メソメソのblogー母が骨髄異形成症候群になる-

2017年3月16日、母が60歳にして骨髄異形成症候群と診断されました。
このブログは母の闘病記録して更新していきます。




先日、ネット通販で購入したものが届きました。
早速病室へ持って行く事に!
それがこちら!
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『タブレットスタンド』購入~❤


本当は起き上がって操作できれば一番良いのだけど
すぐに苦しくなるし、ふいに呼吸器が外れたりすることもあるので
背もたれを起こすにはリハビリ扱いとなってしまうため
どうしても医師か看護師が同伴しなくてはならない。


退屈だし寝てばっかりの母なので、
なんとか日中起きていて欲しくて。。。
良いもの見つけました~~~ヾ(≧▽≦)ノ


これで、寝ながらでも操作可能となりました!
奄美グループチャットのLINE画面に設定し、
指でスクロール☆読むことに成功!!


なにやら入力まで始めました(笑)
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左手で右手首を支えながら、頑張って入力しています。
が・・・・
うまく入力することが出来ず、しばらくして諦めてしまいました( ;∀;)



でも母の目はイキイキ(*´ε`*)♪



LINEを中断。
次は『パチンコ!』と私に言いました(笑)



お盆休み中の会話では、
『今日から盆休みやで。もし入院じゃなかったらどこ行きたかった?』
と聞くと、母は少し考えてから
『・・・パチンコ!』
と張り切って答えてました(笑)


さすがに人工呼吸器付けてパチンコホールへ行けないので(笑)
せめてタブレットへパチアプリをインストール⊂⌒~⊃。Д。)⊃w


私『おかーさん、パチンコの何打ちたいの?』
母『・・・・うみ!海物語!』



と言う事で、病院内のwi-fiエリアへ移動←
海物語の沖縄ver?をインストールしてきました('◇')ゞ



早速遊ばせてみました。
すると・・・


タブレット『~~♪~~♪♪~~~LUCKY!』
母『大当たりーーーー』




タブレットを手でたたき、めちゃくちゃ大喜びヾ(≧▽≦)ノ
15ラウンド消化して、単発で終わった模様(笑)
パチ画面を眺めている母の目は立派なギャンブラーでした(笑)
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いやいや、
所詮グリパチだからwwwww



およそ30分ほど遊んだ沖縄海物語。
収支は・・・


マイナス10000パチドルッッ!!
※新規登録で貰えたパチドルすべて※


母にマイナス収支の事を伝えました。
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などと言ってませんが、とても残念そうな表情でした^^;


グリパチはログインボーナスを貰えたり
ガチャを回せば無料でパチドルやアイテムが貰えるらしいので、
毎日ログインするようにと伝えました(笑)


母はよくわからないまま『うんうん』と頷いていました。


ひとまずこれで、日中の眠気予防??に
ブレーキをかけれたように思えます。


見過ぎてしまうと目が疲れるし肩も凝るので、
ほどほどにしないといけませんがね(´・ω・`)


明日は月曜日。
お互いにとって忙しい1週間が始まります。




page24へつづく。















毎日欠かさず行ってた母のお見舞い。

今日は、体調が優れず引きこもっており、
家から一歩も出ることはありませんでした。
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ほんとに、何もしない1日でした(笑)
こんなの久しぶり。

まぁ、しいて言えば部屋の掃除機をかけて、
洗濯物を干したぐらいかな。
あ、パソコンも触ったわ(笑)

薬を飲んで、
食事はおかゆ1食、少しお茶を飲み、たまにスマホを見たり。

今日は会いに行けずごめんよ、おかーさん。
リハビリ頑張ったかな?
熱は上がってないかな。
昨日よりは少しでも体調良くなってればいいんだけど。

明日は会いに行きますね。






母のおおまかなタイムスケジュールを書きます。


【午前中】
6:00~8:00    
起床 or  寝
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8:00~12:00   
経鼻栄養補給、点滴交換
外来医訪問(歯科&皮膚科&消化器)
主治医による診察・経過観察
採血・採尿検査、レントゲン
洗髪、全身を拭いてもらう


【午後】
12:00~13:00  
寝てるかボーっとしてる。
経鼻栄養補給は無し。
点滴交換。

13:00~14:00  
作業療法士訪問リハビリ(タブレット操作)

14:00~17:00  
人工呼吸器管交換及び本体の点検
仕事を抜けた娘が面会に来る。(多忙日は来ない)
眠いのに娘に起こされつづけ、
しぶしぶトランプやアルバムを見るなどして遊ぶ。
具合の悪い日は遊ばない。
娘にホットタオルを用意させ、顔を拭いてもらう。
娘の手を握りながら、いろんな話をする。聞く。

17:00~18:00  
理学療法士が訪問リハビリ(ベッドサイドでの立ち座り)
主に足メインのストレッチ。

18:00~19:00  
父・息子が面会。娘と面会交代。
足をさすったり、マッサージをしている。
色々な話をする。
経鼻栄養補給。
主治医経過観察。
19:00で面会時間終了。
   

19:00~21:00  
多分寝てるかボーっとしてる。
21時就寝時間。でも眠れずに起きてる(と思う)


21:00~翌朝   
尿意があり、1時間に1度のペースでナースコールを押す。
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眠れない夜は用がないのにナースコールを押し、
看護師さんを少々困らせている模様。
睡眠薬を入れられ、寝かしつけられてしまう。







平日はほぼこんな感じで過ごしていると思います。
面会していない時間帯の過ごし方は、
看護師さん数名に情報提供していただきました(´・ω・`)


土日は外来診察が無く、特にこれといった検査もないので
特に暇な時間が増えるようです。。。


まぁ、その分家族が面会に赴き、
話し相手になったり、寝ないように監視しています(´Д⊂


昼夜逆転だと、日中のリハビリに影響が出てしまいます・・・
あまりの眠さに、リハビリに消極的になることもしばしばありました。

恐らく、睡眠薬がまだ体に残っているせいだと看護師さんは言います。

でも、夜起きていると看護師の人数が少ない時間帯なので
用があってナースコールを使用するならいいのですが、
特に用が無いのに呼んでしまっては、
看護師さんの負担が増えてしまいます。


せめて夜、もう少し長い時間居てあげたいのですが・・・
週末ぐらいしか協力できそうもありません。


せめて母が自分で歩けるようになれれば、
昼夜逆転も少しはマシになる、と思います・・・
                      

悪循環なこのジレンマループから、
なるべく早く脱出したいものです(>_<)
            


page23へつづく。










 こんばんわ。
昨日の記事ではお騒がせしました(;´Д`A ```


昨日、夜寝る前にストレッチ&セルフツボマッサージの甲斐あって
ただの一度として夜中に起きることもなく、
朝の6時までぐっすりと快眠できました!


眠れるってすばらしーーーですね\(^o^)/!!
なので、昨日よりは気分が少し上向きになれました。


夏バテingなので、体調はあんまりなんですがね(笑)


さて、昨日の私のように
気分が落ち込んでしまっていて、何もする気になれないアナタ!


・・・もちろんそうじゃないアナタにもオススメな曲があるんです!


この曲、ご存知ですか?
SEAMOの『Continue』っていう曲を聴いてもらいたくて
貼り付けてみました。
 
歌詞がめちゃくちゃ良いんです。
特にサビ。


もうね、車の中で聴きほれてました。。。


『負けたらおわりじゃなくて やめたら終わりなんだよね』
『どんな夢でも叶える魔法 それは続ける事』




この言葉にどんだけ元気づけられたか。
素晴らしい曲に出会えたことに感謝です。



今日もお付き合いありがとうございました┏○))ペコ
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考えたいこと。


明るい将来の妄想。
母の容態が回復して、
退院したら、何しようかな。
母の好きなウナギを食べさせたい。
巻きずしもいいな。

パチンコ好きだし、行かせてあげたいな。
あ、でも空気悪いし止めといたほうが良いかな。

奄美大島だったら空気がきれいだし
生まれ育った故郷だから
連れてってあげたい。
歌も踊りも大好き。
幼馴染や同級生たちに会わせてやりたい。

温泉もいいな。
花火も見に行きたい。
もう終わったけど、地元で祭りがあった。
おととしは一緒に地元祭りに出展したなー。
フリマも出たし。
楽しんで接客してた姿が懐かしい。


前のような生活に戻りたい。
それが一番の望み。



考えたくないこと。



考えたくないことは、、、、
望みが叶えられなくなる事。


母と離れ離れになってしまう事。
考えるのをやめたい。
頭に電源があるなら、『OFF』にしたい。


昨日、思考回路が止まらなくて眠れなくて・・・
朝なんてもう気分サイアク。


雨は夜中のうちに降ったみたいだった。良かった。


時間が止まったらいいのに。
少しくらい、待っててくれてもいいのに。
時間は誰にでも平等で、時を刻み続けてる。



今夜は眠りのツボをギュウウウウっと押して
念入りにストレッチをして、
スマホやパソコンをいつまでも眺めずに、早く寝てしまおう。



また明日が始まるから。










※お詫びと訂正※
前記事で書かせていただきました、
『母が人工呼吸器が離脱できない理由』の答えですが、
私の見当違いな部分がありましたので訂正しております。
訂正した文面は、本日医師との面談で確認したことです。
誤解を招くような書き込みをしてしまい、申し訳ございませんでした。




今日は、父、弟、私、私の夫の4名で午後から家族面談をしてきました。
結論から言うと『転院』の話でした。
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母の大まかな状態は前記事の通りですが
具合が悪くなったから転院してください、とか
もう手の施しようがありません、ということではないようでした。


1か月に1度のペースで血液の精密検査をしており、
WT-1(がん遺伝子)の数値は、
入院当初(4月18日)は14000程度あったのが、
抗がん剤治療(キロサイド・ダウノルビシン)を投与した結果
6月、7月には50程度まで減少していました。


WT-1は誰もが持っている遺伝子ですが
健康状態な人ならば50未満なのだそうです。


このWT-1が14000あった母は、すぐにでも治療を始めないと
急性骨髄性白血病に移行してしまうと言われていました。


二つの強力な抗がん剤によって、
母の骨髄を破壊し、リセットすることに成功。
集中治療室中に母の骨髄は見事に生成、
ひとまず元来の病気である
MDS(骨髄異形成症候群)は、治まっていたように思えました。



そして、8月の検査結果をみると・・・・
4400という数値を割り出しており、
WT-1の数値が増えてきたのです。


それに伴い、白血球もゆるやかに減少。
死滅したと思われていたマルトフィリアが
腎臓や胆のうに少量ではあるものの反応が出たというのです。



抗がん剤治療をしようにも、
母は体力が無く呼吸器をつけていなければ
満足に酸素供給が出来ない状態であるため、
抗がん剤治療を受けることが出来ません。


病院側の意見としては、血液内科の治療よりも
リハビリによる体力向上を最優先で考え、
人工呼吸器を離脱し、歩けるくらいにまで回復してもらわなければ
血液疾患の治療が出来ない、という結論でした。



母が入院しているW大学病院は
リハビリテーション科は特に優秀らしく、
噂を聞いて他府県から受診したいとやってくる患者さんが多いのだそう。
そのくらい、他の病院には負けず劣らずの
優秀な医療スタッフ(作業・理学)が揃っています。



しかし、そこは大学病院のシステム・・・とも言うべきか
リハビリよりも治療に特化した病院であるため、
徹底的に望むようなリハビリができる環境ではない、と言われました。



平日と土曜日は作業療法と理学療法をやっていただいてます。
リハビリ時間は最長で1時間、
短ければ30分程度で終わってしまいます。
これは、母の容態が思わしくなければすぐ終わってしまう事もあり、
また医療処置とかぶってしまうがために
メニューが途中であっても、中断せざるを得ないのだそうです。



さらに、日祝日はお休みとなるので、
リハビリを休んでしまうと体はリセットになってしまいます。



WT-1が上昇、白血球が減少し始めているとわかった今、
モタモタしているわけには行かなくなってきたので、
リハビリを集中してできる病院へ転院し、
体力が回復したらW大学病院へ戻り治療を始めましょう、

という打診でした。



これもすぐに、と言う事ではないようです。
母は今肝臓の数値が上昇していたため、
10日間以上絶食状態にありました。
※点滴にて栄養補給をしているので餓死はありません※



消化器内科の医師と相談し、母が食事を再開することが出来て
容態が落ち着き次第・・・・早ければ9月頃に転院になるかも、という予定です。



・・・・ふう。
ダラダラと書きなぐったのでわかりにくい!
という読者様のために簡単にまとめてみます。



まとめ!!
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明るい未来を手に入れるために、
強いては母の血液治療を行うため、
リハビリに特化した病院へ転院を勧められた!

と言う事を言いたかったのです( ;∀;)



要するに、
次の治療段階に上がりましたよ
というお達しでした(笑)


捉え方によっては、
転院させたいがための言い訳・・・と思う人もいるかもしれません。
大学病院などの大きな病院では、平均的に3か月以上の入院は
させてくれないところが殆どだそうです。(父談)
まぁ、モノは良いように捉えておきましょう・・・うん。


ぶっちゃけ、話を聞く前は最悪の想定をしていたので・・・・
昨日は思い込みすぎて涙が止まらず、
母のせん妄症に打ちのめされてココロがズタボロになっていました。



まだ・・・・『まだっ!!』希望はあるんだと言い聞かせ、
落ち込むことが日々増えてきていますが
それと同じくらい気持ちが浮上することもあると信じ、
とりあえずこの暑い夏を乗り越えて頑張ろうと思います。



支えてくださっている読者の皆様。
お知り合いの各々方。
日々治療に専念していただいてる医療チームの皆さま。



本当に、いつもありがとうございます。



page22へつづく。







こんばんわ。

お盆休暇も残すところあとわずかですね。
今頃帰省ラッシュで高速・一般道路は
大混雑と言ったところでしょうか。

メソメソんとこは明日まで休みですが、
お盆最終日と言う事で、念のため会社に出勤し、
発注状況などを把握するために
休日出勤となりました。

長期休暇になるとどうもグデグデになっちゃいますねー・・・
image[1]

さてさてさーて。
ぐでぐで文句はこの辺にしておいて!


前記事の答え合わせに参るとしますか( ゚Д゚)!


Q.自発呼吸80%できているにも拘わらず、
何故人工呼吸器の離脱が難しいのか??



A.肺は風船のようなものであり、一度しぼんでしまうと
膨らみが困難になるので、常に圧力をかけ
膨らませ続けなくてはならないため。(※訂正済※)



という事でしたっ!!
人工呼吸器を少しの時間なら外しても大丈夫ですが
数分もしないうちに肺がしぼんできてしまうので
呼吸困難に陥るのだそうです。※追記※


80%自発呼吸出来ていてもそれは人工呼吸器のサポートがあってこそ。
人工呼吸器がなければ、肺活量が低い母は肺を膨らましきれず、
たちまち酸欠状態に陥いってしまうのです。※追記※




寝ているだけなら問題なく呼吸が出来ているのです。

この記述は間違いです。申し訳ありません!





なぜ、こんなに悪化してしまったのか?
理由は。
5月5日に発症してしまった肺炎が元凶です。


肺炎ウイルス(マルトフィリア)を完治させるために
顆粒球輸血(かりゅうきゅうゆけつ)を施し
多臓器不全のリスクにも目を瞑りつつ
ありとあらゆる投薬をされ、
人工透析や肝機能障害が起こり、
ついには気管切開をせざるを得なくなりました。


約1か月、集中治療室で徹底看護管理のもと、
母はなんとか一命をとりとめ、5月31日には
無事に無菌病棟へ戻ることが出来ました。


しかし・・・肺のダメージがかなり深刻な状態で、
人工呼吸器の離脱は長い目で・・・というお話があったほど。


母の肺細胞が炎症により固まってしまい、
ポンプの役割を果たすことが出来なくなってしまったのだ。


リハビリをすることで運動量を増やし、
酸素量を増やせば肺の活動が活発になり、
固まった肺細胞が復元するのではないか・・・という期待を込め
少しずつ少しずつ、リハビリを頑張り続ける母。


これからも、人工呼吸器がいつか離脱できるまで、
ステップアップしながら頑張るしかない。


リハビリの甲斐あって、タブレットを打てるようになりました。
ちゃんとメガネをかけています。
DSC_0516
指が震えるため、誤タップが多く、
文字を打つのに相当時間がかかっていました。
DSC_0517
諦めることなく、サポートをしてもらいながら最後まで入力しています。
声を出せない分、文字にして自分の気持ちを綴っていました。
奄美グループのLINEチャットをしています。
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送信アイコンを押し、やっと一息♪
作業療法が終わった後、テレビを観ながらまったりモード❤
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本人は、テレビを観ている画像のベッドの角度が一番ラクなようです。
タブレットを操作するときはベッドの角度を鋭角にしないといけないので、
とても辛そうにしています・・・。
腰が痛むのと、人工呼吸器が重力により引っ張られてしまい、
付着部分が痛いのだそうです。


・・・・でも。
痛いから、辛いからと言ってリハビリを止める訳には行きません。
止めてしまうと、せっかく今までやってきた努力が水の泡になってしまうからです。
体の衰えは、あっという間なんです。


見ているのが辛い事、正直沢山あります。
でも、目を背けずに母の努力をちゃんと見守るようにしています。



腕も足も、やせ細ってしまいました。
体重は、40キロもありません。


しかし、今までどんな困難にも逆転勝ちしてきた母なので、
数年先どこまで奇跡的に回復するのか、とても楽しみです。


明日は、母の事で今後の話がしたいと
家族全員が呼ばれました。


内容については、、、なんとなく皆目ついています。


たぶん、転院の話か、胃瘻処置の話か。
骨髄異形成症候群の治療方針か、ドナーの話か。
それとも・・・・・・


とりあえず午前中は会社へ出社した後
母の未来についてお話を聞いて来ようと思います。



page21へつづく。









4月18日から入院し、3か月と25日が経過しました。

ということで、
経過報告します!


8月13日(日)現在、母の現在の容態は。。。


☆人工呼吸器装着
☆絶食(肝臓の数値が上昇したため)
☆体重減少
☆咳が止まらない
☆微熱が続く
☆リハビリ時、腰が痛む
☆せん妄症の兆候あり
☆頻尿気味
☆やや便秘気味




な感じです。
これを後退と捉えるか、前進と捉えるか・・・
私には判断が非常に難しいです。


医療的に診れば、『横這い』なのだそう。


元々、明日の容態が分からないと言った疾患のため
『絶対大丈夫』ということは残念ながら言い切れません。


細かい事を言えばキリはないですが
それでも母は、いつか来る退院を夢見て
毎日治療に励んでいます。


そんな母に、『人工呼吸器』について少々・・・いや、
大きな変化がありました。


基本的にはずっと人工呼吸器を装着し、
寝たきりの状態が続いています。


人工呼吸器をつけている患者は、
定期的に痰吸引処置をしなければならず、
呼吸がしづらい状況になるのだそうです。


以前から、咳き込みはありましたし
痰が絡まり、痰吸引をする頻度も増えてきていました。


しかし最近は咳き込みがとても酷く、
痰が絡まりやすくなっているのか
とても苦しそうに表情を歪めています。


喘息を患ったことのある方ならイメージしやすいと思いますが、
呼吸するたびに『ひゅーっひゅーっ』と音がします。
(毎日ではありません)


今までなら、痰吸引は人工呼吸器をつけたまま
管を喉へ押し込み、圧力をかけながらゆっくりと引っ張っていました。
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↑の画像はイメージです。
人形へは口から挿管していますが、母は喉に装着しているので
喉へ吸引カテーテルを押し込んでいます。


ある日の、リハビリ時。
呼吸器のアラームが頻繁に鳴るので
看護師さんが心配して、ちょくちょく見に来てくれていました。


リハビリは体を動かすのが目的なので、


運動量が増える

呼吸量が減り、呼吸回数が増える

心拍数上昇、軽い酸欠状態になる

アラーム警報



は、至極当然なこと。
だから私は、アラームが鳴り響く中
ハラハラしながらリハビリを見守っていたけれど
今ではようやく、余裕を持って母の事を応援できるようになりました。


今では支えアリで(数分間)立つことが出来、
一度きりでしたが車いすへ座る事ができました!
※車いすに乗り、部屋からの脱出は出来ていません※


時折、立ち上がったりベッドサイドへ座るときに
人工呼吸器が予期せぬ時に
外れることがあるんです^^;



酸素音『シューーッシューーッ』
アラーム『ピピピピピピピ!』

yjimageSX2UQGHQ
※↑の画像は正常値ですので特に問題の無い表示ですが
以上数値だと赤や黄色などに色が変化します


私『(゚Д゚;)!!!?』



もはや場は騒然としています(笑)
でも、実はリハビリの先生自身、慌ててないんです。


理由は簡単。


自発呼吸を80%程度出来ているからです。


外れれば、人工呼吸器とメソは大袈裟に騒ぎ立てますが
当の本人たち(母とリハビリの先生)はいたってフツウ(笑)


私『・・・おかーさん、苦しくないの・・・?』
母『うん。苦しくない』




なんて頼もしい回答なんだろう!
じゃあ、人工呼吸器外してもいいんじゃないの!?
素人ながらにそう考えてしまいました。


でも、80%自発呼吸が出来ているにも拘わらず、
外すことはできないと言われてしまいました。
何やら理由があるようです。


・・・・さて、母はなぜ人工呼吸器を離脱できないのでしょうか?
答えは、次号で掲載したいと思います(*'ω'*)!



page20へつづく。






yjimage[6]

小さな卓上カレンダーをテレビ台の上に置いていたが、
文字が小さく横になりながら見ることが出来ないので
会社にあった大きめのカレンダーをパクり←
母の病室のロッカーへ貼り付けた。


母『・・・・・・(ジーー)』


ホワイトボードに何月何日何曜日、そして天候を大きめに書き、
その下にカレンダーを貼り付け、
母の事ふくめ家族の予定を書き込むことにした。


8月5日、6日は母のもとへお客さんがやってくる日。
土曜日は母の同級生、日曜日は私の義父母と面会。


カレンダーを見ながら、
その日が来るまで嬉しそうにカウントをしていた。


私『この日は体調崩したらあかんで!』
母『・・・・(コクコクとうなずく)』


週末、台風5号の進み具合が心配だったが、
見事に晴天に恵まれた!


母の同級生2名が地元の駅に到着したので、
車を走らせ、迎えに行った。


久しぶりの逢瀬に、同級生たちはやや興奮気味?( *´艸`)
車中で簡単に今の症状を伝えて、心の準備をしてもらい・・・
それから母と対面してもらった。


母も同級生たちも、感動の涙を流し
手をしっかりと握りしめながら、
学生時代のころの話や同窓会の話、
そのほか楽しかった思い出話をたくさん話してくれた。


およそ2時間ほど、楽しい時間を過ごし・・・
2人の同級生たちは、それぞれの家に帰って行った。
再会の約束を忘れずに(*^^*)!







次の日の日曜日。


この日も、お昼頃病室へ向かうと
スヤスヤと寝ていたので起こした。


夜は、眠りが浅かった様子・・・
しんどさはなく、ただ眠いとの事だったので、
予定通り、私の義父母と面会をしてもらった。


母は、義母に握手を求め
『ありがとう、ありがとう』を繰り返し
目をそらさず、義母の言葉をじっと聞いていた。


義父母両名は、母よりも年上夫婦だ。
2人とも、今のところ健康状態にある。
やはり、どうしても義父母の事を羨ましく感じてしまう。


母のほうが年が若いのに・・・とか。
母の何がいけなかったんだろう・・・とか。
呼吸器さえなければ・・・・とか。


もちろん、義父母にはこれからもずっと健康で居てもらいたい。
それは、私の父と母にも言えることであって・・・
知り合う人すべてに、願う事でもあって・・・・


もちろん、私自身にも言えることで。


母は言葉を発せない分、
きっと色んな感情が、常に渦巻いているんだと思う。


それをなるべく、緩和して
軽減させてあげて
理解してあげて
いつか退院できたときに、
思い出話として、過去のことを笑い飛ばしたい。


この日の夜、母は自分のケータイを操作し
メールをひたすら読んでいた。
無菌病棟引っ越しして間もないころ、
重くて持つことさえできなかった、自分のガラケー。
あの頃を振り返れば、本当に回復してきたなぁって実感する。
DSC_0530
どうか、このまま・・・
『頑張れない日』が、永遠に来ませんように。




page19へつづく。








看護師さんの許可を貰えたので、次は美容師さんに電話♪


美容師『カットのみなら、寝たままの体勢で可能ですよ^^』


す、すげーーーーーー・・・!!
どうやってカットするんだ(笑)
ベッドの頭部分がガクンて変形しないのに。
看護師さんに何らかの協力を仰ぐんだろうけど・・・
見当がつかない!


予約を7月27日(木)の昼2時にとり、
当日、看護師さんに協力要請をした。







カット日当日。
この日は、私が同伴することに(*'ω'*)♪
仕事を早めに切り上げ、1時半過ぎに病室へ入室。


母『Zzz・・・・』
私『おかーさん、起きて!』
母『Zzz・・・』
私『今から寝てたら、夜寝られへんで!!』
母『・・・・(目をあけた)』


時計を見て、また寝ようとする母(笑)


私『ちょっと、おかーさん!!・・・しんどいん??』
母『・・・・ねむい・・・・ダケ・・・・Zzz』
私『寝たらあかーーーん!!!www』


うっすら目を開けて、睡魔と格闘中の母・・・
そんなこんなで看護師さん&美容師さん到着。


美容師『おまたせしましたー』
母『・・・美人にしてください(ニンマリ)』


そういって美容師さんへ向けてピースを連発する母。
本当にうれしそうだ(*'ω'*)♪


※ここからは画像でお楽しみください※



まずは、ケープをセッティング。
このときは、洗髪はせずにすぐカットに入ってました。
コームで髪を整えながらチョキチョキ。
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反対側もチョキチョキ♪

患者さんのカットにとても手慣れているようで(当たり前か笑)、
鮮やかにカットしてゆきます。

看護師さんに頭を少し持ち上げてもらいながら、
後ろの髪の毛もちゃんとカット!
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カットはおよそ30分で完了。
髪を洗ってもらい、ドライヤーで乾かしてもらいました。
このときの母の表情は、ほんっとに気持ちよさそう!!
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きれいさっぱりしたところで、
看護師さんにタブレットで写真撮影をお願いしました(笑)
これもめっちゃ笑顔!
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耳のあたりが特にスッキリしたので、
とても満足げな表情で、散髪に協力してもらった
看護師さんと美容師さんに、母は心からありがとうと伝えてた。


リハビリの先生がそのあとにやってきたけど、
髪を洗ってもらって少し疲れ、ウトウトしはじめていたので・・・
眠いからと言ってリハビリを断固拒否(笑)

が、先生に無理やりたたき起こされ・・・・
ハードスケジュールをしぶしぶこなし、
この日もリハビリ頑張りました('◇')ゞ!



page18へつづく。







ある日の会話。


母『・・・・・、・・・・・』
私『何々?どうしたん?』


筆談にもかなり慣れたようで、
自分でバインダーとペンを持ち、軽やかにペンを滑らせた。


『まごのてとうちわかってきて』


この間、背中がどうしてもかゆくて
ナースコールで看護師さんを呼んだのだけど、
クチで痒いポイントをうまく伝えられず、
結局我慢したのだという。
それで、孫の手を使って背中を掻きたいらしい。


私『いいけど、どうやって掻くん?(´・ω・`)』
母『・・・・こうやって・・・・』


体を少しねじろうとするも、まだまだ起き上がる力が足りない。
奮闘するも、呼吸数が上昇、心拍数が徐々に上がってきた。


母『・・・・・・(息切れ中)』
私『がんばれー!ガンバレー!』


平常値を超えてしまったので呼吸器のアラームが鳴り、
ふたりで思わず苦笑い(笑)


母『・・・・^^;』
私『・・・・^^;』


アラームはすぐに鳴りやんだ。


うちわは、自分で体温調整が難しいので
暑いときに煽ぎたいらしい。


さっそく、大手100円ショップへ買い出しに!
さすが○○ソー、なんでも置いてるわ(*'ω'*)♪
なるべく軽いものを選び、レジへ持って行った。


母に見せると、ベッドに置いてと言わんばかりに手をパタパタ♪
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さっそく、伸縮自在な孫の手を使い、顔を掻いている(*ノωノ)
もう片方の手で、ウチワをパタパタ♪
うちわが呼吸器のチューブに当たっているけど、、、
母は特に気にしてない様子だった(笑)


私『・・・風、くる??涼しい??』
母『・・・あんまり・・・笑』
私『じゃ、煽いであげるよ。貸して』


うちわでゆるーく煽いであげると、
久しぶりの風を感じ、目を細める母。
孫の手でなおも顔を掻いている。


私『ちょ・・・おかーさん、そこ鼻やから孫の手入らんで(笑)』
母『・・・・(ニンマリ笑う)』
私『鼻に管入ってるから、取り扱い注意ね!』
母『・・・管入ってるん?』
私『うんうん、入ってるよ。気づかなかった?なんか、イタソーやけど^^;』
母『痛くないよ。ちょっと、鏡みせて』



鏡をカバンから取り出し、持たせてあげた。


母『・・・・!!』


目を見開き、顔の角度を変え・・・
自分の顔をまじまじと見ていた。


母『・・・・・』
私『・・・・どう?久々に自分の顔を見た感想は?』


母『・・・・髪伸びたなぁって笑』
私『・・・・ソコかい!笑』


母は、手に持った孫の手で
耳にかかった髪の毛をなんとかしようとしていた。


私『・・・ねぇ、髪の毛カットしてもらえないか聞いてみよっか?』
母『・・・たぶん無理よ。』
私『難しいかわからんけど、ダメもとで聞いてみようよ♪』
母『うん、そうやな。』


看護師さんが入ってきたときに、相談してみた。


看護師『美容師さんが出張で来てもらえるなら、可能ですよ♪』
私『支えありなら最長で30分くらい座り続けられるんですけど、いけそうですかね?』
看護師『カットのみなら、そのくらいの時間配分でできると思います(*'ω'*)ただ、看護師とご家族さん同伴が必須条件となりますが。平日の朝9時から3時までの間なら、看護スタッフが最も多い時間帯なので、できればその時間帯に予約をとってもらえると助かります(>_<)』
私『わかりました。美容師さんへ一度相談してみますね(*'ω'*)』


会話を聞いていた母が、
両手を握りしめガッツポーズをしていたのを私は見逃さなかった(笑)



page17へつづく。









良質な睡眠をとるための薬を投与されてから、
母はいつもの調子に戻ったようだ。


笑顔が増え、ゆっくり話してくれるようになった。
でも・・・手首に巻かれた「それ」は、
母の手の動きの自由を奪っていた。


せん妄症の症状が出て、自分で呼吸器を外した事故があってからは
両手首に「抑制」を巻かれるようになったのである。
yjimage[4]
つまり、重しをつけて動きを制限させ、
危険な事故を防ぐための手段だった。


家族が面会中の時は、ナースコールを鳴らし、外してもらえる。
しかし、面会が終わるとまたナースコールで呼び出し、
「抑制」を手首に巻かれるのだ。


優先して診てもらえる病室に居るとは言え・・・・
看護師さんの勤務人数が少ないこともあり、
ましてや夜勤になると更に人数が減るので
呼び出しをしても待たされることが多いのだという。


この状況の中、命の綱とも言える呼吸器を自ら外す行為は、
看護師さんの負担をさらに増やすことになる。


・・・抑制を付けることは、しょうがないこと。
抑制が嫌ならば、家族が寝泊まりすれば問題は解決する。


自営業なので、ある程度時間の自由はきくものの・・・
仕事を頼める代わりの人間が居ない。


そして夜、寝泊まりできるほどの体力も精神的余裕もない・・・


私は、父に提案した。
面会時間は7時までだけど、なるべく消灯の9時まで居るようにして、
休みの日は交代で母のそばに居てあげよう、と。
そうすれば、夜寝るときだけ抑制が巻かれてしまうけど
たとえ数時間でも抑制無しで居られるから、母の負担の事を想えばこそ・・・
とにかく、何とかしてあげたかった。
体は回復してきても、抑制を巻かれることで
さらにストレス負荷を与えているような気がしてならないからだ。


父と弟、私の3人で、せん妄症が改善されるまで。。。
しばらく、交代で面会時間を長く調整するようにした。





母は、手首を自分の衣服へこすりつけるようになった。
巻かれた部分が痒いのだという。
代わりに掻いてあげると、気持ちよさそうに顔がほころんだ(*'ω'*)


抑制を巻かれる理由については、本人も理解はしているようだった。
でも、なんとなく諦めたような、辛そうな表情。
いたたまれず、看護師さんへ聞いてみることにした。


私『せん妄症の症状はその後、どうでしょうか?』
看護師『以前に比べたら、だいぶマシだと思います^^』
私『そうですか。なら、良かったです。・・・あの、抑制なんですけど・・・』
看護師『ああ、本人も辛そうですよね。事故を防ぐためとはいえ、私も正直辛くて・・・』
私『症状が落ち着いてきているのなら、離脱するのは難しいですか??』
看護師『うんうん、そうですね!主治医に確認して、なるべく早く離脱できるよう相談しますね^^』
私『お願いします!ストレス負荷も気になりますので(;´Д`)』


抑制を巻かれてから数日経過した。
抑制中は、主治医が問診する前に必ず、
本人の名前と年齢、今いる場所、入院している目的、今の時間を聞いていた。


ほどなくして、抑制は無事に離脱することが出来た(∩´∀`)∩!



page16へつづく。









病室にもどると、弟が母に語り掛けていた。
母は、うつろな表情で一点をみつめ、何も反応が無い。


私『ごめん、お待たせ。』
弟『・・・おかーさん・・・僕の事、覚えてないみたい。』
私『え』
弟『僕がしきりに話掛けても、首を傾げて「誰?」みたいな感じなんよ』
私『・・・そんなはずないと思う』


母は私を目でとらえると、また何か話し始めた。
普段なら言いたいことをしっかりと最後まで聞いてあげるのだけど・・・
私は弟の横に立ち、聞いてみた。


私『ねぇ、おかーさん。この子の名前は?』
母『・・・・・・・?』
私『・・・この子、誰だかわかる?』
母『・・・・・・・』
私『・・・・・・・』
弟『・・・・・・・』


一生懸命考えてる感じだったが、ついにわからないと答えた。


私『私の弟やで。』
母『・・・・!』


思い出したようで、母に笑みが広がった。
せん妄症のせいとは言え、
自分の事を忘れられている事実を突きつけられ、
弟のショックは大きかった(´・ω・`)


これまでに、父と弟は、面会へ毎日来るものの
長居すると母の負担になると思い早々に退室していた。


私は2人に比べ比較的長い時間居るので
(休みの日などは特に)私の顔はよく覚えているようだった。


しばらくすると、看護師さんがお薬を持って入室してきた。


看護師『あ、面会中ですね。後ほどきます^^』
私『・・・ああ、例のお薬ですか?』
看護師『はい、そうです。昨日眠れていないみたいでしたので・・・』
私『ありがとうございます。私たちはそろそろ退室しますので、お薬の投与お願いします』
看護師『お薬を入れるとすぐ眠りに落ちてしまいますが、大丈夫ですか・・・?』
私『はい、大丈夫です。面会時間過ぎていますし、他の方にも迷惑になりますので・・・』
看護師『わかりました^^お気をつけてお帰り下さいね』


母は私の手を握って離さなかったが、
私はなるべく穏やかに、母を安心させるように言葉を紡いだ。


私『おかーさん、時計見て?今、夜の10時すぎ。みんなそろそろ休む時間なので、静かにしないといけないから、私らもそろそろ病院出ないといけないんよ。おかーさんに早く良くなってほしいから、しっかり睡眠とらんと元気にならへんで。看護師さんが、おかーさんのためにゆっくり眠れるようにお薬用意してくれたよ。明日になったら、元気に治療頑張れるよ。だから、そろそろおやすみ(*'ω'*)』


母は、手のチカラを緩め。。。
小さくうなずき、手を振ってくれた。


その夜、母は覚めることなく・・・・
静かに、静かに深い眠りについたようだった。


次の日の面会時に、
ゆうべは穏やかな表情で寝ていたと看護師さんが教えてくれた。



page15へつづく。











☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
ご無沙汰しています、メソメソですm(_ _"m)
私事ですが、ようやく引っ越し作業が落ち着きを取り戻し
ホッとした途端、私自身が体調を崩してしまい
ブログ更新が滞ってしまいました(笑)
アクセス数が減っていくのに恐怖を感じつつ←
また更新頑張っていきますので、
ご拝読よろしくお願いいたします!('◇')ゞ
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


私『おかーさん、首には大事な機械がついてるの。これ、絶対外したらだめなやつ!』


つい、キツイ口調になってしまった。
母はみるみる表情が変わり、私に対して怒るのかと思いきや・・・
意外な事をクチにした。



母『・・・・ひ・・・・・・ひ・・・・・!!』


ドアのほうがとても気になるのか、
表情はみるみる強張っていき、
瞬きを忘れてしまったのかと思うほど目を見開き、
必死な表情で私に訴えかける。


私『ひ?ひって・・・・燃える火のこと?』
母『燃える火!そこ、燃えてる!!』
私『ドアのほうが燃えてるの?』
母『うん、うん・・・燃えてる!』
私『火、消してこようか?』
母『・・・・消さなくていい・・・・』
私『消さなくていいの?怖くない?』
母『・・・・怖い・・・・けど、大丈夫。メソがいるから・・・・』


そう言って、私の手をぎゅっと握る。


私『うん、わかった。傍にいるよ』
母『・・・・・・・・。』


時計をみると、いつのまにか面会時間はとっくに過ぎていて、
8時前だった。旦那に連絡しなければ。。。と思って
ケータイを取り出し、


私『ねぇ、おかーさん。旦那に電話してきていい?私の帰りが遅いから心配してると思うし。すぐ戻るから』
母『だめ!ここに居て!旦那って誰!?』
私『え・・・・旦那って、私の旦那さんやで?』
母『メソは結婚してないよ!電話しなくていいから、ここに居て!!』
私『んじゃ、ここで電話していい?』
母『・・・・・いいよ。』


私は簡潔に現状を話し、旦那に今日は帰りが遅いことを話した。
旦那に適当にご飯を食べてもらい、先に休んでもらうよう伝えた。
私も、夕ご飯はまだだった。
手をぎゅっと握って離さない母は、私の電話の様子を
不安な様子でじーーーっと見ていた。


次に、父へ電話を入れた。
長いコールの後、弟が出た。


私『もしもし?おとーさんは?』
弟『これから風呂はいるとこ。どうしたん?』
私『実はまだ病院にいるんやけど・・・おかーさんが寂しがって手を離さなくて(笑)ご飯食べてないので、急に言うて悪いんやけど、どちらか交代に来てくれんかな??詳しいことは病院で話すよ。おかーさんは大丈夫だから。』
弟『わかった。風呂から出たら声かけたあと、僕が交代に行くよ』
私『うん、ごめんね。』


電話を切った後、弟が来てくれることを伝えた。


母『え、なんで??』
私『ご飯食べてなくてさ。お腹ペコペコなんよ(笑)今すぐ食べて来ていいん??』
母『あかん』
私『そやろ?(笑)んで、弟呼んでここにご飯もってきてもらうねん(*'ω'*)』
母『・・・・・・・・』
私『そういえば、火は消えた?ドアのほうの』
母『消えた。』
私『そっか、良かったね^^』
母『・・・・・・・・・・』


奄美の姉さんの曲をかけてあげた。
面会時間は過ぎているので、音量を小さくして。


私『聴こえる?みっちゃん(一番上の姉)の歌声やで』
母『・・・・・・・・(首を横にふった)』
私『そっか。小さすぎて聴こえんのやね。また明るい時間にかけるね』


すると、主治医の先生が入ってきた。
私が居ることに驚いていた。
私は簡単に、これまでの経緯を説明をした。


主治医『夜は特に※せん妄症の症状が酷くてですね。せん妄症を抑える薬もあるにはあるんですが、体の事を考えるとあまり薬は使いたくないんです。ですが、昨日眠れていないようでしたし、自分で呼吸器を外したという事故の報告も受けています。メソさんも心配で帰れないでしょうし、今夜はよく眠れるようにお薬を使いますね。』


※せん妄症・・・意識混濁に加えて奇妙で脅迫的な思考や幻覚錯覚が見られるような状態。

※症状・・・「入院した途端、急にボケて(痴呆のように見える)しまって、自分がどこにいるのか、あるいは今日が何月何日かさえもわからなくなってしまった。」というエピソードが極めて典型的である。
通常はこういった障害は可逆的で退院する頃にはなくなっているので、安心してよい所見である。


また、高熱とともにせん妄を体験する場合があり、とくに子供に多い[2]大半の患者はせん妄を覚えており、苦痛な経験だったとの調査報告がある。せん妄は意識障害だから覚えていない、というのは全くの誤解である[3]

こういった症状をおこすせん妄という病態の背景には意識障害、幻視を中心とした幻覚、精神運動興奮があると考えられている。※ウィキペディアより抜粋※


母はしきりに文句を言っているようだった。
私はちゃんと寝ている、おかしくない、薬は嫌だと訴えるかのように。


私『おかーさん、何にも心配することないよ』
母『・・・・・・・』
私『先生はおかーさんの体の事よく知ってるから、辛いの取り除いてくれるって』
母『・・・・・・』
私『今夜はゆっくり眠れるよ。起きたらいつも通り、気分爽快になるよ』
母『・・・・・・・』


声が出ず、言いたいことを伝えられずもどかしいのか、情けなく感じたのか、
それとも嬉しいのか・・・、本心は定かではないが、母の目に涙がにじみでた。
私は、子供の頃母に頭を撫でてもらったように、
同じように前髪をかき分けながら優しくなでた。


私『おかーさん、泣くと呼吸器と喧嘩して息苦しくなるよ』
母『・・・・・・・っ・・・・・・っ』
私『昔、私が喘息で夜眠れないとき、こーやって頭撫でてくれたよね』
母『・・・・・・(ニコっと笑った)』
私『そうそう、そうやって笑ってると、良いことがあるよ。頑張ろうね。』


すると、弟がやってきた。


弟『姉ちゃん、お待たせ』
私『来てくれてありがとう。ご飯買ってくるまでの間、おかーさんの手、握っててくれない?』
弟『うん、わかった』
私『おかーさん、時々いろいろ言うけど・・・・うんうんって聞いてあげてくれる?』
弟『わかった』


弟が手を握ると、パッと嫌がって離した。


母『・・・・・!・・・・・!?・・・・・っ』
弟『・・・・かーさん・・・・・』


私に何か訴えていたが、うまく読み取れず・・・・
弟の手を握りたくないのなら、そのままでも良いと弟に伝え、
なるべく早く戻るからと言い、病院の売店へ買い出しに出た。


買い出しを終え、エレベーターホールにあるベンチに座り、少し一息ついた。
母の事を考えると、どうしても涙を堪えきれなかった。




page14へつづく。












7月6日(木)の面会。
いつも通り仕事を終えた私は、
母の病室へ足早に向かった。


母は私の顔をみるなり、とてもホっとした表情を見せた。
・・・・が。
いつもと、何か様子がおかしい。
眉間にしわを寄せ、両手の動きに落ち着きが無く、
興奮した状態、鬼気迫る表情で私に何かを訴えていた。


人工呼吸器をつけているので、声は出ていない。


母『・・・・!・・・・!?・・・・・っ・・・・・・』
私『どうしたん、おかーさん?』


首を激しく横に振り、
泣きそうな表情や、とても困ったような表情で、
私に必死に何かを訴えてきた。


いつもならゆっくり唇を動かして、
こちらにわかりやすく単語で話してくれるのに
このときは、やたら早口で話していたため理解するのに難しく、
とにかく母の焦燥感が尋常じゃなかった。


汗をびっしょりかいている。


呼吸数は普段より早く、心拍数も高い。
私は数値を気にしながら、とにかく母をなだめることにした。


私『おかーさん、ちょっと心拍数高いよ。少し落ち着こう?』


母はコクコクと頷き、ふーっとため息をついた。
私は汗を拭いてあげた。


私『汗すごいね。暑い??』
母『暑い。タオルケットとって』
私『ん、わかった。寒くなったら言ってね。』
母『あのね、あのね・・・、かばん、見せて』
私『かばん?おかーさんのカバンね。・・・・はい!カバンどうするの?』
母『買い物に行く』
私『え、買い物??』


カバンの中身を一生懸命見ようとする母だったが、
人工呼吸器が妨げとなり、自分で体を起こすチカラがまだないので
また眉間にしわが寄り始め、私にイライラしながらこう言った。


母『カバンの中身全部見せて!!』


私は母に言われた通り、ひとつひとつ取り出し
説明をしながら、母の体の周りに母の私物を置き始めた。


私『・・・・はい、これで全部よ?』


カバンを広げて見せて、すべて出し終えたことを伝えた。
すると・・・・母は途端に暴れだした。



母『財布!!財布が無い!!!取られた!!!!』
私『いつも持ってた長い財布やんね?あれはおかーさんが集中治療室に入ったとき、病室の私物はすべて撤収したから、ちゃんと自宅に置いてあるよ。おとーさんが持ってるから、今ここにはないよ(笑)』
母『そんなはずないよ!?・・・お金10万はいってるし、免許証はいってるし、キャッシュカードとか・・・・』
私『うんうん。とても大事なものがはいってたから、病室に置きっぱなしにはできないので、ちゃっと自宅に置いてるよ。お財布探してたんやね?』
母『・・・・・そうなんか・・・・・通帳、見せて。』
私『通帳?明日でもいい??』
母『通帳記入して、明日必ず持ってきて!ドロボウがいるかもしれんから!』
私『ど、ドロボウ??家に??』
母『うんうん。鍵かけてないから、ドロボウが入るから!』
私『・・・・ん、わかった。明日、ちゃんと持ってくるよ^^』
母『・・・・・・・・』


母は、お金に対してこんなに不安になるような性格ではない。
そもそも、眉間にしわを寄せて怒鳴りたてるような、
鬼気迫る表情で話をする人じゃない。
ドロボウが入るとか、人を疑うような事は一切考えない人なのに。


・・・・なんだか、おかーさんじゃないみたいだった。



母の右手は、とてもイライラしていた。


私『おかーさん、どうしたの?』
母『どうもしないよ!』
私『なんだか今日は、とてもイライラしてるね?』
母『すっごくイライラしてる!』
私『珍しいね。何か嫌な事でもあった??』
母『ないよ!!いつも一人だからとてもイライラしてる!!』
私『・・・・あ・・・・ごめんね。いつも一人で辛いよね。』
母『車に乗って買い物行きたい!!』
私『買い物かぁー、いいね♪どこに買い物行きたいの??』
母『オークワ(地元のスーパー名)!!』
私『うんうん、いつも買い物してたよね。オークワで何買うの??』
母『みかんの缶詰と、バナナ1本。じゅーす!』
私『甘いものが欲しいんやね( *´艸`)おかーさんが食べるの??』
母『違う!!看護師さんに差し入れする!!』
私『そうなんやぁ!偉いね、おかーさん!(*'▽')』
母『あまったらちょうだい』
私『うん、わかった!だから、あんなにカバン気にしてたんやね?』
母『そうそう。代わりに買ってきて!』
私『おっけぇ!看護師さん、喜んでくれるといいね(*'ω'*)』


眉間に深いしわがあったのに、いつの間にかなくなっていた。
しばらくして、今度は目がキラキラと輝き始めた。


母『見て!見て!』


壁を見ながら、嬉しそうに話しかけてきた。


私『ん?』
母『めっちゃキレイ!』
私『ん、何が??』
母『海!うみーーー!!』
私『今、おかーさん海辺に居るん??』
母『そうそう!ほら、ほらぁ!!』
私『今アトレー(母の車)に乗って運転してるの??』
母『うん、楽しい!!』


周りを見渡すように、目の動きが激しい。
運転してるつもりのようで、体が左右に動いている。


ふいに、母の右手が人工呼吸器に軽く当たった。
アラームが鳴った!


私『おかーさん、危ないって!!』


私は慌てて母の右手を押さえつけた。
母は訳が分からないというように、私の手を叩き始めた。


私『おかーさん、首には大事な機械がついてるの。これ、絶対外したらだめなやつ!』


つい、キツイ口調になってしまった。
母はみるみる表情が変わり、私に対して怒るのかと思いきや・・・
意外な事をクチにした。




page13へつづく。



晴れたー!!
ヒャッホーーーーウ!!!
_|\○_ヒャッ ε== \_○ノホーウ!!!



かねてより少しずつ引っ越し準備を始めていて、
今日は、引っ越しの山場を迎えた。
yjimage644L393K
洗濯機と、冷蔵庫と、大型家具の運搬。
引っ越し業者に頼んでいません。
すべて自分たちでヤッチャイマシタ(笑)


引っ越し先は・・・・・・実家('ω')。
理由はいろいろある。


キッカケは、ダイ@△※☆タクの度重なる不誠実な対応だったが、
それ以上にお金を貯めたいという気持ちが強く芽生えてきたからである。


お金を貯めて、ゆくゆくは
おばーちゃんちをリフォームして旦那と二人で永住すること(*ノωノ)
夢のマイホーム❤


そして、


おかーさんが退院して、
実家に戻った時にご飯の用意とか
お風呂入れてあげたりとか、
用事をしてあげたり色々してあげられるから。


おかーさんが将来骨髄移植をして、
容態が落ち着いて来たらリフォームを開始しようと思っている。


おばーちゃんちと実家は車で5分の距離にあるから、
何か用事があればすぐ駆けつけられる距離!


母の容態は、ある症状を覗いては安定してきている。
人工呼吸器の離脱ができれば、恐らく一時退院の目処が立ちそうだ。
しかし、この人工呼吸器の離脱がなかなか難しいところであるので
リフォーム執行はまだまだ先になりそうである(´・ω・`)


リフォームは特に急いでいない。
実家に居候しながら、お金をせっせと貯めるから(笑)


本当は6月末に撤去したかった。
申告をしてからキッチリ1か月経過しないと
解約手続きが出来ないとさんざんゴネられたので
(契約書に書いていたのでウチラの確認漏れだったがw)
7月15日(土)が最終撤収日となる。


はー。
長かった!!!!



やっと、
@△※☆ケンタクとおさらばできるわ!


気のせいと言われてしまえばそこまでだけど
まじでここに引っ越ししてきてからロクな事なかったしな。


退去しようと決めてから、
プチラッキーがちょくちょくデタ(笑)


まず・・・・
給料上がったし、
久々にスロット打ったら7万円勝ったし、
おかーさんの状態がみるみる良くなってきているし、
疎遠になっていた友人と会う事が出来たし、
あと・・・6月中のブログのアクセス数がマジパネェ状態でした!
yjimageULZ6HIE6
バズッタ状態とはどの程度の事を指すのかはわからんのですが、
しまりすな日々。は更新頻度が減ったこともあり、
伸びが悪かったのですが


メソメソのblogの方は!!
6月3日~6月19日の期間中が一番アクセスが集中していて、
平均PV数350~400の間、UU数70~90の間。


特に(個人的に)凄いと感じたのが


6月9日  UU数:97人  PV数:457
6月12日 UU数:100人 PV数:365



でした!!
こんなこと、あるんやぁ・・・・(滝汗


私のブログは過去を振り返ると、
平均してUU数は20~40程度、PV数は50~100程度('A`)
100超えたら良い方でした。


上には上が居ることはヒャクも承知なのですが
メソメソ的にはかなり画期的な数値でした(笑)


複雑だけど、、、
おかーさんのお陰でPV数もファンも増えたんだと思います(;'∀')


と言う事で、今回は近況報告とさせていただきます!
自宅のネット環境を今調整中なので、ブログの更新頻度が
ひょっとしたら滞るかもしれません。


スキを見て、会社でちょこちょこっとUPするかもしれません(オイ



本日もお付き合いいただき、ありがとうございました┏○))ペコ












タブレットを使ったリハビリを始めてから、2日後の事。


母『こんにちは』


母が約2か月ぶりに、奄美グループのチャット欄に
LINE発言キタ――(゚∀゚)――!!


もう、気分は『立った!クララが立ったー!!』でした(笑)
yjimage[2]
ネット情報によれば「クララが立った」のセリフ・・・
ハイジは発言しておらず、ペーターのセリフのようですね。

まぁ、どうでもいいですね(*ノωノ)w


発言できたのはその一文のみ。
そりゃーもう、奄美メンバー達はお祭り騒ぎですよ!


あっという間に自分の発言が流されていきます(笑)


使用しているタブレットは11インチのものなので、
結構大きくて重いんです(;´・ω・)


なので、手で持ちながら入力することが出来ないし
テーブルに置いてうつむきながら入力する、という方法も難しいので
タブレットを固定してアームが自在に動くボード?のようなものをセットし、
顔を俯かせることなく腕さえ動かせればタップすることが可能なようです。


以前に比べると、肘はだいぶ上がるようになってきました。
利き腕が右なので、左肘はまだまだ筋力は甘い感じですが
右腕は結構チカラがついてきているように思えます。


手を握ると、なかなか離してくれません(笑)


リハビリにより、体の機能は順調に回復してきていました。
体は少しずつ回復しているものの・・・・、


このころから、母の『言動』について
少しだけ、気になることが出てくるようになってきたのです。




page12へつづく。







7月1日(土)の面会。



母『ケータイ、持たせて』
私『ん、なんで?』
母『看護師さんに文字を打って、伝えたいことがあるから』
私『・・・おお!』



↑唇の文字を必死で読みました(;´Д`)



母に頼まれ、ケータイを持たせてみた。


私『・・・・・どう?文字、打てそう?』
母『・・・・・・・。』


顔をしかめながら、文字を押そうと頑張っている。
顔が段々赤くなってきている。。。
一生懸命打とうとして、リキんでいるのだろうか。。。。


母『・・・・ケータイ、重いな^^;』


諦め笑顔でそう伝えた。


母『ごめん。ケータイはやっぱいいや』
私『そっかぁ(´・ω・`)・・・ケータイ、昔は肌身離さず持ってたのにね』



母はしばらく考えた後・・・・私に提案してきた。


母『・・・ねぇ。沢山のメモと、ペン持ってきて。筆談する』
私『筆談かぁ、いいね!明日早速用意して持ってくるよ!』


そして、母のカバンに奄美の親戚が送ってくれた
お守りをつけました♪
キイロイトリの中には貰った手紙が何通か入ってます!
_20170701_182838
その日のリハビリの成果は、
10秒ほど支え無しで自分のチカラでベッドサイドへ
座り続けることができました!ヾ(≧▽≦)ノ



今日は特に、母の闘志がメラメラと燃えていたキガスル!




7月2日(日)の面会。



昨日頼まれていたメモ用紙と、ペンを数種類用意して入室。


母は、待ってましたと言わんばかりに
手をパタパタさせて


母『ペン、ペン!』


と連呼していました(笑)


最初はマジックを持たせたのですが
少々重い・・・ということで普通の軽いボールペンに持ち替え。


書きにくいだろうと思って下敷き用に購入した
ファイルバインダーも、重たいからとこれも拒否。


体を起こしながら筆談するのはまだできないので
とりあえず寝ながらの状態紙を見ずに筆談する
というスタイルで行くようだ!


母『ひらがなの練習する!』


そう言い放ち(もちろん声は聞こえないので読唇)、


あ、い、う、え、お、ア、イ、ウ、エ、オ


と書き始めた。


私『読めるよーおかーさん!』


母はニンマリ笑った(笑)



母の頑張って書いた筆談の一部を公開します('◇')ゞ
_20170702_171327
明日の月曜日から、リハビリの新たなメニューとして
タブレット操作を開始するようです( *´艸`)


入院をきっかけにタブレットを持たせていたので
主治医も看護師さんもリハビリの先生みんな、
母がタブレット操作ができることを知っていた。


今は筋力が落ちているので持つことさえできないが・・・、


リハビリが本格的に始まれば、
みんなとLINEチャットが出来る日も近いかもしれない!




page11へつづく。



















こんばんわ、メソメソです。
今回は、母のお話は小休止とさせていただきますm(_ _"m)


先日、またも大阪方面へ出張へ行ってまいりました。
その日は朝から大雨で、竜巻注意報もでるほどで。
暗雲が立ち込め・・・なんともいやーな天気でございました。


私の商談時間は午後4時半からで、1社のみと言う事もあり、
午前中は出荷業務に携わり
昼イチに母の顔を見に病院へ立ち寄り、
2時半の電車に乗って移動しました。


午前中は天候が著しく悪かったものの、
午後は少々晴れ間も見えるほどに回復していたので
私は『傘』を持って行きませんでした。


最寄り駅に到着。
相変わらず地元とは比べ物にならないほどの人口密度に辟易しつつ、
サンプルの入った大袋と企画書の入ったトートバッグを両手に下げ、
駅構内をウロチョロウロチョロしながら、最寄り出口へと向かいました。


大阪とか東京とかの都会って全般的に
沢山出口があって迷うよね。
ネ?


うちらのとこなんてあっても大体


ほとんどの駅の改札口は1か所がほとんどで
あっても西口と東口の2か所!!


もっと南の方だと・・・駅にもよるが


無人改札も存在する。


あー、田舎万歳っと( • ̀ω•́  )✧


んで、その移動時に気になったことなんですけども。。。


傘の持ち方なんですわ(;´Д`)


なんか、女性の方でこーゆーふうに持ってる人多くて。
yjimageGWFA67MG
他にも、こーゆー持ち方の人多かった。
yjimage1WQH4BNG
この2枚の画像は、ネットで拾ったものです^^;


私の前を、とても急いでる風な感じで
せかせかと歩いてるOL的な女性がいまして。


その女性の右側の腕には、
ビジネス用トートバッグと、
何かが入ってるであろう紙袋と、
おそらく弁当が入ってる感じの小さなバッグの3つを所持。


左側は完全フリー状態、右側の肘で3つのかばんを挟み込み、
かつ1枚目の画像のように傘を右肘に引っ掻けておりました。


んで、日本って歩く時は
左側通行ですよね。
ネ?


と、するとですよ。


当然、込み合う駅構内では
向かい側から沢山歩いてくる人が居る訳で。。。


想像してみてください。
彼女の右腕に3つのカバン+カサをひっさげて急ぎ足で歩いています。
反対側から歩いてくる人すべてに


傘が当たってるんですよ!!



私『・・・・・・・・(;´Д`)・・・・・・・・』



バッシバッシ当たってますwwwww
通りすがりの人たち、傘あてられても
特に気にする風でもないし・・・


目の前を歩いている女性に、とても嫌悪感を抱きました。


気づいてないの???そんなわけないよね。


ただ、持ち替えるのがめんどくさいだけ???


左腕で持てば、人にカサぶつけずに済むのに・・・・


てゆか、
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こーゆー風にカサの中央部分持つ人も多いから


危なくてしょうがない。。。。



なんで
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こういう風に持たないんだろ^^;


まぁ、すれ違う人すべてに傘をぶつける女性にドン引きしたが
それ以上に傘ぶつけられても気にしない人たちにかなり感心した(笑)




大阪の人は、心が広いわ!!




その後、商談は滞りなく無事に終了しました。
チャンチャン♪







これは、母のとても大事なものである。
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母が肌身離さず持っていた、黒のガラケー。

5月5日の夜、
自発呼吸が難しくなり人工呼吸器を余儀なくされ、
ICUへ移動直前までずっと手に持っていたケータイ。


『電話したい・・・お願い・・・ケータイ・・・・』


消え入りそうな声で先生へお願いするも、
ケータイを没収され、通話やメールをさせてもらえなかった。


伝えたいことが沢山あって、
連絡とりたい友達が沢山いて、
受信メールの返信がしたくて。。。


ICUは高度医療清潔区域領域になるため、
私物を持って入ることは不可能だった。


母がICUへ入っている間は、
母のケータイの電源を切り、自宅で保管していた。


母の容態が良くなったら、親しい友人に連絡しよう。
父の判断だった。


電源を切ってから、およそ1か月。
母は人工呼吸器をつけたままだが、
容態は著しく回復し、元の病棟へ戻ることが出来た。


病棟に戻ってから、10日ほど経過したある日。
家族の精神的不安定さも解消され、
穏やかな日常へ戻りつつあった。
母の親しい友人に連絡を入れるべく、ケータイの電源を入れた。





メールの受信件数ががががgggg



無菌病棟に戻った母は、
人工呼吸器装着により話すことはできないが
目も耳も聞こえるので、簡単な意思疎通はできた。

勝手にケータイを見る訳には行かないので、
母の了解を貰い、メールの内容を目の前で確認させてもらった。


奄美の親戚たちからの心配メール。
和歌山の親友たちからのランチのお誘いメール。
母の同級生たちからの同窓会のお知らせメール。
会社の同僚たちからの心配メール。
幼馴染からの何気ないメール。


メールだけじゃない。
お留守番センターからも通知が来ていた。


きっと、返信がないので電話をくれたのだろう。
最初は他愛ない内容だったメールも、
徐々に心配しているので連絡くださいと書かれている内容ばかりになり
心から母を慕ってくれている人たちがこんなに居るんだ、と改めて知った。


父に頼まれ、母の友人たちひとりひとりに電話をかけた。
母の代わりに、メールの返信もした。


詳しい病気をほとんどの人に伝えておらず、
ただ『しばらく入院するね』としか伝えていないようだった。


母の事だから、大ごとにして心配させたくなかったんだと思う。
願わくば、何事もなかったかのようにみんなの元へ戻りたかったに違いない。


自分の声で真実を話すことが出来ず、
指を動かす力が無いため、
ご友人たちへの連絡が大幅に遅れてしまったことをなるべく丁寧に詫びた。


家族以外は面会を断っている状態なので、
人工呼吸器が離脱できれば即連絡します、と伝えると


『ありがとうございます。ご家族様もどうか、体調ご自愛ください』


とあたたかい言葉をかけてもらえた。


母は毎日、沢山の人から気持ちを受け取っている。
早く良くなってください。元気になってください。会いたいです。

ガラケーにメールが来れば読んで聞かせているし、
タブレットには奄美の親戚たちからのわいわいLINEが盛りだくさん
詰まっているので、文字サイズを最大にして、
顔の前へかかげて、読んでもらっている。


本当に嬉しそう。
見ているこっちも、すごく嬉しいし安心する。


この瞬間はいつも、生きててくれて良かったって思える。
明日の治療の糧は、周りの人たちのお陰で満ち足りている気がします。


いつも本当にありがとうございますm(_ _"m)
感謝の言葉が止まりません。


母の回復が、最大の恩返しになると思うので、
病気にくじけそうになったらメールを読んで聞かせ、
生きる希望を与え続けたいと思います。






page10へつづく。


主治医『今日は人工透析の予定でしたが、今日も尿毒素の値は基準値ですので、見送りしましょうか』

先日から幾度となく、見送りが続いていた人工透析。
週二日透析を回す予定だったのが見送りとなった。

そして、6月26日(月)。
ついに、主治医から聞きたかったアノ言葉を聞くことが出来た。

『おめでとうございます。人工透析卒業ですよ^^』

やっと、腎臓の機能が復活した!!
母も私たち家族も、安堵した。
尿毒素がたまり始めれば、また透析をしなければならないのだが
ひとまずは安定という事だった。

ただ・・・・、
オシッコが出すぎているため、
若干脱水症状が出ているとの事。

身体は全体的にむくんでいる。
特に、手足が酷い。
が、血液中の水分が足りて無いようで
全体的な水分バランスの調整が難しそうだった。

喉が渇くようで、よく『喉乾いた』を連呼するようになる。
しかし、飲み水を飲ませることが出来ないため、
水分を含ませたスポンジで口の中を塗布する頻度が増えた。

リハビリは極めて良好。
ベッドサイドに座っていられる時間が、少しずつ長くなってきているし
まだ肘を上げるチカラはないが
指先から手首にかけてはかなり動けるようになり
文字盤を滑らせたり、握手をして握り返すまでに回復。

呼吸量は『260~320』あたりが平均値。
リハビリをするとどうしても体力を使うため下がってしまうが、
ベッドに横たわり、安静にしていれば問題のない数値である。

あとは・・・ひとつ、気になることが出てきた。
それは

不整脈。。。
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6月27日(火)の面会は、
仕事が終わって18時回ったころに向かったのだが
何やら病室が騒がしく、看護師さんの出入りが目立った。

病棟医も病室へ来て、事の経緯を簡単に説明してくれた。

私たちが来る1時間ほど前、不整脈が出ていたとの事。
しかも、結構危険な波形だったらしい。
循環器専門医を呼び、原因を突き止めるため
しばらく病室の外で待機していてほしいと依頼があった。

不整脈が出ていることは、ICUの時もちょくちょく出てはいた。
ICU担当医の口ぶりからしても、
そんなに深刻な事でもないだろうと思っていたので
今回の不整脈は、想定の範囲内だろうと安易に考えていた。

しかし、軽視できるような波形ではなかった。
心臓が止まってもおかしくない。そんな波形だったであると。
家族に電話をしようか、判断を決めかねるほど悪い状態だった事を知る。

母の場合、血小板数値が2万台しかないため
心停止した場合、心臓マッサージはできない。

何故なら、心臓マッサージはチカラを込めて押し込むため
内臓出血をする患者さんもいるのだとか。
母が内臓出血してしまえば、命を取り留められなくなり
さらに危険が増すとの理由・・・・


心停止だけは絶対阻止したい。
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≪不整脈の原因と対策≫
①人工呼吸器の酸素供給量の減少。

人工呼吸器離脱を目標に、モードをサポートに切り替え、
圧は20%、濃度を35%維持していたが、
これにより、リハビリ時は常に酸素不足だったのではないかと推測。
今後は人工呼吸器のモードと圧はそのまま、
濃度を45%まで引き上げ様子を見るとの事。

②脱水症状(血液中の水分不足)

尿の排出量が増えたので、人工透析を離脱。
血液中の水分が不足しはじめたため、
今後は点滴により水分を補うとの事。







ひとまず、原因と対策はハッキリした。
母の不整脈は、次第に落ち着きを取り戻した。


昨日は、懸命にリハビリを頑張っていて。
文字盤を指で触るようになってきていて。
買ってきた壁掛け時計を見ながら、少し微笑んだり。
甘いものが食べたい、と連呼していたり。
寝ている顔はとても穏やかだったのに。。。

体調崩すときは急降下。。。

でも、まぁ。
入院している以上は、何もないはずはない。
辛いけど。びっくりするけど。

マラソンだって、長距離になればなるほど
体が悲鳴をあげる。

おかーさんは、病名を告知されてから3か月経ち、
入院して2か月が過ぎた。

もっと長く入院している人からすれば
『2か月しか経ってないじゃん』って思うかもしれない。

でも、ごめんなさい。。。
2か月という期間、ホントに長く感じました。

4月18日に入院生活が始まり。
4月20日に抗がん剤治療開始。
4月25日に無菌室へ移動。
5月5日に肺炎を患いICUにて人工呼吸器装着。
5月8日に顆粒球輸血処置開始。
5月16日に24時間人工透析処置開始。
5月24日に気管切開手術。
5月31日に、ICU卒業。無菌病棟へ帰還。
6月1日から口腔外科的処置、皮膚科的処置開始。
6月2日からリハビリ開始。
6月26日に人工透析卒業、オシリの管も卒業。





そして、現在に至ります。
振り返ればあっという間だったかもしれないけど
この一件で、まだまだ長く険しい道のりなんだなぁ
と思い知らされた日でした。

おかーさん。
みんな応援してくれてます。
頑張ってるおかーさんの姿は、みんなを元気にします。
頑張ってくれてありがとう。
生きていてくれてありがとう。

おかーさんは、みんなにとってなくてはならない存在です。
頑張っていこうね。



page9へつづく。







昨日の面会時。
母がちょうどリハビリをしているところに立ち会えた。

母は、私を目でみつけると嬉しそうに笑った。

『頑張るからね。見てて。』

クチパクで私に伝えた。
このときの唇の動きは、不思議と一度で読み解くことが出来た(笑)
いつもなら、文字盤でたどりながら会話しないとわからないのに。
本当に不思議だ、親子のチカラかな(*ノωノ)

理学療法士さんは、母に語り掛けながら
指についているセンサーを丁寧にはずし、
ベッド上部をゆっくりとあげ、
足元のベッドをさげ、
人工呼吸器の管の向きや画面を触り、
酸素濃度設定も変更していたようで
アラームが頻繁に鳴り始めた。

療法士『足、コッチ(ベッドサイド)へ下しますよー』
母『・・・・・(コクコク)』


ゆっくりゆっくり、コードが絡まらないように
理学療法士さんは母の両足をかかげ、
ベッドサイドへ下した。

療法士『体、起こしますよー頑張ってくださいね~』
母『・・・・・』


理学療法士さんに支えてもらいながら、
無事にベッドサイドへ座る事が出来た!
※モザイク下手ですみません(´;д;`)※
DSC_0501
メソ『お・・・おおおお~~~!』

さすがに表情は苦しそうで、
頭を持ち上げるチカラはまだないらしく、
だらーんとチカラなくもたげたままだった。

普段、寝ている姿しか見たことがなかったが・・・
2か月ぶりに起き上がった母の姿は、
かなり痩せているような印象だった。。。

クチから食べ物を摂取しておらず、
オシッコもウンチも、管から排泄だから・・・
動きがかなり制限された状態が
2か月以上も続いたわけだし、筋力が落ちているのも無理もない。

首を上下左右にゆっくり、ゆっくり動かす。
体を少し動かすだけで、かなり体力が消耗するのだろう。
酸素量が徐々に減っていってるようだった。

理学療法士さんは酸素濃度を調整しながら

療法士『深呼吸しましょう~~吸ってー吐いて~~』
母『・・・・・、・・・・・、・・・・・っ』
療法士『吸ってー吐いて~~、吸ってー吐いて~~』
母『・・・・っ、・・・・・っ』


と、理学療法士さんの動きが止まった。

療法士『・・・・メソさん、今、声聞こえました?』
メソ『え!?』
母『・・・・・、・・・・・・っ、・・・・・・(深呼吸中)』

私はベッドから少し離れた場所から
見守っていたので気づかなかったが、
理学療法士さんにだけ

『シンドイ』

と、かすかに母の声が聞こえたようだった。

療法士『気管切開している間は、声は出せないはずなんですけどねぇ・・・』
メソ『そ、そうですよね・・・・』
療法士『でも、確かに聞こえたんです。というか今回が初めてではなく・・・今までにも何度かありまして^^;』
メソ『え!?おかーさん、喋れるん!?( ゚Д゚)』
母『・・・・・??・・・・っ、・・・・っ(深呼吸中)』


喋ってないよと言わんばかりに首をかしげ、
また深呼吸のリハビリを自発的にし始めた。

メソ『・・・・声、聞いてみたい。』
療法士『そうですね。何かの拍子に声が出ることがありますので、楽しみですね^^』
メソ『ハイ!( *´艸`)』


ベッドサイドに座っていた時間はおよそ10分程度。
ここまでが体力の限界のようだった。

ゆっくり、ゆっくりとベッドへ体を横たえ、
呼吸器の角度の調整を行い、痰吸入を施し、
次は手足のマッサージ処置に入った。

メソ『おかーさん、お疲れ様。めっちゃ頑張ったね!』
母『・・・・・(ニコニコと頷く)』
メソ『ご褒美に、奄美の曲かけるよ!・・・聴こえる??』
母『・・・・・・』
メソ『・・・・・・・』
母『・・・・(聴こえないと首を横に振る)』
メソ『じゃ、もう少しボリュームあげてみるね。・・・どう?』
母『・・・・・・・』
メソ『・・・・・・・・』



その時。


母『・・キコエル・・』


メソ&療法士『!!!!!』


聞いた!確かに聞いた!!!!
少ししゃがれた、母の声!!!!!
呼吸器のせいで、母の本来の声色ではなかったが
確かに聞こえたーーーーーー!!!

メソ『おかーさん!!今!!自分の声出てたで!!』
母『・・・・!?(ウソ!?の唇の動き)』

それから、何度か声を出そうと必死に頑張っていたが・・・・
体力の低下が気になっていたこともあり、
無理させたくなくて、おかーさんに休むように伝えた。

母は少し残念そうだった。

私が聞いた言葉はこの1回だけだったけど
嬉しくてうれしくて、奄美メンバーへラインを送ってこのことを伝えた。

動画も撮影したので、編集をし、拡散した(笑)
だってだって、ほんまにすごいんやもん!!!
母の事を心配してくれている友人や会社の同僚たちには
面会我慢してもらっているので、
動画を見せて安心させてあげたかった。

人工呼吸器を装着している姿に驚きを隠せないで居る人が多かったが
(当たり前だけど(;´Д`))
それでも、退院に向けて一生懸命頑張っている母の姿を見て
元気づけられている人がとても多かったのが嬉しかった。

おかーさんは病気になっても、
周りに元気を与えている。
それが誇らしくもある。

先日、闘病の末逝去された小林麻央さん。
周りに元気と勇気と、愛情を与えながら全うされたのだと思う。

『愛してる』の言葉。
命尽きる最後の時まで、思いやりの心を持ち続けた女性。

市川海老蔵氏の記者会見は、本当に泣けた。
私自身、麻央さんのブログの読者であり、
母の病気の事で気落ちしていたときに
真央さんのブログを読んで勇気づけてもらったことが何度もある。
いつか病を乗り越え、梨園の妻として再び活躍されるだろうと願っていた。
本当に悲しかった。失礼なことだけど、母と真央さんを重ねて見ていたから。

悲しかったけど、小林麻央さんの人生を乳がんでひとくくりにするのだけは
止めておこうと思った。彼女自身が、そう伝えていたからである。

「がん」になったことだけが、私の人生すべてではない。
愛する人と出会い、2人の宝に恵まれ、私は幸せだ、と言っていた。


素敵な言葉だし、母をそういうふうに考えるのをやめようと思わせてくれた。
うまく言葉が出ないけど。。。。
病気になっても、それがすべてではなく
長い長い人生のほんの一部なんだと真央さんが教えてくれた。

真央さんのように下を向かず、明るい未来を夢見て、
これからも母と一緒に歩んでいきたい。




小林麻央さんのご冥福、心よりお祈りいたします。






page8へつづく。






さて、本日はXデー・・・いやいやちがうちがう。

華麗に滑り倒したところで、本題に参りましょう。
以前、顆粒球輸血の為に白血球促進剤を投与したことを
読者の皆様は覚えてらっしゃるだろうか。

ワスレチャッタヨ!!ってかたは復習をどうぞ!


記事タイトル:気分は『一定時間無敵状態』

http://kanngaetudukeruhibi.blog.jp/archives/1992473.html
※リンクの貼り方いい加減勉強しないとなぁw※

本日は採血の日。
血液に異常がでていないか調べる日でした。
ハイ、検査結果は良好でした!
伏線貼ってたわりに期待を裏切りすいまてん(笑)

あれからひと月以上。
ホントに目まぐるしい日々だった。

それが今はどうだ。

人工呼吸器、人工透析をしながら生きてそこに母が居る。
回復状態はさらに上々な仕上がり!

今の状態は・・・・

・人工呼吸器装着(サポートモード、濃度35%)
・人工透析処置(週2→週イチ、離脱濃厚!)
・唇の動きがハッキリとしてきた。
・口腔内の出血はほぼなし、歯磨き開始できるようになる。
・リハビリの甲斐あって手足が結構動くようになってきた。

そして、今日の母の訴え。

『ココア!!ココア!!コ・コ・ア!!!』
『お茶飲みたい!お茶!お茶!!』
『飴!飴!!飴なめたい!!』


・・・・・

・・・・・・・・

えー、声は勿論出ていません(笑)
ではなぜ、言いたいことがわかったのでしょうか??

回答時間は30秒です。





















はいっ時間切れ!!!


正解は、、、


『文字盤を使ったから』
でしたー!!


文字盤とは、コレ。
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ちなみに。
おかーさんの手が動くと言っても、
頭を書いたり手をあげるほどのチカラはまだありません。

なので、ある程度頭文字の唇のカタチをみて、
文字をさし、あたり文字なら頷いてもらい
ハズレ文字なら首を振ってもらうというやり方です。
結構大変な作業になるのですけど、
母にとっても良いリハビリになるので、
母自身がしんどくなるまでこの方法で会話しました(。-∀-)

読唇術にはほど遠い('A`)

話はもどりますが、母がしきりに訴えていた

『ココア飲む』
『お茶飲みたい』
『飴食べたい』


ですが、人工呼吸器をつけている間は
飲み込むことができないので、我慢してもらうしかないのです。

ただ、口腔内に甘い蜜などを塗布することはできると
仰ってくださいましたので、母にそう伝えると・・・

『・・・・・・』
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明らかに落胆してました(´・ω・`)

誤飲、水分が気管に入ってしまうと
むせるどころの騒ぎではなくなってしまうので・・・・
  
思わぬ事故になり兼ねないとの事でした。


欲求が出てくることは、正直嬉しいことですが
同時に残酷だなぁと感じる事でもありました。

自分の体を自由に動かせない。
声を出して話をすることができない。
食べたいものも満足に食べれず、いつも流動食。。。

我慢、我慢な毎日なのに
強制的に我慢させなくはならない。


ストレスたまりそうだよね、これじゃ・・・
何かストレス解消になる事をさせてあげられればな。

おかーさんの唯一の武器であるキモチが弱ってしまいそう。

なーんて私の心配とは裏腹に
母は毎日のリハビリの甲斐あって

左手にナースコールを所持!??


『自分で押せるようになったで!( ゚Д゚)ドヤァ』

満足げな表情で私をみつめる母。
かーさん・・・まじで根性凄すぎ(笑)



page7へつづく。





17日、18日、19日、そして20日。

この4日間、奄美大島から
母の妹親子が面会に来てくれることになっている。
予定通り、17日の夕方6時に妹親子が病院へ到着した。

手を握り・・・嬉しそうに語り掛ける母。
涙ぐみながら、頷き返す妹。
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その娘たち。
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声はやはり出せないけれど、
久々に会えた親戚たちに伝えたいことが沢山あるのか、
母は一生懸命会話をしようと頑張っていた。

母の気持ちが、今にも溢れだしそうで
時折顔をしかめ、涙を堪えていた。

『大丈夫だから。心配しなくていいから。』
『来てくれてありがとう。』
『頑張って病気治すからね。』


母の妹も、前々から大きな病を抱えていて
7月に入院が決まっているようだった。

これまでに年に2回、検査入院をしていたらしい。

自分の体調の事を考えれば、今回の和歌山訪問を見送るべきか
最後まで悩んだみたいだけど・・・・、

入院してしまえば、しばらくは退院できないかもしれないと思い
娘たちに連れて来てもらったようだった。

妹『メソちゃん、ありがとう。私、ホントに来てよかった。しばらく来れないけど、姉ちゃんの事、頼むね。。。』

母と言葉を交わせれば・・・会話が出来れば・・・、
どうしても、そう考えてしまう。

でも、母には会話ができなくても十分なように見えた。
会えただけで幸せ。そんな風に見えた。

本当のところは、わからないけど・・・、

和歌山の家族と会っている時よりは、
奄美の親戚たちと会っているときのほうが
笑顔の時間はかなり長いように思えたから(*'ω'*)


そして主治医の先生から、明るい未来のお話を聞けた。

近々、人工透析を離脱できるかもしれません。


『かもしれない』でも良い!ぜんっぜんイイ!!
『かもしれない』=可能性の話だからヾ(≧▽≦)ノ


ずっとし続けなければならないと覚悟していただけに
このお話は、本当にありがたかった。

母の腎臓が、着実に回復しているようで
自分でオシッコを出せるようになってきたらしい。

体中に水分が溜まっているので
全体的にむくんでいるが・・・・、

人工透析を離脱して、様子を見るのだという。

人工透析を始めてしまうと、
一生付きまとうものだと思っていたが。

一時的に離脱なのか。それとも卒業なのか。
人工透析についての詳しい話を、後日聞くことにした。



今週22日(木)。
この日、私自身の血液検査を血液外来で行う事となる。




page6へつづく。







母の状態をお知らせします!

主治医となかなか会えないため、
病状などの詳しい内容をお伝えすることができませんが
面会時の様子を書いていきます!
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6月15日(木)現在

❤肺炎の状態、良好!
❤心拍数、血圧、酸素濃度・・・良好!!
母の自発呼吸量が増えてきたため
呼吸器のモード?設定??を変更!
『強制』だったのが『サポート』に切り替え!
❤人工透析の頻度は毎日→火&土のみ!
❤首に刺していた人工透析用の針をわき腹に移動!
❤リハビリの時間延長に伴い、起きている時間が増えた!
❤支えをしてもらいながらベッドサイドに座ることができた!
❤口腔内の出血、完全に止血完了!唇が綺麗に生成された!
❤声は出ないけどニコニコしながら喋るようになった!!


△鼻からチューブを挿入し食事をとる
△手足などがむくんでいてはち切れそうである。
△意思の疎通などのコミュニケーションに難アリ。
△本来の治療『抗がん剤治療』を停止したままである。
△大腿部分の皮膚のただれが酷い。
△体温が落ち着かない。微熱~37℃後半。



こんなところでしょうか。
今までは悪い状態の割合が8、9割くらいだったのが
今では6割くらいまで下がった気がします。


ドナーは見つかっているのですが、
5月5日に母が肺炎を発症してしまっていたため
仕切り直しと言う事で、ドナー側の検査などは休止状態にあるようです。


無菌病棟へ移動して16日が経過しました。
何もトラブルが起きないよう・・・
このまま、順調に進んでもらいたいものです。


以上、中間報告でした!
今日は短めの記事です(*ノωノ)


読んでくださりありがとうございました┏○))ペコ


page5へつづく。




こんばんわ、メソメソです。

今日は久々に大阪へ出張行ってまいりました。
午後から1社のみ商談。

もう一度言います、1社のみです。

あと2社訪問予定だったのですが
アポが取れず断念致しました_(:3 」∠ )_

他2社は後日改めてアポ獲得できました。

時短の為、特急(有料)に乗り現地へ。
商談時間が迫っている中、足早に本社へ向かうメソメソ。。。

と、バス停に設置してある長ベンチに腰掛けていた
不審な人物(男)が私に声をかけました。

不審人物(男)『おい、姉ちゃん!金くれへんか!』
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手には小銭がチャラチャラとあり、
これでは足りないからもっとよこせと言わんばかりに
私の行く手を阻むかのごとく小銭を見せびらかしに来ました。

ちらっとしか見ませんでしたが、
自動販売機あたりで集めた小銭の印象でした。
なんか、泥ついてて汚かったし・・・
申し訳ないけど、そのかたは働いてるようには見えませんでした。

私『すいません。急いでるので。』

と一言言い、華麗(???)に不審者(男)を交わし、
手をかかげ会釈をして通り過ぎました。

何やら後ろで喚き散らしてましたが
こちらは大事な商談を数分後に控えてるので
気にも留めることなく、進みました。

幸いにして追いかけてくることはありませんでした。

その後の商談は無事に終了。
終始穏やかな雰囲気のまま、新定番商品を検討していただけると
返事をもらい、来た道を帰ることにしました。

またあの不審者が居るとやだなぁ・・・と思ったので
横断歩道を渡り反対側の歩道を歩いて駅に向かいました。

やはり、まだヤツは長ベンチに座っておりました。
この近辺のバスを利用する人たちは、
この男にカツアゲされてるのかなぁ・・・と
複雑な心境になりましたが、母が病院で待っているので
警察に通報することなく特急に乗り、帰路に着きました。


これでカツアゲまがいなことされたの、
人生で2回目だわ(>_<)
そんな金持ちに見えるんかな('A`)
それとも、カツアゲしやすい雰囲気なのかな。

あー、怖かった。。。。


雑談を読んでくださり、ありがとうございました┏○))ペコ





こんばんわ、メソメソです。


母が集中治療から出て早10日以上過ぎました。
ひとまずゆっくりとではありますが回復傾向にあります。

昨日面会した時などは、足(膝あたり)をパタパタさせて
お迎えしてくれました(*^^*)

日めくりカレンダーを見せてあげると
『あしたはかようび』とクチパクで話してくれました。

ベッドから自力で起き上がれないので
日常的な情報が嬉しいのでしょう。
その日の天気や暑さ、今日食べたものなど
他愛のない話でもニコニコしながら聞いてくれます。

時折、こちらに返事をしようと
クチをしっかり開いて話をしてくれるのですが
音声がまったくでないため理解できないことのほうが多く・・・・、
こうなったら読唇術を学ぶしかありません(笑)

手を動かせられれば、筆談などでコミュニケーションが
可能になるのですが・・・これはまだ先になりそうです(>_<)

さて、母の容態が安定してきた現在。
メソメソが務める会社は、
今月決算期でバタバタとやっております。

母のことでいつ電話がかかってくるか気が気でなかったので
出張へ行く時間が取れず商談がままならなかったため
悔しいことに、売り上げが下がってきております。。。

やばい。
やヴぁいんです。
売り上げを確保しなくては。。。。

で!

ようやく、各々営業へ出ていけそうな雰囲気になってきたので
明日、トップバッターはメソメソことわたくしが!
初陣を切って売り上げ獲得すべく、行って参ります('◇')ゞ!!
yjimage[2]
金曜日は弟(大阪市内巡回)、来週は父(関東方面商談)。

おかーさんの体調が上々なのに、会社の経営が不振だと
顔向けできませんものね。
安心して治療できないというものです。

ということで、今日は早めの就寝をしますm(_ _"m)
本日もお疲れ様でした!






無菌病棟移動してから2日目の事。

この日は、仕事終わりに旦那と共に面会をした。
ちょうど処置の最中であったため
すぐに入室することが出来ず、しばし待機。。。

入室許可が出たので、母と面会をした。

私『・・・・!?』

母の口元には、血液が付着したガーゼを複数枚施されていた。
この状況だけを見たら、吐血したのかと勘違いする。。。

しかし、そうではなかったようだ。

母は口腔内を常に出血しており、
あまり衛生的とは言えない状況にある。
そのため、出血を止めるべく口腔外科的処置が必要となり、
衛生に保つためにも外来診察が必要となった。
yjimage[5]
午前中、口腔外科の医師の処置の過程で
唇に付着していた『かさぶた』を除去したため、
血小板の低い母は自ら止血することが出来ず・・・
絶えず血が流れ続けているのだという。

このとき、私は口腔外科医師に対して強い疑念を抱いた。
治療過程にせよ、かさぶたを『剥がした』となれば
出血が伴うことは容易に想像できるし、
結果、黴菌が侵入し再び肺炎が起こったらどうするんだろう・・・と。

看護師に詳しい説明を要求しても、
日勤と夜勤が交代したばかりでよくわからない、と言われ
要領を得ずにさらに悶々とする(笑)

こうなったら、主治医に説明を仰ごう。
次の日、主治医に説明をしてもらうよう看護師に伝えた。

おかーさんの口元のガーゼを交換したり、
拭ってあげたりした。

母はクチパクで『ありがとう』と言ってくれた。

時折、苦しそうな表情になる。
呼吸が辛いのか、体が痛むのか・・・・
その辺をどうしてもわかってあげられないのが歯がゆい。
わかったところで、自分にはどうすることも出来ないのも歯がゆい・・・

母は心配そうな表情の私に『大丈夫』とでも言うように
何やら唇を動かし、声は全くでないけど一生懸命しゃべり、
最後に『ニコッ』と笑ってくれた。

次の日。

仕事が終わり、父と一緒に面会へ向かう。
母は寝ていた。おそらく、治療の日々で疲れているのだろう。
看護師さんが点滴の交換に入室して来たので、
主治医と少し話が出来ないか尋ねてみた。

看護師『いらっしゃいますよ、呼んできますね^^』

と、わざわざ呼びに行ってくれた。
しばらくして、病棟医と主治医が来てくれた。

血液の診断結果を携えて、細かく説明してくれた。
肺炎のCRP値はゆるやかに下がっているのでまずまずの結果であること。
肝臓のビリルビンの値も減少傾向にあり危機的状況は離脱できた。
血小板の伸びが悪いこと以外は、比較的良好との見解だった。

昨日の口腔外科処置について、思い切って尋ねてみた。。。

主治医『およそ20日間ほど喉の奥にチューブが入っていたままでしたので、ICUに居たころは乾燥が酷く、口内炎もあり、ひどいただれなどの傷が多数みられました。その治療を施すために、クチを大きく開けてもらわなければならないのですが、口周りにべったりと『かさぶた』があったので、大きく開けることができませんでした。なので、無理やりということではなく、いけるとこまで時間をかけて、ゆっくりと除去させていただきました。放置し続けていても衛生面で言えば悪影響になりますので・・・元々、口角に口内炎があったのですが、主な出血の原因はそこからのようでした。もちろん口腔内も傷だらけだったのですけど、気管切開にしてからはみるみる口腔内のただれは回復してきているので、今は特に問題はないようです。』

はー、聞いてよかった。。。。w
まぁ、病院のすることだからほぼ間違いはないんだろうけど(;´・ω・)
聞いておかないと、どうしても不安になるし。。。

唇の周りが痛々しいのも含め、
口腔外科的治療によるケアをしてくれていたようです。


こちらの質問に対し、きちんと説明してくださるので
お医者様に恵まれたなぁ・・・と改めて思いました。


page4へつづく。



こんばんわ、メソメソです。


母の状態は比較的良好なのに対し
メソメソのプライベートは徐々に
行き詰まりな感じになってまいりました。。。

今月末にダイトウケンタクを退去するべく、
少しずつですが引っ越しの準備を進めております・・・

↓ざくっとしたプランはこんな感じです↓
①おじーちゃんちの掃除しつつ
平日仕事終わって母の面会終了後
押し入れの中身(自分の荷物)をちょこちょこ運び出し。

②土日の午前中のみ徹底的に1Fの遺品整理、ゴミ捨て。
大型家具運び出し。午後は母へ面会のち会社にて仕事。

③おじーちゃんちの2Fは7月入り始めに掃除予定。

④掃除完了後、叔父が勤める会社にリフォーム見積もり依頼。

⑤完全な引っ越しは、母の容態が完全に落ち着いたら決行。


んで、7月からは父の家に居候することになりましたので
持って行くものは着替えとPCとモコちゃんのみになりそうです。

リフォームが終わるまでの間、期間は未定となりますが
父の家にお世話になろうと思っています。

その間に、リフォーム資金を貯めつつ
母の入院費などもサポートしつつ
・・・と言った感じのスケジュールです。

んで、ここからが本題('A`)

やらかしてしまったこととは・・・・、
6/10(土)、掃除をしていたらおびただしい数の
洗濯用洗剤がございましてね。
しかも粉!
箱を空ければ、まぁーガッチリ固まってました。
しかも異臭がします。
洗剤なのにですよ????
何十年も前のやつです。
多分、何かのイベントか景品か
ご近所さん経由でもらったのでしょうね。
『粗品』の『のし』ついてましたもん。

これがほんとにほんとにたくさんたくさんたああああああくさん
目の前に出現してきたわけです。

持って帰るにしても・・・・重たい。
洗剤箱、汚い。

ここで、大きな判断ミスをしました・・・・・・・・

『水で薄めてシンクに流しちゃおっか。』

父に処分の仕方を相談すればよかったものを
あまりの膨大な在庫処分を目の前にして
冷静な判断が出来ませんでした。

これが翌日、ご近所さんを戦慄させてしまう事件へと発展しました。

6/11(日)、AM10時半。
父からメソメソケータイへ連絡が入ります。

父『昨日、じーちゃんちのトイレへ何か流したか??』

・・・・・・・・・・・あ。

・・・・・・・・・・・・・・ああ・・・・・・・・・・・・。

父『ご近所さんから連絡が来てな。なんか、1メートルほど泡がぶくぶくしてるらしいぞ。何したんや??』
メソ『トイレには流してないんやけど、シンクへ洗濯用洗剤を大量に流しました・・・・
父『ああ、それでか!!』
メソ『ほんとすみません、これからすぐ向かいます・・・・』
父『洗剤なんか流したらあかんやろ!常識や!!』


・・・常識なんですね・・・・知りませんでした、ごめんなさい・・・・・
油は固めてポイするのは知ってるし
漂白剤はトイレへ日をまたぎながら少しずつ捨てたことはあるけど。
今まで、粉の洗濯洗剤なんて、捨てたことないし^^;

そもそも、捨てるの勿体ないし使えるなら使いたかったけど
変色してるわガッチリ固まってるわ異臭するわで
使ったら2次災害になりそうだし・・・・・(´・ω・`)

ひとまずバケツとデッキブラシ系を持って、現地へ向かいました。


溝が泡だらけになっているのかな・・・
他のご近所さんが野次馬のように集まってたらどうしよ;
ドキドキしながら向かうと・・・・

メソ『??どこだろ・・・・』
旦那『溝、キレイやなぁ・・・』
メソ『ひょっとして、すでに掃除してくれたんかな!??』
旦那『うーん・・・・あ、ここや。』


ガレージの下にマンホールが3つあり、
そこから泡がブクブクと出ておりました。

2人『!!!!』

不幸中の幸いにして、泡たちの進撃は
おじーちゃんの敷地内だけで済んでいました(>_<)

ウォールローゼが突破された気分になりました。
yjimage[6]
※進撃の巨人より抜粋※

↑の漫画の切り抜きより
現場写真を投稿すればわかりやすかったのでしょうが
現場でかなり混乱していたので、撮影するのをすっかり忘れていました。

水で流すとお百姓の方たちに迷惑がかかるので
家にあったおびただしい数のタオルを用意し
マンホール付近を包囲・・・・
それでも泡の進撃は留まる事を知らず、
タオルの包囲網をくぐりぬけ、溢れ続けていました。

メソ『ど、ど、どうしよう!!ヾ(・ω・`;)ノ』
旦那『しゃーない、コンプレッサー止めよう。』

慌てふためくメソメソをよそに、
冷静にコンプレッサーのコンセントを抜いた旦那。
すると・・・いとも簡単に泡の進撃は治まりました。

メソ『・・・・・・・。』
旦那『浄化槽のコンプレッサー、ずっと止めておくと異臭が発生しかねないんやけど・・・・1日や2日くらいなら多分問題ないと思う。』
メソ『え、そうなん・・・?』
旦那『ここに住んでいるなら、トイレの水だったり食器をあらったりなどの生活排水が出るので、コンプレッサーで圧を掛けながら汚水を浄化させて、水を循環させないとアカンのやけど・・・まだ生活できる状態じゃないし、多分問題ないと思う。ただ、コンプレッサーを長期間放置すれば臭気がでる可能性があるんで、ここで作業をするときは水で洗剤を希釈しながら、毎日1時間ぐらいコンプレッサー回してみて、泡がなくなるかどうか様子を見よう。業者呼ぶのはもう少し後でええんちゃうかな。』
メソ『・・・・うん・・・・・』
旦那『どうにもならんかったら、市役所に相談しよう。とりあえずこんなもんでええやろ』



旦那よ。
なぜそうも冷静で居られるんだ(笑)
物知りで助かるわぁ・・・・・

とりあえずこの作業は昼12時過ぎに完了。。。。
イレギュラーが発生したため、
どっと疲れた1日となりました_(:3 」∠ )_
もう2度と、洗剤を水で流さないようにします・・・・
いい勉強になりました(;´Д`)



今日も読んでいただきありがとうございました┏○))ペコ






父『・・・!?おい、大丈夫か!?』
母『・・・・・、・・・・・、・・・・・っ』


とても苦しそうな表情の母に、
何をどうしていいのかわからず
ひとまずナースコールを押すが・・・
ナースステーションからの応答がない。

父『すぐ呼んでくるからな!』

母にそう言い、ナースステーションを覗いても誰も居ない。

父『・・・・、なんで誰も居おらんねや・・・!』

静かな病棟。人の気配がない。
就寝時間はとっくに過ぎているため、廊下は当たり前のように薄暗い。
yjimage[2]
父は看護師を探し続けた。
すると、緩和ケアから歩いてくる1人の看護師を見つけた。

父『すんません!アラームが鳴ってて。。。診てもらえませんか!?』
看護師『はい!確認します!』


病室へ看護師と入室した時にはアラームは止まってはいたが
心拍数上昇、酸素供給、血圧が低下していた。

看護師は、痰の吸引が必要だと判断。
母に断りを入れ、吸引の処置に取り掛かった。

看護師『・・・・はい、すぐ終わりますよーもう少し、頑張ってください・・・・』
母『・・・・・っ』
父『・・・・・』
看護師『・・・終わりましたよ、お疲れ様でした^^』
母『・・・・(うんうんと頷いた)』

父はホッとした。

看護師『頭の位置はどうですか??』
母『・・・・・』
看護師『ちょっと下げますかー??』
母『・・・・(うんうんと頷いた)』
看護師『はーい、じゃ、少しさげまーす・・・どうですか??』
母『・・・・(苦しそうな表情で首を振る)』
看護師『ん、もうちょっと下げますー??』
母『・・・・(イヤイヤと首を振る』
看護師『下げ過ぎたんですね、ごめんなさい。少しあげまーす・・・どうですか?』
母『・・・・(うんうんと頷き、目を瞑った)』


父『・・・・今、どういう状態だったんですか??ちょっと、よーわからんくて・・・』
看護師『あ、はい。人工呼吸器をつけているかたは定期的に吸引処置が必要になるのですけど、溜まってくると呼吸がしづらくなり、患者さんの心拍数が上昇してくるので、アラームが鳴るんです。アラームの種類はいくつかありますので、まずはモニターをチェックし、どれが原因として一番疑わしいかを判断しています。酸素が正常に供給されるようになったので、奥様はお休みになられたようですね^^』
父『・・・あぁ、そういう状況だったんですね。ナースコールを鳴らしてもすぐ来てくれなくて、結構焦りました・・・』
看護師『そうですよね、申し訳ありません(>_<)必ず誰かはナースステーションに1人常駐していなければならないのですけど、今日は3人しか居なくて・・・・言い訳をするつもりではないのですけど、たまたま全員出払っているときにナースコールが鳴り、対応が遅れてしまいました(>_<)お母様はご自身でナースコールを押すことができないので、他の患者さんより優先して診ては居るのですけど・・・・コールが被ってしまうと、迅速な処置が非常に難しくて;;;』
父『たった3人なんですか!!それは忙しいですね(>_<)』
看護師『看護師不足が深刻でして、病棟は何人もの患者さんを掛け持ちで看なければならないので、特に続かない人が多くて;;;不安にさせて本当に申し訳ありませんでした(>_<)』
父『いえいえ・・・大変ですね、看護師さんも・・・・』
看護師『なるべく迅速に対処させていただきますね!ではまた何かありましたら仰ってください。失礼しますm(_ _"m)』
父『どうも、ありがとうございました┏○))ペコ』


父は、看護師さんが出て行ったあと
母の顔を覗くと・・・・起きていた。
さっきの会話を聞いていたのだろう。
しきりに何かしゃべりたそうにクチを動かしていた。

母『・・・・・、・・・・・・。・・・・・・・!』
父『・・・・ん??もう一度呼ぶんか??』


母は首を振り、しきりに何かを説明する。

父『・・・・・?』

母は視線をドアの方へ向け、さらに何かを説明した。

父『・・・・ひょっとして、帰れって言ってるんか?』
母『・・・・(うんうんと頷いた)』
父『お前、しんどくなっても自分でナースコール押せやんのやぞ?』
母『・・・・・』
父『傍におるから、もう休め』
母『・・・・(首を振り、か・え・れのクチの動きを繰り替えした)』
父『・・・・・わしが居ると、休めんのか??』
母『・・・・(うんうんと頷く)』
父『・・・・わかった。泊まらなくても大丈夫なんやな??』
母『・・・・(ニッコリと頷いた)』
父『じゃ、今日はこれで帰るわ。また明日来るからな。』
母『・・・・・(目を瞑る)』



父は、深夜2時ごろ帰宅したようだった。
次の日、会社にて私に昨日の出来事を話してくれた。

母は、ナースコールを押せない体でも
家族に頼ろうとせず病院側を強く信頼し、
『私の事はいいから休んでください』とでもいうように
この日を境に家族との長時間の面会を拒むようになった。



page3へつづく。





こんばんわ、メソメソです。


連日の雨ですっかり参ってしまいました。
5月病だの6月病だのと世間では騒がれてる(??)ようですが
現在、私はこの病にかかっているのかは謎です(笑)

でも、まー寝ても覚めても体は常に重くてだるいっす!!
ひょっとしてもう梅雨入りなのか??
そいやニュースで梅雨入り発表してたような。
むう、気のせいか??

そして今日は金曜日。
プレミアムフライデーはツキイチに訪れますが
個人的には毎週金曜日はプレミアムな日でございます❤

毎週大したイベントはなく
ただ単純に
『明日から連休やー ヴぁんざーい!!』
といった心情でございます(*ノωノ)

仕事終わってから母に会いにゆき、
その後は旦那の実家でご馳走を頂いてまいりました!

今日のお夕飯はコチラ。
DSC_0484
はんばーぎゅ定食❤
マカロニサラダ付き❤
ご飯はべっちゃり柔らかめ❤←

実は私、ご飯は「かため」派。←←

ご飯のおかわり勧められても
『すいません、もうお腹いっぱいで(*ノωノ)』
とゆーひねりも減ったくれもない返事をして無難に回避!
コレナイショノハナシナノデアシカラズ!

今回ははんばーぎゅ定食でしたが
お義母さんは揚げ物がホンマに上手なんです。
すんごい絶品。
特にヒレカツ最高!!
冷めてもおいしいってどーゆー作り方してるんだ?
私は揚げ物食べるのも作るのも苦手なんだけど、
お義母さんの揚げ物はマジでハシがススム!!

うまし。
ご飯を美味しく作れるお義母さん、マジ神ってます。


今日も読んでくださりありがとうございました!









無事に引っ越しが済んでからその日は、
レントゲン撮影、エコー、CT、人工透析、体のマッサージケア等々・・・
母にとってはイベント盛りだくさんのめまぐるしい1日となった。

私は引っ越し当日、病棟医から心配停止した時の話を聞き終え
母が落ち着いて病室へ戻ったのを確認してから会社に戻り、
病棟医に言われたことを報告し、相談をした。

報告は心配が停止したときの対処方法や検査の概要、結果。
相談内容は、強制ではないが今夜家族の誰かが
母の病室へ泊まることが可能であれば
傍についててやってほしい、と言われた事だった。

病棟医は私に言った。

病棟医『今まではICUで24h、患者1人につき1人の看護師がついていたので手厚い看護が出来ていたのですが・・・ICUに比べると看護師の人数が極端に減ってしまうので、日中は看護師1人がおよそ5~6人の患者を兼用で看ることになります。お母様は特別観察室で治療しているので、他の患者さんよりは優先して診てもらえる状況下にあります。1時間に1度の頻度でお伺いすることになるのですが、夜になると、看護師の人数がさらに減ってしまうのでなかなか来ることができない可能性もあるんです。お母様は声が出ず、腕を動かすチカラがないため、用事があってもナースコールを押すことが出来ません。センサーで拾うにしても、チカラが弱すぎるため反応しないのです。お母様はひょっとしたら不安に思うかもしれないので、ご家族の誰かが傍についていてくれれば、万が一看護師がなかなか来れない状況下になっても、多少は心強いかと・・・』
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・・・そっかぁ、そういう状況なんだ・・・
ナースコールが押せないなら、確かに不安がかなり大きい。
息が苦しくなっても、ただ待つしかできないのだから。

【人工呼吸器のデメリット】
・痰が定期的に溜まる。

気道がふさがってしまい、息苦しくなる。

詰まってしまう前に除去。

吸引している間は呼吸ができない。

患者の苦しさは変わらない・・・。

除去後は、気道確保ができるので呼吸がしやすくなる。

また、痰が溜まる。

繰り返し・・・・・
「痰吸引」の画像検索結果
こんな感じで処置していただいております・・・。





吸引している間は、心拍数が上昇している。
チューブを取り外しているためアラーム音が鳴り響く。
装着している間は、これが延々と続く・・・・(>_<)

また、人工呼吸器を装着しているとはいえ
母も多少は自発呼吸が出来ている状態なので・・・

・時々、人工呼吸器と喧嘩する。

つまり、規則正しく酸素を送り続けている人工呼吸器に対し
母の自発呼吸とタイミングが合わず、苦しくなるようで
眉間にシワがよることがしばしば起きた。

息継ぎのタイミングがうまくできないのだ。

水面はすぐそこに見えているのに
顔を出したくても出せない状況に陥るのだろう。。。

想像でしかないけど(´・ω・`)
こんな状態でどうやって寝るんだ・・・・


・ベッドの角度によって息苦しさが変化する。

チューブが正常な状態(屈折していない状態)なら
酸素供給は安定しており、痰が詰まらない限りは
息苦しさはさほど感じ無いようである。

が・・・・、

ベッドの上部を上げたり下げたりしたとき、
チューブが屈折してしまう事があるようで
操作をするときは充分に気を付けなくてはならない。

少しだけベッド上部を上げた状態のほうが
母は落ち着いて寝ていられるようだった。






父がこの日、泊まることにした。
看護の観点では何もできないが、
母の異変に気づけばすぐナースコールを押してやれるから・・・
理由はそれで十分だった。

仕事を終えて、風呂と食事を済ませ
病室へやってきた父。
特に何をするわけでもなく、
ただ、看護師の処置を眺めていたり
母に言葉少なに語り掛けていたようだ。

夜はどんどん更けてゆき・・・
父もうとうとし始めた頃。


けたたましいアラーム音が病室中に鳴り響いた。


page2へつづく。


こんばんわ、メソメソです。

今日は『患者の家族の在り方』について
私の独断的価値観を話したいと思います。

というのは・・・・

母が集中治療部で治療を受けている際
面会申請をして呼ばれるまでの間、
家族待機室に居なければならないのだが
病院の事をとても悪く言う人が何組も居たので
聞いてるうちに段々腹が立ってきたからである。
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まぁ、結論から言えばこの記事は
『病院に対して愚痴を延々と言っている人をディスった内容』
となるため、興味の無い方は華麗にスルーお願いします(*'ω'*)

それでは、早速参りましょう。

文句を言い続けているご家族様にお尋ねします。
あなたたちは、
自分の家族の病気を
どこまで理解できていますか?


これが病院の悪口を言う家族へ対する一番の疑問。
私たちの世代なら、今やインターネットの普及に伴い
ありとあらゆる情報が網羅されているため、
正確な情報か否かは別として『自分で勉強することができる』。
大体文句を言う人たちって、70代以上??の方が
比較的多いような気がする・・・・。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
『やっぱりここの病院はアカンで。』
・・・?何がアカンのですか?

『ここに来てから一段と悪くなったわ。』
・・・・どんな病気か知らんけど、じゃあ
他の病院だったら治るって言いたいの?


『一生懸命説明してくれるけど、よーわからへんねん。』
・・・わかってないなら医者のやることに文句言うなよ。

『若い先生多いし、大丈夫なんやろか。』
・・・まぁ、そこは同感やけど。
でも、ウチの主治医は若いなりに
一生懸命対応してくれてるけどな~。

『なんせ待たせるよな。はよしてくれたらいいのに』
適当な処置されるより全然良いと思うけど?
医者の数より患者の数のほうが圧倒的に多いし、
大学病院なんやからしゃーないやん。
同じ待つ身なら患者のほうが体しんどいわけだし、
自分ら優先で物事を考えるのいい加減やめたらどう?

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

説明してくれてもよくわからない、とか
いつまで待たせるんだ、とか
薬ばっかり出されて一向に良く治らないとか、
このあたりの愚痴がとても多かった。

病気って患者によってさまざまなケースがあると思うし
その人に合った治療法、薬物が見つかればいいのだけど
なかなか一朝一夕では行かないことのほうが多いと思う。

すべての医師に該当するかどうかはわからないけど
だいたいの医師は丁寧に説明してくれる人が殆どだと思う。
なるべくわかりやすく、砕けた言い回しで。
患者の家族に対しても親切に対応してくれていると感じている。
邪険にされたことない。
カンファレンスでも上から目線ではなく、
常にありのままをお話ししてくれているので
内容によっては精神的につらいこともあったが・・・
それでも、母の主治医はとても誠実に、
前向きに治療をしてくれていると実感している。


でも・・・大きな病院であればあるほど・・・
本当にいろんな先生が在籍しているので
医師対患者の相性の問題は、少なからずあると思う。
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主治医に心無いことを言われ、
治療に前向きになれないとか。

言葉足らずな説明に納得がいかず、
高額な治療を強いられ病院を変えたいと思ったりとか。

担当看護師がガサツで、
とにかく落ち着いて行動してほしいとか。

いろんな要素を含んでの、
セカンドオピニオンなんだと思う。

要は、この病院で治療はしたくないという結論なのだろう。

私たちもこのセカンドオピニオンについて、
相当揉めたものである。

父はセカンドオピニオン派。
私は反対派。
父がセカンドオピニオンを希望する最大の理由は、
『肺炎になったのは医者のせいだ』と強く恨んでいることと
主治医の年齢が圧倒的に若く、頼りないと思っていることにあった。

この病院で果たして良いのだろうか。
第一任者の居る、他府県の国立がんセンターへ行くべきではないのか。。。
おかーさんの病気を治したい。でも・・・・
他府県の病院だと、一緒に居られる時間が極端に減ってしまうし
この間のように、すぐ来てくださいと病院から連絡が来ても
他府県だとすぐに行ける距離でもない。

病院を移動するかどうかについては
まだ結論が出ないままである。

私は、父を含め病院の対応について文句を言う事しかできない
家族様にヒトコト、申し上げたい。

人間の体に潜む『病気』は、カラダが生きている以上
『病気』だって生きているんだと言う事を意識し、
病気は現在進行形であることをまずは認識しておくべきだ。と思う。

早期発見、早期治療を行い・・・・
良くなっているにしろ、悪くなっているにしろ
『現在進行形』であるのは間違いないと思っている。
何故なら、患者の体は『生きている』のだから。

では、病気は死なないのか?
私は、カラダが死ねば病気も死ぬと考える。

数値は安定し、退院をして普通の生活ができるようになっても
なりを潜めているだけで、病気が大人しくしているだけで
体の中に存在し続けると思っている。

私は今健康だけど、
自覚症状がない(気づかない)だけで
ひょっとしたら病魔が息を潜めているかもしれないと思っている。

だから、毎年健康診断に行く。
健康診断で見つかった時には、ひょっとしたら手遅れなのかもしれない。
治るかもしれない。予防できたかもしれない。

かもしれない、かもしれない、カモシレナイ。

ぜーんぶ、後付け。
結果論。

この病院に居なければ、
母は人工呼吸器をつけるほどまでに
容態は悪化しなくてすんだのか??

他の病院だったら良かったのか??

違う医師が担当していたら、
母はこの場に居なかったかもしれないのに??

肺炎になったことを病院に対し責めるなら
家族の健康について普段からどんだけ気にかけてたんだよ。

おかーさんが元気な時は、特に気にかけてなかったじゃん。
おかーさんが具合悪い時、会社早退させなかったじゃん。
まったく心配してなかったわけではないのだろうけど
なんで口内炎がどんどん酷くなっているのに
無理に病院連れて行こうとしなかったんだよ。
顔めっちゃ青白かったやん。。。。

言い出せばキリがないよそんなもん(笑)

父ばかり責める私も同罪である。
日ごろから母に甘えてばかりで想いやってやれなかったから
病気にどんどんカラダが蝕まれていくのを見過ごしてしまった。

悔やんでしょうがない。
誰を責めようもない。
なるべくして、成った事。

だから、私たち家族にできることは
病院を責める事でも、悔やむことでもない。

主治医の話をきちんと理解し
病気を真正面から受け止め
病気に負けまいと治療に励む患者を全力でサポートすること。

納得した上で、治療にのぞむことが一番重要だと感じた。

文句言って治るんなら、
いつまででも文句言い続けてやる。

でも、母はそれを望んでいない。
母は、高望みをしない。
ただ、生きてさえいれば幸せ。
そう考えることができる人なんだ。

だから、私は誰かのせいにするのを卒業した。
先生の話をしっかり聞き、理解し、
病院の言いなりではなく、後悔のないように治療をしてもらいたい。
時間を許す限り、私は母のチカラになるように支えたい。



独り言にお付き合いくださりありがとうございました┏○))ペコ




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
当記事に関してですが、実際の体験を元に
書いておりますが、私の誤解により事実と
異なる記述があるかもしれません。
気になる箇所があった場合は訂正しますので
個別にご連絡お願いいたします。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


こんばんわ、メソメソです。

今更ですが・・・・
今回は入院保険について少しだけお話しさせてください。
あと、高額医療制度についても記述しておきます。


高額医療制度とは!

医療費が高額となった場合に、患者の負担を軽減する制度。暦月(月の初めから終わりまでの1か月間)で、医療機関や薬局の窓口で支払った医療費の自己負担が一定額を超えた場合、超えた金額が健康保険組合などの公的保険から支給される。ただし月をまたいで医療費を合算することはできない。給与所得者などが加入する健康保険自営業者のための国民健康保険など公的医療保険制度に共通の仕組みで、支給額は加入者の年齢が70歳以上かどうかや所得水準によって異なる。たとえば、70歳未満で一般的な所得(月収53万円未満)の人の場合、1か月の医療費が100万円かかり、そのうちの3割(30万円)を窓口で自己負担した際に、実際の負担上限額は8万7430円で済み、21万2570円が高額療養費として支給される。直近1年間で3回以上高額療養費の支給を受けると、4回目からは自己負担の上限が4万4400円にさらに下がる。同じ月であれば複数の医療機関の自己負担額を合算でき、同じ世帯に住むほかの人(同じ医療保険加入者)の自己負担額を合算して支給を受けることも可能である。ただし、入院時の食費や差額ベッド代(個室代)、先進医療にかかる費用などは対象外である。
 高額療養費制度を利用するには、健康保険組合などの公的保険に支給申請書を提出しなければならず、支給までに3か月程度かかる。診療を受けた月から2年間は、過去にさかのぼって支給申請できる。血友病の因子補充療法や人工透析など、高額な治療を長期間続けなければならない人には、個人負担上限を1万円とする支給特例がある。事前に「限度額適用認定証」か「限度額適用認定・標準負担額減額認定証」の交付を受けて医療機関に提示すれば、自己負担額を超えている分について、医療機関に支払う必要はない。なお、毎年8月から1年間にかかった医療保険と介護保険を合算して高額となる場合に、その負担を軽減する制度として高額医療・高額介護合算療養費制度がある。[編集部]

ふー^^;コピペ感満載な文章ですけども
読むのだけでも億劫になりますね。
yjimage[6]
そんな貴方に要約すると!

つまり!対象となる人の所得や年齢に応じて限度額が異なり
限度額が超えると支給は数か月後になってしまいますが
ちゃんと払い戻しがあるっていうありがたい制度なんですね。

これは社会保険事務所に申請を出しました。
必要書類は自宅へ送付してもらい、
申請は入院して1か月経ってしまいましたが
ちゃーんと入院日から現在に至るまで適応できたようです。


請求金額みるだけで心臓麻痺が起こりそうですね。。。
yjimage[9]
ちなみに皆さんは自分の保険について、どのくらい把握されていますか??
私は・・・保険の事って、ぶっちゃけよくわからないことが多いし
何よりもめんどくさいし・・・どうでもいいやと言わんばかりに放置しておりました。

そもそも、
いい歳なのに
親に任せっきりで
無知ときた!!


本当にお恥ずかしい限りです。。。

わからないまま放置している間にも、
母の病気は進行し
通院で治療が始まり
入院して退院の目処が立たず・・・・、
肺炎を患い集中治療部へ緊急処置を施さなければならなくなり
人工呼吸器を装着、約1か月寝たきり生活・・・
今では自分の体を自由に動かすことが出来なくなってしまいました。

忙しいのを理由に大事な手続きを怠ってしまったことにより
母の直筆サインが必要な書類の提出が出来ず
すごく手間がかかり、結果苦労することになってしまいました。


準備って本当に大事です。
まず・・・・

母は『かんぽ生命』と『アフラック』に加入しています。
いずれも、入院保険や生命保険、がん保険などに入っているのですが
給付金をもらうためには『医師の診断書』が必要となり、
1通につき発行手数料4千いくらほどかかり、
しかも基本的には退院の目処が立たないと
給付金が受け取れないとゆー
仕組みのようです。。。。

まぁ、苦労はしましたが結果、受け取ることはできましたw
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ジェバンニは一晩でやっちゃったかもですが
メソメソは2週間以上かかりました(笑)
その経緯に至るまでをなるべく詳しく書きますね。



私のバヤイ。
※一時給付金を貰えるまで※

①保険窓口に提出するための医師の診断書を貰いに病院窓口へ向かう
②診断書を書いてもらうための『申込書』を書く
③約1時間ほど待たされて窓口で案内されるも、退院日が決まっていないので門前払いされそうになる
『病名が確定すれば一時給付金が貰えると保険員から聞いた』と必死で訴え、なんとか書類を押し付ける
⑤『お母様の直筆サイン』を求められ、集中治療部で処置中のため意識がなく提出できないと答えると・・・
⑥『診察券』の提出を求められ、本当に入院しているのか確認をするため数分待たされた
⑦確認がとれたようなので、『診断書』が出来上がるまでに2週間かかるらしい。出来上がり次第電話をくれるようだ
⑧受け取る際、母の直筆のサインがないので娘であるための証明『戸籍謄本(抄本?)』が必要になるので必ず持参をするようにとしつこいくらい言われた。あと、私の身分証明書と引換書も。
⑨2週間以上経過し、ようやく電話が鳴ったので取りに行った。待ち時間は相変わらず長かったが、無事に受け取ることが出来た。
⑩受け取った診断書、保険給付請求書、母の保険証のコピーを同封し、保険会社へ書類を送る。
⑪10日後、指定口座へ一時給付金が振り込まれた。(100万円)


今回すぐ貰えたのは一時給付金なのですけど
これは病名が確定したから貰えた給付金でした。

本来は退院日が決まらないと保険金はもらえないのだそうです。

しかし、長期入院となると・・・・
お金なんてすぐなくなっちゃいますよね^^;
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には行きませんよねー。。。。

なので、長期入院の場合は
発行手数料が都度かかってしまうのですが
1か月単位で診断書を発行してもらい、
保険金をいただきながら不足分は自己負担で
支払われているケースが多いのだそうです。

つまり、私が当記事で言いたいことは・・・・、

本人が元気なうちに必要な書類にすべてサイン!!
受けられる保険をできる限り把握しておく!!

もう・・・本当コレに尽きます。。。。

後回しになんて絶対にしてはいけません。
放っておくと、
大変なことになりますよ。





今回もお付き合いくださりありがとうございました┏○))ペコ






こんばんわ、メソメソです。。。


以前書かせていただいた記事、覚えてらっしゃいますでしょうか。。。

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記事『ダイトウケンタクの管理物件に住んでます』
http://kanngaetudukeruhibi.blog.jp/archives/1864919.html



これこれ。


あれからン十年・・・・も経ってませんが、
その後の経過報告としまして。

GW明けてすぐ電話来るかと思いきや、
電話の1本もなし!

その代り、1枚の封筒が手元に届きました。

『契約駐車場解約につきまして』


・・・・・


・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・


ぅをいっ!!!!!

どこにも謝罪の文章がないんですけどおおおおおおおおお

書面一枚で解決した気になってんですね。


は~~~~~~ったく。。。。。。。


とりあえず、駐車場代5000円を引いた金額を日割り計算で
引き落としますっていう内容でした。

とにかくもう、こんなとこに1円たりとも払いたくねー

とゆわけで!6月いっぱいで退去します!!
人生何度目の引っ越しなんだろ(笑)

その後はおばーちゃんちをリフォームするまでの間
ウチの実家に居候する運びになりました。

まぁ、おかーさんがまだ入院中なので
引っ越しはまだまだ先になりそーですけども。

昔からの言い伝えで、家族が大病を患っている間(入院含む?)は
引っ越しをすると良くないことが起きると言われているらしいです。。。

本当の理由はよくわからんのですが
恐らく看病を疎かにしてはいけないので家族を優先して看病しましょうってゆー
意味合いだと思っているのですが・・・・・、
本当の意味をご存知の方、ぜひご教示お願いいたします┏○))ペコ


本日もお付き合いありがとうございました!





5月31日(水)。

この日は母の集中治療室卒業式!
おかーさんはベッドに横たわったままお引っ越し。
でも、ちゃーんと意識はある!

午後2時、私は病棟で必要なものをすべて携え
母と一緒にベッド専用エレベーターへ乗り込み
約1か月ぶりの無菌病棟へ戻ってきた。


『おかえりなさい!!お久しぶりですね^^』
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無菌病棟のスタッフの方々が、口々にお迎えしてくれた(*'ω'*)
良かった。本当によかった・・・・


約1か月、母にとっても家族にとっても・・・
何度も苦しい死線を乗り越えてきた。
それが今、母は上り調子にある!
ゆっくり、ゆっくり階段を踏みしめて登っている!

だけど・・・・、
やはり心配なのは肺の機能がこれ以上悪くならないようにと言う事と
本来の病気である『骨髄異形成症候群』がどのくらいまで進行しているのか・・・

ICUにて呼吸を完全に確保するために、
肺炎を治すべく強度な薬を長期期間にわたり服用したため
副作用として多臓器不全を併発、肺の硬質化・・・神経障害。
臓器が弱っているのに抗がん剤治療などできるはずもない。
体をうつぶせにできないのだから骨髄検査も当然、できない。
芽球がどのくらいまで増えているのか。
ひょっとしたら、すでに急性白血病になってしまっているんじゃないのか・・・
WT-1の値は・・・・?

・・・・・、
言い出せばキリがないのはわかってはいる。
現実に引き戻すのは、いつだって医師の言葉なのだ(>_<)

嬉しい気持ちも束の間。
病棟医から『心肺停止』したときの対処法について説明を受けた。

病棟医『万が一、心配が停止すれば・・・の話なのですが、通常なら気道確保を行い心臓マッサージを行うのですけど、胸元へかなりチカラ強く圧力をかけるんです。大袈裟な話ではなく・・・・中には内出血をするかたもいらっしゃるんです。お母様の場合、内出血をしてしまうと・・・血小板数値が低いため、出血をさせてしまう可能性のある処置は出来ないんです。仮に心臓が蘇生したとしても、今度は出血多量で・・・・と言う事になりますので、ご理解いただけますでしょうか。』
メソ『・・・わかりました。でも、そうならないように全力を尽くしてください。私たちも、協力できることは何でもやります。話は充分、理解しました。でも、声に出して言えば本当にそうなるような気がするので、家族としてはあまり考えないようにしたいのです。自分のココロが参ってしまうと、母を応援できなくなってしまうので・・・』
病棟医『お母様もメソメソさんもとても前向きなかたで、本当に助かります。課題が沢山あって大変ですが、時間をかけてでも着実に快方へ向けて頑張っていきましょう。』
メソ『先生、今後ともよろしくお願いいたします』
病棟医『こちらこそ。』


医師だって、できる事なら良いニュースを伝えたいに決まっている。
でも、現実をちゃんと伝えておかなければならないのは
『患者』にもしものことがあったら『遺族』に訴えられてしまうからだ。
医療ミスだのなんだのと、騒がれかねない。

私は母を外来へひとりで行かせたことを今でも後悔している。
だから、私は医者ではないけど母と一緒に歩み
病気の事を理解し、医師の説明を聞いて少しでも理解できるように
予習・復習をして、いかに母にとってプラスになるのか・・・
医師や看護師ともよくコミュニケーションをとり
情報提供をしてもらおうと思っている。

私にできることは、すべてやりたい。
おかーさん、何にも心配しなくていいからね。
幼いころ病気がちだった私を、寝ないで看病してくれたこと忘れてない。
次は、私がおかーさんを助ける番。
お医者さまじゃないから医療的な事は何もできないけど
おかーさんの病気がこれ以上悪くならないように
全力を尽くすからね。

さあ、次はリハビリとの闘いだ!!









以上を持ちまして、SEASON1-集中治療部編-は終わります!
↑今、サブタイトル付けました(笑)\(^o^)/

とてもヘヴィな内容となってしまい、
読むのが大変つらかった方も多かったのではないでしょうか。
それでも変わらず拝読いただけました事・・・
私自身の励みとなり、ここまでブログ更新を頑張る事が出来ました。
本当に・・・・心より、感謝を申し上げます。

モコ『これからも応援頼むでっ!(ぺこり)』
シーマとモコ (7)
引き続き、6月から母のなが~~~く険し~~~~い
無菌病棟にて治療が始まる訳ですが、
集中治療部に居た時ほど、あまり環境がめまぐるしく
変わることが無い(といいな笑)事を祈りつつ、
母に関しての更新頻度が減ってしまうかもしれませんが、
息抜きに適当な記事をアップするので
その辺はサラっと読み飛ばしてください\(^o^)/



それでは、SEASON1ご愛読誠にありがとうございました┏○))ペコ






気管切開翌日の面会。

未だかつてないほど、ご機嫌な母。
なにやらクチパクで訴えており、
話し終わった後、最後に『ニコッ』と頻繁に笑うようになった。

母『しゃべれないだけでめっちゃ元気やで!心配するなよ!』
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周りに元気を与える母。
本当に尊敬する。私はあなたの娘で良かった。

気管切開後から少しずつ治療方針が変わり始めた。

まず、24h回し続けていた人工透析を、各日で行うようになれたこと。
薬を使わずとも血圧が安定してきているので、
通常の患者のような透析処置でも、充分な対応が可能となった。

次に、呼吸サポートを施すのに使われていた
おびただしい数の薬の使用を停止できたこと。
沢山ぶら下がっていた点滴袋は、明らかに数が減った。
薬を使うと必ず何らかの副作用が出るので、
薬の使用頻度を減らし、体内臓器の回復を優先させるためであった。

さらに、皮膚にも変化が現れ始めた。
肝臓のビリルビン値が高かったのだが、薬を止めたことにより
数値が徐々に減少。黄疸が目立たなくなってきたのと、
クチ周りに酷い血のりが付いていたのが
少しずつ剥がれて来ていて、新しい皮膚が再生し始めていた!

つまり、気管切開にしてから母の負担が減ってゆき、
薬の量を減らすことができたおかげで・・・・
肺以外の臓器が、
少しずつ回復してきていた!!( ;∀;)


ICU担当医『お母様の呼吸器のサポートはこれで以上となります。あとは病棟に戻っていただいて、まずはベッドにもたれた状態で体を起こすなどのリハビリから始まるでしょう。もうすぐ集中治療部から出られますよ^^』

現代の医学では、固まった肺を治す方法は移植しかない、との事。
これ以上肺が悪くならないようにリハビリ療法を以って阻止、
圧を徐々に下げ、自発呼吸を促すよう最善を尽くしてくれることになった。

病棟でも集中治療部でも同じ療法を施すため、
より長い時間家族と居られるように病棟への移動が決まった。

・・・裏を返せば、これ以上集中治療部の処置は打ち止めとなる。
つまり、これ以上呼吸状態が悪くなってしまうと・・・
手の施しようがないことを意味していた。

母は少しずつ回復してきているとはいえ、
専門的にはまだまだ低空飛行状態だと言われている。
いつまた急変してもおかしくない・・・・と。

不安がらせるようなものの言い方にいい加減辟易していたが、
それはあくまでも『万が一』の話であるし
入院している以上は避けられない事実な事も理解している。

でも、私は集中治療部を出れることが素直にうれしかった。
ひとまず、最悪の危機を脱出できたという実感が沸いたから。
面会時間を気にすることなく、いつでも母に会う事が出来るし
病室に寝泊まりだってできるようになるのだ。
何よりも母の大好きな奄美の曲を聴かせてあげられるようになる。

体を動かせるようになるのはまだまだ先になるけれど
耳は聞こえるし目もしっかりと見えているようなので
アルバムやラインを見せたり、おかーさんの好きな曲をかけながら
今後も治療に励んでもらいたい。

あとは、喋れないおかーさんの要望をいかに理解できるか・・・。
私たち家族にとっての最大の難問である!(>_<)


最終回『ただいま!無菌病棟!!』へつづく。





5月23日(火)、気管切開まであと1日。

今日も意識は薄かったものの、
モニターを見る限りでは平常値だった。
寝顔も、比較的穏やかに見えた。

メソ『・・・・ん?』

おかーさんの周りに何か違和感があった。
なんか、機材が少ない・・・?

メソ『・・・・あ!!』

人工透析の機械がない!!

メソ『おかーさん!人工透析卒業したんか!!』
母『・・・・・(寝ている)』
メソ『明日の切開に備えてるんやね!お疲れさまやったね(*^^*)』
母『・・・(寝ている)』
メソ『ああ、だから血圧こんなに高いのかぁー(150/80?くらい)』
母『・・・・(目を開けた)』
メソ『あ、おかーさんおはよう!起こしてごめんね』
母『・・・(また目を閉じた)』
メソ『・・・明日は大仕事なんやし、体力温存しておいてね・・・』
母『・・・(寝ている)』


ICU担当医の本日の話の内容は、
明日の気管切開のスケジュールと
全体的な薬の強度の緩和及び停止、
血圧の薬の投与停止、
人工透析も停止し、容態を観察中とのことだった。

人工透析については、各日で行うものとし・・・
通常外来で処置を行う方針に決まったようだ。

メソ『明日は家族待機必要でしょうか・・・?』
ICU担当医『いえ、特に必要ないですよ。血小板が届き次第、ころあいを診て処置を開始しますので・・・時間を決められないのです。30分ほどで完了しますし、血小板を輸血しながら、止血に関しては電メスを使えば問題なく行けると思います』
メソ『わかりました。明日はよろしくお願い致します。』


病院側の準備は整ったようである。
あとは、母の体力次第・・・・。

きっとうまくいく。
大丈夫・・・・・・!
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気管切開当日

この日も、2時からの面会へ向かった。
人工透析を昨日、今日と休止しているが、
数値を見る限り、致命的なほどの毒素は溜まっていないようだった。
心拍数、脈拍、酸素濃度は共に安定。
血圧の薬は今日も投与なし!
血小板は、午後3時前後に届くようだった。

附き添おうかな・・・と思ったけど
仕事の合間に抜けてきたので、いったん戻ることにした。

夕方18時、仕事帰りに父と弟が面会に行ってくれた。
気管切開は無事に終了し、
数値的にも容態は落ち着いている・・・との事。

クチまわりがとんでもないほどのキズ跡になっていて
痛々しそうだったが・・・・
管が外れた分、少しだけ母の負担が軽くなったように思えた。
↓イメージ画像です↓
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しゃべれないのは相変わらず・・・だが(>_<)

肺が固まっている、とのお話だったので
肺移植でないと完治はない、と断言された。
年齢や今の容態の事を考えると、肺移植はもはやハイリスクでしかない。
人工呼吸器を一生外せないかもしれない、と言われたが・・・
これまで何度も奇跡を起こした母なので、
時間はかかるけれど、人工呼吸器をいつか外せる時が来ると信じ
快方に向けてリハビリを頑張る母を応援していこうと誓った。

まずはベッド上部を起こし、
もたれたままの姿勢を維持できるか。

そして、ベッドサイドに座ることが出来るか。

ベッドサイドで立ったり座ったりなどの練習。

これらができるくらいまで筋力が回復してくれれば
車いすでの移動が可能となるし、
食事制限はあるだろうが、院内をお散歩くらいは
できるようになるのではないだろうか。

ICUへ入室して20日が経過した。
最後の試練を無事に乗り越えることができた母。
・・・・・ICUを出る日も近づいてきている!


つづく。


会社にはカレンダーが沢山あるんだけど
コレはそのうちのひとつ。
主に、母のスケジュールを書いたりしていた。
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病気が発覚する前、、、
おそらく、今年の1月か2月くらいに書き込んだもの。
母の直筆(笑)

この日を、とても楽しみにしていた。

奄美の姉さんたちがこの日、上京してくる日。
本当なら大阪で待ち合わせをして、
神戸にいる叔母に会いに行ったり大阪ウロウロしたり
1週間くらい休んで遊び倒す予定だった。

母『メソメソ!この日からしばらく休むからね!!』
メソ『いいなぁー楽しんでおいで( *´艸`)』

ウキウキしながらカレンダーに書き込んでいたあの日。
あの日に戻れたらいいのに・・・・
もっと前に戻れたらいいのに。

集中治療室で、治療を頑張り続けている毎日。
容態は、一進一退の繰り返し・・・・
良くなっているところもあれば、悪くなり続けているところもある。

父と仲直りした翌日から、私が2時の面会に向かい
ICU担当医の話を聞く。

人工透析で毒素は抜けているけど
肝臓のビリルビンという数値がすこぶる悪い。
黄疸が目立つ。
意識が薄い。。。。
血小板が絶対的に低い。。。
肺の細胞が固まりつつあり、
この先2度と人工呼吸器を手放せないかもしれない。

良いことと言えば、白血球数値は上がり続けていること。
これで、少々のウイルスが体内に入っても抵抗することができ、
常在菌をコントロールすることができる。
血圧をあげる薬を入れずに自分のチカラで
正常値の血圧を維持できるようになった。

そして・・・・気管切開の日程が決まった。
5月24日(水)。
母の血圧が落ち着いていることが絶対条件で、
血小板輸血をしながら30分ほどで装着は完了するとの事。

これが、母によって最期の山越えとなるでしょう・・・と言われた。



つづく。






病棟医『それで、メソメソさんのご相談とは・・・?』
メソ『・・・はい。実は、父の事なんです。』


私は、父について語った。
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母が集中治療室に入ってから、
日に日に、元気がなくなって行く事。

母の事で頭がいっぱいで、食欲がなくなって行く事。

携帯がとても気になり、寝ていてもすぐ目が覚める事。
携帯が鳴っていないのに、鳴っているような感覚に陥ってること。

2時からの面会へ出向く足取りが、とても重たいこと。
面会の度に、泣いてしまう事。
ICU担当医の話の内容をすべて悪いほうへ捉えてしまう事。

大好きだったゴルフをやる気力が無くなっていること。
母がいつも座っていたソファを見ては、涙を流している事。
いつも母と一緒に寝ていたので、ベッドが広く感じて泣いてしまう事。

仕事関係で母の話が出ると、声が詰まり話せなくなってしまう事。
仕事の経営に頭を抱えている事。
自分の母親(メソメソの祖母)の容態が思わしくない事。

そんな父の姿を見て、
一緒に住んでいる弟も空気にあてられてしまい
父の悲しみが伝染してしまっている事。


私の知っている現状を話すことは、
身内の恥を晒すようで心苦しかったが・・・
父と弟の不安や悲しみをなるべく改善させたいと思い、
病院側にも協力を申し出たくて、言葉を選びながらゆっくり話をした。

協力要請は、2つのみ。

【緊急時は私へ連絡する事】
睡眠不足はかなり深刻だった。
まずはゆっくり寝てもらいたい。
携帯が気になるようで眠れないのも一つの要因なので
母に関しての緊急な用事がある場合、父の携帯へ連絡をしてもらっていたが
それを1番は私、2番目は父、3番目は弟にしてもらった。
ワンクッション置くことで、少し心の余裕ができるような気がした。


【深刻な話の回避】
昼2時からの面会は、今までは父に行ってもらっていたが
今後は父に代わり私が参加することを表明した。
ただ、仕事の都合上・・・どうしても私が行けないときは
父が向かう事になるのだが、その時は出来るだけ
当たり障りのない説明をしてもらえないか伝えた。
医師は、ありのままの容態を家族に説明し、
納得させなければならないのは重々承知している。
無理を承知でのお願いだが、可能な限り回避してもらえるよう伝えた。


メソ『なんとか、お願いできませんでしょうか・・・・』
病棟医『そう言う事でしたら、協力させていただきます。しかし、ひとつ気になる事があるんですが。。。お父様と弟様の精神的負担は軽くなるとしても、メソメソさんご自身は大丈夫なんですか・・・?』
メソ『・・・ああ、大丈夫です。父や弟よりも、少し耐性があるだけなので。』
病棟医『・・・耐性?』
メソ『はい。実は私、10年ほど前にこの病院で働いていたことがあるんです。2年間だけでしたけど^^;』
病棟医『あ、そうだったんですか!?看護師で?』
メソ『いえ、ただの清掃員です(笑)でも、母と同じ病気で苦しむ方々の病棟を担当しておりましたので・・・なので、少し知識があるだけなんです。高度清潔区域を担当していましたので、手術室とかICU、HCU・・・無菌準無菌室も出はいりしていました。母の病気について、他の人に比べれば若干理解があるほうだとは思います。』
病棟医『そうでしたか。それで、質問の仕方が・・・なんていうかこう、素人臭くないな、と思ったんですよ。ツッコミが鋭いというか(笑)』
メソ『ICU担当医が父へ話をするよりも、私なら冷静に聞けますし、少々ですが知識はありますので・・・話していただきやすいかと思います。』
病棟医『わかりました。では、私の方からICUの方へ依頼しておきます。電話の優先順位も、メソメソさんへ変更と言う事で手続きしておきますね。』
メソ『はい。お手数をお掛けして本当に申し訳ありません。』
病棟医『いえいえ。メソメソさんご自身も、どうかお体にお気をつけて。』



私は話を済ませた後、
軽い足取りで会社へ戻り・・・・
ドナーが見つかったことと、母の骨髄が完全に再生したこと。
そして・・・・
父親に対して言い過ぎたことを謝ることにした。


つづく。



斎●工似の
病棟医だったらいいな。

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あ、すいませんつい心の声が漏れてしまいました。
虚言はこのくらいにして・・・どうぞお進みくださいm(_ _"m)

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
病棟医『お母様の事は、先ほどICU担当医からご説明を受けられたと思うのですけど・・・』

肺のレントゲン撮影時、
白くなっている原因はまだ特定できてはいないのだが、
ウイルス感染によるものではなく、
恐らくマルトフィリアによるダメージの損傷が絶望的であったため、
肺の細胞が硬質化し、十分にポンプ機能を果たせずにあるらしい。
したがって酸素濃度を上げざるを得ず・・・、
上げ過ぎると気胸(肺が破れる)も懸念されるため
一進一退を繰り返している、とのお話だった。

そして、クチから管を入れ始めて2週間以上経過しているため・・・・
そろそろ人工呼吸器をクチから入れるのではなく、
気管切開(喉に3センチほどの穴を空けて管を差し込む処置)を申し出られた。
もちろん、すぐに・・・という話ではない。
母は今酸素濃度が60%~70%、血圧はノルアドレナリンを入れて無理やり上げ、
心拍数が早い。走った後の心臓の状態を想像してもらえば、わかりやすいと思う。
これらが落ち着いてこないと、気管切開はできない。

この気管切開には、やはりメリットとデメリットが存在する。

まず、メリット。
この術式は、至極簡単なものであるらしい。
施術時間はおよそ30分ほどで完了。
気管切開が成功すれば、クチの開閉ができるようになり
口腔内の衛生環境を保つことができるようになる。
そして、見た目の緩和。
痛々しいほどの見た目が、管の数が少なくなり
スッキリするようになる。
麻酔の投与も不要、意識が常にある状態となり、
意思の疎通が容易となる。
更に、ベッドから起き上がるなどの簡単なリハビリが可能となる。
手足をまず動かすことから始まり、ベッドサイドで
立ち座りが出来るようになれれば、車いすでの移動が可能となる。
そして、クチから食事ができるようになる。
今までは鼻からチューブを入れての食事だったが、
重湯やゼリーなど、やわらかい食事をとれるようになる。
声は出せないが、筆談やスマホなどの操作がリハビリ次第では可能になる。


そして、デメリット。
術式は簡単とはいえ、それはあくまでも通常の話。
血小板数値が低い母には、なるべくメスを入れたくない。
希望は7、8万ほどあれば問題はないらしいが・・・・
母は2万ほどしかない上に、肝臓の数値が悪くて
血液の糊の成分を分泌することが出来ず、血液の状態がサラサラなのだ。
ドロッっとしていないので、なかなか止血ができないらしい。
いかに止血をしながら、血圧を保ち続けられることができるか・・・
これが大きなカギとなる。

次に、カテーテル(カニューレ?)からの感染の問題。
白血球が低い患者には、どうしても感染リスクが伴う。
しかし、母の白血球は6000台をキープできているとの事なので
通常の人と変わらない抵抗力があるため、特に問題視していないようだ。
そして、気管切開終了後、大出血の可能性。
どういうことかというと、酸素濃度は最大100まで上げることができるのだが
できることなら20~30で保ち続けたい。
圧を上げ過ぎてしまうと、皮下気腫になるばかりか
血管を傷つけてしまい、体内大出血になりかねない、との事。


※皮下気腫・・・皮下組織内に空気がたまった状態です。空気の侵入経路としては、皮膚の損傷による外部からの侵入、損傷された壁側胸膜へきそくきょうまくをとおしての胸腔内空気(気胸ききょう)の侵入、気管・気管支損傷や食道損傷などに伴う縦隔からの侵入があります。

 縦隔気腫は、胸部の中央にあって左右の胸郭きょうかくを分けている縦隔内に空気がたまった状態で、頸部けいぶ(首)の気管損傷や胸部の気管・気管支損傷に伴って起こります。気管・気管支損傷では、損傷部から縦隔内、胸腔内、さらには皮下組織まで空気が侵入し、縦隔気腫、気胸、皮下気腫を合併します。


気管切開を行わなければ、母に負担をかけ続けることになり・・・・、
年齢と体力を考えれば、本当にギリギリなのだと言う事はよくわかった。

とりあえず気管切開へ向けて今後の治療方針としては・・・
沢山投与している薬を極力減らすこと。
血圧をあげる薬も徐々にレベルを下げていく。

且つ、人工透析は24時間回し続けるのではなく、
一時離脱できるほど腎機能の回復をさせること。

これで容態が落ち着いてくれれば、
気管切開を決行することができるのだ。

そしてさらに話は続く。

病棟医『お母様の骨髄は、入院時抗がん剤によって完全に破壊したために白血球がほぼゼロの状態になったので、感染しやすい状況下を回避するべく、無菌室に入っていただきました。造られる血液が『異形成』なものなので、リセットをかけるために一度破壊しておかなくてはならなかったのです。しかし、破壊された骨髄はまた再生するものなので、時間がたてばは血球は上がるだろう・・・という見込みでした。しかし、ほぼゼロの状態でマルトフィリアを発症してしまい、なかなか数値が上がってこなかったので・・・・顆粒球輸血を行い、様子を見るしか手立てはありませんでした。しかし、現在は減ることはなくむしろ増え続けているので、完全に骨髄が『再生』したという判断に至りました。これでお母様の体内にある常在菌をコントロールすることが出き、ウイルス感染したとしてもおそらく撃退できるくらいに回復してきています^^』
メソ『・・・・おかーさんの、骨髄が・・・・・!』


泣くのを我慢しているメソメソに更に嬉しいニュースが続いた。

病棟医『あと、お母様にドナー1人、見つかったんです^^』
メソ『・・・・・・!!!!』

声が出なかった。
心臓が早鐘を打つ。
声は出なく、ただ涙が出るばかりだった。

病棟医『ファーストコンタクトをとり、ドナーさん自身に再度協力の意思があるかどうかを確認取りましたら、OKをもらえました。これからドナーさんには、お母様へ骨髄移植をするために、長い期間をかけて、沢山の検査を受けていただかなくてはなりません。移植準備が完了するまでに、およそ半年ほどかかると思われます。それまでに、本体であるお母様の体の状態を回復させておかなくてはなりません。体内のダメージが酷いと、移植をすれば命の危険を伴うからです。移植のためにも、快方に向けて全力で取り組みます^^』

私は、感謝の気持ちでいっぱいで、何度も何度も頭を下げ続けた。
おかーさんに、
ドナーが見つかった!!

奄美大島出身だから、母と近しい遺伝子・・・
白血球の型(HLA)が見つかるかどうか、
探すにしても可能性は低いと、
入院当初に言われたことがあった。

ありがとう。本当に、ありがとうございます・・・!
見ず知らずの他人のために時間を費やし、
母に骨髄を提供していただけるなんて。
まだ移植をしたわけではないが、希望の光が見えた瞬間だった。
どこの誰だかわからないけれど、命の恩人として直接御礼がしたい。
しかし、プライバシー保護のため。。。
素性を明かすことが出来ないのだそう。
ドナー側にも、レシピエントの情報は公開されないのだそうだ。
しょうがないこととは言え・・・、歯がゆく感じた。

悔やんでもしょうがないので、まずは当面の問題を一つずつ解決していくしかない。
体を治さなければ、どのみち移植はできないのだから。
病棟医から、いい土産話を貰えた。
父と喧嘩したけれど、ドナーが見つかったことを報告して一緒に喜ぼう!

病棟医『私の話は以上です。で、メソメソさんのご相談とは・・・?』
メソ『・・・あ、はい。実は・・・・』



つづく。



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父『お前の言うてることはおかしい!!アタマおかしいんちゃうんか!!』
メソ『だからぁ!!おかーさんの前で泣かないでって言うてるだけやんか!!会うのはかまへんよ!!でも毎度泣かれたらおかーさん、自分の体の事誤解するやんか!!』
父『そんなん、涙なんか抑えられるわけないやろ!!できたらとっくにやっとるわ!!』
メソ『よく考えてよ。おかーさんに必要なのは涙や哀れみじゃなく、明るい未来の話とか病気は少しずつ回復してるっていう自覚を持たせて、気持ちを安定させることなんよ!!自分の事で泣かれるのが一番嫌がるの、わかれへんの!?』
父『そんなもんわかってるに決まってるやろ!!でも、泣けてくるのはどうしようもないんよ・・・!!メソメソみたいに、明るい声で励ましたりとか、手を握ってあげたりとか・・・そんなんできへん!!』
メソ『悲しむなら病室の外でってさっきからいうてるやんか、ちっともわかってないな!!おかーさん、生きようと必死なのに目を背けるって、応援してないことと一緒やで!私は強くないよ、おかーさんが頑張ってるから私もがんばらなきゃって思ってるだけや!!喜びの涙は流していいんよ。でも、もうアカンいいながら泣くの絶対やめて!!まだおかーさんは生きてる!!』
父『・・・・わかってるよ・・・・泣くのがそんなにアカンことなんか。お前の言うてることはめちゃくちゃや。言うてることがサッパリ理解できん。悲しんで何が悪い。金輪際お前とは一緒に面会行かんからな!!』
メソ『ああ、そうや。悲しんで泣くって、おとーさんの中ではおかーさん助かれへんってことになってんねやろ。私だってそんな諦めた人と面会一緒に行きたくないわ。私まで気が滅入るしな!!別行動しよう、私も勝手にするわ!!』
父『・・・っ、なんや親に向かってその言い方は!!!』
メソ『それはお互いさまやろ!!アタマおかしい言われて腹が立たんと思てんのか!?おかーさん治したいんだったら泣くのいい加減やめぇゆーてんねん!!!』

弟『・・・・・・・。』


言い合いは、5月19日(金)の朝に起こった。
透析が無事に済み、24時間人工透析を回し続けなければならないが
母は少しずつではあるものの、回復していった。
しかし、それとは裏腹に・・・父と弟は、
どんどん元気をなくしていき、悲しみに暮れる日々が続いた。

このままでは母に続き父と弟が倒れてしまうのではないかと思い、
旦那に相談をしながら意見をまとめ、なるべく刺激しないように話をしたかった。

でも・・・結局私の話の持って行き方が悪くて、
『二度と会うな』と認識されてしまったようだ。

違うのに。そうじゃないのに。
うまく伝えられへんかった。
怒鳴りあうなんて、おかーさんが嫌がることなのに。
優先するべきはおかーさんのキモチで、カラダで。
それを支えるのが医療チームであり、私たち家族であり。
生きる希望を与えてやってほしいって言いたかっただけなのに。

ドラマを見たことある人は、病院のお見舞いへ行くワンシーンを思い出してほしい。
面会に来る人たちは、果たして泣きながら入室していただろうか。
勤めて明るく、患者と他愛ない話をしているんじゃないか。
患者の最期なら、まだしも・・・・・・。

おかーさんの性格からすれば、自分の事でしんみりされるのが嫌だから
静かにされるのを嫌うから、人の気配を感じていたいから
個室ではなく、大部屋がいいなって常々言っていた。


意識が回復してきて、クチに太い管があるので
喋れはしないけど耳が聞こえ、目も見えるんだから
悲しくて泣いてるのを察知させてはいけないと思う。

時々ならまだいい。

毎度、となると・・・・
おかーさん自身が『ああ、もう助からないのかな』と
諦めてしまうんじゃないか。
そうなれば、今までの治療が無駄になる。
おかーさんが諦めてしまう。
もう二度と会えなくなってしまう。

そうならないために、周りも頑張って支えて行くべきだと思うんだ。
患者一人にがんばらせてはだめだ。
おかーさんが諦めるまで(心臓が止まる事)・・・・
回復を信じて、私は笑顔で会いに行き続ける。





父と大喧嘩したその日、昼の面会は私ひとりで行く、と伝えた。
父は反対せず、自分は夕方会いに行くと返事が返ってきた。


昼の面会は、14時-15時30分の間。
その間に、家族が訪問し、ICU担当医から説明を聞く義務がある。
父はこれまで、優先的にこの面会へ毎日参加していた。
行きたいという純粋な気持ちというよりも
『自分の妻だから行かなければならない』という義務感のほうが強い印象を受けた。
先生の話の内容は悪い報告しか耳に入ってこず、
良い話ももちろんあるのだろうが、
とにかく悪い話ばかり頭の中を占領されてしまうようで
冷静に話を聞ける精神状態ではないことは明らかだった。

そのため、2時の面会への足取りは重かったように思う。

私は逆である。

まずは母に会える喜びのほうが大きい。
先生の話は、ぶっちゃけ二の次(笑)
もちろん、先生の話は必ずしも良い話ばかりではない。

割合でいうなれば、ICU入りたての頃は
良い話 : 悪い話=0 : 10 だった。

いつどうなってもおかしくないですよ、と散々脅され(?)たものである。

しかし、2週間以上が過ぎた頃。
顆粒球輸血を施し、人工透析処置もスムーズに行っている現在は・・・
良い話 : 悪い話=2 : 8 ぐらいにまでなっている。


おかーさんは『命綱なし』で『目を閉じながら』1本のロープの上を
そろり、そろりと歩いている状態なのだ。
踏み外せば、真っ逆さまに落ちてゆく。。。


飛行機で例えるなら、まだ滑走路をゆっくり移動しているに過ぎない。
離陸にはまだまだ準備が必要な状態なのだ。
飛べるかどうかは、おかーさん次第・・・であると言う事。

母の状態は現在、
酸素濃度を50→70まで引き上げ。(通常は20~30)
人工呼吸器装着、口腔内の出血が止まらず。
血圧はやや低めのため、ノルアドレナリン等の薬を服用。
人工透析処置により、毒素は体外へ排出し続けている。

そして・・・・

マルトフィリアによる肺炎の危機は脱出したものの、
肺のレントゲンを撮ると、また白くなってきているようだった。。。

医師たちは、ウイルス感染なのか?と疑って検査をしたものの
ウイルス検出は特になし。
血小板は2万台、白血球は4000台をキープ。
白血球数値を診る限り、ウイルス感染の線は低いだろう、との見解になった。
原因については、もう少し時間がかかるとの事だった。

あと、肝臓のビリルビンという値が徐々に上昇中であるとの事。
肝臓は重要な臓器であり、主に解毒をする臓器らしいのだが
アンモニア濃度が上昇しているため、解毒作用が働かずに
全身に黄疸が出ていた。意識もやや薄い。
奄美の姉さんたちが来ていた頃より、意思の疎通ができにくくなった。

おそらく、腎臓と肝臓のダメージが酷いのだろう。
体内に毒素が蔓延すると、意識がひくくなるようだ。
人工透析により尿毒素は出ているが、肝臓が機能を果たせていないので
アンモニア濃度が濃ゆくなっている。。。

『人工肝臓』なる医療的処置は、現代の医学にはない。
本人の回復力に賭けるしかない、らしい。。。


ICU医師の説明を聞いてる最中、病棟医の先生が来てくださった。

病棟医『このあと、少しお時間いただけないですか??』
メソ『わかりました。私も、ちょうどご相談したいことがあるんです。』


ICU担当医の説明が終わった後、私はICU内の『家族説明室』へ呼ばれた。


つづく。




5月15日(月)。
母の肺炎は、ひとまず回復傾向にあり、落ち着いた。
気持新たに、私たちは週明けの忙しい業務をこなしていた。

その日は、私自身の病院(整体)へ行きたかったのもあり、
いつもなら面会へ行くのだけど、日曜日の時点では
比較的調子良さそうに見えたので、
父たちに任せて、あえて面会は行かなかった。

そして、5月16日(火)の朝。
月曜日に比べて、比較的穏やかな雰囲気の事務所。

と・・・・

父の携帯へ、病院から電話がかかる。

父『もしもし。・・・・あ・・・・はい、はい・・・・、ハイ・・・・』

医者からの話の内容で、父の顔色がみるみる悪くなっていき・・・
返事をする声にもチカラが入っていなかった。

父『・・・そうですか・・・わかりました、失礼します・・・』

うなだれながら、私のほうへ向き直り、チカラなく言葉を発した。

父『メソメソ・・・すまん。すぐ、おかーさんのとこ行っちゃってくれ・・・』
メソ『・・・わかった。ICU行ったらええの?』
父『おかーさん、もう助からないかもしれない・・・・!』
メソ『ちょ・・・縁起でもないこと言わんといて!行先はICU??』
父『でも、でも・・・・・』
メソ『お父さん!!ちょっと落ち着いて!!!』
父『・・・・・・』
メソ『呼ばれてんねやから、これから向かわなアカンやんか?どこに向かったらええの?』
父『・・・集中治療部・・・・』
メソ『おっけ。ちょっとおとーさんのこと頼むわ!』
弟『う・・・うん・・・・』
メソ『詳しいことは先生から聞いて、それから連絡する。おとーさんにあたたかい飲み物飲ませてやって!じゃあ行ってくる!!!』
弟『き、気を付けて行ってきて!連絡待ってる!』
父『・・・・・もうアカン・・・もう、、・・・・・・』

私は焦る気持ちを抑え、安全運転で病院へ向かった。

駐車場へ到着、そしてダッシュ。
息を整えながら、ICUのインターフォンを鳴らした。

メソ『すみません、メソメソです。母の事で先ほど連絡ありまして・・・』
ICU『すぐ向かいますので、待機室でお待ちください』


しばらくして、主治医が来た。

主治医『突然お呼びして申し訳ありません。実は・・・』

肺炎の炎症数値は下がり、白血球数値が上昇しているのだが、
やはり薬の副作用で、他臓器に深刻なダメージが出ていた。

肺・肝臓・胆のう・・・・
腎臓のダメージが特にひどいらしい。
尿がうまく排出されず、体内に毒素が蔓延。
つまり腎不全になりかけている、との事。

通常であれば人工透析を行えば済む話だが、
母の場合は不安要素を含んでいるため、
なかなか踏み切ることができずにいるようだ。

理由は『血圧数値が圧倒的に低い』こと。
血液を抜いて浄化する処置を行う場合は、
安定した血圧数値であることが絶対条件らしい。
なぜなら、処置中は血圧が低下し、体温が下がるからだそう。

そして、カテーテルを入れる場所は
母の場合、首から入れなければならないらしい。
医師は腕からではなく股の付け根から挿管したかったようだが
皮膚の炎症がひどいため、難しいようである。
首へ入れるとなると動脈があるため・・・
傷をつけないように挿管しなければならないらしい。

提案としては、24時間透析を回し続け・・・
血圧の様子を診ながら、ゆっくりゆっくり回すこと。そして・・・

血圧が低いため、心肺蘇生時などに使用するノルアドレナリンと
もういっこ・・・薬銘忘れた('A`)とにかく血圧を上げるための
強めの薬を使用しなければ、人工透析はできないとの事だった。
この薬を使うと更にダメージを与えることとなる・・・

しかし、人工透析をしなければ母の体内から毒素が排出されない。
透析中、血圧が低下すれば命の危険が伴う。
もはや母の体力にかけるしかなかった。

またしても、悩んでいる暇はない。
これで何度目だろうか('A`)などと悲観に陥いることもなく・・・
ただ、助けてほしい一心で。母を何とかしてもらいたくて。
人工透析の処置をしてもらうため、私は同意書にサインをした。
事後報告になってしまったが、そのあと父へ連絡を入れた。

父と弟が、仕事を切り上げ午後1時に合流。
私はお昼を食べていなかったため、遅めの昼食をとった。





人工透析の処置は、午後3時から執り行うようだ。
血小板輸血待ちの状態である。
待っている間、3人でいろんな話をした。
父と弟のクチから出てくるのは、またしても悲観的な事ばかり。。。

もう、うんざり('A`)

気持ちは痛いほどよくわかるんだけどね?
でもさぁ、悪い方へ考えれば考えるほど、
自分も暗闇へ落ちていく感覚になっちゃうから
すっごく危険なんだよ、おとーさん・・・・・
ココロが折れれば、体だって壊れかねないのは良く知っている。

やばい。
このままだと、父も弟も鬱になるんじゃないか。
何とかしないと・・・。
私まで、2人の悲観的な気持ちが伝染しかねない。
主治医に相談してみようかな。
いや、まずはちゃんと2人の話をちゃんと聞いて、
意思の確認をしないと、かな・・・・

下手なことをいう訳にもいかず、
父たちへ慎重に言葉を選びたかったため
頭の中で整理しようとした。
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・・・・あ”---ッだめだ。

何も整理できん。冷静になれない。私も精神的に相当キテるな。
場所も場所だしな。家に帰って旦那に相談しながらまとめよう・・・

適当に理由をつけ、私は2人から離れることにした。
父はまた眠れていないようで、車で寝てくる、と言い離れた。
弟は家族控室で待機。

この家族控室も、少々難儀なスペースだったりする(>_<)

状況が状況なだけに、本当にしょうがないことなんだけど・・・

ため息をつきまくっているひとや、
どこか憔悴しきったひと、
明るい大声でしゃべりまくるひと、
いびきをかきながら寝ている人、
病院の悪口を言っている人、
待たされていることにイライラしているひと、
幼い子供たちがとにかく騒がしい・・・・・

お願い、静かにさせて(´;ω;`)
本当にどうしようもないんだけどね。がまん、がまん・・・・

家族待機を余儀なくされている場合は、
必ずこの控室に誰かが居なければならないのがルール。

やむを得ず退室する場合は、一言声をかけなくてはならない。
そのルールすらも、守れていない人もいて・・・・
家族さんに説明しなければならないのに、
待機室にいないせいで探し回って
余計な時間を消費している集中治療部の看護師さん。。

はぁー、和歌山人ってほんとアレやな。
ほんと、てがえんわー・・・・


あー、だめだめ。
おかーさんが大変な時だからこそ、
他人を批判するのは止めよう!

そんなこんなで、人工透析の処置が終わったらしく
集中治療部へ呼ばれた。

入室できたのは6時過ぎだった・・・・

担当医『お待たせしました。お母様の透析処置は、無事完了しましたよ^^』
3名『・・・・ありがとうございます!!!!』


うまく行った。
大きな出血をすることもなく。
血圧も特に大きな乱れはなし。
但し、ノルアドレナリン等を服用しながら。。。なのだが。
もう、さすがとしか言いようがない。
お陰でまた、次の治療への道が開いた。


母がまたひとつ、先生たちと本人の頑張りで試練を超えたが・・・・
この頃から、私が越えなければならない壁の存在が、くっきりと現れ始めた。



つづく。



母に一目会いたくて、奄美大島の親族たちが和歌山へ上京。
甥っ子夫婦、母の姉2名と妹、そして一番上の姉の娘の4名が病院へ来てくれた。
↑説明がややこしくてすいません(笑)
とにかく、この日は大所帯での面会となった(。-∀-)w

人数が多いので、1組4名で入室。
姉さんたちを優先し、パーティを編成。←
父と私がそれぞれ分かれて、母と面会させるべくICUエリア内を引率をした。

母はこの日、おめかしをしていた(*^^*)
といっても、黄色の帽子をかぶせてもらっていただけなんだけど(笑)
集中治療部の看護師さんのイキな計らいなんだと思う。
髪の毛が少し抜けていたので、かぶせてもらったようだ。

しゃべることが出来ず、体のあちこちはボロボロになってしまったけれど、
幼いころから一緒に過ごしてきた姉たちとこうして
同じ時を過ごせることができて、、母は本当に幸せそうだった。
姉さんたちから、沢山の元気をもらえたようである。
逆もまた、しかり。会いたい、と思っていても、すぐに会える距離ではない。
LINEで都度報告しているとはいえ、限界がある。
目を見開き一生懸命応えていた母に、姉たちも涙が絶えず流れていた。

そして次の日も、病院で可能な限り面会時間を有意義に使った。
母の体は、この日だけはむくんでおらず、
顔の赤みも消え、熱が下がっているような印象を受けた。
嬉しさのあまり、母の体に奇跡が起こっているのか・・・、
または特別なお客さんのお見舞いのため
ICUの方々がお薬を調整してくれたのか。
その辺は確認していないけれど、前者だと思っておこう(*'ω'*)♪

宿泊先は、父と弟のいる実家で休んでもらい。。。
ご馳走をたくさん作ってくれた。しばらく食べ物に困らないほど(笑)
父も弟も、お腹が出ているとはいえ(肥満体系w)
さすがにこの量は捌ききれないだろう^^;

食事が済んだあとは、
アルバムを見ながら思い出にふけっていたようである。
私には帰る家が他にあるので、旦那と一緒に家で休むことにした。

本当に、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。
いい土産ができた、これで安心して奄美へ帰れると
口々に喜んでいた叔母たち。
いよいよ、帰る日が迫ってしまった。
このまま、このまま・・・うまく快方へ向けて進んでくれれば良いな。


定刻通り、姉たちは奄美へ飛び立った。
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・・・が、私たちの願いとは裏腹に・・・
幸せな時間は、長くは続かなかった。


次なる試練の幕開けとなる。


つづく。



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5月11日(木)。

その日は特に電話がかかってくることもなく・・・
普段通り、仕事に打ち込めた。

旦那は『次は俺の番(脱血処置)か・・・』
と、若干憂鬱そうである(笑)

私の血液で肺炎回復が望めなかった場合、
声がかかるだろう…ということで、
いつになるかわからないが、しばし待機をしてもらうようだ。

夕方、仕事を済ませて母のもとへ。

メソ『おかーさん!来たよー!!具合はどう!?』
母『・・・・・、・・・・・!』

母は目をパッチリ開けていた!
何か言いたげに、管が邪魔そうな感じで舌が動いていた(笑)
心配かけまいと『大丈夫!』のアピールを必死でしているのだろう。
しかし時折、眉間にシワが寄ることがあった。
麻酔がいつから切れたかわからないが、管の挿管で苦しいのだろう。。。

母『・・・・・・・、・・・・、・・・・・・!』
メソ『わかった!わかったから(笑)あまり動くと苦しくなるよ( *´艸`)』
母『・・・・、・・・・っ』
メソ『よかったぁ、元気そうで^^でも、血圧はまだ低めやなぁ・・・』
母『・・・・?・・・・・・、・・・・・・!』
メソ『そうやね、少しずつ回復してるもんね!この調子で頑張ろうね』
母『・・・・(うんうん、とうなずき、目を閉じた)


目を見開いたり、うなずいたり、目をきょろきょろしたり・・・
手を握ってあげると、握り返しはできないが、ピクピクと動いていた。

看護師さんが入室してきた。

看護師『失礼します。メソメソさん、こんばんわ^^』
メソ『こんばんわ^^いつもありがとうございます!』
看護師『今日のお昼の面会のお話では、マルトフィリア(肺炎)をほぼ撃退できたようですよ。とても心配されてましたもんね、いい結果になって本当に良かったですね!』
メソ『・・・・わぁ・・・・・っ』


思わず母を見た。
目を少し開けて、こちらを見ていた。
どのくらい私の顔が見えてるのかわからないから・・・、
顔を近づけ、おかーさんの耳元で肺炎がほぼ治ってることを話した。

母『・・・・・・・・・・。』

母の目に、涙が沢山あふれていた。
鼻もひくひくしている(笑)
私もつられて泣いてしまった。。。

看護師『あたたかいタオルで、お顔を拭いてあげてください(*^^*)』

タオルを受け取り、母の涙をぬぐってあげた。
あたたかくて気持ちよいのだろう。
顔がほころんでるように見えた。

顔を含め全身がむくみ、肌は薬の副作用で大量の発疹、ただれ、ひびわれ・・・
毛も抜け始めている。目が赤く充血している。
暴れないように、手足は固定され、抑制剤を投与され・・・・

クチには人工呼吸器であるチューブを喉の奥まで挿管。
強制的に酸素供給を施されつつ、
尚且つ、片側の鼻からチューブを挿管。
胃を傷つけないように直接濃度の濃ゆい栄養剤を入れている。
栄養を入れないと、回復するチカラが出ないのだ・・・・。

激闘の末、致死率が高いといわれていた
『マルトフィリア』に見事打ち勝てた母。
肺のレントゲンを見せてもらったが、
真っ白だった肺がほぼ真っ黒の状態。
CRP(炎症数値)も『5』まで下がっていた!

そして母の血小板と、白血球は・・・・

血小板『9000』→『45000』UP!
白血球『15』→『3800』UP!!



やったやった!!
YATTA--!!(∩´∀`)∩


明日はいよいよ母の姉たちが奄美大島から上京してくる。
対面が本当に楽しみだ( *´艸`)♪♪♪

ちなみに・・・・
旦那が気にかけていた脱血処置は、
弟と私の血液により肺炎を撃退し、
母自身の白血球、血小板数値は徐々に上昇してきているので、
白血球弐号機(旦那)の出動は不要となりました(。-∀-)w


つづく。





主治医は、どこか浮かない様子で私に告げる。

主治医『メソメソさん・・・申訳ありません・・・』
メソ『・・・・え・・・・?』
主治医『今日は予定通り、メソメソさんの脱血処置を行う予定だったのですが・・・』
メソ『は、はい、そうですよね。・・・何か、私に問題でも・・・!?』
主治医『あ、いえ・・・そういう事ではありません。実は、お母様の容態が安定していないんです。』

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----と、すみません。
えー、一部映像が乱れてしまいました・・・??
大変失礼いたしました。。。。

昨日、母の体内へ弟の新鮮な血液を入れ、一時的に容態は悪化した。
心拍数、脈拍、酸素供給数値・・・すべて。
でも、それは自分以外の血液が入ることで起こる化学反応だと、
前もって説明されていたのでまた、容態は回復するのだと思っていた。
しかし、あくまでも予定は予定。
機械を相手にしているのではなく、生身のニンゲンなのだ。
予定通りに行かなくて当たり前。
輸血は本来、本体(母)の血圧や心拍数、酸素供給が安定していなくてはならない。
なので、結論としては・・・・

主治医『お母様のペースに合わせた治療を優先したいので、ゆうべ薬を服用してもらったのですけど・・・受け入れられない状態なので、今日は見送りということにさせてもらえないでしょうか。』
メソ『・・・ああ、そういう事でしたか!!ぜんっぜんオッケーですよ(*'ω'*)!母を思っての内容ですし、むしろ安心しました(笑)』
主治医『お仕事のご都合もあるでしょうし、本当に申し訳ありませんでした』
メソ『先生、謝らないでください。仕事なんて、母のことに比べれば大したことないんです。他にもスタッフがいるんで、仕事はなんとかなります。でもドナーは特別でしょ?私たちにしかできないことは、なんとしても優先させたいですから。では、母の容態が落ち着いたらもう一度準備ということで宜しいんですよね??』
主治医『はい、そういう事です。明日、午前中になんらかのご連絡させていただきますね。明日、お母様の容態が落ち着いていれば、メソメソさんの脱血処置を行います。本当によくご理解いただいて大変感謝していますm(_ _"m)』
メソ『助けたい思いはみんな一緒ですから(笑)では、明日ご連絡お待ちしています』


私はひとまず父へ簡単に経緯を説明し、
薬の影響もあり殆ど睡眠がとれていなかったため、
明日の処置に備えて休暇をもらうことにした。

その夜、母へ面会に出向いた。

母は、相変わらず目をうっすらと開けている。
しかし、意識が薄いようで・・・少々反応が乏しかった。

ちょうどICU担当医が来てくれたので、私に簡単な説明をしてくれた。

ICU担当医『午前中は全体的に数値が低く、顆粒球輸血に踏み込めなかったのですが・・・、夕方から徐々に回復してきていますので、このまま行ってくれれば明日は予定通り、処置できそうですよ^^』

おかーさん、すごいよ。
おかーさんが頑張ってるから私も頑張れるよ。
明日は私の血液を輸血してまたしんどくなるかもしれないけど・・・
次こそは肺炎、治るといいね。

ICU担当医『あ、あと嬉しいニュースがありますよ』
メソ『えっ??な、なんですか!?』
ICU担当医『安定してきたので、先ほど血液を採血して、血球中の数値をみたのですが・・・お母様の体内に、白血球の赤ちゃんが5個産まれてました。お母さま自身で治そうとするチカラが芽生えたってことです。』
メソ『・・・・・・!!』


泣き崩れた。
すごくすごく嬉しかった。
なんて言っていいのか言葉が出ず、緊張の糸が切れたような感覚に陥った・・・・

ICU担当医『弟さんの顆粒球を入れたことにより、白血球と血小板数値が少し上昇、肺炎数値は少し下がりました。時間がたってしまっているので、弟さんの白血球をすべて使い切ってしまったため・・・また元の数値に戻ってしまったのですけど、元々が『10』だったのが今は『15』になってるんです^^』

健康な人ならば、白血球数値7000~8000程あるのに対し
母は「15」しかない。だから、肺炎を治せずにいる。
白血球が少ないから、自分の体内にある億単位の菌をコントロールできずにいる。
弱毒菌をやっつけるチカラさえもない。
でも、自分の白血球が生まれてきたってことは、希望が出てきたという事!

私は病院を出てすぐ、父へ連絡を入れた。

5月10日(水)。
朝、メソメソのケータイへ主治医からのコール。
母の容態が安定期に入ったため、これからすぐに病院へ来てほしいと言われた。
脱血の準備を行いたいのだという。
会社を抜けて、すぐ向かった。

昨日は体感的に辛かった症状も、今日はバッチリだった。
しっかり眠れたし、若干腰の鈍い痛みがあるだけで、特に問題はない。

痛み止めのテープを貼り、2本目の白血球増力剤を左肩へ注射。
時間が経ってしまっているので、念のため打つことにしたようだ。

2~3時間ほどで効果があらわれてくるので、
12時半より脱血処置を開始すると言われた。

時間をつぶすため、病院内にあるレストランでひたすら
タブレットをパチパチとタイピング。
ここぞとばかりに、ライブドアブログを書き貯めていた(笑)





時間になり、いよいよ処置開始。
かちゃかちゃと、機材を運び始めセッティングし始める。
主治医の右手には注射器が・・・・、

ふ、ふ、・・・
太っ!!!!
めっちゃ太い針!!
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まさにドドリアさんのような心境でした。

こ、これを刺すんですね・・・ゴクリ。
左腕はストレートに1本、右腕は3か所ぶち込まれた。
右腕はうまく血管が出てこず、右手の甲より刺す。
つまり、こんな感じ(。-∀-)
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後ろの洗濯物はスルーしてくださいwww\(^o^)/

いたそーって思ったけど、
言うほど痛くありませんでした(*ノωノ)w←●ゾじゃないYO☆
女は痛みに耐えれるようにできてるんですね。感謝感謝♪

脱血中の状況をスマホで撮影したかったのだけど
両腕に極太針が刺さったままだったので
身動き取れず・・・・_(:3 」∠ )_w

とりあえず、脱血中の状態としては・・・

寒さ!
血液を抜くと、血圧と体温が下がるようです。
ガチガチと唇が震えはじめ、
膝もガクガクと震えはじめました。
電気毛布を用意してくれたので、寒さはなんとか軽減。

舌がしびれる!
医療的説明を聞くのを忘れたのだけど、
献血中ならだれでも起こる当たり前の現象なんだそう。
装着完了後、おねいさんと楽しくおしゃべりできていたので
これは特に問題なかったようだ。

とにかく摂れる!搾れる!!
弟の時もそうだったらしいが、血液が良く摂れる家系だと褒められた(笑)
どんなに若く健康な人に、同じ処置を施したとしても
なかなか摂れない人も居るのだそう。
弟は途中、血液の流動が止まったりしていたので時間がかかったようだが
私の血管は太く健康であるため、血圧も安定しており・・・
作業を中断することなく、脱血時間は2時間ほどで完了。
弟とほぼ同じ量が摂れたらしい。
きっと、ドーピング2回してるからだな(*ノωノ)w

終わった後、特にふらつくこともなく・・・
直帰してよい、との事だったので、
自分で車を運転し、晩御飯にマクド買って帰りました(笑)

今夜、母を苦しめている肺炎ウイルスとの闘いが始まる。
私の血液は優秀だから←
肺炎をやっつけた後は速やかに消滅してくれるだろう(笑)

でも・・・ひとつだけ気がかりなことが(´・ω・`)
私の血液、優秀なんだけどかなり気が強いから・・・・
おかーさんの体内で暴れすぎないかが不安だったりもする(;´Д`)w

考えていても、しゃーない。
その日の夜は、早めの就寝をした。



つづく。





5月9日(火)、時刻は21時。

次なる攻撃をしかけるべく、
白血球零号機操縦士のメソメソは
碇指令(主治医)の元へやってきた。

左肩をあらわにしたメソメソを前に、
右手に白血球増力剤を持ちながら
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いや、主治医は
こんなセリフ
言ってないですYO!

でもまぁこんなニュアンスのようなことをメソメソへ言ってました。

要は『お母様を一刻も早く治しましょうね』ってことです。←

ステロイドを2錠のみ、注射器によるドーピングが終わったのち、
少しだけ、おかーさんに会えるかな・・・と思い、
集中治療部へ足を運んだ。

ICUのインターフォンを鳴らす。

ICU『はい、ICUです』
メソ『あ、夜分にすみません・・・メソメソと言いますが。少しだけ母に会いたくて来たのですけど、無理でしょうか??』
ICU『あ、はい娘さんですね。大丈夫ですよ、どうぞお入りください^^』


夜9時回っているため、病室内は消灯していた。
母の病室のみ電気がついていた。
きっと、私が面会に来たのでわざわざ付けてくれたのだろう。
母を起こしてしまったと思い少し申し訳なく感じたが、
入室前にガウンなど着用したのち・・・静かに入室した。

メソ『・・・・あれっ?』

母はうつぶせで寝かされていたのに、
仰向けに寝かされていた。

メソ『・・・おかーさーん・・・お邪魔しまぁす・・・』

母はうっすらと目をあけていた!
ちょっとびびった・・・・(笑)

メソ『おかーさん、起こしちゃった??メソメソだよ。ごめんね、こんな夜遅くに・・・』
母『・・・・・(またたきを何度かしている)』
メソ『おかーさん、今日から仰向けに寝てるんだね・・・』
母『・・・・(目を閉じる)』
メソ『仰向けで寝れるってことは、肺にたまってた水が抜けたのかな・・・』
母『・・・・・(目をきょろきょろしている)』
メソ『今日は弟の血液がおかーさんの体内に入ったんやで。これで肺炎をやっつけるんだって!私らもおかーさんの治療に協力できるんよ??明日は私の血液がおかーさんを助けるからね。一緒に頑張ろうね・・・』
母『・・・・・(目を見開きながら、うんうん、と頷き返してくれた)』

看護師さんが入室してきた。

看護師『ちょっと点滴の交換させてもらいますね~。お母様、今朝から意識が戻ってるんですよ♪』
メソ『あ、そうだったんですか!じゃあ、麻酔は効いてないから意識が浮上してるんですね・・・!』
看護師『そうなんです^^麻酔が切れた分、おクチの管が痛いかもしれないので、様子を診ながら痛みを緩和させるような処置になります・・・今はちょうど切れてますので、起きてますね~^^』
メソ『そうですよね。こんな太い管が喉の奥にあったら・・・・おえってなりそう(>_<)』
看護師『面会が終わったら麻酔入れますので意識がぼんやりになっちゃいますが、今のうちにメソメソさんのお声を沢山聞かせてあげてくださいね(*'▽')』
メソ『あ、先ほど少し喋りましたし、痛いのも辛いと思いますのでそろそろお暇しますm(_ _"m)お気遣いありがとうございます!』
看護師『いえいえ^^今日は注射打ったんですよね??夜、寝づらいと思いますが・・・明日に備えて、可能な限りゆっくり休んでくださいね♪』
メソ『ありがとうございます。失礼します┏○))ペコ』


その夜。
私の体の中で覚醒が起き始める。

マリオカートで例えるなら、
両手に赤のカメの甲羅を所持しつつスーパースター状態(一定時間無敵)で
怖いもの無しのままルートを爆走中なイメージ⊂⌒~⊃。Д。)⊃www
2e211b3d[1]
んー懐かしい!!よく遊んだわ、コレ。スーファミのやつね(笑)

症状としては・・・・、
まず、腰のあたりがすっごい疼く!!!
生理痛の重たいやつ・・・男性にはわかりづらいか(;'∀')
鈍器・・・いや鋭利な物で腰をぐりぐりされてるような感覚??
とにかく骨髄があるであろう場所が痙攣しっぱなし。
血球が量産されているのだろう(笑)

そして下半身の痺れ!
んと・・・長時間正座してたらビリビリくるような、あんな感じ。
そしてこむら返りが起こりそうなほど足の筋肉が張っている(笑)
歩くと剣山の上歩いてるようで足の裏がチクチクと痛む('A`)

若干の息苦しさ。
興奮してる状態だから、しゃーないか・・・
変態さんが『ハァハァ』してる情景を思い浮かべてください(笑)

喉の不快感!
魚の骨、喉にささったことあります?^^;
あんな感じで、唾飲み込むと違和感アリアリで気持ち悪かったです。
痛くはありませんでした。

大量の発汗!!!
これが一番参りました_(:3 」∠ )_・・・・
眠りが浅いようで何度か目が覚めて起きるのだけど、
全身汗びっしょりなんですわ。
3回ほど起きたかな・・・・よく覚えてないけど(笑)

自分の汗でひんやりと体が何度も冷えたので、
大事な献血が控えてるのに風邪ひかないかヒヤヒヤモノでした。





よく寝付けないまま、再びNERV(-ネルフ-)へ向かう。←しつこいか(笑)

主治医に呼ばれ、診察室へ入ったメソメソは・・・
予想だにしていなかったことを主治医より通告されてしまった。



つづく。



ついに、母の肺を蝕むウイルスが断定した。

弱毒菌と呼ばれる『マルトフィリア』。
この菌は環境に存在し、極めて発見しにくい菌であり、
主に水回りに存在するらしい。
感染経路としてはヒトからヒトではなく・・・・
カテーテルや医療器具、
抗生物質などの薬物の中に微量だが存在するようだ。

では、母は院内感染だったのか??

正直なところ、カテーテルやその他医療器具、
どの抗生物質にマルトフィリアが付着していたのか
特定が非常に困難であると説明された。
可能性がある、という仮定の話なので
院内感染ではないのかもしれない。

ただ、抗がん剤治療を始める前に医師から説明はあった。
『お母様は一時的に白血球が減るので、感染症になりやすい』と。
おそらくこのとき示唆していた感染症とは、
弱毒菌に侵されやすくなることなのだと悟った。

医師は説明する。
『外部からの強い毒性をもったウイルスならば、毎日抗生物質を投与していたので細菌が体内へ侵入したとしても、すぐ死滅します。しかし、中には抗生物質が効かない菌もいるんです。これにかかると、自身の白血球でしか治す方法がありません』

肺炎のウイルスも色々種類があるようだが
母が今回患ってしまったのは『マルトフィリア』であり、
抗生物質に対して耐性のあるウイルス。
しかも感染すれば致死性が高いとはっきり言われた。
治すには自身の白血球を以って治す以外治療法はなく・・・
尚且つ、元々の病状が『骨髄異形成症候群』なため、
血球数値が正常ではない・・・・。

そこで、荒療治として健康な白血球を輸血し、母の体内へ注入。
いわゆる『白血球の増援』を行うのだ。

先日の記事にも書いたが、
これは日本では普及していない治療法であり、リスクもある。
白血球は本来、骨髄移植をして生産されるもの・・・
しかし、ドナーが見つからず肺炎が発症してしまった現在、
待っている余裕が無い。

マルトフィリア(大魔王バラモス)討伐の為
ドナーに選ばれし3血士(さんけつし)たちは、見事試練をクリア。

マルトフィリアのいる最終ダンジョンへ向かうべく、
攻略に向かうための下準備に取り掛かった。
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『顆粒球輸血(かりゅうきゅうゆけつ』
マルトフィリア討伐スケジュールは、下記の通りである。

5月8日(月)夜21時。
白血球初号機操縦士の弟へ、白血球増力剤を注射。
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ステロイド2錠服用。その後帰宅。

夜、全身筋肉痛が起き興奮状態にあり(覚醒!?)
なかなか寝付けないまま夜を過ごし、
朝9時になり初号機はNERV-ネルフ-(つまり血液内科外来)へ訪問。

およそ5時間激闘の末、無事に脱血処置完了・・・・・。
弟はおよそ13か所極太注射をぶっさされ(肉厚体型だったので)、
血管が細いため脱血スピードを落としながらの処置になったとの事。

その後白血球初号機の血液は放射線を照射され、浄化。
母の体内へ侵入。。。マルトフィリア討伐へ向けて始動した。

母の容態が一時的に低下。
体の中で、大魔王バラモス vs 初号機のバトルが繰り広げられていた。
心拍数、血圧、酸素濃度が下がりはじめるも。。。

戦闘結果は、
CRP値(肺炎):36→28、
白血球:10→350
血小板:9000→27000。

顆粒球を入れたことにより、数値は少々ではあるが回復!!
臨床は成功したと言える。
が、しかし・・・まだまだ大魔王バラモスの勢力は強いままである。
追い打ちをかけるべく、次は白血球零号機(メソメソ)を始動することとなった。


※ドラクエとエヴァのみっくす文章で混乱した内容となりすみませんでした※



つづく。




5月8日(月)AM9時過ぎ。
慌ただしい職場の中、私の携帯が鳴る。

メソ『はい、メソメソです』
先生『おはようございます、主治医の●●です。今、少しお時間大丈夫でしょうか??』
メソ『はい、大丈夫です。どうされましたか??』
先生『はい、実は頼みたいことがありまして・・・急で申し訳ないのですが、メソメソさんと、弟さんと、メソメソさんの旦那様に血液提供の協力を申し出たいのです。できればメソメソさんだけではなく、3名様一緒に来てもらいたくて。詳しいことは病院でお話しさせてもらいたいのですけど、どうか来ていただけませんか??』
メソ『わかりました!何時ごろお伺いすればいいですか?』
先生『昼1時頃、都合大丈夫ですか?』
メソ『もちろんです。何とかして向かいます。』
先生『ご協力ありがとうございます。それではお待ちしております。』


父に電話の内容を伝えると、
会社のことは任せて行ってきてくれ、と即答。
こんな時、家族経営で助かるなぁ・・・と痛感。
他の企業に勤めていたら、すぐ抜けれなかったかもしれない。

できるだけ今ある受注注文出荷の準備を急いで行い、
午後から3名抜ける段取りを組んだ。





午後、1時。

主治医から、協力に関しての詳しい説明をされた。
母の酸素供給が安定期に入ったため、
次なるステージアップ(肺炎の本格的な治療)を行いたいのだと言う。

本来ならば、赤血球と血小板輸血は
血液センターから病院が購入しているのだが、
どうしても日数がかかるので、
母の容態は一刻を争うため待っていられないらしい。
(最短で1週間~10日ほどかかる)
血液センターから購入する血液は鮮度も落ちているので、
なるべく鮮度の良い血液が理想なのだそうだ。

納品するのを待つとなると、
肺に更に深刻なダメージを与え続けることになるばかりか、
その多臓器もダメージを追ってしまうため、、、
早急に手を打たなくてはならない。

ここからが本題である。
日本ではまだ普及されていない治療方法になるのだが
同じ血液型の家族・親族が居る場合
白血球濃度をあげたのち血液を提供してもらい、
血液中に含まれる白血球・血小板を母へ輸血し、
健康な白血球・血小板を以て母の肺炎ウイルスを撃退し、
母自身の白血球回復を臨むという治療法を行う
ようだ。
費用はすべて病院が負担。
『臨床』として協力してほしいのだそう。

ただし、これにはリスクも当然伴う。

まず、レシピエント(患者)への負担。
自分以外の血液が入ることで、反応がどうしても起こってしまい
一時的にすべての数値が低くなる。
他、肺炎を治すどころか他臓器を破壊しかねないという事。

やってみなければわからない、という極めて不透明な治療法であるとの事。

そして、ドナー(私たち)への負担もある。
一時的に白血球濃度を上げるために、
ステロイド2錠服用、腕に注射を打って24時間後に脱血を行う。
脱血時間はドナーの健康状態にもよるが、
平均して3時間脱血処置、最大で10リットル摘出をする。

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普通に考えれば10リットルも抜くとなると
絶命しかねないのですけど、様子を診ながら血液を抜き
必要な分の血液を採取(??)、不要な血液は体へ戻す
というルートを作っているので、気を失う事はありません。
カルシウムを多く消耗するため、点滴処置も施されるようです。
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これにより、一時的に体温・血圧の低下、体の痺れや全身倦怠感、
のどの不快感・腰椎の鈍い痛み、大量の汗が出るなどして
副作用が伴う。これらの副作用は、ドナーによりけりらしい。

大前提として、ドナーがレシピエントと同じ血液型であることと、
若く健康な血液保持者でなくてはならない。

採血、採尿、心電図・エコー、レントゲン、血圧測定、身長・体重計測。

説明が終わり、私たち3名は同意書を記入し、提出。
検査の結果、3名とも健康な血液であると診断された。

つまり・・・・、
私たちはドナーとして合格した!!
これでおかーさんの治療に協力できる!!

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A型バンザーイ!!




つづく。





『ビーッ!ビーッ!』

少しうたた寝していたとき、控室にコール音が鳴り響き目が覚めた。

メソ『・・・はい、控室です』
ICU『ICUです。お母様と面会できますが、どうなさいますか??』
メソ『・・・あっ、いいんですか!?お伺いいたします。』
ICU『はい。お母様がお待ちですよ^^』

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おかーさんが待っている。
なんて嬉しい言葉なんだろう。
はやる気持ちで、病室へ向かう。
病室前で、担当の看護師さんが挨拶をしてくれた。

看護師『おはようございます。ゆうべは、眠れましたか?』
メソ『あ、はい。まぁまぁ・・・(笑)』
看護師『心配ですもんね。でも、お母様は娘さんが傍についていてくれたお陰で、無事乗り越えましたよ^^』
メソ『・・・・ほんと、ですか・・・!』


母は、まだ麻酔が効いていて意識はないが・・・
昨日の面会に比べれば、やや穏やかな表情に見えた。

メソ『おかーさーん・・・よく、耐えたね・・・!お父さんも忠も、喜ぶよ・・・』
泣きながら語り掛けるメソメソに、看護師さんは優しく背中を撫でてくれた。

私は、先日の大分県の旅で知り合えた、身代わり地蔵様の事を話した。
すると、看護師さんは『病室に置いてもらえないか聞いてみますっ!』と言い、
師長さんへ許可をもらいに行ってくれたのだ。

看護師『メソメソさん、オッケー出ましたよっ!(*'ω'*)』
メソ『わぁ、ありがとうございます!!控室にあるんで、すぐ取りに行ってきます!』

ケースに入った身代わり地蔵様を看護師さんが受け取り、
透明の袋に入れて、病室の窓辺に置いてくれた。
母の方へ体を向け、笑顔で両手を合わせ、お祈りしてくれている。
これでもう、大丈夫だ!!( ;∀;)

おかーさんにしばらく付いていると・・・
母『メソ、昨日あんまり寝てないんだから早く帰って休め( ゚Д゚)』
って言われてるような気がした。
途端に眠くなってしまった(笑)

時間は朝の8時。
お父さんに電話を入れて、無事に峠を越したことを伝えると
声を出せないまま泣き崩れてしまった。
父の体調がかなり心配だったが、めまいはもう無い、とのこと。
ホントによかった・・・。

私は帰宅し、昼まで仮眠をとった。
旦那は9時に会社へ向かい、パートさんと共に出荷準備をする。

無事に運送業者に集荷へ来てもらい、
昼過ぎに業務は終わったようだ。

頼れる仲間に感謝!!
母の容態が好転したことで、何もかもうまく行くような気がする!!

昼の面会は、弟が体調崩しているので
父と私の二人で向かう事なり、
旦那にはゆっくり休んでもらう事にした。


午後の面会。
峠を越えた母に会える。
私たちの気分は、とても明るかった。

・・・・が、やはりそこはICU。
一進一退を繰り返す患者が多いため、
なかなか気が休まる状況ではないことを再認識させられた。。。

峠は、超えた。
しかし、まだまだ深刻な状況であるのは間違いはない。
ICU担当医からの説明は、以下の通りである。
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・酸素濃度の圧力をMAX100%→80%へ下げた。
つまり、20%は自発呼吸が出来ている、という結果である。

・やや不整脈が気になるが、心拍数&血圧&酸素濃度は落ち着き始めた。
心拍数:120~150、血圧:117/90~100/85、酸素濃度:98-100。

・血小板輸血をしているが、一向に止血が出来ない。
肺炎ウイルスは未だ勢力を保ったままであるため、母自体の白血球が
生み出されてこない。つまり、肺炎を治すためには白血球が必要不可欠であり
自身のチカラで肺炎を治すことも出血を止めることもできない。

・肺炎が極めて重篤な症状(マルトフィリア感染の疑い)であるため、
致死率が高いと言う事。これに伴い、肝臓・腎臓の機能も低下。
このまま白血球がうまれなければ、人工透析処置が必要であるとの事。
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私たちは、絶望しなかった。
だって、母は諦めていない。
医療スタッフも、諦めていない。
まだ、救える方法がきっとある。

父は泣いてばかりで、下向きな事ばかりを言う。
こんなとき、男の人はメンタルが弱いな、とつくづく思う。
悪いことを言葉にすれば、その通りになっちゃうかもしれないのに。
下ばかり向かず、上を向いてほしい。

母はこんなに頑張ってるんだよ。
沢山課題はあるけど・・・おとーさん、今はひとまず喜ぼうよ。
自発呼吸、少しずつやけどできるようになったんやで?
おとーさんにとって、これ以上にない最高のバースデープレゼントやん。

父の中でいろんな葛藤があるんだとおもう。
母の夫であり、二人の子供の父親であり、
会社経営者の立場であり・・・
入院している年老いた母(メソの祖母)の事も心配でたまらない様子だし。

とにかくとにかく、父が心労で倒れないよう、
私たち子供が全力でサポートしないと。

そりゃー、ワタシラ倒れてるヒマなんてないでしょ(笑)


つづく。



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