしても
なかなか摂れない人も居るのだそう。
弟は途中、血液の流動が止まったりしていたので時間がかかったようだが
私の血管は太く健康であるため、血圧も安定しており・・・
作業を中断することなく、脱血時間は2時間ほどで完了。
弟とほぼ同じ量が摂れたらしい。
きっと、ドーピング2回してるからだな(*ノωノ)w

終わった後、特にふらつくこともなく・・・
直帰してよい、との事だったので、
自分で車を運転し、晩御飯にマクド買って帰りました(笑)

今夜、母を苦しめている肺炎ウイルスとの闘いが始まる。
私の血液は優秀だから←
肺炎をやっつけた後は速やかに消滅してくれるだろう(笑)

でも・・・ひとつだけ気がかりなことが(´・ω・`)
私の血液、優秀なんだけどかなり気が強いから・・・・
おかーさんの体内で暴れすぎないかが不安だったりもする(;´Д`)w

考えていても、しゃーない。
その日の夜は、早めの就寝をした。



つづく。





5月9日(火)、時刻は21時。

次なる攻撃をしかけるべく、
白血球零号機操縦士のメソメソは
碇指令(主治医)の元へやってきた。

左肩をあらわにしたメソメソを前に、
右手に白血球増力剤を持ちながら
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いや、主治医は
こんなセリフ
言ってないですYO!

でもまぁこんなニュアンスのようなことをメソメソへ言ってました。

要は『お母様を一刻も早く治しましょうね』ってことです。←

ステロイドを2錠のみ、注射器によるドーピングが終わったのち、
少しだけ、おかーさんに会えるかな・・・と思い、
集中治療部へ足を運んだ。

ICUのインターフォンを鳴らす。

ICU『はい、ICUです』
メソ『あ、夜分にすみません・・・メソメソと言いますが。少しだけ母に会いたくて来たのですけど、無理でしょうか??』
ICU『あ、はい娘さんですね。大丈夫ですよ、どうぞお入りください^^』


夜9時回っているため、病室内は消灯していた。
母の病室のみ電気がついていた。
きっと、私が面会に来たのでわざわざ付けてくれたのだろう。
母を起こしてしまったと思い少し申し訳なく感じたが、
入室前にガウンなど着用したのち・・・静かに入室した。

メソ『・・・・あれっ?』

母はうつぶせで寝かされていたのに、
仰向けに寝かされていた。

メソ『・・・おかーさーん・・・お邪魔しまぁす・・・』

母はうっすらと目をあけていた!
ちょっとびびった・・・・(笑)

メソ『おかーさん、起こしちゃった??メソメソだよ。ごめんね、こんな夜遅くに・・・』
母『・・・・・(またたきを何度かしている)』
メソ『おかーさん、今日から仰向けに寝てるんだね・・・』
母『・・・・(目を閉じる)』
メソ『仰向けで寝れるってことは、肺にたまってた水が抜けたのかな・・・』
母『・・・・・(目をきょろきょろしている)』
メソ『今日は弟の血液がおかーさんの体内に入ったんやで。これで肺炎をやっつけるんだって!私らもおかーさんの治療に協力できるんよ??明日は私の血液がおかーさんを助けるからね。一緒に頑張ろうね・・・』
母『・・・・・(目を見開きながら、うんうん、と頷き返してくれた)』

看護師さんが入室してきた。

看護師『ちょっと点滴の交換させてもらいますね~。お母様、今朝から意識が戻ってるんですよ♪』
メソ『あ、そうだったんですか!じゃあ、麻酔は効いてないから意識が浮上してるんですね・・・!』
看護師『そうなんです^^麻酔が切れた分、おクチの管が痛いかもしれないので、様子を診ながら痛みを緩和させるような処置になります・・・今はちょうど切れてますので、起きてますね~^^』
メソ『そうですよね。こんな太い管が喉の奥にあったら・・・・おえってなりそう(>_<)』
看護師『面会が終わったら麻酔入れますので意識がぼんやりになっちゃいますが、今のうちにメソメソさんのお声を沢山聞かせてあげてくださいね(*'▽')』
メソ『あ、先ほど少し喋りましたし、痛いのも辛いと思いますのでそろそろお暇しますm(_ _"m)お気遣いありがとうございます!』
看護師『いえいえ^^今日は注射打ったんですよね??夜、寝づらいと思いますが・・・明日に備えて、可能な限りゆっくり休んでくださいね♪』
メソ『ありがとうございます。失礼します┏○))ペコ』


その夜。
私の体の中で覚醒が起き始める。

マリオカートで例えるなら、
両手に赤のカメの甲羅を所持しつつスーパースター状態(一定時間無敵)で
怖いもの無しのままルートを爆走中なイメージ⊂⌒~⊃。Д。)⊃www
2e211b3d[1]
んー懐かしい!!よく遊んだわ、コレ。スーファミのやつね(笑)

症状としては・・・・、
まず、腰のあたりがすっごい疼く!!!
生理痛の重たいやつ・・・男性にはわかりづらいか(;'∀')
鈍器・・・いや鋭利な物で腰をぐりぐりされてるような感覚??
とにかく骨髄があるであろう場所が痙攣しっぱなし。
血球が量産されているのだろう(笑)

そして下半身の痺れ!
んと・・・長時間正座してたらビリビリくるような、あんな感じ。
そしてこむら返りが起こりそうなほど足の筋肉が張っている(笑)
歩くと剣山の上歩いてるようで足の裏がチクチクと痛む('A`)

若干の息苦しさ。
興奮してる状態だから、しゃーないか・・・
変態さんが『ハァハァ』してる情景を思い浮かべてください(笑)

喉の不快感!
魚の骨、喉にささったことあります?^^;
あんな感じで、唾飲み込むと違和感アリアリで気持ち悪かったです。
痛くはありませんでした。

大量の発汗!!!
これが一番参りました_(:3 」∠ )_・・・・
眠りが浅いようで何度か目が覚めて起きるのだけど、
全身汗びっしょりなんですわ。
3回ほど起きたかな・・・・よく覚えてないけど(笑)

自分の汗でひんやりと体が何度も冷えたので、
大事な献血が控えてるのに風邪ひかないかヒヤヒヤモノでした。





よく寝付けないまま、再びNERV(-ネルフ-)へ向かう。←しつこいか(笑)

主治医に呼ばれ、診察室へ入ったメソメソは・・・
予想だにしていなかったことを主治医より通告されてしまった。



つづく。



ついに、母の肺を蝕むウイルスが断定した。

弱毒菌と呼ばれる『マルトフィリア』。
この菌は環境に存在し、極めて発見しにくい菌であり、
主に水回りに存在するらしい。
感染経路としてはヒトからヒトではなく・・・・
カテーテルや医療器具、
抗生物質などの薬物の中に微量だが存在するようだ。

では、母は院内感染だったのか??

正直なところ、カテーテルやその他医療器具、
どの抗生物質にマルトフィリアが付着していたのか
特定が非常に困難であると説明された。
可能性がある、という仮定の話なので
院内感染ではないのかもしれない。

ただ、抗がん剤治療を始める前に医師から説明はあった。
『お母様は一時的に白血球が減るので、感染症になりやすい』と。
おそらくこのとき示唆していた感染症とは、
弱毒菌に侵されやすくなることなのだと悟った。

医師は説明する。
『外部からの強い毒性をもったウイルスならば、毎日抗生物質を投与していたので細菌が体内へ侵入したとしても、すぐ死滅します。しかし、中には抗生物質が効かない菌もいるんです。これにかかると、自身の白血球でしか治す方法がありません』

肺炎のウイルスも色々種類があるようだが
母が今回患ってしまったのは『マルトフィリア』であり、
抗生物質に対して耐性のあるウイルス。
しかも感染すれば致死性が高いとはっきり言われた。
治すには自身の白血球を以って治す以外治療法はなく・・・
尚且つ、元々の病状が『骨髄異形成症候群』なため、
血球数値が正常ではない・・・・。

そこで、荒療治として健康な白血球を輸血し、母の体内へ注入。
いわゆる『白血球の増援』を行うのだ。

先日の記事にも書いたが、
これは日本では普及していない治療法であり、リスクもある。
白血球は本来、骨髄移植をして生産されるもの・・・
しかし、ドナーが見つからず肺炎が発症してしまった現在、
待っている余裕が無い。

マルトフィリア(大魔王バラモス)討伐の為
ドナーに選ばれし3血士(さんけつし)たちは、見事試練をクリア。

マルトフィリアのいる最終ダンジョンへ向かうべく、
攻略に向かうための下準備に取り掛かった。
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『顆粒球輸血(かりゅうきゅうゆけつ』
マルトフィリア討伐スケジュールは、下記の通りである。

5月8日(月)夜21時。
白血球初号機操縦士の弟へ、白血球増力剤を注射。
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ステロイド2錠服用。その後帰宅。

夜、全身筋肉痛が起き興奮状態にあり(覚醒!?)
なかなか寝付けないまま夜を過ごし、
朝9時になり初号機はNERV-ネルフ-(つまり血液内科外来)へ訪問。

およそ5時間激闘の末、無事に脱血処置完了・・・・・。
弟はおよそ13か所極太注射をぶっさされ(肉厚体型だったので)、
血管が細いため脱血スピードを落としながらの処置になったとの事。

その後白血球初号機の血液は放射線を照射され、浄化。
母の体内へ侵入。。。マルトフィリア討伐へ向けて始動した。

母の容態が一時的に低下。
体の中で、大魔王バラモス vs 初号機のバトルが繰り広げられていた。
心拍数、血圧、酸素濃度が下がりはじめるも。。。

戦闘結果は、
CRP値(肺炎):36→28、
白血球:10→350
血小板:9000→27000。

顆粒球を入れたことにより、数値は少々ではあるが回復!!
臨床は成功したと言える。
が、しかし・・・まだまだ大魔王バラモスの勢力は強いままである。
追い打ちをかけるべく、次は白血球零号機(メソメソ)を始動することとなった。


※ドラクエとエヴァのみっくす文章で混乱した内容となりすみませんでした※



つづく。




5月8日(月)AM9時過ぎ。
慌ただしい職場の中、私の携帯が鳴る。

メソ『はい、メソメソです』
先生『おはようございます、主治医の●●です。今、少しお時間大丈夫でしょうか??』
メソ『はい、大丈夫です。どうされましたか??』
先生『はい、実は頼みたいことがありまして・・・急で申し訳ないのですが、メソメソさんと、弟さんと、メソメソさんの旦那様に血液提供の協力を申し出たいのです。できればメソメソさんだけではなく、3名様一緒に来てもらいたくて。詳しいことは病院でお話しさせてもらいたいのですけど、どうか来ていただけませんか??』
メソ『わかりました!何時ごろお伺いすればいいですか?』
先生『昼1時頃、都合大丈夫ですか?』
メソ『もちろんです。何とかして向かいます。』
先生『ご協力ありがとうございます。それではお待ちしております。』


父に電話の内容を伝えると、
会社のことは任せて行ってきてくれ、と即答。
こんな時、家族経営で助かるなぁ・・・と痛感。
他の企業に勤めていたら、すぐ抜けれなかったかもしれない。

できるだけ今ある受注注文出荷の準備を急いで行い、
午後から3名抜ける段取りを組んだ。





午後、1時。

主治医から、協力に関しての詳しい説明をされた。
母の酸素供給が安定期に入ったため、
次なるステージアップ(肺炎の本格的な治療)を行いたいのだと言う。

本来ならば、赤血球と血小板輸血は
血液センターから病院が購入しているのだが、
どうしても日数がかかるので、
母の容態は一刻を争うため待っていられないらしい。
(最短で1週間~10日ほどかかる)
血液センターから購入する血液は鮮度も落ちているので、
なるべく鮮度の良い血液が理想なのだそうだ。

納品するのを待つとなると、
肺に更に深刻なダメージを与え続けることになるばかりか、
その多臓器もダメージを追ってしまうため、、、
早急に手を打たなくてはならない。

ここからが本題である。
日本ではまだ普及されていない治療方法になるのだが
同じ血液型の家族・親族が居る場合
白血球濃度をあげたのち血液を提供してもらい、
血液中に含まれる白血球・血小板を母へ輸血し、
健康な白血球・血小板を以て母の肺炎ウイルスを撃退し、
母自身の白血球回復を臨むという治療法を行う
ようだ。
費用はすべて病院が負担。
『臨床』として協力してほしいのだそう。

ただし、これにはリスクも当然伴う。

まず、レシピエント(患者)への負担。
自分以外の血液が入ることで、反応がどうしても起こってしまい
一時的にすべての数値が低くなる。
他、肺炎を治すどころか他臓器を破壊しかねないという事。

やってみなければわからない、という極めて不透明な治療法であるとの事。

そして、ドナー(私たち)への負担もある。
一時的に白血球濃度を上げるために、
ステロイド2錠服用、腕に注射を打って24時間後に脱血を行う。
脱血時間はドナーの健康状態にもよるが、
平均して3時間脱血処置、最大で10リットル摘出をする。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
普通に考えれば10リットルも抜くとなると
絶命しかねないのですけど、様子を診ながら血液を抜き
必要な分の血液を採取(??)、不要な血液は体へ戻す
というルートを作っているので、気を失う事はありません。
カルシウムを多く消耗するため、点滴処置も施されるようです。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

これにより、一時的に体温・血圧の低下、体の痺れや全身倦怠感、
のどの不快感・腰椎の鈍い痛み、大量の汗が出るなどして
副作用が伴う。これらの副作用は、ドナーによりけりらしい。

大前提として、ドナーがレシピエントと同じ血液型であることと、
若く健康な血液保持者でなくてはならない。

採血、採尿、心電図・エコー、レントゲン、血圧測定、身長・体重計測。

説明が終わり、私たち3名は同意書を記入し、提出。
検査の結果、3名とも健康な血液であると診断された。

つまり・・・・、
私たちはドナーとして合格した!!
これでおかーさんの治療に協力できる!!

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A型バンザーイ!!




つづく。





『ビーッ!ビーッ!』

少しうたた寝していたとき、控室にコール音が鳴り響き目が覚めた。

メソ『・・・はい、控室です』
ICU『ICUです。お母様と面会できますが、どうなさいますか??』
メソ『・・・あっ、いいんですか!?お伺いいたします。』
ICU『はい。お母様がお待ちですよ^^』

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おかーさんが待っている。
なんて嬉しい言葉なんだろう。
はやる気持ちで、病室へ向かう。
病室前で、担当の看護師さんが挨拶をしてくれた。

看護師『おはようございます。ゆうべは、眠れましたか?』
メソ『あ、はい。まぁまぁ・・・(笑)』
看護師『心配ですもんね。でも、お母様は娘さんが傍についていてくれたお陰で、無事乗り越えましたよ^^』
メソ『・・・・ほんと、ですか・・・!』


母は、まだ麻酔が効いていて意識はないが・・・
昨日の面会に比べれば、やや穏やかな表情に見えた。

メソ『おかーさーん・・・よく、耐えたね・・・!お父さんも忠も、喜ぶよ・・・』
泣きながら語り掛けるメソメソに、看護師さんは優しく背中を撫でてくれた。

私は、先日の大分県の旅で知り合えた、身代わり地蔵様の事を話した。
すると、看護師さんは『病室に置いてもらえないか聞いてみますっ!』と言い、
師長さんへ許可をもらいに行ってくれたのだ。

看護師『メソメソさん、オッケー出ましたよっ!(*'ω'*)』
メソ『わぁ、ありがとうございます!!控室にあるんで、すぐ取りに行ってきます!』

ケースに入った身代わり地蔵様を看護師さんが受け取り、
透明の袋に入れて、病室の窓辺に置いてくれた。
母の方へ体を向け、笑顔で両手を合わせ、お祈りしてくれている。
これでもう、大丈夫だ!!( ;∀;)

おかーさんにしばらく付いていると・・・
母『メソ、昨日あんまり寝てないんだから早く帰って休め( ゚Д゚)』
って言われてるような気がした。
途端に眠くなってしまった(笑)

時間は朝の8時。
お父さんに電話を入れて、無事に峠を越したことを伝えると
声を出せないまま泣き崩れてしまった。
父の体調がかなり心配だったが、めまいはもう無い、とのこと。
ホントによかった・・・。

私は帰宅し、昼まで仮眠をとった。
旦那は9時に会社へ向かい、パートさんと共に出荷準備をする。

無事に運送業者に集荷へ来てもらい、
昼過ぎに業務は終わったようだ。

頼れる仲間に感謝!!
母の容態が好転したことで、何もかもうまく行くような気がする!!

昼の面会は、弟が体調崩しているので
父と私の二人で向かう事なり、
旦那にはゆっくり休んでもらう事にした。


午後の面会。
峠を越えた母に会える。
私たちの気分は、とても明るかった。

・・・・が、やはりそこはICU。
一進一退を繰り返す患者が多いため、
なかなか気が休まる状況ではないことを再認識させられた。。。

峠は、超えた。
しかし、まだまだ深刻な状況であるのは間違いはない。
ICU担当医からの説明は、以下の通りである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
・酸素濃度の圧力をMAX100%→80%へ下げた。
つまり、20%は自発呼吸が出来ている、という結果である。

・やや不整脈が気になるが、心拍数&血圧&酸素濃度は落ち着き始めた。
心拍数:120~150、血圧:117/90~100/85、酸素濃度:98-100。

・血小板輸血をしているが、一向に止血が出来ない。
肺炎ウイルスは未だ勢力を保ったままであるため、母自体の白血球が
生み出されてこない。つまり、肺炎を治すためには白血球が必要不可欠であり
自身のチカラで肺炎を治すことも出血を止めることもできない。

・肺炎が極めて重篤な症状(マルトフィリア感染の疑い)であるため、
致死率が高いと言う事。これに伴い、肝臓・腎臓の機能も低下。
このまま白血球がうまれなければ、人工透析処置が必要であるとの事。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


私たちは、絶望しなかった。
だって、母は諦めていない。
医療スタッフも、諦めていない。
まだ、救える方法がきっとある。

父は泣いてばかりで、下向きな事ばかりを言う。
こんなとき、男の人はメンタルが弱いな、とつくづく思う。
悪いことを言葉にすれば、その通りになっちゃうかもしれないのに。
下ばかり向かず、上を向いてほしい。

母はこんなに頑張ってるんだよ。
沢山課題はあるけど・・・おとーさん、今はひとまず喜ぼうよ。
自発呼吸、少しずつやけどできるようになったんやで?
おとーさんにとって、これ以上にない最高のバースデープレゼントやん。

父の中でいろんな葛藤があるんだとおもう。
母の夫であり、二人の子供の父親であり、
会社経営者の立場であり・・・
入院している年老いた母(メソの祖母)の事も心配でたまらない様子だし。

とにかくとにかく、父が心労で倒れないよう、
私たち子供が全力でサポートしないと。

そりゃー、ワタシラ倒れてるヒマなんてないでしょ(笑)


つづく。




5月6日(土)。

家に帰ってもほとんど眠れず家で過ごしたわけだが、
夕べから弟が病院へ寝泊まりしているので交代しようと思い、
昼前に旦那とふたり、病院へ向かった。

家族控室には、すでに父の姿があった。
父も一度帰宅したものの、眠れずに過ごしたらしい。
めまいの不調を訴えた。
弟も、掛け布団を持っていなかったため寒気を感じ、風邪をひいた。
私たち夫婦が引継ぎ、早々に休んでもらう事にした。

今日は父の誕生日なのに、お祝いムードになれるはずもなく・・・

父にプレゼントした商売繁盛のお地蔵様は、家族控え室で優し気に微笑んでいた。
商売繁盛地蔵
もちろん、身代わり地蔵様も持ってきた。
100均ショップで透明のプラケースを買い、
接着剤で完全に固定し、集中治療部へもって入れないだろうと思うものの、
せめて一緒にお祈りしたくて連れてきた。

昼、2時。
入室許可が出たので、母に会いに出向いた。

集中治療部の中は別世界で、
完全に隔離された環境である。
常にアラーム音が鳴り響き、決して静かな環境ではない。

母のほかにも、救命措置を施されている患者が数名いた。
母の病室は、一番奥の角部屋だった。

手指消毒、エプロン、専用マスク、医療用手袋着用にて入室。

メソ『・・・おかーさーん・・・?』

母は仰向けではなく、うつぶせの状態で、顔を横に向けられていた。

体にはたくさんの点滴や薬、管、管、管。
クチには、太い管を入れられており、
出血したのか、血液の付着が見受けられた。
人工呼吸器の装着を終えた母は、静かに眠っていた。

薬の影響で、全体的にかなりむくんでいた。
もはや別人である。。。
でも、母はこうして生きてる。
先生に、感謝してもしきれない。

入室後、しばらくして医師が入室。

集中治療部に入っている患者の家族は、
1日1度、14時-15時半の間に必ずICU担当の医師から
状況説明が施され、今後の治療などを細かく聞くことが義務付けられている。

現状の母の状態は・・・
全身麻酔をかけて、寝かせている。
覚醒すると激痛が起きるため、あえて抑制剤を投与。
暴れないよう、手足を固定。

左側の肺に水が溜まっているので、出さなければならない。
出血も少量だが見受けられる。

酸素濃度100%MAX状態、体に圧力最大値の負荷をかけているが
調整しつつ圧をかけないと肺が破れる可能性あり。
酸素濃度88%。(通常は96~100)
96を下回ると、かなりの息苦しさを感じるという。

赤血球数値は正常、血小板と白血球が乏しいため、
輸血でどのくらい補えるのか。
出血を施すために血小板輸血を24時間投与。

懸念される事項としては、母は血小板輸血にアレルギー反応が
どうしても生じてしまうため、肺胞出血がどのくらい止血できるか
現段階では見当がつかない。

目標は、酸素濃度の圧レベルを徐々に下げ、
気胸(肺が破れる)だけは絶対に避けなければならないので
精密な医療的調整が必要となるが、患者自身の自発呼吸をさせるべく
全力で24時間酸素供給のサポートを行う、との事。

今夜が正念場だと言われたので、引き続き家族待機命令。

・・・です(´・ω・`)

父に
『待機できないことを看護師さんにつたえてるので、今日は帰って休め』
言われたけど・・・・
正念場な今だからこそ、母ひとりにさせたくない。

かと言って父も弟も、体調崩してるので・・・
私はひとり、元気だし(笑)

病院で一夜を過ごすことに迷いはなく、
ただ、体調だけは絶対崩さないようにと
準備万端で徹夜をキメこんだ('ω')

傍にいたかっただけなんだけどね(笑)

次の日は、GW最終日。
おびただしい数の発注書が入っていたので、
急きょ、7日は営業することにした。

私は貫徹なので、旦那とパートさん1名を向かわせ
出来る範囲まででよいから、
月曜日出荷分を少しでも荷造りしてもらうよう指示を出した。

時間がどんどん過ぎていき、、私はひたすらタブレットを打ち続ける。
ありがたいことに、集中治療部からのコールが鳴る事はなく・・・
ただ、静かに夜が更けていった。


つづく。




5月5日(金)、時刻は22時前。

集中治療部へ移動した母へ人工呼吸器の処置が施されている間、
私たち家族が待つ控室に、先生方数名がやってきた。

入院から肺炎が起こってしまった経緯を詳しく話してくれた。
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入院当初(厳密にいえば入院する前から)より熱は37度を行ったり来たりしていた状態。
母の容態は、急性白血病ではないにしろ(芽球4.4%に基づき判断)、WT-1の値(通常は50未満)が14000あるため、いつ白血病に移行してもおかしくない状態だとの診断。一刻も早く、WT-1を下げなければならないと判断し、抗がん剤の中でもかなり強めの薬の投与(キロサイドとダウノルビシン)を迫られる。

ただし、抗がん剤を打つことによってリスクが高まることも説明された。
それは、白血球が一時的に下がるため、臓器炎症を起こしやすくなる、と言う事だった。つまり、感染しやすい状況下になる、と言う事である。
いずれにしても、選択肢があるようで私たちには無い。
モタモタしていたら、母が白血病になってしまう。
やってみなければわからない、という不安要素があるが
助かる可能性に賭けるしかなかった。

抗がん剤初日。投与からしばらくして、体に異変が出始める。
40度近い高熱が出る。手足の震え、悪寒。頭が割れるほどの頭痛、おびただしい発疹。。。
様子を見ながら抗がん剤を止め、抗生物質を打つなどして、母のペースに合わせて投与したとのこと。
その日の夜は食事ができるほどに回復。
昼間に感じた手足の震えや頭痛などの症状はなく、吐き気、フラツキもなし。

数日間、熱は36度台をキープし続け、
リハビリの許可が出る。1人でトイレへ行くようになる。
しかし入院1週間後、再び熱が38度近くまで上がり始める。

無菌病棟の工事が終わったため、すぐさま無菌室へ移動。

母は熱が38度あっても体感的に辛くないようで、
ふわふわとした気分の中、無菌室の快適さにただ感動しているようだった。

入院してから毎日のように、家族が面会へ向かう。
衛生管理の元、入室を許可していただき、
母に直接触れることはできないが、
着替えや読書用の本など、毎日のように差し入れをしていた。

『面会者通路』というものもある。
窓ガラス越しにインターフォンを使用して、顔を見ながら会話が可能となる。
面会者通路は、家族以外の者が面会できる場所なのだ。

大部屋に居るときよりも、無菌室へ移動してからは
本当に順調よく治療が進んでいたのだ。

検査結果は極めて良好。このまま順調にいけば、
5月末には一時退院できるんじゃないか、というお話もあったほどだ。

5月12日~14日は、奄美から母の姉たちがお見舞いにやってくる予定。
なんとしても、このままの状態を維持したい。
欲を言えば、無菌室を出て、デイルームで会話したかったに違いない。

そして、5月3日(水)。
この日は、私が大分県へ旅立つ前の日だった。
つい長居をしてしまい、母に無理させたかな・・・と心配したが
母はなんてことないように笑っていた。
安心して行ってきてね、と。
治るように、しっかりお詣りしてきてね、と送り出してくれた。

5月4日(木)。
父は昼と夕方、母と面会をしている。
昼は元気だったのだけど、夕方から熱が上がってきたので
抗生物質を投与し、様子を診る、との事。
それからしばらくして容態は落ち着いたらしいので、
父は長居することなく、家に帰ったのだそうだ。

5月5日(金)。
また、熱が上がったらしく抗生物質を投与するも、熱が一向に下がらず。
血圧、脈拍を測定すると弱っていたため、酸素供給を施すべく
酸素吸引機を装着したらしい。それは父が昼の面会が終わって、
帰宅直後に起こった事のようだった。
すぐ父へ電話をしようとした看護師に、母は
『大丈夫。すぐ治まるので電話しないでください』
と、心配をかけたくなくて、お願いしたようだった。

その夜。
酸素濃度が低下し、
家族が呼ばれ、
母は集中治療部で救命処置を施されることとなる。

急すぎるやろ・・・まじで・・・。
あんなに元気だったやんか。
病人らしくない、いたってフツウな顔だったし。
何が起こったの??
肺炎て、院内感染??
それとも、私ら家族が毎日出入りしてたから
外部からの雑菌を持ち込んでしまったのか。。。?

先生の話では、肺炎の原因はこう推測されるようだ。

『外部からの持ち込みによる雑菌や、ウイルス性の強い菌であれば、お母様には毎日抗生物質を投与していましたので感染したとしてもすぐ菌自体が消えるんです。しかし、中には抗生物質が効かない菌もいるんです。それが『弱毒菌』と呼ばれる、環境菌・・・または、お母様自身の体内にもともとある『常在菌』が突如変異したか、だと思うのです。抗がん剤を打つと、お薬の副作用で一時的に『白血球が下がる』んですね。しかし、これは本当に一時的なので、また回復するものなんです。なので、白血球がほぼゼロに等しいと、常在菌であっても環境菌であっても、環境菌に抵抗するチカラや常在菌をコントロールするチカラがないので、肺炎や腸炎など、非常に起こりやすいのです。なので、決してご家族様が面会されたから肺炎が発症した、ということではありません。』

さらに説明は続く。

『肺炎になれば、炎症が起こっているわけですから出血する可能性がゼロではありません。出血するとなれば、どうしても血小板が必要になってくるわけですが。。。お母様の場合、血小板輸血をするとアレルギー反応が出てしまい、あまり数値が上がらなかったのです。もともと、血小板を抑制をさせる抗体があるのか、輸血をしても効果が薄い状態でした。ともなれば、肺が出血してしまうと止血が非常に難しくなります。血小板輸血がほぼ効かない状態なので。。。白血球もゼロに近い状態ですし、白血球がなければ肺炎が治りませんし、肺炎が治らないと出血が止まらないばかりか、肝臓や腎臓に影響が出る可能性があります』

つまり、白血球がなければ母の肺炎は治らない。
肺炎が治らないと、肝臓や腎臓に深刻なダメージを与え続けることになる。
となると、たくさんの白血球が欲しい。
しかし、血液センターで買えるのは、赤血球と血小板のみ、とのこと・・・
白血球を増殖させるためには、骨髄移植しかない・・・・

『集中治療部でできることは、肺炎を治すための処置ではなく、酸素供給を安定させることにあります。現在は酸素濃度を100%MAXまで圧をあげて、人工呼吸器を装着し、体内へ酸素を供給させていますが・・・圧がMAXであるため、肺が敗れる可能性もあるんですが、まずは酸素供給が最優先となります。肺が破れないように調整を行いながら、なんとか一命をとりとめている状態です。心拍数、血圧、酸素濃度が安定すれば次の治療へステップアップできます。今は猶予がないので、申し訳ありませんがどなたか、今夜は控室で待機お願いできませんでしょうか・・・』

この日の夜は、弟が1泊することになった。
父も私も旦那も、家に帰っても休まるはずもなく。。。
だが、弟に任せて、深夜2時ごろ帰宅することにした。

すでに白プリウスの姿はなく、
1Fと隣の住人2世帯は帰宅しているようだった。
どちらも、電気は付いているのでまた騒いでいるのだろう。
もう、文句を言えるほど元気はなかった。
車は、会社に停めることにして・・・
ハイツまで、歩いて帰ることにした。
大東建託へは、月曜日に電話することにした。

電話が鳴らないことを信じて、布団へ入った。


つづく。



電話の相手は、病院だった。

メソ『はい、メソメソです』
病院『こんばんわ、○○病院です。夜分に申し訳ありません!すぐ、入院病棟へ来ていただけますか!?酸素濃度が低くて、今酸素吸引機つけている状態なんです。お父様にはすでにご連絡済みです。どうか、気を付けてきてください!!』
メソ『・・・・っ、はい!わかりました、すぐ向かいます!!』


電話を切ってから、弟から不在着信が3度入っていた。
病院との通話中に、かけていたのだろう。
ラインも入っていたので目を通すと、、、

弟『ねえちゃん、すぐ来て!!お母さんの病室***号室やから!お父さんと二人、今向かってるから!!』

私は『すぐいく』と短く返信し、
旦那に簡単に事の経緯を説明し、一緒に病院へ向かった。
迷惑駐車の白プリのことなんて、どうでもよくなった。
それよりも、母が心配でたまらなかった。
が、焦りはあるものの・・・不思議と涙は出なかった。

駐車場からダッシュ、夜間救急出入り口へ到着。
守衛さんが私たちに問いかける。

守衛『こんばんわ。行先はどちらですか?』
メソ『あのっ、無菌室に、、、酸素が、あ、母の娘で・・・今、電話・・・ご、5Fへ・・・』


落ち着いて話せないことを察したのか、守衛さんはすぐ通してくれた。
エレベーターへ乗り、病棟へ向かう。

5Fに到着すると、弟がエレベーター前で待っていてくれた。
そして、病室まで案内してくれた。
無菌室ではなく、違う病室へ移動したようだった。

病室へ入ると、ほんとに・・・・
ドラマで見るような、光景っていうか・・・
先生&看護師さん数名がベッド周りに立っていて、
傍らには泣き崩れている父の姿。
母の口元には緑色の酸素マスクが着用され、
顔がとても赤く、呼吸が荒い。

ベッド横には、心拍数や脈拍がわかるような機械がセットされ、

『ピッ・・・ピッ・・・ピッ・・・・』

静かに、不気味に鳴り響いていた。

母は私に気付いたようで、顔をこちらに向けた。

母『メソメソ・・・旅行・・・・楽しかった・・・??』
メソ『うんうん。身代わり地蔵様に出会えたし、、、ちゃんと、おみくじ引いて・・・』
母『熱上がっちゃって・・・疲れてるのに、ごめんねぇ・・・』
メソ『そんなことないよ。おかーさん、今息苦しいんだから安静にしてようよ・・・』
母『・・・・(にっこり微笑みながら、目を瞑った)』

先生が、静かにクチをひらく。

先生『結論から申し上げますと、お母様は肺炎を患っています。レントゲンを撮りました。左と右の肺は、正常だと黒いのですが、すべて真っ白になっています。肺炎になると、自発呼吸が非常に難しくなるため、今は応急処置として酸素吸引機で呼吸のサポートを施しているのですが、こちらの病棟ではこの処置で精一杯な状況です。そこで、ご家族の方に同意をいただきたいのですが、これからお母様の呼吸を24時間体制で完全なるサポートするため、ICU(集中治療部)でクチから管を入れ、全身麻酔をし、心拍数&血圧&酸素濃度が落ち着くまで救命措置をしたいのです。クチから管を入れることで会話が出来なくなりますし、全身麻酔をかけるため、今までのように意思の疎通もできなくなりますが・・・よろしいですか?』

※写真は母ではありませんが、先生の説明はこのような状態の事を指します※
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父『・・・お願いします、妻を助けてください・・・・!!』
メソ『先生、容態が安定すれば意識が覚醒し、管が取れれば会話できるようになりますよね??』
先生『はい、もちろんです。麻酔を入れる理由は、管を入れることによって起こる激痛を和らげるためなんです。意識があるままだと、暴れてしまって自傷行為になる恐れもあるのです。まずは酸素供給をしないと、全身に血液がまわらなくなりますので、一番最善な処置を提案しております。』
弟『・・・・・・っ(むせび泣く)』
メソ『了解しました。今はまず母が呼吸しやすいよう、全力でお願いします!!』
先生『わかりました。それでは集中治療部へ連絡をとり、移動の準備を行いますね。』


先生たちがバタバタと病室から出ていき、
室内には、私たちだけになった。

母『・・・・メソメソ・・・・ケータイ、充電しといて・・・・』
メソ『あっ・・・、うん。わかった。充電しとく』
母『らいん・・・見れてないから・・・見たい・・・・』
メソ『見せてあげたいけど、少しでも動くと苦しくなるから、酸素が落ち着いたら一緒に見ようね。』
母『ケータイ・・・ケータイ持ちたい・・・・電話、したい・・・・』

奄美の姉や妹、甥っ子や姪っ子、かつての職場の仲間たちや数多くいる友人たちと、連絡をとりたかったようだ。

父『おい、安静にせなあかんねんて。。。頼むから、もう喋るな・・・・』

父の、精いっぱいの言葉。
母を思いやっての、言葉。
でも、私は母に対して『しゃべるな』とは言ってほしくなかった。

集中治療部へ入ったら、おかーさんの声がしばらく聞こえなくなる。
でも、父の言う事も正論である。
喋れば喋るほど、動けば動くほど、酸素濃度は低下していくのだから。

30分ぐらい経っただろうか。
先生たちが、戻ってきた。

先生『お待たせして本当に申し訳ありません。これより移動を行いますので、貴重品などはすべて持っていただき、ご家族様は4F集中治療部の入り口前へ待機お願いします』
母『・・・ケータイ・・・持っていきたいんですけど・・・テレビ台の上にあるから・・・』
看護師『ケータイは持ってはいることができないんです。』
母『お願い・・・・電話させて・・・・お願いしま・・・・』


ベッドで移動しながら、懸命に看護師さんや先生に
消え入りそうな声で訴えかける母。
連れていかれるときの母の寂しそうな表情が、目に焼き付いて離れない。

おかーさん。
集中治療部から出てきたら、
元の病室に戻ってきたら、
退院したら、みんなと電話いっぱいしよう。
仲間に会いに行こう。
たくさん美味しいもの食べよう。
一緒に、仕事しよう。

今は、肺炎を治すことが一番大事。

しぃま。
おじーちゃん。
奄美のおばあちゃん。
そして、無事に巡り合えた身代わり地蔵様。

どうか、お願いします。

母を、助けてください。守ってください。どうか、お願いします・・!!


つづく。







こんばんわ、メソメソです。

今回は、大分から帰宅直後に起こった出来事。
ノンフィクションです。
本当に今思い出すだけでも相当腹が立ちます!!

5月5日(金)、夜8時前に自宅へ到着。
モコちゃんを旦那の実家から引きあげて、
賃貸ハイツの駐車場へ侵入。。。。すると!!

白のプリウス停まってるー!!!!
ありえねー!!!!
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まじありえねえええええ!!!
またお前カッ!!( ゚Д゚)

これで何度目や。
通算4度目やんけ。。。。

仏のカオも3度までやぞ!!!!

時間が8時回ってるし、管理会社はGWで当然やってない。
しゃーないから、警察に電話しますわな。

警察『はい、110番です。事件ですか!?事故ですか!?』
メソ『すいません、どっちでもないんですけど・・・迷惑駐車で電話しました・・・』
警察『迷惑駐車ですか。状況を教えていただけますか?』
メソ『はい。住所はうんたらかんたらで、管理会社は大東建託で、このプリウスに無断で停められたの4度目なんですよ。』
警察『ふむふむ、わかりました。ひとまず、この車の持ち主へ移動するように電話してみますので、車のナンバー教えてもらえますか?』
メソ「はい。****です。連絡待ってます』

待つこと、数分。
その間、旦那が大東建託へ24時間やっているというダイヤルへ電話してみるものの、まったく出る気配がない。
24時間つながるなんて書くなよ、大ウソツキが!!!!

その間、ウチらは停めるところがないので、
しょーがなく本来自分たちが停めるべき場所(っていうか白プリの前)にハザードを炊き続け、
待機を余儀なくされたわけだが・・・、はた目から見ると、私らのほうが迷惑駐車に見られかねない。
ストレスで、旅疲れが一層増した。

そのうち、警察から電話がかかってきた。

警察『もしもし、メソメソさんの携帯でしょうか』
メソ『はい、そうです。お手数をかけてすみません』
警察『何度もコールをしているのですが、一向に出る気配がないんです。この方が何人の家族構成なのかもこちらでは調べようがなくて。メソメソさん、大変申し訳ないのですが、管理会社の物件内での迷惑駐車となると、警察では対処できませんので、管理会社に電話していただけませんでしょうか?』
メソ『・・・・管理会社は大東建託になるんですけど、GWなんで繋がらないんです』
警察『そうですか。でも警察ではこれ以上どうしようもないんで。。。』
メソ『じゃあ、レッカー手配していいですよね?とにかくこの車をどかさないと、私たちは車停めれないので、呼んでもいいんですよね?』
警察『レッカーはあまりお勧めできません。車を万が一傷つけたとなれば、請求がメソメソさんへきてしまうので・・・』
メソ『そんなん、払う義理なんてないでしょ。迷惑してるのはウチラなんですよ?被害者はどっちやって話じゃないですか。』
警察『そうは言っても、法律ではそういう風に…』
メソ『意味わからん法律やな。法律は弱者を助けるためのモノじゃないんけ?とりあえずウチラは停めれなくて困ってんねん。どないしたらええんよ!?』
警察『仰りたいことはわかるんですが、警察ではどうしようも・・・』

警察のあまりの物言いに、苛立ちが募るメソメソ('A`)・・・

メソ『わかりました。うちらはこのまま持ち主が帰ってくるまで待つことにします。ドウモアリガトウゴザイマシタ!!!」

一応、全世帯のチャイムを鳴らし、自分たちの素性を話し、連れに白プリウスの持ち主が居ないかあたってみるものの・・・、GWなかびのため、不在世帯が多かった。

お腹もすいたし、車のエンジンはかけっぱなしだし、ハザードはチカチカ。
うちらが迷惑行為をしてるようで気が引ける・・・
とりあえず旦那が部屋に戻り、紙に大きくマジックで
『迷惑駐車するな!』
の張り紙をフロントガラスに貼り、対処した。

駐車場に到着してから、1時間ほど経過するが・・・
まだ持ち主は現れない。

もういやや、こんなトコ。
入居して1年と少し経つけど、トラブル多すぎてまじむかつく。

入居する前から、イロイロあった。
洗濯機の止水栓は不良で洗濯機をその日に付けれなかったし、
壁紙の貼り付けはへたくそ。
退室してから清掃業者が入るんだろうけど、
掃除してんのか?ってくらい洗面台の鏡は汚かった。
建って3年ぐらいの新築物件やのに。
たばこの吸い殻やごみとか敷地内に散乱してるし、
住んでる人たちのマナーやモラルがはっきり言って底辺。

何より、迷惑駐車をされたことを幾度となく報告しても
A4サイズのチラシ警告しかやらない始末。

そりゃー営業の人も人間ですから??
休んで家族サービス中なんでしょうよ。
休みがないとカラダ壊しちゃいますし??
下手すりゃ家庭崩壊しかねないですよ。

電話してほしくないんだったら、
自分の管理物件ぐらい、日ごろから
きちっと管理するなり対処するなり、
こっちは特定してんだから徹底的にその住人を調べ上げるとか
訪問して厳重注意するとか
罰金を処すとか、いろいろあるでしょうよ!!!!!

は?プライバシー保護????

そんなん、存在自体が迷惑な人間にプライバシーなぞあると思うな!!
知ったこっちゃないわ!!


白プリウスの連れは、
ウチラの部屋の1Fに住んでる住人か、
もしくはうちらの隣やとおもう・・・。

どっちの世帯も、
週末の夜になるとどんちゃん騒ぎするのか、めっさウルサイ。
エンジンかけっぱやし、ヒトの迷惑考えへんモラルがかけているどうしようもないオトナ。
さっさと解約して、違うとこに住みたい。

ここに住んでから、起こった出来事と言えば
上に書いたこと以外に

・旦那のおじーちゃんが肺炎で他界。
・メソのおじーちゃんが末期がんの末他界。
・旦那、健康診断で胃の精密検査受ける。
・メソのおばーちゃん、具合が悪くなり入院。
・旦那のおばーちゃん、容体が急変し緊急入院。
・メソ父の経営状態、ゆるやかに下降気味。
・メソ母、難病を患い入院。
・商品トラブル勃発。





はぁー・・・・(>_<)
悪いことすべて、大東建託のせいにしてしまうほど
メソメソの精神がかなり廃れている・・・・


旦那と車の中で、次の転居先を相談していた。



そんな矢先、メソメソへ一本の電話がかかる。


つづく。





こんばんわ、メソメソです。

今回は、翌日のお話し。
楽しい旅も、今日でおしまい。
本当はゆっくり温泉でも・・・・と思うものの、
早く和歌山に帰って母に身代わり地蔵様の事を
直接話したい。
次来るときは、母の容態が良くなったら来ようと思います。

5月5日(金)天候:☀
☆大分空港、出発までの時間つぶし☆

朝は10時にチェックアウトし、
GW中と言う事もあり寄り道をすることなく
まっすぐ空港へ向かう事に。

夜は外国人観光客が通路でやたら騒いでいたせいで、
夜中になっても、なかなか寝付けなかった3人(´・ω・`)

まぁでも、ホテルが取れただけでも感謝しなければ。
予約とったのが4月中旬だったし、ほんとに奇跡。
眠たかったら、飛行機の中で寝ればいいよね(笑)

ってことで、
心配していた交通渋滞はほぼ皆無!!だったため、
フライト時間より5時間も前に大分空港へ着いてしまった_(:3 」∠ )_w

とりあえず、空港内を散策し・・・・、

スマホをもてあそび・・・・・、

土産物コーナーをぶーらぶら・・・・、





まだ3時間あるってばよ!!


まー、しゃーないわな。
乗り遅れる事思えば、イタクもカユクも・・・・

ということで、食事をとるべく
レストランへ入りましたぁ。

メイン料理の写メ撮り忘れた、申しわけございまてん( ;∀;)

私は日向丼を食べ、弟は琉球丼、旦那はてんぷらうどん。
日向丼はまぐろのヅケが乗っていて、
琉球丼はカンパチ・・・だったかなぁ。
メモさえも忘れてて、ほんと記憶が曖昧ですm(_ _"m)
んでも~、めっちゃ美味かった!!!!

デザートは忘れず写メ写メ♪
やせうまっていう、きなこ餅のような食感。
弟が注文。
やせうま
言わずもがな、白玉あんみつ❤
メソが注文。
白玉あんみつ
これをほぼ2時間ぐらいかけて食べました( ゚Д゚)!
お店はそんなに混んで無かったのでー・・・w
結構長居キメこんでました(笑)

時間になり、搭乗手続きゲートへ。

スマホを充電しながら、母や知り合いたちにラインを打って報告。
母にラインを送ってみたけれど、既読が付かなかった。

きっと寝ているんだろう。
負担になってはいけないと思い、今は電話をするのをやめた。

伊丹空港へ着き、特に大阪市内の交通渋滞にも巻き込まれることはなく、
スムーズに、心穏やかなまま帰路に着きました。

帰宅後、トラブルが起こるなんて思いもよらずに・・・(>_<)


つづく。



こんばんわ、メソメソです。


GW前に、しまりすな日々。のブログにちょこっと書いたのですが
母の骨髄異形成症候群の願掛け目的で
大分県へ5/4(木)5/5(土)の1泊2日で行ってきました。

キッカケは、この方のブログが決め手でした。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
『ノンの闘病日記-骨髄異形成症候群(MDS)』
https://ameblo.jp/hihi1979hihi1979/
(掲載の許可はご本人様よりいただいております)
記事タイトルは『身代わり地蔵様』です。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

母の病気が発覚してから、
この方のブログへたどり着き、
最初から現在の記事を、くまなく読ませていただきました。
泣いたり感動したり、嬉しくなったり・・・、
母の未来を重ねるかのように、というと
ノン様に大変失礼なことだとは百も承知ですが、、、
骨髄異形成症候群という病気を勉強するために、
また、家族として決意を固めるべく、愛読させていただいております。

それでは、メソメソの旅記録をどうぞお楽しみくださいm(_ _"m)

5月4日(木)天候:☁
☆高塚愛宕地蔵尊、参拝の巻☆



朝、8時45分の伊丹空港発大分空港行きへ乗り、
10時前に空港へ到着。
レンタカーを借りて、走る事約90分!
道は結構空いていたけれど、
山越えをしている最中、霧が発生して雨が降り、
視界がとても悪く走行に難儀しましたが
事故ることなく無事に到着。

お寺はとても良い天気でした♪
なかなか広いお寺だなぁーと感心!
さっそく、お清めしましたぁ(*'ω'*)

※私はカメラマンなので出演しておりません笑※
弟と、一般のお客様のツーショット(笑)
モザイクの編集下手でごめんなさい(。-∀-)。。。
お清めの水
さらに煙でお清め中の弟。
お清めの煙①
お清め終わって笑顔の旦那(左)と弟(右)。
お清めが終わり、次はおみくじへ!
お清めの煙②
母、大吉❤病気:医者と信仰が大切。
願いは将来必ずかなえられる時が来る!
おみくじ大吉母
旦那、大吉❤
願いは長引くが必ず叶えられる!
おみくじ大吉旦那
弟、小吉☆
願いは思い通りにならず、辛抱のしどころ。
おみくじ小吉弟
メソ、末吉('A`)
願いは思わしくないが辛抱しなさい。
おみくじ末吉私






私らキョウダイ、ツイてねぇな!(笑)

でも、おかーさんの病気や願いについては
イイコト書いてたし、それだけでもここまで来た甲斐があったというもの!

ウチらキョウダイが足ひっぱってしまったので、
再度おみくじを引きました~。
このおみくじは、見事大吉❤
願い事を書き記し・・・・
願い札①
弟がおみくじを結び、弟が写メ撮ってる姿を
さらに写メを撮る姉(。-∀-)w
願い札②
本殿の様子に・・・・
本殿
恵みの玉を撫で・・・・
惠の玉
お抱え地蔵様にお祈りなう!
お抱え地蔵旦那
一念洞の中は撮影できませんでしたが、
沢山のお地蔵様が祭られていました。
一念洞
参拝が終わった後は、
メインイベントである身代わり地蔵様を求めて、
お店というお店をめぐり歩きました。





が、意外とすぐ見つかりました(。-∀-)www

『病気回復』と『笑顔地蔵』さまたち。
干支の猿(母)と猪(父)を並べてみました。
青の頭巾はメソメソ、緑頭巾は弟と言う事にしておきましょう(笑)
久々に家族4人が揃いました(*'ω'*)♪
これを透明のガラスケースに入れて、
病室へもっていく予定です。
身代わり地蔵様
あ、あと父の誕生日が5月6日なので
誕生日プレゼントも買いました('◇')ゞ
会社の経営が良くなるようにとの願いで、
父が仕事の失敗をするたびに罰金百円を徴収(笑)
このお地蔵様にお布施したいと思います( *´艸`)
商売繁盛地蔵
おみやげも買い、少し遅めの昼食をとって、
午後3時からホテルへチェックイン。

朝早かったのもあり、GWの疲れがたまっていた私たちは、
ホテルを出ることなくひたすら小休止してました\(^o^)/


つづく。






こんばんわ、メソメソです。

すいません、ただの愚痴です。
どうぞほくそ笑みながら読んでください。(笑)

先日、ブログサークルより1通の受信メールが届きましてね。

GW前でこのくっそ忙しくて
母の事で大変だっつーのに
しぃまが旅立って間もないのにったらもー

「こんにちは。いつもお世話になっております。私のブログをお時間ありましたら是非読みに来てください。はてなブックマークなどもしていただけると大変うれしく思います。どーたらこーたらちんぷんかんぷん。それでは、今後ともよろしくお願いいたします。」

もーーーー
めっちゃ腹立つ
こんな文章!!!!


言葉遣いはとても丁寧だし、上から目線ではなく頭低い感じで書かれていたんですよ。
言いたいことはわかるよ?要はバズりたいってことですよね。

てゆかこの人、勝手に私をフォローしといて
「フォローしてください、お願いします」とか書いてるから
「あ、はーい」的なカンジでかるーく受けたわけだが

この人とフォロー関係になったのは
母の病気が発覚した時期と重なってたこともあり
私は基本的に「いいね」やコメントをよくくれる人へしか
ブログを読みにいかないもんだから
このメッセージくれた人のところへは、
フォロー関係になって1か月くらい経つけど
一度も
読みに
行くことは
なかった
んです
よね。



そもそもこの人、

私のブログ
読んでない
と思うし。


え、何故かって?

いいねもコメントもついていないってゆーのもあるけど

私のブログ読んでるならさー
プロフみてくれてるならさぁー

「時間があったら私をはてブしてください」的な発言はまず出ないでしょ。


時間ナインだよ
私は!!!!!!!!



ばかか
おまえ!!!!!!!



プロフ嫁よ
ヴォケ!!!!!



そーゆーのやりたきゃそーゆー人同士でやれYO!\(^o^)/

ちゃんと読んでくれてる人は

「お母様の事であまり無理なさらないでくださいね」的な
「お返事は結構ですので!」とか

私の事を気遣ってくれるような
あたたかい言葉をくれているんですよ。

あなたまじでばかなの??

私は気の向くままに読んでくれればいいやスタイルだし
てゆかメソメソがほかの人のブログ読みにいかない(行けない)から

コメントしないから
いいねつけないから
はてブしてないから

今いる私の読者も、離れていく人は離れていくんだと受け止めているし

こーゆー系の、かなり自分勝手な人のコメント見たらもー

はらたってはらたって
逆にわらえてくるわーーーーーーーーーーーーーーー



相手にしなきゃいいんだけどね。
ったくもぉ!






こんばんわ、メソメソです。

すっかり暖かくなり、少々汗ばんできましたね。
奄美大島出身の母としては、暑さにめっぽう強いので
夏到来に向けて結構テンションMAX気味なのに対し、
デリケートなお嬢様育ちの←メソメソとしましては
早くも夏バテ気味な感じで参っております^^;

さて、こちらの主婦な日々。ブログ・・・
更新がいつぶりでしょうね(;´Д`)

ゆるーく更新というようなスタンスなため、
徐々に読者様から見放されているような気がして少々焦っております(笑)

ちなみにもういっこのブログ『しまりすな日々。』は
ランキング入りしてることもあって、
安定な感じで読んでいただけてるようで、安心しておりますが(。-∀-)w


それでは、本題に参りましょう。
母の経過についてご報告いたします。

4月27日(木)現在、母が抗がん剤治療を開始して7日間経過しております。

現在の容態は、白血球が限りなくゼロに近く、
血小板数値も徐々に下がっている模様。
したがって、大部屋→4/25(火)に無菌室へ移動しました。
駄菓子菓子!!
本人、めっちゃ元気に入院生活をえんじょいしております。
熱は36℃代をキープ中。
肺炎などのウイルス感染も今のところ確認無し。
抗がん剤治療の副作用で、顔と首、手や足に少々じんましんのようなものが
出ており、少々むくみ気味ですが特にひどい痒みや吐き気などはなく、
タブレットを弄び1か月後の退院に向けて少しずつリハビリを頑張っています。

4月19日(水)。
話は抗がん剤を投与する前日に遡ります。

いつものよーに大部屋にて母との面会を満喫していた際、
主治医がメソメソの前に現れたので、
明日はビダーザを投与するのか尋ねてみました。
すると主治医から驚きの発言が!

先生「いいえ。ビダーザは投与しません。白血病患者に投与するお薬を入れての治療になります。」
メソ「え!?母はMDSの中でも症状は軽い・・・んですよね??」
先生「はい。3月の検査結果ではそのようにお伝えしてましたが・・・ちょっとここではアレなので、別室へ移動しましょうか。」
メソ「は、はい・・・・」
母「・・・・・・」

病棟内にある家族説明室へ移動し、遅れてやってきた父と弟も参加して話を聞くことに。

どうやら、入院するまでの間に病状の進行が早まっていたらしく
母は骨髄異形成症候群であるのは間違いないが
※芽球パーセンテージに基づき診断している※
WT-1数値が14000あるので(通常は50未満)
いつ急性白血病に移行してもおかしくない状態だと言われたので
大部屋ではなく、無菌室へすぐにでも入室しなければならない状態だと言われた。

熱が38℃上がっているのも、ウイルス感染に依るものではなく
WT-1数値が高いせいだろうと予測しているようでした。

この数値を早急に下げるために、ビダーザでは効果なしと判断。
強めの薬を投与しないと白血病に移行してしまう危険性があると判断されたためだった。


2種類の抗がん剤(キロサイドともういっこ名前忘れた・・・ダウノルビシン?)を
1週間投与し、WT-1数値がどの程度下がるのかを診るという。
キツイ薬だと副作用がとても心配だが・・・・、
急性白血病だけは避けたいし、母に頑張ってもらわなくてはならない。

順調に治療が進み、WT-1数値が安定し血球数値が落ち着いて来れば
一時退院できる、と言ってくれた。

治療過程では、初期段階で白血球数値が一時的に下がるらしい。
しかし、また数値が上昇してくる、ということだったので
その辺の医療的説明はよく覚えてないが(笑)

とにかくスムーズに治療が進めば、母は帰宅できるということが聞けたので
嬉しい目標ができたわけだし、共に頑張ろう、という気持ちになれました。

なので、白血球がゼロに近い、というのは
薬の影響が大きく、治療上避けては通れないらしい??ので、
容態が悪くなったから減少したというのではなく、
ごく自然な成り行きとして受け止めています。


この説明を前もって聞いていなければ・・・・、
私は医者に掴みかかっていたかもしれません^^;(笑)
yjimageD0XTX41U
※説明するまでもありませんが左が激昂するメソ、右が医者だと思ってイメージしてください※

抗がん剤治療から7日間経過していますが、
母は元気に治療中です(*'ω'*)
特に主だった副作用に悩まされてはいないようです。
きっと母の強い生命力と、病気に負けまいとする気持ちと、
お薬との相性が良いのかもしれません。
キツメのお薬だから、、辛くないはずはないんですけどね^^;
しぃまが身代わりになってくれたおかげで、
母は快方へ向けて歩み始めているのかもしれません。

※しまりすな日々。http://mesomeso.blog.jp/
『しぃまがくれた奇跡。~黄色のハンカチの中で~をご参照下さいm(_ _"m)※


それではまた、経過報告を書きますね。
お読みいただきありがとうございました。




こんばんわ、メソメソです。

後編は、母が服用しているお薬について
主治医とのやり取りを思い出しながら書いていきます。

【母が薬を飲みたくない?】

今までの外来では、弟が母を病院へ送り、
母ひとりで診察・輸血を処置してもらったのち
迎えに行く、というカンジで通院していました。

4/14(金)は外来日だったので、私が母と同行し、診察室へ一緒に行きました。
お薬の事で、質問したいことがあったからです。
外来に行く前日、母から気になる事を聞いてしまいました。
下記、会話をご覧ください。


母「熱が下がらんから、頓服処方してもらってたんやけどね。それを今まで3回ぐらい飲んだんやけど、熱あんまり下がらなくて。こないだの外来で数値があがってるからお薬変えましょう、ってことで、次はロキソニン処方してもうたんよ」

メソ「ロキソニンね。市販されてる薬やんな。数値って、なんの数値があがったん?」

母「・・・・わからん。とにかく、今までの頓服はやめて、次からはロキソニン飲んでくださいって。」

メソ「んー、なんやろなぁ。何が上がったんやろ?先生はちゃんと説明してくれへんかったん?」

母「・・・覚えてへん・・・」

メソ「うーん、そっか。前に飲んでた薬はなんていうやつ?」

母「頓服。」

メソ「うん、それはそうなんやけど・・・お薬手帳みせて。」

母「・・・・はい、コレ。」

メソ「・・・・あー、カロナールね。これ、インフルエンザの時に旦那が点滴打ってもらったやつやと思う。で、今はロキソニン飲んでるの?」

母「・・・飲んでない・・・」

メソ「え、なんで?お腹緩くなったりとか?」

母「違うけど、なんとなく。飲みたくなくて^^;」

メソ「うーん・・・胃が痛いとか、発疹が出るとか、なんらかの副作用が出るんやったら飲まないほうがええんやけど。なるべく処方してもらった薬は飲んだほうが良いと思うけどなぁ。カロナール飲んで何かの数値が上がったから、ロキソニン飲むのも怖くなったん?」

母「うん・・・ちょっと怖い。」

母の目には涙が溜まっていた。

メソ「・・・このこと、先生に報告しよ?なんの数値があがったのか気になるし。次の外来(4/14)は私が一緒に行くよ。とりあえず、怖いなら薬飲むの止めとこ?あと、熱の覚まし方をネットで検索してみるよ。何か欲しいものない?」

母「りんごたべたい。」

メソ「んじゃちょっと買ってくる!」

スマホで熱さましの方法を色々検索すると、
ポカリスエットを飲むとか、ウィダーインゼリー飲むとか
冷えピタとか、フルーツ等々が良いみたい。
あとは水枕とか。それらを用意しつつ、気になる頓服2種類の薬を調べてみた。

メソ「・・・・・えっ。」

カロナールにもロキソニンにも、同じことが書かれてある。
どっちも血液の病気の人には出せない種類の薬って・・・・
「血小板数値を抑制させる」ってハッキリ書かれていた。



【薬を飲まないという選択肢】
メソ「これ飲んだらダメなやつじゃないの!?( ゚Д゚)」

すぐさま、医大へ電話。
時間は夜20時半過ぎ・・・・
主治医の先生には時間外ということで繋げてもらえなかった。
確認は取れなかったので、ひとまず個人的な判断のため不安はあったけど
母にはロキソニンを飲まないよう指示した。

メソ「医大に電話したけど、電話に出れる状況じゃないみたいだった。明日外来だし、先生に聞いてみるよ。熱上がってて辛くない?」

母「うんうん、大丈夫。熱高いっていう自覚がない(笑)」

メソ「とりあえず水枕とポカリと冷えピタで熱下がればええんやけどなー。処方されてるぐらいだから、先生も考えがあってのコトだと思うけど・・・血小板を減らすわけじゃなくて抑制って書いてるから、その辺をしっかり確認したいなぁ。。。」

母「なんか、ちゃんと話聞けてなくて心配させてごめんね。」

メソ「ううん。体がしんどいのに、集中して聞くほうが大変だし。私のほうこそ、神経質になりすぎなのかも・・・。一人で行かせててごめんね。これからは、なるべく一緒に同伴するよ。私がしっかり説明を聞く。おかーさんは何にも心配せんでええよ。」

母「うん、ありがとう・・・・」


この会話から、何かお気づきになりましたでしょうか。
私たち家族は仕事が忙しいのにかまけて、母を一人で診察室に向かわせ、
主治医の説明を聞き漏らしまたは理解できず
薬を飲むことさえとても不安になっています。


大病や難病であるほど、ある程度知識を持っていなければ
理解が難しく、聞き流してしまう事が結構あると思うのです。
ましてや自分のカラダに対し、大きな不安をもっているわけですから
冷静に聞ける余裕がない人が殆どだと思います。

私は後悔しました。
母に、ひとりで病気と向かわせたことをとても反省しました。
最大限、母に対してできることをやっていたつもりでも、
肝心な部分が抜けていました(´・ω・`)
外来は必ず付き添い、説明をしっかり聞き、
母の状態を報告するように心がけようと思いました。


【薬を処方した理由】
外来当日。
電光掲示板に数字が表示されたので、母と一緒に診察室へ入りました。

入室した時、
先生が『あ、今日は娘さん来てくださったんですね。良かった』
と仰ってくださいました。

先生は目の下のチェックと口内炎の状態、
お腹に聴診器を当てて診察してくださいました。

質問内容については
『熱は下がってますか?』
『食欲はありますか?』
『お腹の調子はどうですか?』
『足の腫れ、むくみはどうですか?』
『何か変わったことはありませんか?』
などなどでした。

母の受け答えに聴き入っていると、
殆どの答えに対し
『はい』か『いいえ』程度しか答えておらず、
あまり詳しい報告をしていないように見えました。


薬に対しての不安とか、
排便時に痛みがあるとか、
熱が下がらずふらふらするとか、
もっと詳しいこと言ったらいいのに、、、(´・ω・`)

我慢しているだけなのか、
ただ忘れているのかわからないけれど
先生は私にも『何か質問したいことなどありますか?』と
聞いてくださいましたので
カロナールやロキソニンについて、質問をぶつけてみました。

≪カロナールについて≫
Q.最初にカロナールを処方していただきましたが、数値が上がったと言って
薬をロキソニンに変えたと聞きました。なんの数値が上がったのでしょうか?


A.肝機能の数値です。断定したわけではないのですけど、服用後に数値の上昇がみられたので、少し気になりました。肝機能の数値が高ければ高いほど肝細胞のダメージが高くなるので、肝機能障害を避けるために
ロキソニンへ変更してもらいました。カロナールは一番副作用が低く、穏やかな作用のあるお薬なので、初回にはこの解熱剤を服用する方が多いのです。



≪ロキソニンについて≫
Q.ロキソニンは「血小板数値を抑制させる働きがある」らしいのですけど、母は服用して大丈夫なんでしょうか?

A.おっしゃる通り、確かに抑制させる働きがあります。しかし、お母様の場合は血小板数値が7万ほどありますので、大丈夫だと判断しました。これが1万を切るようであれば、危険ですので処方はしておりません。
常に採血をし、数値を診ながらの処方になってしまいますので、まるで薬を試されているかのように思われると思うのですけど、この病気は患者様によってさまざまなケースがありますので、一概に「この薬だから絶対効く!」というものがないのが現状なのです。どのお薬がお母様にとって最良なのか現段階では試行錯誤中なので、できればご理解いただきたい部分です。

解熱剤は、絶対飲まないといけないという訳でもありません。症状が収まらず、体がお辛い時にのみ服用してください。

【まとめ】
私が強く痛感したこと。
難病指定な病気程、家族の理解・サポートが要ると言う事です。
父にも弟にも言いました。
「先生の説明をある程度理解できるようになるまで知識を持っておかないと、おかーさんは詳しく症状を話さないから、先生たちも24hずっと診てくれてる訳でもないんだし、限界もあるから、少しでも詳しく伝えられるように、この病気の事を勉強しておいてね」と。
母にちゃんと診察に付き添っていれば、
薬について知識があれば、
母を安心させれたかもしれない、ということです。
先生から回答をいただいたことにより、
母はとても安心しておりました。

4月18日(火)、滞りなく入院手続きが完了し
4月20日(木)より抗がん剤治療が開始します。
辛い症状を少しでも緩和できるように、
毎日仕事帰りに通うつもりです。



今日も閲覧いただき、ありがとうございました┏○))ペコ















こんばんわ、メソメソです。


母の病名が確定してからというもの、
あらゆる情報を収集すべく
主にネットで調べたり
書店に赴き専門書を立ち読みしたり←
今もなお病気に負けまいと必死で治療に励んでおられるかたの
ブログを拝読し、涙を流したり、安心したり、
少しでも母の病気について知識を持っておきたくて、
仕事の合間に知識を詰め込んでおりました。

これには、私なりの理由があるんです。
すごく個人的に思う事です。
それをまとめたいと思います。

【病院へ行くタイミング・理由】
基本的には、体の具合が悪くなると
病院へ行って診察してもらい、
場所によっては応急処置、レントゲンを撮ったり
内視鏡検査を要したり血液検査の有無等々、
先生は患者に対してなるべく詳しく、わかりやすく、
症状、原因、今後の治療方針等々、
ありとあらゆる説明をして下さる方が殆どだと思います。

そして、多くの患者さんたちは、
先生を100%信用&信頼し、治療に向けて
内服薬など処方してもらったクスリや湿布などは、
用法・容量を守ってさえいれば、着実に回復するだろうと疑いもしません。


それが多くの人たちがしてきたことであり、
正しいことのように思います。

私も、「基本的」には正しいと思っています。
その道の専門分野を勉強してきた、医療のスペシャリストですから。

しかし、先生の言いつけ通りで本当に大丈夫なのでしょうか。
薬のアレルギー、食べ物のアレルギー、患者ひとりひとり
体格も違えば薬の効き方・相性が異なって当然です。

実際、私はとても薬が良く効くほうです。
体に優しいものでも、即効きます。
しかし旦那は、効きにくいようです。
点鼻薬にせよ、頭痛薬にせよ、頓服にせよ・・・

この違いはいったい何なのでしょうか?

【薬の効き方について憶測】
薬を長期使用し続けているがために、体が順応し、慣れてしまった。
これが一番良く考えられる原因です。
事実、私は頻繁に薬を多飲しないよう心がけています。
※症状が収まったら飲むのをやめてください、と言われるまでは飲んでいます※


しかし旦那は、用法・容量を基本的に守りません。
鼻が詰まってきたらすぐ点鼻薬を使い、
頭痛がして薬を飲んでも治らないので追加で飲んだり、
以前、インフルエンザ感染した際に
処方してもらった頓服を飲んでも高熱が下がらず、
とても苦しんでおりました。
薬を飲まずにはいられないほど、我慢出来ないくらい辛いんですね。

市販薬を頻繁に使用する旦那は、
薬のパッケージ裏に書いてある説明書きや
中に入ってある使用上の注意を読みません。
大体のお薬には、こう書いてあります。

1か月使用しても改善がみられない場合は、
医師または薬剤師に相談すること。


みなさんはどうですか・・・?
かかりつけのお医者さんに相談されていますか?
ちなみに旦那は、医者に相談しに行くこともありますが
医者から処方してもらった薬はまったく効果がない、と言い
結局通院することなく、再度市販薬で済ませています。。。



【薬が効かないのではなく、患者の心がけ】
薬のアレルギーなんて、服用しないとわかりません。
だからこそ、薬は怖い存在なのです。
治る、という概念であるはずの薬が、
患者にとって「毒」になり兼ねないのです。

旦那は慢性鼻炎でした。今もそうです。
花粉症でとても辛そうにしています。
病院で処方してもらった薬が効かないからと言って
通院をおざなりにし、鼻腔は炎症・膨れ上がり、
鼻呼吸が困難になるまでに悪化してしまいました。
結局、レーザーで鼻腔内を焼くことになったわけです。

通院していれば、違う対処法もあったかもしれません。
薬に頼るのではなく、日常生活において患者自身が気を付ければ
症状を少しでも緩和できることもあるかもしれない。

私は、基本的に薬を飲みたくないので
原因をまず医師から聞き出しています。

してはいけないこと、したほうが良いことの指示を仰ぎ
それでも辛い時は薬を服用し、
先生が外来へ**日来てください、と言われれば
必ず行くようにしていますし、薬を飲むことによって
微妙な体調の変化も都度報告するようにしています。


みなさんは、どうですか?
忙しいからと言って、通院・外来を後回しにしていませんか?
放っておくと、大変なことになりますよ。

次回、【薬とうまく付き合っていますか?後編】をお楽しみに!←
閲覧毎度ありがとうございました┏○))ペコ












こんばんわ、メソメソです。

現在、4月16日(日)14:44。
仕事がひと段落したので、会社にて執筆しております!

今週も忙しかったー。
もはや暇な日なんて皆無w
てゆか「忙しい」がクチグセになってるな('Д')w
いい加減改めたい口癖ですね。
みんなだって忙しいっちゅーねん(笑)

さて!

祖母が入院していた病院⇒介護施設へ移動とか
母の入院日が決まり、手続きやら入院保険やら
どーたらこーたらなどなど
準備!準備!!準備ッ!!!

整体、またしても火曜日しか行けなかった((+_+))


「体調悪いんです、りう”ぁいヘイチョウッッ!」
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なんてほざいてる場合ではありません。
母の入院は4/18(火)に決定しました。
土曜の間に必要なものの買い出し、
そして15日シメの準備のため日曜日は出勤。

最近になって気づいたこと。

私って意外とタフマン!(*ノωノ)

不思議とチカラがみなぎっています。
人間、切羽詰まればヤレナイことはナイ!
火事場のクソヂカラってやつですかね。

平日は、まぁアレですけど(笑)
土日はわりかしエネルギッシュに活動中です。

夕方4時から演劇鑑賞会いかねばだしっ(。-∀-)ムフ♪
自宅へ帰るのは8時回りそうかなぁー。

此度の土日は濃ゆい日を過ごせたし、
充電完了な日々でございました。


次週は執筆時間取れそうな雰囲気ですし、
程よい更新を目標にアップしたいですね!(*'ω'*)



だって、ランキング落ちてるsh(((((


ランキングなんて・・・っ
◎ソ喰らえーッ!!
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ヘイチョウ、顔怖いけど言葉に深みがあってスキ。
今日も閲覧ありがとうございましたm(_ _"m)







こんばんわ、メソメソです。

前々回に引き続き、今回も颯爽と
記憶をたどりつつ、ハードパンチャーで書いていきますよ!
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↑※メソメソがブログを書いてるイメージ画※


☆4/6(木)のコト☆
今日は骨髄検査結果が出る日だったが、
先日救急外来で診察をしてもらえたため
今日はキャンセルとなった。
4/7(金)にとりあえず経過報告というカタチで
容体を診せに行く約束をしてある。

母は今日も自宅療養。
熱は下がったが、体がだるい様子。
薬を飲み、外に出ることなく、
家でずっとテレビを観ていたようで
肩が凝ったらしい(笑)

あまり家の中でじっとしているのもなんだから
気分が良くて動けそうなら
散歩とか、家の掃除とかやれることはやったほうが良いよとアドバイスした。

母「あ、そうなん?全部息子にやらせてた(笑)めっちゃラクやし(。-∀-)」 

動かせるときに体動かしておかないと、
体力落ちると病気に勝てないよ、と言いかけたけど
今は言うべきことじゃないと思い、飲み込んだ。

メソ「仕事も普段通りやっていいって言ってたし、車運転できそうだったら仕事しなくてもいいからさ。気分転換に会社おいで?パートさんたちも喜ぶし^^」
母「そやね。行ける日は行こうかな!メソメソ、ありがとね。少し元気が出たよ。」

この夕方、奄美から母の姉たちが和歌山にやってくる。
妹は都合がつかなかったので5月に来る、との事。

なのでせっかく姉たちが訪ねてくるので
母には1日家でゆっくりしてもらうことにした。

この日も無事に定時で仕事を終えて、
叔母たちに挨拶したくて実家へ向かった。

メソ「こんばんわ!ご無沙汰しています!」
姉叔母「メソメソちゃん、すごく美人になったね~!」
メソ「えっ////(*ノωノ)」
妹叔母「ケイコ(母)に似てないね(笑)」

母「似てないけど私の娘だから(笑)」

叔母たちに会うのは何年ぶりだろう?7年ぶりくらい??
2人とも元気そうで良かった。でもやっぱ、、、歳とっちゃったんだなーと思った。
長旅で疲れてるだろうに、終始ずっと笑顔のままだった。
母も姉たちとの久しぶりの再会で、よく笑い、そして時折涙ぐんでいた。

母の病気の事は、3月の骨髄検査終了後に姉妹全員に連絡していたらしい。

奄美から、心配して駆けつけてくれたのだ。
4/10(月)まで、滞在してくれるとの事。
滞在中、島の郷土料理で元気になってもらおう作戦を決行することに!

私も叔母たちに料理教わろうとしたけど
母に「旦那さんを家にほったらかしにしたらアカンから」
早々に返されてしまった(´◕ω◕)グスン。

姉妹同士で積もる話もあるだろうし、お邪魔虫は早々に退散します(´-`).。oO

その日も21時-23時までゴールデンタイm(以下略)


☆4/7(金)のコト☆
朝から右腕がなんか、ヤバい。
締め付けられてるような、しびれてるような・・・
なんか、変な感じがする(´・ω・`)左腕はなんともないのに。
ストレートネックのせいかな?
今日は整体の日だし、先生に報告しよう。。。
うう、なんか気分もワルイ・・・・

雨のせいだな、ウン。

母は、今日も自宅療養。
奄美から来てくれた姉たちと、楽しい時間を過ごしている。
昼過ぎに、病院へ経過報告??をしなければならず
姉たちと共に病院へ向かったそうだ。

仕事のほうは、金曜日だし新商品入荷の日だし
欠品もあったりで、てんやわんやの営業日だった。

特に電話の対応がチョー大変(;´Д`A ```
TRRRR・・・・TRRRRRR・・・・
他の電話の対応中に別コールが鳴りだすのって
結構、プレッシャー感じるし気が散るし。
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昼休憩はようやく2時ごろげっと。

お腹痛いなぁー。もしや・・ヤツか?('A`)
ちょっと早くね?('A`)
右腕のしびれもヤツの仕業か?('A`)

わからんケド・・・
ご飯食べる気しねぇーーー_(:3 」∠ )_

20分ほど自宅ベッドの上で過ごし、
重い体を操作してユンケル(笑)飲んで事務所へGO!

出荷業務が無事に終了したのは4時過ぎ。
気が緩んだのか頭痛がggggg・・・
ばふぁりんどこー おーいばふぁりーん るなちゃーん
デスクの引き出しにストック無し。

家にしかないフラグ_(:3 」∠ )_

お腹モーレツに痛い。絶対ヤツだわ。
こんなとき、オンナってまじめんどくせぇって思う。

父親に体調が悪くなってきたから帰りたいって言ったら、快く快諾してくれた。

今日は整体の日なんやけど・・・よー行かん。。。。
運転する集中力、皆無。。。。雨止んで~まじたのむ・・・・

帰って薬を飲んでベッドへ倒れ込み、そのまま夢の中へ。

起きたら、20時半過ぎ\(^o^)/!
寝すぎてしまった(笑)

ご飯食べたくないから、ってかお腹痛いから
そのままゴールデンタイムまでテレビ前で待機(。-∀-)❤

カゲヤマくんのボイスのお陰で、お腹痛いの忘れられることできた←

旦那には、コンビニで適当に買ってきてもらいました^^;
ご飯用意できてなくてごめんね。

とにかく、ヤツが来るのが今日で良かった。。。。
明日はゆっくり休んで、日曜日、早退した分の仕事しよう。

しんどいときぐらいは、休んでてもバチ当たらんよね(。-∀-)
土曜日にしっかりブログ書き貯めておこう♪


と、まぁこんな感じで
怒涛の1週間はあっという間に過ぎました(;・∀・)!

書いている今(4/8(土)21時43分)は、腰がなんともまぁー重いっすわ。
でも、昨日よりはだいぶ痛みはマシ。家だし、ストレス負荷がないし♪

4/10(月)~もきっと壮絶な日々の予感。。。。
ぐでたまのように、ゆるーいスタンスで仕事やりたひ。(*ノωノ)
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ぐでぐで雑記を読んでいただき、ありがとうございました┏○))ペコ


それではまた、週末にお会いしましょう♪
しーゆー♪あげーいんっ❤




こんばんわ、メソメソです。


前回に引き続き、振り返りながら
数日間の出来事を書きなぐりたいと思いますので
ご興味のない方はスルーお願いいたしますm(_ _"m)
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☆4/4(火)のコト☆
母は朝から弟と共に病院へ。

この日は歯科口腔外科に行き、
口内炎が治らず食事に影響が出ているため
口腔内をきれいにしてもらい、
口内炎の薬を処方してもらって、
その後、午後2時から血内へ移動し診察&採血&輸血。

終わったのは5時前。
おかーさん、弟よ、お疲れ様 _| ̄|○ヽ(・ω・`)ポンポン♪

さて、会社の方はというと意外と大変でもなかった(笑)
むしろ月曜のほうが鬼仕様だった(;´Д`A ```

出荷作業は2時過ぎですべて完了。
特に緊急を要するトラブル&問い合わせもなく、
社長が不在でもなんなく業務をこなせたのが救いだった。

メソ「よしっ、定時で上がれるな!」

母は処置終わり次第会社へ一度寄る、とのことだったので
昨日教わりたかった支払業務の準備を一緒にすることにした。

パートさんたち(母と世代がほぼ同じ)2名は
母の顔をみると、心底安心したようだった。
みんなに気を遣わせたくない気持ちでいっぱいだろうけど
病気が治るまでは、自分の体を第一に考えるように、と母に伝えていた。

母は私に一通り支払業務を教え、パートさんたちに挨拶をしたあと、
すぐに帰宅した。少し声がしゃがれていた。
でも、熱は36.7℃まで下がっていたようだった。
良かった。ε-(´∀`*)ホッ

6時過ぎに私は整体の受付へ滑り込み、
リハビリ&電気治療をしてもらった。

先生「あーららメソメソさん、こんなに肩周りがガチムチになってるで」
メソ「ハハ、すいません~鍛えすぎました^^;」
先生「しびれとかは?ない?」
メソ「今のところ平気です~」
先生「そっかそっか。仕事大変やろけど、ちゃんと休憩しぃや~」
メソ「ハイ、そうですね~・・・」


治療が終わって体が軽くなり、また明日も頑張れそう(*ノωノ)
先生、ありがとうございます。

この日は自宅へ寄らず、まっすぐ家に帰り
夜9時から11時までアニマックスを見て
その後入浴。深夜0時に床につきました(笑)

アニメは私の大事なガス抜きの時間(。-∀-)w
カゲヤマくん、大好きです(*ノωノ)❤
image[3]


☆4/5(水)のコト☆
母は自宅療養、会社は全員出勤!
はぁー、ヒトが居るってこんなにも頼もしい。
今日も特に何もなく、無事に終了。

休憩もちゃんと取れた。

父は、祖母(ますちゃん)が入院している病院の先生に呼ばれたので
午後から少しの間だけ抜けた。

体調がだいぶ回復してきたので、ますちゃんの退院の日取りを決めたいとのこと。

通常は喜ばしいことなのだが・・・・、
ひとつ、問題が。

去年祖父が他界し、今はますちゃんが家に一人で住んでいる状態で
足腰が悪く、一人で生活をするのが困難な状態であり
かと言って祖母が同居をすることに猛反対。常に一人で居たいらしく
介護認定も受けたがらず(お金がもったいないとの理由)、
なんとも困ったますちゃんなのです。

今までは母がますちゃんの家へ行き、
ご飯を一緒に食べたり用事をしたりしていたのだが
母も大病を患い、いつ入院するかわからない身であるため、
その後、入院先へは父が行くようにしていた。

なので、退院しても、ますちゃんの家に行ってご飯やその他もろもろ
面倒を見る人が居ない、と言う事でして(´・ω:;.:  (´:;....::;.:. :::;.. ....

具合は以前から悪かったものの、頑なに病院へ行こうとせず
(お金がもったいないとの理由)極限まで我慢した結果
救急車を呼ぶハメになってしまいました(´・ω・`)
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お金お金って・・・・そりゃ大事だけど
健康がお金で買えるなら安いもんや。
生前、祖父がよく言っていました。

ますちゃんが入院したばかりの頃は顔色がとても悪く、
両足がパンパンに腫れ上がり
心臓・大腸に疾患があって、いつの間にか
糖尿病を患っていたようです。

とりあえず暫しの入院措置で状態は回復。
病院も早めにベッドを空けたいので
いつ退院できますか、とのご相談でした。

介護認定を受け、退院するまでの間に
受け入れ先の施設もなんとか決まりました。

ますちゃんには本当に申し訳ないけれど、
母も父もこれ以上無理させられないし、
会社もこの状況だし我慢してもらうしかなく・・・・

ますちゃんの退院は4/13(木)に決まりました。
と、同時に施設へお引っ越しです。

本当に慌ただしいです。
体調だけは、なんとか崩さないようにしないと・・・・

この日も定時で仕事を終わり、栄養をつけるべく
今夜は家で焼き肉きゃっほーい((((oノ´3`)ノ♪

そして夜は、21時-23時までゴールデンタイム!
image[4]
「ハイキュー!」のあとは、「進撃の巨人」!
存在自体は知っていたけど、
コミックス読んだことないしアニメはこれが初。
なんともまぁー寝る前に観るアニメじゃないね(笑)
でもこーゆーの好き(。-∀-)w
程よい刺激のある画を観た後は、何故かスッキリ爽快ですな。


・・・・ふう、4/7(金)まであとちょっと。
もちょっとコンパクトに文章まとめられたらいいのに(;´Д`A ```
どうしてもくどくど説明臭くなるな(笑)

と言う事で、次回に繰り越します┗(^o^ )┓三
今日も読んでいただきありがとうございました┏○))ペコ




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こんばんわ、メソメソです。

今日は久々のオフ!
部屋の掃除&ブログを書き貯めるべく執筆中(*ノωノ)

週末でしかブログ更新が困難なので、
ここ数日間の出来事をまとめて書き出したいと思います。
※ただの雑記なのでご興味のない方はスルー推奨です※


☆4/3(月)のコト☆
母、普段通り9時に出勤。
仕事をするものの、どこか辛そうだったので
無理をさせないために早々に帰ってもらった。

休日明けの職場は騒然_(:3 」∠ )_
発注書多すぎてゲンナリモード。
いや、会社的にはありがたいっす。
でも、人手不足でこの激務はほんとキツイ。
yjimage[9]
なーんて愚痴る暇もなく、
休憩をとることもままならず
気が付けば3時すぎ。。。(´・ω・`)
ああ、昼ごはん食べれなかった・・・

「ちょっと30分休憩とるー」

と父に伝え、会社から徒歩1分の自宅へ戻る。

空腹がピーク過ぎると、何故かお腹いっぱいになりますね(。-∀-)
食べる気が起きないのでとりあえずお茶を飲みながら、
母と少しメールのやりとりをした。

メソ「今休憩。熱はどう?何か食べたー?」
母「遅かったなぁ!熱はー・・・37.5℃!お昼は食べた」
メソ「またオークワで買った巻きずしと、もずく食べてるんちゃうやろな?笑」
母「なんでバレたんよー!!見てたん?」
メソ「見てないけど、なんとなく(笑)それにしても微熱続くなぁ」
母「でもそれ以外は特になんてないよー」
メソ「今日仕事終わったらそっち行くー」
母「はーい!待ってる

メールが終わって、
少し目を瞑って5分くらい仮眠して、また事務所に戻った。

戻ったら出荷業務はほぼ終わってたので、
顧問のデザイナーさんへ連絡を取り、
新商品のパッケージデザイン打ち合わせに取り掛かった。

仕事終わって、旦那が作ってくれていたカレー(こくまろ中辛)を食し
支払いの小切手とか手形とかの道具一式を持参して
母に教えてもらうべく、車でおよそ30分くらいの実家へ向かった。

メソ「ただいま、おじゃましまーす」
母「おー、お疲れ」
メソ「おつかれー。あれから熱は上がってない?」
母「さっき測ったら38.1℃あった」
メソ「・・・・38℃!?」
母「うんうん。」
メソ「起きてて大丈夫なん?(;'∀')」
母「うんうん。それより支払いの準備しよう」
メソ「・・・待って。仕事より病院行こ」
母「・・・大丈夫やって」
メソ「大丈夫じゃないって。もっと高熱になったらどうすんの?」
母「・・・・・・・・」
メソ「夜、あんまり眠れてないんやろ?」
母「うん・・・・」
メソ「仕事は明日やるし、ちょっと医大へ電話してみるよ」
母「うん、わかった」

電話をかけること十数分経過。

メソ「血液内科の先生居るんで、診察してくれるみたい。今病棟の回診してるみたいだから、すぐ診てくれるかわからんけど・・・救急外来で受付すれば、診察しますって。これから準備できる?」
母「うん、これから準備する。」
弟「僕も行く!僕が運転するわ」
父「気を付けて行っておいでよ。一緒に行けなくてごめんよ」
母「ごめんね、ちょっと行ってきます」
メソ「まずは熱下げてもらおう。絶対ラクになるから。大丈夫」

父は翌日東京へ日帰り出張なので、早めに休んでもらう事にした。

20時30分頃、救急外来に到着。
受付を済ませ、結構待たされるのかと覚悟していたものの
意外とすぐ案内してくれた。
前もって電話したのが良かったのかな(。-∀-)

看護師さんから問診中の際、主治医の先生が来てくれた。
穏やかな雰囲気の、わりかし若い印象の男性医師でした。
※今後はH先生と呼びます※

H先生「今日、昼過ぎに受付から携帯へ電話を掛けたときは大丈夫ですって返事もらえたんですが、やっぱりしんどくなっちゃいましたか?」
母「あー・・・木曜日(4/6)にこの間の結果が出るし」しんどくはなかったので、お電話では『大丈夫です』とお返事したんですが・・・娘に熱の事を言われて、連れてきてもらいました・・・・」
H先生「そうでしたか。○○さん、我慢なさらずに些細な事でもいいのでなんでも仰ってくださいね。この病気はじっとしていれば治る、というものでもないのですから」
母「はい・・・・」
H先生「で、今日はそちらのお二人は・・・?」
母「あ、娘と息子です。」
H先生「お子さんはお二人で?」
母「はい」
H先生「病気のことは、どこまで・・・?」
母「・・・・あのう・・・・・20%が超えると、っていう・・・・えっと・・・」
H先生「はっきりとは、まだ?」
母「・・・・はい・・・・」

どくん、どくん、どくん。
メソメソの心臓の音が、やけにはっきり聞こえた。
H先生は、私たち姉弟に向き直り、穏やかに、しっかりと告げた。

H先生「お母さんは、「骨髄異形成症候群」で間違いありません」
母「・・・・・・」
メソ「・・・・確定、なんですか?」
H先生「はい。今後の治療方針を話を4/6(木)にする予定でした。今日はお子さんお二人いらっしゃっていますし、できれば○○さんのご主人さまと○○さんのご兄弟、血縁関係に当たる方も一緒に移植についての詳しい説明と、骨髄提供のご協力をお願いしたいと思っています。ご兄弟はいらっしゃいますか?」
母「奄美大島に姉がふたり、妹がひとりいます」
H先生「65歳以下の方は、何人いらっしゃいますか?」
母「・・・・妹、だけです」
H先生「妹さんの骨髄が合えば、移植は可能になるんですが、健康体であることが第一条件です。一度こちらへ日程を合わせて来てもらうことは可能ですか?」
母「聞いてみないとわかりませんが・・・妹は、年に2回病院へ検査で通院しているらしいのですが、どんな病気なのか、検査なのかも、ちょっと・・・・」
H先生「そうですか。もし、ご兄弟の中で適合者がみつからなければ、ほかのドナー登録の方から探して・・・・・」


その後、先生の説明は続いた。
後ろから見ていたけど、
母は、しっかりと話を聞いているだろうか。
少しぼんやりしているように思える。
弟は、涙をこらえられず、声を殺して泣いている。
私は、冷静に先生の話を聞き漏らすまいと集中して聞いた。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
『骨髄異形成症候群』(MDS)
骨髄中の細胞に形態異常が生じるとともに、
血球数の減少を来す病気。
血液細胞の種にあたる造血幹細胞ぞうけつかんさいぼう自身に異常が起こったため、
血液細胞がうまくつくられないことが血球減少の原因と考えられている。
この病気の特徴は、血球減少の経過をみているうちに、
白血病に移行する例があるという点である。
このため、かつては前白血病ぜんはっけつびょうと呼ばれていた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

芽球が4.4%。

どうやら発熱の原因は、白血球数値が下がっているので、
自分の中の常在菌をうまくコントロールしきれず
熱が上がったり下がったりしているのだと先生は言った。
赤血球や血小板は今のところ大丈夫らしい。
感染症による高熱ではない、との診察結果だったので
ひとまず安心した。

結局家族で説明を受ける日程は後日返事します、とだけ伝え
その後、もう一度採血をして抗生物質を点滴で投与してもらい、
帰宅したのは0時回っていた。

・・・はぁ、母を連れて行って良かった。
我慢してほしくないんだけど
本人は本当にしんどくないから、言わないのかもしれないけど・・・
熱が上がってきたら慌てるでしょ('A`)
なんでそんな大事な事黙ってるかなぁ、もう・・・・。

青白い顔色だったのが、少し持ち直したように思えた。
熱が38℃もあるのだから、もう少し赤いのがふつうだと思う。
汗もかいていないようだし、やっぱり特殊な病気なのだろう。
薬が効けばいいな。今夜はよく眠れますように。

明日も母を病院へ連れて行く事になったので、
弟が抜け、父は出張。

今日以上に大忙しになりそう(;´Д`A ```
自分の病院、行けるかなぁ(笑)

・・・えーん、まとまらなかった_(:3 」∠ )_www
疲れたので、今日はここまで(。-∀-)
続きは後日書きます。

お付き合いありがとうございました┏○))ペコ








「It’s a  Piece of  cake!」
「楽勝だよ」

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※「宇宙兄弟」より抜粋※


こんばんわ、メソメソです。

前回の近況報告。の記事ではお騒がせして
申し訳ありませんでした。

と言っても状況は可もなく不可もなく、、、といった感じですので
好転はしていないのですけど

最近は私が涙を流す頻度が減ってきており、
精神的にようやく持ち直してきたように思います。

母は相変わらず微熱が続いていて、口内炎が治らず
少々疲れやすさを感じてはいるものの、
主治医の指導?のもと
マスクを常備着用、人ごみは避ける、
それ以外は普段通り生活しても良いとのお話でしたので
自分で車を運転し、会社へ出勤してきております。

普段よりも勤務時間を短くして、
母のペースで仕事をしてもらっています。

家族としては、骨髄検査の結果が出るまでは
なるべく自宅療養してほしいと思っているのですが
本人の強い希望で、無理をしないという約束で勤務をしてもらっています。

今のところ顔色は青白いですけど
食事を3度とり、吐き気&下痢などの症状はなく
夜はよく眠れているようです。

なるべく食をもって栄養を補ってほしいので
病院へ行かない日は仕事が終わり次第実家へ立ち寄り、
鉄分不足を補う料理をメインに用意すると
母はとても美味しそうに時間をかけて完食してくれています。

クックパッド先生、まじありがとう!(´;д;`)ブワッ

最近の母の楽しみは、昼3時ごろに帰宅し、
父たちが帰るまでの間は、撮りだめしておいたドラマを
全部観るのだとはしゃいでおりました(。-∀-)

容体が悪化するのだけはなんとしても阻止したいところですけど
かと言って病人扱いするのもなんだか気が引けてしまうし・・・
これはもう、「なるようになれ」と願うしかないように思います^^;

当の本人はいたって普通で(のようにみえるだけかもしれませんが)
周りの家族が心配しすぎなように思えるほどです。

このまま入院や通院することなく、
経過観察で済めばいいなぁ。。。と希望を抱いてしまいます(*'▽')

私はというと、慢性的な肩こり痛、首コリ通の為
週2回ほど整形外科へ通院し、リハビリ終了後会社へ戻り
仕事をする日々でしたので
帰宅するころにはブログを書く体力がゼロに等しく(;´Д`A ```
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ここ1週間で体重が約2キロ減っておりました。ヤッタ!

レントゲンでの診断結果は頸椎ヘルニアになる恐れ(まだなってはいない)
と言われたものの、骨的には「ストレートネック」だと言われました。

※首の並びがまっすぐな状態のこと。
 正常な頚椎(首の骨)の並びだと
 首の角度が30~40°の自然なカーブが保たれている状態だが、
 ストレートネックの症状は、
 生理的前弯(首の前カーブの事)の角度が30度以下 の首の状態を言う。
 症状としては、
 肩こり・頭痛・めまい、吐き気・自律神経の乱れといったような事が挙げられる※



現代人、特に若い女性に多いそうです(?)
肩こりや首凝りに悩んでいる方々は、
一度受診することをお勧めします。

今日は土曜日なので会社は休みでしたが
やることが盛りだくさんなのでひとまず出勤~┗(^o^ )┓三♪

3月末〆の請求書発行業務をメインに行い、
母から経理の細々としたイロハを教えてもらったり、
小切手・手形の発行の仕方やその他諸々・・・・

・・・・はぁー、もっと早く教えてもらっておけばよかった・・・・
覚える事沢山ありすぎて頭から湯気が出そう(笑)
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昨日リハビリして肩も首も背中も軽くなったのに
数時間でガッチリ凝ってしまいました_(:3 」∠ )_w

後悔ってほんと先にたたないですね。

今日で作業が終わらなかったので
明日も1日休みがつぶれそうです^^;


結構慌ただしい日々なので、ブログ更新&フォロワー様の応援は
しばらく週末限定になりそうですm(_ _"m)

最後まで読んでいただきありがとうございました┏○))ペコ








こんばんわ、メソメソです。


一難去って、また一難・・・・。
今年はなんや?厄年なんか?^^;

こないだの連休は東京遠征行って
風邪治ったらじっくりゆっくり
東京で体験したことを赤裸々に書くつもりでいたのに
宿泊先でやらかされたこととか
東京で食べたおしゃれなカフェごはんとか
写真撮りまくって面白おかしくアップしたろー思ってたのに
吹っ飛んでしまうくらいの出来事が起こってしまった。

東京へ行ってる間、父と弟から連絡が入っていたので
3/20(月)は実家へ行った。

内容が、さー・・・
もう、頭を鈍器で殴られたような感覚でしかなかった。
細い、細い糸が、切れたような。
「芽球」って聞いただけで理解してしもた。
「骨髄検査」をしなきゃいけないんだって。
つまり、

母が重い病気になってしまったってこと。

「骨髄異形成症候群」

・・・・・血液のガンだって。
白血病には「まだ」なっていない。
現状は白血病予備軍、ってことみたいです。

まってまって、いつから?
いつからなん?
元気で食欲あるし、運転できるし仕事できるし
ちょおまってよ・・・・

免疫力低下とか・・・
体がだるいとか、肩がこるとか頭痛がするだの
そんなん、誰だってよくなる症状やん。

現代人なんて免疫力低い人いっぱいいてるんちゃうの。
アレルギー症状に悩む人、たっくさんいてるやん。
アレルギー症状=免疫力低い人 じゃないの?
お母さんもあれやろ、免疫力低下ってそういうことじゃないの?
なんで芽球発見されてるんよ・・・
まじでうそやろ・・・・

もう、仕事どころじゃない。
でも、仕事しなきゃ。
でも、集中できん。
うつむいたら泣くし。

てゆか、泣きたいのは母のほうやん・・・

母は今年60歳になって
今までずっと父のそばで仕事をささえてきて
私も弟も私の主人も、まだまだ一人前じゃないけど
それでも頑張って仕事覚えてきて。

年金もらう手続きをして、さ
これからはたくさん遊ぶでーって笑ってたのにさ

どんな仕打ちなんよ
そんなタイミングで病気にさせないでよ
もっとあとでええやんか
90歳とか、100歳とか
60歳で発症って
はやすぎるやろ

きっとこの病気になったひとや
家族がなってしまったひとは
ぜったいネットでありとあらゆる情報を探すんやろうけど
私ももちろんさがした

高齢者がなる病気らしいとか書いてたけど
お母さんまだ60歳やし高齢者ちゃうわぼけ
一般論では60歳は高齢者ってゆうけど

・・・言うけどさ!お母さんはまだ若いんよ!
足腰しっかりしてるし骨も健康で
食欲旺盛、ボケてもいないし!
年寄り扱いすんなよ!


でも若くして発症してしまった人がいることもしって
高齢者に限らず誰でもなる可能性のある病気なんだって知った

ふつうに、ふつうに接したいんやけど
おかんの顔みたらめっちゃ泣けてくる

とりあえず、3/23は仕事終わってからご飯を作りに行った

肉吸いとホウレンソウとマカロニサラダ(リンゴ入)と
パプリカ&赤み肉のソテーと
お母さんのリクエストで、まぐろの刺身。

一番高いやつ買った。

口内炎が治らんらしくて
染みるんちゃう?って心配したけど

食べたいから

って言われたら買っちゃうよね。
食べたいんやったらしょーがないわ。
ナマモノは本当は避けたほうががええんやけど
あれだめ、これだめってのは
なるべく言いたくないから
そういうのは先生に任せよう((

3/24に骨髄検査をしたので4/6に結果が出るらしい。
検査おつかれさまやったね。

ほんまは付いていきたかったけど
ホントに抜けられない状態なので
弟が母を病院まで送り迎えをして
父と私と私の旦那の3人で忙しい金曜日を切り盛りした。

あー、ほんとに誰か手伝って。
出荷ミスありませんように!!

6時で無理やり仕事を切り上げて
残りは土曜日に出勤して片づけようと。

私の首・肩・背中・腰。
すんげー限界でいったいのなんのって・・・・

6時半で受け付け終了なので
病院着いたの6時25分くらい。

駆け込みセーフで診察&レントゲン&リハビリで
少し痛みが和らいだ。。。

先生、遅い時間だったのに丁寧に診察してくれてありがとうございます。
頸椎ヘルニアになる恐れ(まだなってはいない)がある、とのことなんで
しばらくは通院になりそうです。やれやれ・・・


そして3/25。
朝から昨日の残りの仕事を片付け&
明日はバザー出店のため準備をするべく作業に奮闘。
まじで昨日整形いっといてよかったー。
痛みが和らいでるので多少無理出来るわ、ウン←

昼過ぎに実家へ母の様子を見に行きました。

少し元気がないように見えた。
家に一人でいたから不安になってたんかな。
まずはおじーちゃん(お仏壇)に挨拶をして
必死にお願いをした。

「お母さんの病気を絶対治してください」
「おじーちゃんも寂しいだろうけど」
「お母さんをまだそっちへ連れて行かないでください」
「どうかお願いします・・・お願いします・・・・」

また涙が出てきたんで慌ててぬぐった(笑)

母に熱を測るように伝え、熱は36.8℃とのこと。
食欲はあり、下痢も嘔吐も今のところないらしい。
よかった(。-∀-)

こないだ骨髄検査した部分がかゆくて痛いらしく、
患部をみると結構血がにじんでいて服にまで付いていたので、
せめてバンドエイドを交換してあげたかったけど替えがないとのことだったんで
清潔なガーゼやらワセリンやらバンドエイドなどを買いに
ドラッグストア&スーパーへ母と一緒に買い出しへ行きました。

まだ本格的な治療は始まっていないから
なるべく外へ連れ出して気分転換してもらいたかったし
足を動かして体力をつけさせたかった。

もちろん、熱があったりしんどかったら連れ出していません。

仕事を優先させずにお母さんを優先したいけど
お母さんはそれを許してくれないので
私にできることは仕事をがんばること。

でも、仕事が終わったらなるべく一緒に居るようにしたい。

かなり重い近況報告になってしまってすみません。。。
しぃまの結膜炎が治ったのは結構救いでした。
でも母の病気は骨髄移植をしても完治は難しいみたいです。
むしろハイリスクの可能性が高いのだとか。

気持ちをしっかりもって、母と一緒にがんばります。
とりあえず明日は、バザーなので早く寝ないと・・・です。




読んでいただきありがとうございました┏○))ペコ





































読者の皆様!ただいま帰りましたっ!('◇')ゞ

こんばんわ、メソメソです。

まずは、お礼を言わせてください。

「東京上陸」の記事へコメント書いてくれた読者様&
いいねポチしてくれた皆さま、ココロを込めて言います。

kansyaarigatougozaimasu4carnation[1]

読者に恵まれてるなぁって感じた瞬間でした。

フォローも数件いただいておりましたので、
申請コメント入っている方へのみ、こちらからもフォロー申請いたしました。

個別メッセージも順次お返事返していきますので
少し、お時間いただければと思いますm(_ _"m)

昨日の夜、和歌山へ到着したので
今日はマル一日お休みだったのですが・・・・、

旅疲れが出たようで、体調を崩してしまいました(;´Д`A ```
関空からのリムジンバス車内や
飛行機の中とか、山手線で電車移動の最中など
マスク未着用でやたら咳き込んでる人(主にオッサン)が目につきました。

咳き込むならマスクしろよ^^;

ひょっとしたら東京のどこかのオッサンの
風邪菌もらったのかもしれません、
私もマスクしなかったので。。。

だって鼻部分のメイクとれるし(>_<)!←
でもまぁ、健康に気を遣うならマスクは必須ですね。反省反省・・・

と言う事で現状は変な咳が出て、関節が痛く、
少々熱っぽい感じがします。
顔もなんとなく赤いように思います。
67dfa46d[1]
このマンガ知ってる人どのくらいいるんだろう(笑)

あと、東京滞在中に弟からメールが入っていたので、
今日の昼から実家へ用事をしに日中は出かけていました。

なので今ようやく自宅へ帰り、落ち着いたというところです。

書きたいことはヤマホドあるのですけど
まずは風邪の症状をなんとかしないと・・・

って感じなので、今日は薬飲んで早々に寝ますm(_ _"m)

明日からまた多忙な日々がやってきますしね。
3連休明けの発注書・・・、
考えただけで熱が上がりそうだわ(笑)

体調回復後、記事UP&みなさんの記事を読みにいきます~。
報告終わり!
おやすみなさーいm(_ _"m)






こんばんは、メソメソです。

あと10分で搭乗ゲートにて手続きをしなければならないので、超必死で書いてます(笑)

今、関空におります。

この3連休はセミナー参加のため、
音信不通になります。

帰り次第必ず返信&ブログ応援しますので、
しばらくアレになりますがごめんなさい!

つぶやきのようなぶろぐになったので
コメント等不要です(笑)

フォロー外さないでくださいね!( ノД`;)笑

いってきまっす!



こんばんわ、メソメソです。

最近考えていたことが今日のテーマです。
とくにまとめた風でもない、
私のココロの中のつぶやきを良ければ聞いてください。

結果だけ言えば、ブログをやって良かったっていう内容になるんですが(笑)
それでは、興味がある方のみお進みくださいm(_ _"m)

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
ちなみに内容に関する批判は
申し訳ないですが受け付けません(人;´Д`)
内容によっては削除させていただく場合もありますm(_ _"m)
善良な質問にはお応えします!
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

≪考え続ける日々。≫
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メソメソは思った。

日本人口およそ約1億2千万人??の人がいて
1億2千万人中どれほどの人がブログを書き
どういう理由でブログを書き始め
今もなお書き続けているのか・・・・、

そんな事、メソメソは知るはずもない(笑)

「ちょ、それを調べて記事にするんじゃないの?^^;」

というプロの読者様からのツッコミはさておき
なぜ、こんなことを書こうと思ったのか。

・・・・賢明な読者様ならお気づきでしょう。

ブロタイを見てお察しの通り
メソメソは「いいねほし子」でした
今は「いいねほしかっ太」なんです。←ネーミングセンスの無さに脱帽

最近までのメソメソは
いいねの数でテンションがあがったり下がったりしていました。
あと、ライブドア管理画面のPV数やUU数も(笑)

ブロサーへ加入し、初めて1日PV数が「100」を超えたとき。
あの頃が一番テンションMAXでした。

しかし。

メソメソは根本的に勘違いをしていたようです。

『いいね=ブログ記事を読んでくれた』

と、ずっと思い込んでいました。

というのも、サークルへ加入してすぐの頃、
ある方からフォロー申請をいただいたときに

「私は毎日メソメソさんのブログを応援します。」
「なので、メソメソさんも私のブログを応援してくれればとても助かります」


と言ったメッセージをいただいたことがありました。

「応援って、具体的にどういったことなんですか?^^;」
(まさか「頑張れ」って都度コメント入れろ、ってことじゃないよね・・・)

と恥じらいを耐えつつ聞いてみると

「私は毎日ブログを更新しています」
「更新されるたびにサークル内で通知されますので」
「私の記事を読み、ランキング応援バナーが2つありますから」
「2つ表示してあるバナーをクリックし」
「クリックが終わったら、いいねボタンを押してください」
「それで応援は完了と言う事になります」
「よろしくお願いします」


ふむふむ、なるほど・・・。
それがいわゆる「応援」になるのかぁー。
でも、毎日しないといけないの・・・?^^;
出張続いたりする日もあるし、毎日ってキツイなぁ・・・

メソメソは少し考えた後、なるべく失礼のないように返信しました。

「わかりました。丁寧に教えてくださりありがとうございます」
「でも、仕事で忙しい時は自身のブログ更新がままならないこともあり」
「毎日応援してほしいと言われても難しい時があります」
「できるだけ応援はしたいと思っていますので」
「それでも大丈夫でしたら、こちらこそよろしくお願いします」


配慮を考えた割にストレートな物の言い方になってしまいました(笑)

すぐに返事が来ました。

「メソメソさんが毎日応援しなくても」
「私は毎日メソメソさんのブログを応援します」
「よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします。」
(なんか、えらく堅い人だな・・・いいように言えば誠実・・・?)

(あーでも、やっぱ毎日応援しないといけないのかなこれって^^;)
(あとあとトラブルになりそうな予感がするな・・・)

(いいねがつく=ランキ応援の意味なのか~メモメモ)

と、捉えちゃったんですよねーメソメソ真面目っこだから(笑)

でも、他の方は違う使い方をするんだってこともわかってきました。
読むけど「良い記事だ」と思わなければつけない人もいると言う事。
読みましたよっていうお知らせの意味でつけたり。
とにかくランキ応援だけ済ませていいねを付ける人とか。

こうでないとダメって思い込んでた自分が少し情けなくなった瞬間でした^^;
と、同時にスっと心が軽くなりました。
「なんだ、選択肢は私にあるやん」って。
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のび太くん、ありがとう。


お願いされていた通り、
最初は極力その人を優先してブログを読むようにしていたものの
残業続きで疲れていたり眠かったり体調悪かったりで
読むこともクリックすることも苦痛でしたし、
徐々に、窮屈さを感じてきておりました。

そもそも、読みたいときに読みたいって思いましたし
どうせ読むならしっかり読みたいし
流し読みはしたくなかったですし。。。
その人が良い記事にしようと頑張って書いたブログですから。。。

そういうメソメソの想いとは裏腹に、
ある日その人からお叱り的なメッセージが来て
勝手にフォローから外されてしまいました(笑)

なんなんだこの人って正直思いました^^;

向こうからしたら、強要ではなくお願いのつもりだったのでしょうが
私からすれば、紛れもなく強要行為に感じました。

強要じゃないと言い張るのなら
なぜわざわざ個別メッセージまで送り、クリックさせようとするのか?
そんなにランキング大事なら
アクセス数が沢山ほしいなら
同じ方向性の方ととフォローし合ってほしいな、
というのが本音でした。

知らないままホイホイ承諾した私にも非がありました。
今では、良い教訓になったと感じています。


・・・じゃあメソメソよ。
なぜPV数100超えたとき、そんなに嬉しかったの?
なぜいいねの数でテンションアゲサゲしてたの??
バナーの上に応援お願いします☆って書いてあるのは何?

と疑問に思われている方、多数だと思います。

アクセス稼ぎたい人を批判しているメソメソさん、
あなたの方こそアクセス欲しいんじゃないんです( ゚Д゚)カッ!?


正直に言えば、その時は「そうでした」。今も「そうです」。
しかし、ブログを始めたころに比べると、
アクセス数やいいねの数にあまり執着しなくなった、
という表現がしっくりくるのです。

「メソメソよ、いい加減強がr・・( ゚Д゚)」

強がってません!!!
っと、アツクなってしまいました(笑)
それをこの次でお応えしたいと思います。
話が長くなってすみません。もう少し、お付き合いください。
他にもアニメ画像入れますので(笑)←


≪いいねの数とUU数が一致しない≫
仕事が落ち着いた現在、ブロサーのシステムにも徐々に慣れ始め
だからこそ少しずつ見え始めてきたコト。

ある日の夜、
いつものようにコメントをいただいている方へお返事した時、
いいねについてずっと抱いていた疑問を、私の中の名探偵が謎を解きました。
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さすがアニメ界を代表する名探偵ですね。
(ちがいますねはいすみませんいや違っては無いけど)

真相はこうです。
昨日、初めて2記事を同じ日にUPしたんです。
(2017年3月15日(水)14時28分現在の数値)←仕事しろYO☆


「しまりすな日々。」
しまりすなのにタイガー??記事
PV数 181  UU数 42  いいね数 11

「メソメソのblog-主婦な日々。-」
企業戦士の休息。~大阪の美味いもん探し~」記事
PV数  35  UU数 17  いいね数 13
yjimage[2]

おおおお・・・・・

いいねの数はしまりすな日々の記事のほうがやや少ないのに
UU数では圧倒的に訪問者数が多い・・・!

冷静になって考えれば
違ってて当たり前なんだってことに気付きました。
「いいね」を付ける基準は読者によってそれぞれ違う、からです。

決定づける事例を言いますと、
昨日2記事読んでくださった方が数名いて
(いいねポチ&コメントで判断していますスミマセン)
コメントはあるのにいいねがついていなかった人も居たからなのです。
読まなければコメントの書きようがないですよね^^;
となると、2記事UPして1コしかいいねをつけていない読者様でも
他の記事もきっと読んでくれているのではないか、という希望が生まれた瞬間でした。

そうじゃないと、片方の記事だけ圧倒的UU数になる説明がつき、ませんよね?^^;
(説明わかりづらかったらホントすみません)

あとは、ランキングで知って読みに来てくださった方や
相互フォローの関係ではないけど同サークルメンバーの方、
共通のフォロワー通じて来ていただいている方、
なんとなく検索ワード入れたらメソメソのブログが出た、等々

訪問者の目的にも色々あるんだって知りました。


知らないって、ほんと恥ずかしいですね。
私は今ようやく合点がいってスッキリした気分です。

スッキリしたところで、強がりではないと言う事のまとめに入りますね(笑)


≪つまりどういう事?まとめ≫
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私の一番大好きなマンガ、「宇宙兄弟」から抜粋しています。

シャロンおばちゃんのこのセリフ。迷ったときは
「どっちが楽しいか」で決めること。

PV数を目的とした特化サイトにするのが楽しいのか、
ブログ運営を2番手3番手に位置を置くのが楽しいのかで
このテーマの結論は大きく変わってきます。

私がPV数に追われ、いいね数を気にしていたときは
不安と焦燥感に陥り、ゆるやかにモチベ低下していきました。

しかし、背伸びすることを休憩した結果

私にとってのイチバンに時間を使う事に躊躇しなくなりました。

私にとってのイチバンとは、やっぱり親が経営している会社の仕事。
この2017年が勝負だと思っています。

今の生活は特に困っていませんでしたが、
何があるかわからない世の中だから
貯金額をもう少しペースあげたいと前から考えていて、
少額でもいいから収入欲しいなあ、という漠然とした思いのまま始めたブログ。

しまりすの記事を書き、広告収入を得るべくアクセスUPや特化サイトを夢見て、
いつしか誰もが抱くような本業よりも稼ぎたいという気持ちになってしまいました。

「うまく行かなくなったから何かしら理由をつけて言い訳するんだね」

と言われても否定はしません。
むしろその通りだと思っています。でも、私は体が動かなくなるまで
ブログは書き続けたい、という想いはあります。

日用雑貨を中国で大量に生産し、船便で入荷をして
それを全国へ卸す、というのがメソメソが勤める会社の主な内容です。

世の中には商品が蔓延しています。
新商品出来上がったし、お店に置いてもらいたい。
売りたいのに、売れない。採用されない。
コピーが悪いのかな?
それともパッケージデザイン?
コストが高いの??
売れてる商品と、自社の商品の違いって何?
試行錯誤の中、コレだ!っていう回答は未だに見つかっていません。
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ブログを読んでいるうちに私の中にある感情が芽生えました。

それは、ライティング能力を高めたい、という第2の望み。
パッケージデザイン制作は、企業に頼めばいくらでもできる。
でも、商品コピーは実際作った生産者のほうが思い入れは強い。
そうだ、まずは売れるようなコピーを勉強したい。
ライティング能力を高めるには、ブログが手っ取り早いのかも、と判断し
とにかく自分が読みやすいと感じたブロガーさんの記事を
定期的に読むこと、そして自身のブログを書くことで、
本業に繋げたいという意思が強くなりました。

なので私は今、
ライティングを楽しんでいます(*'ω'*)

こういうブロガーさんもひょっとしたら多いんじゃないかな?
PV数ももちろん大事だけど、まずは楽しんで書く。

アフィリエイトなどで、副業収入でガッツリ稼ぎたい人には、
まったく参考にならない内容でした、ごめんなさい(>_<)


案の定、まとまらなかった記事になってしまいましたが、
これを読んで少しでも気分が軽くなったブロガーさんが居れば
書いてよかったと思うのですが、批判殺到したらどないしよ(;´Д`A ```

メソメソの言いたかったことが1%でも伝われば幸いです。


読者の皆様、当ブログのダラダラ記事に
お付き合いいただき、本当にありがとうございました┏○))ペコ







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こんばんは、メソメソです。

今日は、出張帰りに食べた「ご飯」のお話し。
スーツ着用の時は、極端に食欲が減るメソメソ。

スーツがしめつk・・・
働きマンモードなので食欲はあまり沸きません。
という事にしておいてください(笑)


場所は心斎橋。
時計をみると、5時過ぎ。

ご飯にはまだ早いなぁ・・・、と言う事と、
サンプル&企画書でカバンがいっぱいだし
両手がふさがった状態でこの人混みはちょっとなぁ・・・

と感じたメソメソは、ひとまず天王寺駅まで戻ることに。


うわっ・・・ここも
NTM3XzFfb3Jn2EU[1]
人がゴミのようだ。



・・・私の中のム※※大佐がつぶやきました。
この人ゴミの中、スマホ見ながら歩けるなんて器用だなーと感心しつつ
手堅く天王寺駅構内(MIOとか)をぷらぷら。


あべのハルカス行きたかったけど、
さすがにおひとりさまはちょっと(・ε・`*) 。

まだ行ったことないし、
機会があれば旦那か友達と行ってみたいな。

あっLoftある!!( ゚Д゚)
3COINSは知ってるけど和歌山店よりデカイ!!
いつの間にできてたんだろ?
たまにはウロウロしてみるもんですな♪


さて、他メーカーの商品リサーチリサーチ♪←職業病(笑)


商品見るだけでも、
パッケージデザインやメーカー独自の製造についてのこだわり、
購買意欲をそそるコピーなど、かなり勉強になります(`・ω・´)!
メソメソんとこの商品は、品質は申し分ないって言われるんだけど
パケデザがイマイチだって言われるんですよね(;´Д`)
メソメソ含め社内にはセンスの良いデザイナーが不在。。。
もっと勉強しないとなぁ。


雑貨屋をみつけてはコソコソと潜入捜査(笑)をしていたので
気付けば7時回っていました。


や、ヤベェ!!!( ゚Д゚)


ご飯食べて帰らないと!!!

慌てて10F、11Fのレストランフロアへ移動。
あちゃー結構混んでる。
空いたところがいいなぁ、美味しいもの食べたかったけど
もうこの際なんでもいいy・・・・


ん?カフェDON!?


何この女子っぽいコピー!!ウキウキ(*'ω'*)ワクワク
どんぶりとかチョーすとらいくゾーンだし!

スーツの締め付け気にせず食べられそうだ❤←

中をちょこっと覗いたら
おひとりさまから女子会までと、
女子の溜まり場ざんまい!
2組並んでるけど、ここにしよう♪ウン❤


待つこと数分。
メソメソがオーダーしたのは、コレ。
「ナンタラ牛(名前忘れたwww)の
 ローストビーフ丼」!!
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すいません、画像左上にちょこっとお皿写ってるんですけど
コーヒーも頼んだのです(;´Д`A ```

オーダーはこの2品でした!

一緒に撮ればよかったのに、この辺が気配り足りないなぁーと残念に思いつつ・・・、
とにかく

いただきまーす!!


写真はこの1枚しか撮ってません(´・ω:;.:  (´:;....::;.:. :::;.. ....
食リポ的な事も書けずすみません・・・・
覚えてることを短絡的に書きますと・・・、

ローストビーフは程よい厚みで薄くもなく、
ライスは甘辛だれ?で軽く炒められ、ライスだけでも充分に美味しく感じました。
この一皿の量は少々多いと感じましたが完食♪
スーツでなければジャストサイズだったと思います!
お値段はコーヒー含め1300円でした!

簡単にしか書けなくて申し訳ないです(´◕ω◕)
とにかく急いで食べてたのでユルシテクダサイ!


これだけは言えます。
めちゃ美味かったです!


会計をちょっぱやで済ませ、
天王寺発和歌山行きの電車発車まで残りあと10分弱!!
なんとか駆け込みセーフで、帰路に着きました♪



帰宅到着時間は22時前でした(´-`).。oO



今度はもっと、ちゃんとした写真を撮って(美味しそうなアングルで)
ご飯の魅力を伝えられたらなーと思いました。

更新時、ご飯の魅力を的確に伝えている食リポブロガーさん達!!
マジ尊敬です・・・・m(_ _"m)



最後まで読んでいただきありがとうございました┏○))ペコ



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